閑話・レオンの恋1
騎士団の体験訓練が終わった翌日、指導官だったレオンも「お疲れ休み」だったこの日、わたしはさっそく兄に頼んで噂の「マリアンヌちゃん」のお店に来ていた。
路地裏にある住居兼店舗の小さな建物で、ショーケースには焼き菓子が並んでいる。
マリアンヌはライトブラウンの艶やかな髪にエメラルドの瞳をキラキラ輝かせている笑顔の可愛らしい人で、こんな素敵な女性なら、さぞやモテモテな恋愛遍歴があるのではないかと勘繰ってしまったけれど、接客するようになったのは今年に入ってからで、それまではおばあさまがお店に立っていたらしい。
マリアンヌにあれこれ質問すると、こちらが下世話なことを勘繰っているなど疑いもしていない様子で素直に何でも答えてくれた。
祖母が…と聞いて、ようやく思い出した。
ここ、きっと「おばあちゃんのマカロン」のお店だわ!
実際にお店には来たことがなかったけれど、子供の頃に好きでよく食べていたマカロンがあった。
お母さまが作ったの?と聞いたら、城下町でおばあちゃんがやっているお菓子屋さんで買ったものだと母に言われて、それ以来「おばあちゃんのマカロンが食べたい!」とよくせがんでいた記憶がある。
さっそくマカロンを購入してカフェスペースでいただくと、あの頃と同じ味がした。
「変わってないのね、おばあちゃんのマカロンと同じだわ。すごく美味しい」
思わずつぶやくと、マリアンヌがとても嬉しそうに笑った。
「わたしの両親は早くに他界していて祖母が親代わりなんです。高等学院を卒業してからは祖母の元でお菓子作りの修行をしてまして、祖母の味に近づけるように丸2年、朝から晩までほぼ厨房に籠っていたんです。祖母と同じ味だとお客様に言っていただけるのが何よりのご褒美です」
目を潤ませはじめたマリアンヌの手を握った。
「こちらこそありがとうございます。おばあさまの味を守ってくれて。……それで、おばあさまは?」
「はい、高齢を理由に今は表には出てきませんが、厨房の方で今でも毎朝手伝ってもらっています。まだまだね、ってダメ出しされることもしょっちゅうです」
あらよかったわ、生きてらっしゃるのね。
来客の合間に交わされるわたしたちの会話を無言で聞きながら、レオンは紅茶ばかりを飲んでいる。
カフェスペースはテーブルひとつに椅子が2脚という1組分しかなく、ここを営業時間中ずっとゴリラのような騎士が占領しているとなると、本格的な営業妨害だ。
「いや、ちゃんとおかわりの分の代金も払っている」
ちがうでしょ!そういうことじゃないでしょ!
お客さんが寄り付かなくなるって話よ!
「レオン様が居てくださると、とても助かるんです。その…対応に困るお客様がたまにいらっしゃったりするので。いつもありがとうございます」
マリアンヌがそう言って、はにかんだように笑うと、レオンは真っ赤になった。
「騎士としての務めですから」
何言ってんの!
好きなんですって言いなさいよっ!
訓練でわたしに向かって「妹じゃなきゃ惚れてる」って挑発してきたあの太々しい態度とは大違いだわ!
第一印象としては、マリアンヌもレオンに好意を持っている気がする。
この店に入った時に、マリアンヌはわたしとレオンが仲良さげに話しているのを見て、とても悲しそうな顔をしたのだ。
わたしたちのことを恋人同士だと勘違いしたのかもしれない。
だから「兄がいつもお世話になっています」と頭を下げると、マリアンヌの顔は途端に、蕾が一気に開くようにほころんだ。
つまり、まどろっこしい駆け引きはいらないと思うの。
こんな可愛らしくてお菓子作りも上手な気立てのいいお嬢さんなんだもの、狙っている男は大勢いるはずだわ。
だから、早く手を打たないといけないっていうのに。
レオンお兄様って恋愛に関してはヘタレなのねえ…と呆れながら、マリアンヌに提案してみた。
「一番簡単なものでいいから、わたしにお菓子作りを教えていただけないかしら。できれば、わたしの自宅の方で。もちろん、出張費もレッスン料もお支払いします!」
婚約者と倦怠期で相手の心が離れていきそうだから、手作りのお菓子でもプレゼントしてみようかと思っていると、話を盛ってみた。
本当はもう婚約破棄寸前なのだけれど。
「そういうことでしたら、いつもレオン様にもお世話になっていることですし、わたしも協力します。ちょうど明日がお店の定休日なんですけど、ご都合はいかがですか?」
兄は明日まで「お疲れ休み」だ。
やった!大チャンスよっ!
「ありがとう!是非是非お願いします!」




