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それから三ヶ月、姉妹の争いを横目で眺めつつ、時々青い方の殿下に絡まれながらも、いよいよ明日は殿下方の卒業の日である。
出来上がった赤と青のリボンの最終チェックをする。
これは学園が休みの日にちまちまと作り上げた大作だ。
どちらも宝石ワームと言う宝石を主食にする鉱脈沿いに稀に生息する迷惑な魔物の繭から紡がれた糸を使っている。
宝石ワームは偏食で、初めて食べた宝石をずっと食べつづけ、屑石だろうが宝石だろうが関係無く、サナギになるまでに一帯の宝石を食いつくす。デカイ図体の割には意外と少食なのだが、それでも餌が無くなるか、サナギになるまでずーっと食べているので、餌がなくなり餓死してしまう事もある。よくそれで生きてけるななんて思うほど難儀な魔物だ。
そんな宝石ワーム、サナギになるために吐き出される糸は、食べた宝石が混ざり鮮やかな発色と輝きを放つ絹になる。 それはかなり希少価値が高く高額で取引されるのだ。
何故なら鉱脈に巣食うため、鉱山で見かけたら即刻駆除対象なのである。そのため成虫になれるのは極僅かだと言われている。
そんな滅多に居ないそいつを狙って廃鉱山に通い討伐、ついでにギルドの討伐報酬も懐に入った。正直ウハウハだ。
ちなみに相手は魔物なので簡単には倒せない。中のサナギは食べた宝石の硬度を持っており、魔法を使うと糸までダメにする可能性がある。
まあ刺しましたけど。レイピアでブスッと。刺すの得意なんで。
これをルビーの廃鉱山とサファイアの廃鉱山で寝る間を惜しんで探し回った。学園の寮をバレずに抜け出すのは至難の技なので超頑張った。すごいね私! やれば出来る子!!
そんな繭を宝飾ギルドに持って行き糸にしてもらい、リボンを織ってもらう。余った糸はドレス一着分以上作れそうだが、後々現金にしようと魔法で収納した。宝飾ギルドのギルドマスターが何か言いたげにこっちを見ていたが無視した。
この二色なら確実に王太子の結婚なんて行事が来れば倍以上の値段で売れるに決まっている。それまで保存しておけば更に懐が暖かくなるに違いないからだ。
そして売れた糸を使って作ったドレスを身に纏うのは、きっと姉か妹だろうから、せいぜい値段を吊り上げてから売ろうと思う。
そんな材料費プラスなリボンに、黄金竜の巣からくすねてきた金の鱗を、溶かして糸にした金糸でイニシャルを刺し、稀少生物のカーバンクルの、額に着いている小さなルビー(成長によって取れたものを本人から報酬で貰った)や、リヴァイアサンから剥ぎ取ったサファイアの鱗を加工したものをそれぞれワンポイントで縫い付けた。
ついでに私オリジナル守りの呪文をリボンと同じ糸で目立たないように刺繍で細かく入れておいたのだが。
「……我ながら怖い位の出来だわ」
結構な魔力を放つシロモノとして出来上がった。
守りの呪文のお陰で殿下方が身に付けていたら自動で身を守るだろう。まあ、あれだ。防具的なヤツだこれは。身に付ける物でも実用的な物なら婚約者以外からもらっても困らないかな?の判断の上だ。
「まあ、姉と妹が用意する物よりは安物でしょうけど」
かかった費用は繭と金の製糸とリボンの織り、各宝石の加工代位だ。これらは黄金竜の金糸の余りを売ったお金でお釣りが来る位で足りるし、刺繍は自分で刺した、つまり。
「マイナスどころか儲けた、実質タダのリボン」
まあ、贈り物は値段じゃない、気持ちだ。気持ちはプライスレスである。最終的には何処まで呪文を縫い込めれるかチャレンジにテンションが上がり、殿下方へのお気持ちは一ミリも入っていない気がするけども。まあそれもプライスレスである。
「いよいよ王妃様との約束も明日で終わりか」
明日、殿下方の婚約者が正式に決まる。王妃様との約束は、殿下方の婚約者が決まるまで、婚約者候補、延いては将来の王妃候補として、恥ずかしくない程度に過ごす事だ。
王妃様がこんな約束を私としたのは私の命のためだ。
王妃様は母の親友だったらしく私を気に掛けてくれた。
私の母は私を生んですぐに儚くなり、そのせいで母方の祖父母と同腹の私の姉は、母が死んだのは私のせいだと疎んでいる。私にとって、血縁である以外の縁は無い人達だ。
父は仕事人間のくせに喪が明けてすぐに義母と再婚した。この時義母はすでに妹を身籠っていて臨月だったらしい。時期を考えると吐き気すらする。
そんな環境で私は後ろ楯無く過ごしていた。いつ邪魔にされて消されてしまってもおかしくない状態で、ギリギリ生きていたのだという。
王妃様は殿下の婚約者候補としてしまえば下手な手出しは出来なくなるだろうという考えがあったらしい。
公爵家に手を下す事も考えたらしいが、キレ散らかした王妃様といえど出来る物ではなかったらしい。
それでも成人まで親友の娘を公爵令嬢として育てなければ一族郎党社交界から干してやると脅し付けて、それを約束させた。実際社交界での人気が高く求心力のある王妃様なら本気でやりかねないし実行できる。
ちゃんと脅しになるのが怖い。やっぱり凄いね、顔と権力。
まあ家の中までは干渉出来ないからご飯抜きなんて事も度々起こったのだが、婚約者候補としての肩書きと、王妃様の脅しの甲斐があって死ぬほどの嫌がらせは無いからよしとする。
そんなお陰でのらりくらりとなんとか生き延びて来たのだが、ある時、ふと気がついた。成人したら殺られたり、放り出されたりするんじゃね?と。
王妃様の条件は成人までだし、一年の猶予のうちに誰かと婚約出来れば良いだろう。しかし、だ。私が殿下方の婚約者に選ばれなかった場合、どちらも相容れない相手の姉か妹がいずれ王妃となる。あれ?そうすると私この国に居場所無くない?
結果、私の灰色の脳ミソは最善策を叩き出した。
力を磨き金を貯め隣国に逃げる! と。
先ずは公爵家からの脱走に全力で力を注いだ。三日でバレずに抜け出せた。結構アッサリと出られたしスルリと入れた。家の警備大丈夫なんだろうか?
拍子抜けしながら町を散策し、強面のおじさん達に拐われそうになった、魔力を込めた頭突きをしたらおじさんは白目剥いて倒れた。強いのは顔だけだったようだ。
助けようと様子を窺っていたうちの国支部の冒険ギルド、ギルドマスターに声をかけられ、ギルドに所属する事にした。もちろん身分は明かしていない。経験豊富なお姉様方には魔法を、筋肉豊富なお兄様方には剣術を、高魔力持ちにしか出来ない収納魔法で、荷物持ちする代わりに教えて貰った。
一年後、教えることはないと言われた。
それからソロで近隣を飛び回り腕前も貯金残高もぐんぐんと伸ばし今に至る。
ふふ待っていろ隣国ライフ! (文字通り)飛んで行くからな!
ウキウキ気分のままチェックし終えたリボンを箱に入れ、眠りについた。