000話 気が付けばそこは…
(眩…しい……木漏れ日…?)
(どこだ…ここ?)
戸惑いながら、ぼんやりとした思考のまま光が差し込んでいる方に体を乗り出す。
(巨木のウロ?…の中…?なんでこんなところで寝てたんだ?そもそもここはどこだ…?)
(森の中みたいだけど、やけに空気が澄んでいる…というか、景色もきれい…な気がする。)
あたりを見渡すと自分が寝ていた巨木を中心に20~30mぐらい開けており、その周りは森が広がっている様だ。
(それにしてもデカイ木だなぁ…ジブ〇っぽい…けど、何か足りない…???何だろう…。。。)
(あっ…鳥のさえずり?…だけじゃない、虫や、小動物の姿も…気配もしないのか…。)
何故自分がここにいるのか、ここがどこなのか。
分からないことだらけで、頭をポリポリと搔いた時、重大なことに初めて気が付いた。
(頭の手術痕が…ない…?左脳側も右脳側も…ない…?)
それだけではなかった。
頭の手術痕から辿って首筋の表層をなぞればわかった電線も入っている様子がなく、服の上からでも触ればわかった胸の中のバッテリーもなかった。
(まさか…?)
期待と不安、いや恐怖を胸に言葉を口にする。
「あいうえお、かきくけこ、さしすせそ…」
(呂律が回っている…?顎周りの動きも…?動かなくなる前兆もない…)
「バスガス爆発、生麦生米生卵、おはようございます…お疲れ様…ありがとうございます…」
「うっうっ……」
周囲に人の気配もないことは幸いだった。いつ振りだったのだろうか―声を出して泣いたのは。
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症状が出始めたのは30代の始めだった。
大学卒業後10年近く1つの会社で勤め続けていればそれなり出世して、仕事も充実してくる。
『仕事大好き人間』というわけでもなかったが、大体の仕事も把握して裁量権も増えてきて正にこれからという時だった。
きっかけはある時から、自らの所属部署名を上手く言えなくなった―言葉が滑り始めた?―ことだったが、その時ちょうど口内炎があったからそれが原因だろうとさほど気にしてはいなかった。
しかし口内炎が治った後も改善せず、独りこっそり滑舌の訓練をし始めた頃から段々と悪化していき、呂律が回らなくなっていった。
人と話すのが好きだった。歌を歌うのも好きだった。
しかし呂律が回らなくなってから話すことが恥ずかしくなり、どんどん自らの殻に籠る様になっていった。
友人や両親に相談もできず頼れる人もいなかった。と言うより、頼るべきではないと思っていた。
相談したところでどうにかなるわけでもないし、頼れば相手に迷惑を掛けることが容易に想像できたから。
―それから紆余曲折を経て左脳の手術をして、大して改善はなかったものの右手と右足に後遺症が出て、またしばらくして右脳の手術をして…、それでも大して治らなくて、、、それどころか後遺症のせいで、以前の様に仕事をすることも出来なくなって…。。。。
発病してからの十数年は……それまで築いてきたキャリアや自信を粉々に破壊するには十分過ぎるくらいだった。
そんなことが走馬灯の様に駆け巡り、心が落ち着くまでに大分時間が掛かってしまった。
「誰もいなくてよかったな…ホント。。。」
照れ笑いを浮かべながら独り、また言葉を発する。
しっかりと発音できている自分に嬉しさを隠せず、また頬が緩んでしまうが、落ち着いてからじっくり噛み締めればいい。
(まずは現状把握だな…。)
まず自分の体のことで気付いたことはいくつかあった。
はじめに手だ。私は手に軽いコンプレックスを持っていたのだが、指は短く、太くごつごつしていた。
別に職人堅気な仕事をしていた訳ではないのだが―偏見なのだろうが―昔のガテン系労働者の手の様だった。
しかし、目の前にある手指はすらっと細長く、そして豆やタコなどもないキレイなものだった。
次に髪の毛だ。光に当てると茶色がかった色に見えるものの、基本的には黒と言って差し支えなかったはずのだが、試しに抜いてみた髪の毛の色は…黒がかった赤だった。
最後に顔だ。鏡や水など、自分の顔を映せるものがなかったため実際の全体像は確認出来ていないものの、病気になってから毎日の様にマッサージをしていた顎周りの時点で異なっている。
小鼻の感じも鼻の高さも違う様だし、目の周りの骨(眼窩?)の形もどこか違う気がする。
(これはひょっとすると…ひょっとする?)
病気になってから以前の様にお金が使えなくなり、無料で楽しめたライトノベルの中にあって、一時期ドはまりした『異世界転生もの』―正にアレなんジャマイカ???
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(しかし『異世界転生もの』のある種お約束的な『神との邂逅』も、『スキルの付与』もない…。)
(それに転生だとして普通は赤ん坊からなのではないのか?)
(いや赤ん坊としてこの世界に生まれ、何かをきっかけに記憶を取り戻したっていうパティーンもあるか…。)
(異世界転移は通常―多少の若返りとかはあっても―元の姿のままだから、転移ではなさそう。。。)
(…あーあとは転生との厳密な違いはよくわからないけど、今のこの体に憑依?している可能性もあるのか…。)
(転生―後天的に記憶を取り戻した―か、憑依のどちらかな気もするけど、どちらにしてもそれ以前のこの体の持ち主の記憶を持っては…いないんだよなぁ。。。)
(それ以前に、私自身があの巨木のウロで起きる前のことがさっぱりわからない。)
(それどころか、前世(?)の最期(?)の記憶もない。)
(死んだのかなぁ…。覚えている最後の方の状況を考えると自〇の様な気もするけど、『ぼくの地球を守って』の影響もあって〇殺は選ばない様な気もする。。。それとも覚えていない部分で、全てをかなぐり捨ててしまう程の何かがあったのかなぁ…)
「んー全体的にわからんっ!!」
(情報が少な過ぎて判断できない部分が多すぎるわな。)
(地理や言語、人種やら生物諸々の情報が分かれば見えてくる部分もあるし、それを知るためにも…いや何よりも久しぶりに何の気兼ねもなく誰かと会話がしたい…。まぁそもそも言語が通じない可能性もあるんだろうけど、誰かと話したいという欲求がパない!)
(んっ、待てよ。忘れてた!ここが異世界だったとして、そのお約束と言えば…?)
「ステータス!!」
しーん。
(言い方が違うのかな?)
「ステータスオープン!!!」
しーん。。
(これも違うか。)
「(自分の胸に手を当てながら)…か、鑑定…?」
しーん。。。
(不思議なことが起こっているのあhあそんな便利能力はないのかなぁ…?
(いや…待てよ…?)
「ポッポルンガ プピリットパロ!!?」
しーん。。。。
(ま、まぁ神龍に出て来られても困るけど、言語が違うから発動できないっていう可能性はあるかもなぁ…。)
(でもそうだとしたら、この歳で(?)新たな言語習得するのかぁ…?)
(いやいや、せっかく五体満足になったのに何をそんなにネガティブになってるんだ!)
(長年の負け犬根性が染みついてしまってるんだろうな…。まぁいきなり変えようったって無理か。出来る事からやって行こう。)
さて、まずは第一現地人(?)を探したいところだけど…、どうするかねぇ…。