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後で思えば、何であの父が私に大金を使ったのか?とか、いくら親友の娘とはいえ、一臣下の、しかもまだ王子の婚約者になった訳でもない小娘の支度に、なぜ王宮の侍女が駆けつけたのか? とか。よくよく考えればアレコレ変だったと気が付くべきで有った。
私はおかしなあれこれに気が付かず、のほほんと卒業式を眺めていた。
卒業生の名前が一人一人読み上げられ、学園長のお言葉、卒業生代表(殿下方の影に隠れていたがちゃんと生徒会長なんて人がいた)のお言葉、在校生代表挨拶(私並みに影がスケルトン次期生徒会長)のお言葉と続いた。
なお例年通り、各お言葉は短く簡素にまとめ上げられている。
コルセットで締め上げ過ぎて呼吸困難で倒れる女子が多いためだ。学園長はきっと一分も喋っていない。
その光景を在校生は講堂の二階から見守り、式が終るとパーティーに移行するので一階で卒業生に混じる。
例年ならばその流れだが、今年は王太子殿下を決定する祭典が間に含まれた。
国王陛下と王妃殿下が二階のど真ん中に設置された特別席で高みの見物(隠喩)をキメるなか、私は学園の使用人さんにドナドナされて壇上の真ん前に連れてこられた。
って言うか三姉妹が右から年の順で並んで立っている。
いやいや、ちょっと待て。この状態で婚約発表なんかしたら私、余り物の笑い者じゃないか!
右を見れば美しい青いドレスを着て涼しい顔した姉が。左を見れば可愛らしい赤いドレスを着てとろけた顔の妹がいる。
せめて挟まないでお願いしますぅ! 一人ぽつんと残されるの結構精神的にアレだと思うので!!
私のメンタルが勝手にダメージ蓄積しているうちに殿下方が壇上に登った。
一階の人達は頭を下げていたが、(観客席の様なものなので)頭を下げていない二階からざわめきが聞こえる。
「面を上げてくれ」
すっと視線を上げて目に入ったのは両殿下である。
私の左右で息を飲んだ音が聞こえた。
なんだ惚れ直したのか?
先程までそれぞれの色の小物を着けていた殿下方は、今は一切その色を省いた装いをしていた。
一人は白い衣装に薄紫のタイやハンカチーフ等の小物をあしらった衣装、もう一人はグレーの上着に銀糸で立派な刺繍がなされた衣装に、白い小物を身に纏っている。
ざわめきの理由はこれかと、納得した。
日頃より赤か青の装飾品で見分けがつくようにしていたのに、その色を一切身に付けていない。しかしどちらも上品でいて威厳のある装いだ。やっぱり美形って(以下略)
「先ずは我々のために時間を割いてくれた皆に感謝を」
「我々は明日から成人となる」
交互に殿下方がありがたーいお言葉を述べてゆく。要約すると成人するから王太子決めるぞ! それぞれ婚約者を指名すっからな! 後は国王陛下が婚約者込みで決めるぜ! である。
「カトレッド公爵、我々へ祝いの品が有ると聞き及んだが真か?」
「はい娘達が誠心誠意心を込めて作らせた品です。どうかお受け取り下さい」
久しぶりに聞いた声にぎょっとして横目で確認すれば久しく顔も見てない父、カトレッド公爵がいた。
前見た時と見た目は変わらず、腹が黒いタヌキみたいなおっさんである。
と言うかこの状況で贈り物渡すとか聞いていない。みんな成人するならホウ、レン、ソウしっかりしようぜ? ん、もしかして私が省かれただけなのか?
「有り難う。ではアネットーカ嬢、こちらへ」
「イモットゥーリ嬢もこちらへ」
先ずは姉のアネットーカが、グレーの上着に銀糸の刺繍の方の殿下に呼ばれ、続いて白地に紫の小物の殿下にはイモットゥーリが呼ばれた。
「カフスボタンを用意してくれたと聞いている、私の色をくれるか?」
「喜んで、殿下」
アネットーカは銀糸の刺繍の方の殿下(面倒だから以下銀の殿下と呼ぼう)の側に行く。なるほど、と私は手を打った。
姉は見事な銀髪にスカイブルーの瞳をもつ、きっと銀糸が自分の色だと気が付いたのだろう。
しかし殿下、そっちだったのか……なんてフムフムしているとアネットーカが渡したカフスボタンに付け替えた。
あれ、青い。なんで?
不思議に思いつつも、まあいいかと紫の小物の殿下の方を見る。こちらも妹のイモットゥーリに私の色をくれ、と言っていた。
「はい殿下」
こちらも妹の色であろう小物が紫色の殿下の側には、紫の瞳を輝かせプラム色(過去に赤毛って言ったらすんごい勢いで訂正された)髪の妹がタイピンを渡していた。
紫の殿下(面倒なので以下略)は赤い石の付いたタイピンに付け替えた。もちろんそれはイモットゥーリから渡された物だ。
???
ここで私の頭に疑問符が並ぶ。はてな? ドユコトー? 次に姉は紫の殿下に赤いカフスボタンを、妹は銀の殿下に青いタイピンをそれぞれ渡していた。
灰色の脳ミソが動きを止めて、ボーッとその光景を眺めていたら紫の殿下と目が合った。
ゾワリ、と鳥肌が立った。
本能的に逃げ出したくなるのをグッとこらえる。狙われている。そう直感で思うもののここは命のやり取りをするような場面ではない。
それでも何とも言えない感覚から逃げるように銀色の方の殿下を見た。こちらも私を見ていたが、その視線が表す言葉はただひとつ。
憐れみ
である。
いや、うん。残り物に対する憐れみとかではない、どっちかというとまあ、頑張れよ的な感情のように思う。
いや、あの、え? これから何を始める気ですか!?