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「で、本題に入りませんか?」
鬱陶しくなりぺしっと指をはたき落とすが、殿下は気分を害した風でもなく肩をすくめる。
……何かイラッとすんぞ?
うん? そういえば同じ事を今朝やったわ。
「上手いことアネットーカ嬢を乗せたみたいだけど、今後どうするつもり?」
私の気分はさておき、さっさと会話を終わらすために正直に話した方が良いだろう。
「とりあえず姉妹の争いに挟まれたくないので家には帰りません。私を無視して二人で争ってくれれば成功ですね」
先ほど三年の教室で火を着けた件だ。
元々、近日決行予定だったのだが、イモットゥーリが動き始めたのならと、こちらも予定を早めた。
寝泊まりする場所など色々準備は済ませてあったのでまあ、問題はない。
「妹が不良になったとか言っていたあれ?」
「はい昨日自身の派閥の夜会に出席していたそうです」
イモットゥーリは昨夜、取り巻きと共に、自身の派閥……つまりルビス殿下派の夜会に出席していて家に不在、しかも夜明け近くに帰ってきたものだから今日は学園を休んでいる。
「未成年の夜会参加か……」
「はい。誉められた物では無いですが、その程度です。まあ敵対派閥にとってはいいエサでしょうけど」
通常私たち貴族は18才で学園を卒業し、成人とみなされる。逆に何者だろうが何歳だろうが必ず学園を卒業しないと大人の貴族とはみなされない。
そして夜会は大人が参加できる物だ。それに未成年で参加した妹、そして敵対派閥のサフィア派の頭であるアネットーカも昨日の晩は自身の属する派閥の夜会に出席している。
こちらは手堅く学園の近くの貴族邸で開催された所に出席の上泊まり込みだったので今日は登校しているが。
そう説明すると殿下はにやりと笑った。いや、頭を抱えるべき所だ殿下よ。
「婚約者候補が一気に二人減ることになるね?」
殿下がまるで困って無い顔で言うので私の方が焦る。庇ってやれよ。って言うか私を数に入れんな。
「大丈夫ですよ、どちらの陣営も決定打に欠けるレベルの脛のキズです。やっている事は犯罪ではありませんし」
「アネットーカ嬢は自身も後ろ暗い事が有るにも関わらず、衆人環視の中でイモットゥーリ嬢を諌めると約束してしまった、まああれは言わざるを得ない状況だったね」
妹が不良になった、とわざわざ学園であまり話したくない姉に泣きついたのは、お互いに暗黙の了解で通して来た些細な事で徹底的に争ってもらうためだ。
二人はこれまで表だっての対立はしていなかったものの、それぞれ派閥を作り、いかに自分の方が王妃に相応しいかを競っていた。いつ爆発してもおかしくない位には緊張感が漂っていたのだが、私はそれに火をつけただけである。
だけであるのだが私のせいで婚約者候補がピンチなのに涼しい顔をしている殿下がわからない。
「二人してにらみ合いしていれば良かったでしょうに。私を踏み台にしようとするのが悪いんですよ」
とりあえず私は悪くないと主張しておく。焦って行動したイモットゥーリが悪い。
焦る気持ちもわからんでもないが。両陣営、ここぞという決定打が無いまま、あと三ヶ月で殿下方は卒業し、婚約者が正式に決まる。学園を卒業すれば成人と見なされるこの国では、イモットゥーリは殿下方と同じ歳のアネットーカの方が有利だと思い焦ったのだろう。
とりあえず目の前にある低そうな台を踏んでみようとする位には。
「イモットゥーリ嬢もまさか踏んだのが、虎の尾だったとは思いもしなかっただろうね」
「いえいえそんな大層な者じゃないです。私は全力で逃げるだけの低い踏み台ですよ」
「なるほど、で、踏み台はどこに逃げる気なの?」
「ひゃい!?」
はい? と言おうとして思いっきり舌を噛んだ、これはあれか?家に帰らない宣言の方のあれですよね!? 他意は無いですよね?
「り、寮です、学園の! いつでも入寮出来るように手続きや荷物は運びこんでおりましたので」
「と言うことはこの騒ぎを起こす事は事前に決めていた、と」
殿下の感情が乗らない声と、細められた目、持ち上がった口角に、訳もなく背筋に冷や汗が流れる。
お、おおお怒ってる?いや、笑って……? ないとも言いきれ無くもない。
「も、申し訳ありません、殿下方の婚約者候補に瑕疵を付けるべきではありませんでした」
とりあえず謝っておこうそうしよう。もうやってしまった事だし後には引けないし。
「いや、元々はっきりさせなかった僕ら王家のせいでもあるし、傷が付くような行いをしたのは他でもない彼女達だ」
まあ些細な傷だが、と付け加えていたが、じゃあなんで怒ってるんですか殿下ぁぁぁ。しかし普段、殿下は私の態度が良かろうが悪かろうがどうでも良さそうなのに何故今日に至ってお怒りモードなのか?
「じゃ、じゃあ何で怒っているんですか!?」
「ああ、ほぼ君以外に対する怒りだから気にしなくていいよ」
ほぼってことはちょっと私のせいでも有るんかいと突っ込みかけて止めた。気にするなと言われたら気にしない方がいい。うん。気にしないぞ! だが、ほぼ私じゃないなら八つ当たりじゃないか。
「……ええっと何か申し訳ありません?何で八つ当たりされているかわからないですが」
「君の自己主張の少なさに少なからず怒ってはいる。後、勝手に逃げようとしている事にも。これは八つ当たりに当たるかい?」
「た、たぶん真っ当なお怒りだと思われます?」
だがしかし! 主張しないのは諸々の面倒が有るからだし、逃げたいのは家に居たくないからというだけの理由である。何故そこにケチを付けられるのか疑問だ。
「ああ、そうだよな。だが今回の件二つ僕の願いを叶えてくれたら不問にしてもいい」
「え」
理不尽な怒りでは有るが納めてもらうに越したことはない。私の態度は棚に上げるが相手はこれでも王族だ。
「でも何で二つなんですか?」
こう言うのって普通、一つじゃないか? セオリー的には。
「二つの事に怒っているからだ。で、叶える気はある?」
「……とりあえず聞いてもいいですか?」
願いを聞けなら聞いて終わりにするが願いを叶えろ、だと願いの内容にもよるだろう。即決は出来ない。
「ああ、簡単な事だよ。一つ目は卒業の式典の日に祝いで僕達にリボンをくれないか?」
「まあそれくらいなら」
「僕はこの色で、ルビスは赤だ」
「承知しました」
仮にも殿下卒業祝いがリボンで良いのか? とも思うが高価な物は、婚約者候補筆頭の姉と妹が贈るだろう。
となると辛うじて並ぶ位のそこそこの見栄えも気にしないといけないのか。
金糸でイニシャルでも入れておこう。刺繍糸も織糸も最高級な物を用意しておかなければ。
頭の中で予定を組み立てて殿下方の卒業まで間に合いそうだなと安堵する。こう見えて刺すのは得意なのだ。残念ながら刺繍でその腕を見せる場面は少ないが。
「うん、お願い。それともう一つは、一回だけでいい。僕が文脈に関わらず『お願いだ』と言ったら『はい喜んで』と言って欲しい」
「え、はい。その程度でしたら」
何かよく分からないが、言うだけならタダであるから、叶えられるので承知しておく。
「期待しているよ」
と言った殿下はご機嫌に戻ったらしく少しホッとした。どんな無理難題を突き付けられるのかとヒヤヒヤしたがこの程度で良かった。
流石に単騎で暗黒竜を倒してこいとか言われたら(ドラゴンを探すのが)大変である。
「長い時間を取らせてごめんね」
「あ」
時計を見ると後少しで授業開始のチャイムが鳴るほど時は進んでいた。
腹の虫がキュルルルとまた切なげな鳴き声をあげる。
「ふふっ」
笑い事じゃねーんだよ殿下と睨み付ければ、そっと手を取られ包みを渡される。
「?」
「今朝カフェテリアに頼んでいたんだ、良かったらここを出た後で食べて。焼き菓子だけどお腹の足しにはなると思うよ」
「あ、ありがとうございます!!」
あの少ない時間でよく手配出来たもんだなと感心しながらも、自身で今生初じゃなかろうかという位の心からのお礼を言っておいた。
それとちょっぴり昔を思い出して頬が緩んだ。
が、何故か殿下はすごい勢いでそっぽを向いた。解せぬ。