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【書籍化】円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語  作者: 時岡継美
本編

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騎士団の体験訓練4

 一体、何人抜きを達成したんだろうか、合間に水分補給や小休憩なら挟んでいるもののさすがに疲れてきて、集中力も切れかけている。

 もう目を覆い隠していられる状況ではなくて、少し見えやすいように前髪を指でかき分けた。


 なのにあいつらときたら「次は俺だ!」「いや、俺にもやらせろ」と、次から次へと挑戦してくる。


「いや、俺が相手になろう」

 大きな声が響き、それが誰であるかを認めた全員が「おお!」と声をあげてどよめきはじめた。


 それが、今回の体験訓練の指導官のリーダー、レオン・ビルハイムだったからだ。


 レオンお兄様ったら、ここで出てきちゃう?

 大人げなさすぎない!?


 いやいや、戦場では疲れただの大人げないだのという弱音や愚痴など誰も聞いてはくれない。

 やってやろうじゃないの。


「いいね、その目」

 レオンが不遜な顔で笑う。


 前の挑戦者が落としたままになっていた木刀を拾い上げたレオンは、すれ違いざまに上半身を傾けてわたしの耳元でささやいてきた。


「妹じゃなかったら、きっと惚れてる」


「なっ…!」

 何を言ってるんだ、この人はっ!


 瞬時にして真っ赤になったわたしの様子を見たギャラリーが、何を言われたんだ!?とざわついている。


 兄に愛の告白をされましたとバラしてやろうかしら。


「ははっ、どうした。この程度で動揺してるのか?」

 正面に立ったレオンが木刀を構えようとしている。


 まさか体験の学生相手に本気は出さないだろう。

 本気を出されたらレオンにかなう人なんて、騎士団の団員でもひとりもいないはずだ。

 威圧感だけで戦意を喪失するほどの圧倒的な格の違いに愕然としてしまうだろう。


 乙女の心をおちょくるだなんて、サイテーね!

 だったら、お返しよ。

 ヘラヘラしたままで勝てると思ったら大間違いですからね!


「ねえ、可愛いんですってね。マリアンヌちゃん」


「え……」


 思いもよらないことを言われて生まれた隙に便乗して一直線に切り込んだ。

 この人相手に逃げ回ってなどいられない。


 一気に間合いを詰めて、両手で握った木刀でレオンがまだ軽く握ったままの木刀を下から跳ね上げる算段だった。

 

 木刀同士がぶつかり合うガッ!という大きな音がしたものの、右手だけで握っていたレオンの木刀はビクともしていなかった。

 こちらの両手首はこんなにジンジンとしているというのに、見上げて目が合ったレオンはうっすら笑みすら浮かべている。


 やばい!


 後ろに飛びのこうとしたその瞬間、レオンは空いている左手でわたしの手首をつかみ、そのまま担ぐようにしてくるりと大きな体を反転させる。

 体がふわりと浮いた。


 ええっ!まさかの背負い投げ!?


 覚悟を決めて木刀を投げ捨てて目を強くつむったが、いつまでたっても地面にたたきつけられる衝撃がない。


「あれ?」

 恐る恐る目を開けると、レオンの肩にそのまま担がれているわたしがいた。


「アーシャは手首を痛めたようだ。医務室に連れて行くから、あとは頼む」

 ほかの指導官にそう告げると、レオンはわたしを軽々肩に担いだまま建物へと大股で歩いてゆく。


「おろせ~~~っ!」

 ジタバタ暴れても、鍛え上げられた体が岩のように固いレオンにとっては、撫でられているのと同じ感覚なのかもしれない。

 

 こんなゴリラに向かっていったのが間違いだったわ。

 回避系タンクはやっぱり、相手をおちょくりながら「逃げ」に徹しないといけないのね。



 レオンに運ばれる途中、頭が逆さの状態ではあったけれど、遠くに次兄のスタンがいるのが見えた。

 

 昼にスタンのことを「かっこいい」と言っていた女子と一緒に馬に跨っている。

 そして、柵の外側で手を振っている女子たちに笑顔で手を振り返している。


 なるほど、ああいうのを「チャラい」と言うのね?


 それはルームメイトで「本の虫」であるリリーが教えてくれた言葉で、どこかの国では軽薄な男のことをそう表現するらしい。

 語源などはよくわからないけれど、妙にしっくりくる言葉だと思った。



 医務室、というよりは休憩室のような部屋でようやく下ろしてもらえた。

 部屋に入るまでは荷物と同じような扱いで担がれていたのに、ソファに下されるときはとても丁寧に扱われた。


「手首大丈夫か?すごい音がしたけど」

「大丈夫よ、ジンジンしてるだけで何ともないわ」


 レオンの顔は、騎士ではなく、妹を心配する兄の顔に戻っている。


「あんまり目立つことばかりするな。それと、疲れは大怪我の元だ、調子に乗るなよ」


 いえ、目立ちたくてやってるんだってば!わたしは騎士になりたいんだもの!


 そう言ったら、兄はさらに怒るだろう。

 疲れが見え始めたわたしのことを心配して、ああいう形で止めてくれたんだ。


「ありがとう、お兄様」

 ここは、しおらしくお礼を言っておく方が得策だ。


「それと……」

 いつも歯切れのいいレオンが、何か言いにくそうにしている。


「マリアンヌ嬢のことを、なんでおまえが知ってるんだっ!」


 まあ、お兄様ったら赤くなっちゃって、可愛らしいわね。

「スタンお兄様に聞いたに決まってるじゃない。非番の日は通い詰めているんですってね、マリアンヌちゃんのお菓子屋さんに」


「スタンめ~っ!あいつ、殺すっ!」


 一目惚れらしい。

 マリアンヌの作る焼き菓子が絶品で、店内には小さなカフェスペースもあり、兄はほかの男がマリアンヌに言い寄ったりしないように時間の許す限りそのテーブルに居座っているんだとか。

 

 それ、営業妨害なんじゃないだろうか。

 とにかく、現在進行形で猛アタック中らしい。


 まるっきり父と母の馴れ初めと一緒じゃないか。

 親子って似るのかしらねえ?

 でも、そのマリアンヌちゃんが兄のお嫁さんになってくれたら、お菓子作りが趣味の母が泣いて喜びそうだ。


 よし、おちょくってないで応援しよう。


「レオンお兄様、今度わたしもそのお店に連れて行ってちょうだい」


 するとレオンは、少し照れくさそうに笑って頷いたのだった。




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