騎士団の体験訓練3
午後は木刀を使った実戦練習から始まった。
体験は4日間しかないため、プログラムは駆け足だ。
木刀による打ち合いは、気を付けていてもケガを負う恐れがあるため、この練習とは別に「乗馬体験」というプログラムも用意されていて、わたし以外の女子は全員そっちへ参加している。
騎兵隊の馬に乗せてもらえる、馬のパートナーである騎士がマンツーマンでついてくれる、なんなら一緒に乗ってくれる――なにそのサービス!
もはや訓練じゃないわね。
「おい、赤毛。おまえは馬のほうに行かなかったのかよ」
「馬ぐらいひとりで乗れるもの。わたしは遊びに来てるわけでも、男あさりに来てるわけでもないから、あんなエンジョイ勢と一緒にされたくないわ」
話しかけてきたコンドルとまたペアを組むことにした。
コンドルの本名は、フレッド・ハウザーというらしい。
ハウザー辺境伯といえば、王都から遠く離れた国境地帯で暮らし、国境の警備を担う家門だ。
ということは、目の前にいる彼も本気で騎士を目指しているのかもしれない。
それなのに鑑定が「コンドル」とは…。
「おい、赤毛!なんでそんな憐れみを込めたような目で俺を見ているんだ。俺だって馬ぐらい乗れるからな!」
いや、馬じゃなくてコンドルに関することだったんだけど、まあ何でもいいわ。
「コンドルのくせに生意気ね。受けて立ってやろうじゃないの。手加減はいらないわ。本気で振り回してきてちょうだい」
あえて挑発的なことを言って木刀を構えると、案の定、コンドルは顔を真っ赤にして木刀を振り下ろしてきた。狙いはわたしが右手に持っている木刀らしい。
わたしにケガをさせないようにという配慮なのだとしたら、コンドル、あなた意外と紳士ね。
でも、そんな気遣いは無用よ。
右半身を後ろに引くと、コンドルの木刀はスカッと空を切った。
あれ?という顔をしたコンドルが体勢を立て直して再び木刀を振り下ろし、わたしはそれを難なくかわす。
それを何度か繰り返した後、コンドルは一旦木刀を下して小さく深呼吸した。
「赤毛のくせにやるじゃねーか」
「あなた、いちいち大振りなのよ。鳥だけにやっぱり馬鹿なのね」
冷静になりかけていたコンドルの顔が気色ばむ。
そうでなくっちゃね、相手をおちょくって冷静な判断力を失わせるのも「回避系タンク」の重要な役割ですもの。
「コンドルはなあ、賢い鳥なんだぞ!」
「あら、自分がコンドルだって認めるのね?」
「黙れっ!」
大きな構えから振り下ろしてくる太刀筋がさっきよりもスピードアップしている。
それでも攻撃がワンパターンだから簡単に避けられた。
「わたしに一回でも当てられたら、あなたと世界中のコンドルに謝罪してあげるわ」
集中力が高まれば高まるほど相手の動きがゆっくりに見える。
相手の目の動きや体の動き、足の向きを見て、次にどういう攻撃を仕掛けてこようとしているのか、その意図までも見えてくる。
いつも必要以上に重たいドレスを着ているわたしにとって、今日のシャツとズボンにブーツという軽装は動きやすくて体が軽い。
楽しいっ!
しかし、夢中になって避けているうちに壁際へと誘導されていたらしい。
コツンと後頭部と背中にレンガに当たる感触がして初めてそのことに気づいた。
しまった、あまりにも楽しくて避けることだけに夢中になりすぎたわ!
目の前には木刀を頭上に振りかざしてニヤリと笑うコンドルがいる。
「もう逃げられねーぞ、世界中のコンドルに謝りやがれっ!」
そんなコンドルの脛めがけて、手首にスナップをきかせて木刀を打ち付けた。
「イテテテッ!」
あっけなくコンドルが膝から崩れ落ちて木刀を放し、脛を抱えている。
「卑怯だぞ、攻撃してくるだなんて!」
「攻撃せずに避けるだけなんて、ひと言も言ってないけど?」
周りがやけに静かなことに気づいて視線を向けると、学生と指導官、全員が遠巻きにしてこちらを見ていた。
木刀を大きく振り回すコンドルと逃げ回るわたしの邪魔にならないよう、場所をあけてくれていたらしい。
「おい、赤毛!次は俺が相手になる!」
木刀の打ち合いの訓練のはずが、それは訓練場の半分だけで行われ、残り半分のスペースではなぜか「赤毛に一発食らわせろチャレンジ」大会が始まった。
一対一というところが、彼らの育ちの良さを示している。
ちなみにわたし、「赤毛」じゃなくて「アーシャ」だからね?




