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あくる日、激しいノックの音に飛び起きた。もちろんここは学園の寮である。
「ふあい?」
寝ぼけ眼を擦りながらドアを開けると数名の女性が立っていた。格好から王宮の侍女さんで間違いない。
「高貴なお方の命令で参りました」
なんて話してましたけどソレ十中八九王妃様じゃんかと心の中で突っ込んでいるうちに、夜着をひんむかれて各部屋備え付けのお風呂に浸かっていた。
手際良すぎナニコレコワイ。
って言うかドレスの着付けは普通公爵家から侍女が来るんじゃないか? 普通は。
……頼んでないから来るわけなかった。いや、頼んでても来るわけなかった。
あちこちピカピカに磨き上げられ色んな物を擦り込まれ、髪を結われ化粧を施されて行く、この時点で私はまな板の上の鯉である。
「さ、締めますよ!」
締めるが〆るに聞こえた私は多分正常だと思う。だって窒息しそうな位コルセットの紐が締め上げられた。
「お胸とウエストがあってメリハリがおありなのでこれくらいにしておきます」
なんて笑顔で言った侍女さんに戦慄した。え、これ以上あんの?
「さ、こちらのドレスを着て下さい」
実家から持ってきた落ち着いたベージュのドレスはいつの間にか隅に追いやられていて、代わりに見覚えの無い薄紫の綺麗なドレスが掛かっている。
腰から光沢のあるふわりとしたシフォン生地(多分ユニコーンのたてがみで織られたやつ!)が重ねられ、中の絹(なんか忘れたけど宝石ワームの絹と同じくらい高いやつ!!)は下に行くほど紫が濃くなるグラデーションになっている。重苦しくならないのは何か既視感がある魔力が籠った金糸で施された刺繍のせいだろう。随所に小さなアメジストが縫われていてキラキラしている。
流石に頬が引きつった。いくらすんのコレ。
「コレは流石にいただけません!」
「こちらお父君である公爵様からです。詳しくはお金は公爵様が提供で王妃様発注でございます」
「……ならまあ、いいです」
出所が国庫でないならよし。今まで私に使うべきだったドレス代を一気に出して貰ったと思えばまあ安いもんだろう。たぶん。
多少複雑な思いは有るがいざ袖を通すと心が踊る。私も一応女子であると実感した。
後着てみて分かったのだが、この金糸私が売ったやつで間違いない。これはあれか? 金は天下の回りものって事? 巡りめぐって帰って来るの早くない?
「こちらの刺繍がお気に召しましたか?こちらは黄金竜の鱗を金糸にしたものを使っているらしいです。ちなみに鱗を取って来たのは我が国の冒険ギルド最高峰に数えられる特Aランクのシルビアさんだそうですよ」
「へ、へぇ」
うん知ってる、そのシルビアさん私だし。とは言えない。口が裂けても言えない。
Sランク昇格には成人してなくちゃいけないから苦肉の策でギルドが特Aとかいうランクを作ったらしいですよ、とかそんな情報もいらないです侍女さん。本人ですから。
冒険者と言えば新進気鋭の冒険者が特Aに上り詰めそうだったが市井で成人と見なされる誕生日を過ぎたため、Sランクになるそうですとの情報をもらった。
最近情報収集を怠って居たから知らなかった。今度手合わせ願いたいものである。
なんて考えている間にも着々と貴金属が付けられていた。
「さあ鏡をご覧下さい」
鏡の中には化粧の威力を思い知らされる顔面の私が映っていた。
複雑に編み込まれた銀髪にはアメジストの小さな飾りが散りばめられ、こちらも細かいアメジストが嵌められた細工の細かい金の首飾りと耳飾りが、紫色の瞳を引き立たせる。
まさにこれは、
「ガチの盛装じゃないですか」
ドレスは言わずもがな小物から靴に至っても一級品である。このまま国王陛下主催の夜会とかに出られるレベルである。もはや自分の顔面のことなどどうでもいい。
学生の卒業パーティー程度にコレっておかしくない?浮かないの?大丈夫なの?
「今年は王太子殿下がお決まりになる祭典もございますので」
「カトレッドお嬢様も主役のお一人ですので」
「「このドレスが最適です」」
そう口をそろえて言われれば、あ、ハイ。としか言えない。
「……とりあえず眼鏡を返して頂けますか?」
付けなくても全く問題ないのだが無きゃ無いで何だか落ち着かない。私の影の薄さを際立ててくれるアイテムだからだ。むしろ私の本体は眼鏡と言っても過言ではない。
……いや、言いすぎました。
「こちらの眼鏡は度が入っていないとお聞きしております」
「王妃様よりあのクソダサ眼鏡は絶対に掛けさせるなと命令されております」
クソダサって、王妃様結構辛辣な上に口が悪い。人の事言えないけども。しかし王妃様の命令なら仕方ない……仕方ないのだ。あの人に逆らえるほど私のハートは強くない。
「こちらで仕上げです」
金で編まれたような華奢な腕輪をはめられた。所々にイエローサファイアがはまっていて輝いている。
華美ではないが繊細な美しさだと思う。結構好きなデザインだ。
しかしなぜ、これだけイエローサファイアなのか?
「ささ、そろそろ会場に向かって下さいませ」
何故か嫌な予感がしてその腕輪を眺めていたら、そう急かされたために意識を浮上させた。
「ちなみにそのドレス防水、防汚、防臭の呪文が縫われています」
「どんな嫌がらせをされても大丈夫ですのでご安心下さい」
「は、はひ」
え、何でそんな嫌がらせされる前提なの? ぞわっとしたので私の生身の方にも防御魔法を張っておいた。
「皆さんありがとうございました、王妃様にもお礼をお伝えください」
身の安全が確立されたことで覚悟が決まった。いざ参る! 出陣じゃあぁぁぁ!!
「「行ってらっしゃいませ」」
侍女さん達に見送られながら、片手にプレゼントの長細い小さな箱を手に部屋を出た。