悪役令嬢とは3
「でもその作戦には、ひとつ大きな問題があるわ。婚約破棄されたあと、ステーシアはどうなるの?」
そう、物語で婚約破棄された悪役令嬢の末路は憐れの一言に尽きる。
国外追放ならまだいいほうで、花街の娼館に売られたり、最悪斬首刑になることだってある。
さすがリリー、ナイスな着眼点だわ。
「そうなの。そこでリリーにお願いがあるんだけど、この国で過去に実際、王太子殿下や国王陛下が婚約破棄した例があるのかってことと、その後その婚約者がどうなったのか調べてもらえないかしら?」
「わかったわ、調べてみる。とにかくね、ステーシア。あんまり無理してひとりで暴走しないでちょうだいね?どんなことでも、わたしたちにまず相談すること!それは約束してね」
頼もしいリリーに感謝しかない。
もちろん約束すると頷いた。
「じゃあ、マーガレット、あなたには『ザ・悪役令嬢』っていう雰囲気のメイクとお洋服のコーディネートをお願いできるかしら?」
「わかったわ、じゃあ悪役令嬢のラフ画を描きながら三人で相談しましょ」
その日は消灯時間まで、わたしたちの「悪役令嬢なりきり作戦会議」が続いたのだった。
前日までのぐずついた天気で中庭の芝生はまだ濡れている。
わたしは濡れることも汚れることも厭わずにその芝生に膝をつき、紫陽花の茂みに上半身を突っ込んでいた。
身に着けているドレスは趣味の悪いド派手なピンクががった紫色で、スカートは無駄にドレープが多くて贅沢なようでいて実は野暮ったく見えるデザインになっている。
たぶん、このあたりにいるはずなんだけどなあ…。
紫陽花の葉の色と同化してわかりにくいものの、幼いころにさんざん捕まえたことのある獲物だ。
「ごめんね、少しの間だけ我慢してね」
先に小声で謝罪してから、素早く手を伸ばし《《それ》》を捕獲した。
ちょうどそのタイミングで声が聞こえた。
「シア?何をしているの?」
ああ!円満婚約破棄の神様!ありがとうございますっ!
他人が聞いたら、そんな神様いるのか?と突っ込まれそうなことを心の中で盛大に叫ぶ。
こんなナイスタイミングでレイナード様が現れたんですもの、円満婚約破棄の神様はいらっしゃるに違いないわっ!
「あら、はしたない姿を見られてしまいましたわね。失礼しました」
わざとガサガサと大きな音を立て、ついでに「よっこらしょ」と、これまた伯爵令嬢が決して口にしないような言葉を発して立ち上がる。
スカートを見ると、膝のあたりがドロドロになっていた。
しめしめだ。
「ステーシアさんったら、素敵なドレスが台無しじゃないの」
ナディアが目を丸くしている。
「そうね、特注で作らせたばかりのドレスだったのに、もう処分するしかなさそうだわ」
シルク生地を贅沢に使ったオーダードレスを行儀悪く汚し、それを悪びれもせずにたった1回着ただけで捨てると言い放つ頭の悪そうな令嬢。
どう?悪役令嬢っぽいかしら!?
ちなみにこのドレスの生地は古布で、どこかの貴族の寝室の天蓋だったらしい。
学院は鑑定結果に基づいた職業訓練の場も兼ねているため、本人が希望すれば専門的な技術を学べる機会も道具も全て用意してもらえる。
星3の服飾師であるマーガレットは、わたしのために張り切って「悪役令嬢っぽい悪趣味なドレス」を作ってくれているけれど、本当に材料費がかさむのは忍びないので、古着や古布をそれっぽくリメイクしてくれればいいとお願いしてある。
マーガレットとともにこの生地を初めて見た時は、これがベッドの天蓋になっている情景を思い浮かべて、なんと悪趣味な寝室なのかしら…と思ったわたしたちだったけれど、マーガレットは見事にそれをたったの数日で期待通りの「悪趣味なドレス」に変身させてくれた。
目の前のレイナード様、カイン、ナディアがポカンとしている様子に満足してドヤ顔をしながら、さらなる一手を放った。
「レイナード様、どうぞ」
わたしがグーのまま差し出した手の中身を、何の疑いもなく受け取ろうと上げたレイナード様の手のひらに、先ほど捕獲したばかりのヤツを乗せた。
手元に視線を落としたレイナード様は「ひっ!」と息をのんで二歩下がったものの、手に乗せたそれを振り払ったり、驚いて尻もちをつかなかったのはさすがだ。
昔はカエルが大嫌いで目の前にぶら下げて見せただけで泣きべそかきながら尻もちついていのに、立派になったわね、レイ。
それともアマガエルじゃ小さすぎたかしら?
昔はアマガエルでも大きく見えたのに、大きな手のひらにちょこんと乗せられたアマガエルがとてもかわいく見える。
アマガエルは次の瞬間、ピョンと跳ねてレイナード様の横に立つナディアの腕に飛び移った。
やった!
ここでナディアが叫んで阿鼻叫喚の大騒ぎになり、レイナード様が「シア!こんな子供じみたイタズラをするだなんて!」って怒りだすのよっ!
ナイス、アマガエルちゃん!
もしかしたら、円満婚約破棄の神様がアマガエルに変身してくれたんじゃないかしら?
そんなことを考えながら期待に胸を膨らませていたのに、ナディアはむしろ目を輝かせて黄色い声をあげた。
「なにこれ、可愛いっ!!」
そしてアマガエルを普通に素手で掴んでなでなでし始めたのだ。
しまった、海育ちのナディアにとってはデテモノ系はなんでもござれだったかしら。
「そ、それは『アマガエル』っていうのよ。知らないの?」
ちょっと意地悪く言ってみる。
「カエルっていう両生類がいることなら知識として知っていたけど、実物を見るのは初めてだわ。なんて可愛らしいのかしら」
「素手であまり長時間にぎると、カエルにとっては灼熱地獄にいるような状況だから、そろそろ放してあげてもらえないかしら」
グエっという顔をしているアマガエルが心配になって早く逃がすように促すと、ナディアは紫陽花の葉の上に乗せて、それでもまだ尚、可愛い可愛いと言いながら見つめている。
「海の魚も、人間の体温は高すぎるから素手でベタベタ触り続けると弱ってしまうの。カエルも一緒なのね。ステーシアさん、ありがとう。こんなにドレスを汚してまでカエルを探してくれただなんて、なんて献身的なの!」
なぜかお礼を言われてしまった。
その近くで、レイナード様は固まったまま、カインは大いに呆れた顔をしていたのだった。




