その日の裏側1
こちらは〈白馬に乗った子兎少女は王子様を拾ったらしい〉の裏話になります。
こちらだけ読むと投げっぱなしになっております。申し訳ありませんがご注意ください。
私、ミスティーナ。花も恥じらう十七才、キャッ!
うふ今、女子寮の窓の外から聞こえてくるノックの音に怯えているの……
いや、普通に怖いんですけどぉぉぉ! 脳内お花畑にしてみたけども、怖いものは怖いんだってえぇぇぇ!!
学校で怪談するにはまだ早い季節じゃあ無いでしょうか!?
歴史有る建物に曰くあり。
怨嗟渦巻く貴族の学園、怪談の一つや二桁は軽くある。
だがここは学園の寮、貴族の子女を預かるだけあって警備は王宮並みに厳重である。
……私にかかれば忍び込めないほどではないけども。だからノックもあり得ないことではない、ないけど時間帯がさぁ! 今、外真っ暗なんですけど!
いや、人だろうが魔物だろうが対処は出来るよ? できるけどさぁ、もしも対処出来ないようなヤツがいたらどうすんの。カーテンにうっすら映る人っぽい形の影が実体の無いヤツならどうすんの!?
……実はオカルト的なのは苦手だったりする。
だって幽霊は殴れないじゃないか! 魔法効くかも分からないし。
骨だけの魔物とか、向こう側が透けて見える魔物とか、ともかく魔物ならば良いのだ。対処法があるから。
でも幽霊ってどうすればいいの? 塩か? 塩でいけるのか!?
収納魔法からそれらしき物を取り出す。
……これ塩コショウなんだけど。
いけるかな? コショウ邪魔じゃない? いや私は塩を信じる!!
「ミティ」
「あ、あああ悪霊退散」
窓の方から名前を呼ばれて、半狂乱でカーテンを開けて敵の足元を確認した……なんだ、ある。ベランダにちゃんと足を付けている。
ならば恐るるに足らず! 不審者排除! 窓を開けて塩コショウを振りかぶる、足が有るなら物理対応可能な敵……あ。
「悪霊……かな?」
眉を寄せて困った顔をしている人物と目が合った。
「間違えました不審者ですね」
「不審者……」
金に近い琥珀色の瞳が悲しげに揺れた。その顔でその表情したって許さないぞ!!
「えーとじゃあ泥棒?」
「こんな非常識な時間に、非常識な方法で会いに来てごめんなさい」
サフィ様が素直に謝った……こ、今回はゆ、許してあげなくもないんだからね!!
「まったくです。幽霊の類いかと思ってびっくりしましたよ」
ホラー展開にならずにホッとした。スプラッタならまだ大丈夫だけども、ホラー、キサマはダメだ。
「幽霊苦手なの?」
「ど、どどどうってことねーですよ!?」
「……追及しないでおくけど。それよりごめんね、ちょっと急ぎの件だったから、これなんだけど」
ごそごそと取り出したのは、私が卒業祝いで送ったリボンだ。気に入ってくれたのかサフィ様は毎日こればかりを着けてくれている。
「……光ってますね」
チカチカと縫い止めてあるサファイアが明滅を繰り返していた。
「これ、実は二回目なんだ。前回はすぐに止まったから放置していたんだけど、今回はしばらく光ってて、流石に聞いたほうがいいかなって思ってね」
リボンを受け取って眺める。えーっと、これは……なんだっけ。あ、あれか。
「これ色々仕込んだみたいだけど、何に反応してるの?」
たしかに色々と仕込みましたよ、どこまで呪文を縫い込めるかチャレンジした結果的に色々オリジナル呪文もお試ししたけども……あれ? 説明してなかったっけ?
「このリボンは、常にごくわずかな魔力が持ち主から自動的に供給されていて、持ち主の魔力を使って自動的に発動する仕組みです……ってのは説明しましたっけ?」
「聞いてないけど体感はしたよ。便利だよねコレ」
つまり防御機能のうち、防衛、防刀、防毒、防火、防寒、防音、防臭、防汚、防虫、防水、防塵えーとその他色々のどれかを使わないといけない事件が有ったということか。
「ちなみにお聞きしますが何があって体感したんですか?」
「既成事実作ろうとした女にそういう薬を盛られたとき、かな」
「は?」
リボンが働いたから未遂で済んだだろうが、サフィ様にそういう薬を盛ろうなんざ、私に喧嘩売っているのと同義である。よろしい、買ってやろうではないか。
だってよりにもよってそういう薬だ。まだ毒物の方が可愛いものだと思う。
「ちなみにそれはどこのどなたでしょうか?」
パキパキとの関節を鳴らす。最近は戦う前に逃げてばかりだったから(学園の休み時間の話である)久々に暴れてやろうではないか。
「今は娼館で働いているミティの元姉が、伯爵令嬢だったときかな。このやらかしも罰金にしっかり上乗せしておいたよ」
……つまり休みは休ませろと騒いでいた辺りの事か。
なーるーほーどー! 捕まる前に慌てて捕まえようとしたわけだ。よくも私のサフィ様に手出ししようとしてくれやがったな!!
「その程度では私の気が収まりませんので、殴り込みに……」
時間的に娼館は営業開始しているはずだ、私が一晩買ってやろうじゃないか。
「リボンのおかげで未遂だし、後でもっといい仕返し方法教えてあげるから。それよりも、それのほうが気になるんだけど」
はぐらかされた気がしないでもないが、もっといい仕返しとらやらが気になるので素直に頷こう。
それ、つまりコレ、リボンの事ですね。
「えーっと、光っている原因ですね、コレは持ち主の魔力が変わったり途切れたりすると、対になるリボンが光る仕組みになっています……アレ?」
ってことはルビス殿下がリボンを落としたとか盗られたとかした可能性がある。後、魔力が切れるのは事切れ……ないな。ルビス殿下に限りその可能性はない。
「へー。そんな機能付いていたんだ。あいつに限って死んではなさそうだけど」
同感だ、多いに悪運が強そうである。九死に一生を百回経験しても死にそうにない。
「まあ気になるなら、今持っている人と会話みたいなのが出来ますよ?」
「……ミティは世界の常識が変わるような、新しい魔方陣とか呪文とか気軽に作るよね?」
聞いたことないんだけどそんな呪文、と付け加えられた。
「いや、有ったら便利だなって思いまして。それに魔力をかなり持ってかれますから高魔力保持者じゃなきゃ基本使えませんし」
身体の中に魔力を溜める器みたいなものは大きさに個人差があるものだ。
溜める器が大きければ大きいほど一度に使える魔力の量は多くなる。
これは遺伝でもある程度決まるが、持って生まれた資質が大きい。
「いや……うん、いいや。次なにか思い付いたら相談してね」
実験に協力してくれるのだろうか? それは素直にありがたい。首を振って肯定しつつリボンに魔力を通す。
「……サフィ様、大変です! 女子です」
リボンを持っていたのはやはりルビス殿下ではなかった。
リボンに施したオリジナルの呪文は、考えている言葉を共有できる機能だ。
リボンを介して、離れていても会話らしきものが出来る。ただし言葉で考えていることはお互いに駄々漏れとなるため、都合が悪いときは接続を切る必要がある。
そんなリボンを通して伝わってきた声は女の子の声だった。
さて、そこから考えられる可能性は三つ。
盗たか、拾ったか、もらったか。しかし、別の可能性が頭を占めた。
「野生のカンが囁いています、これはきっと甘酸っぱい匂いのするヤツです」
「ミティ、分かるように説明してくれると嬉しいかな」
首をかしげられたので頭の中で状況を整理する。
「リボンの向こうはなんか魔物が凄いみたいです。で、ルビス殿下のリボンは女の子が持っていました。ここからは推測ですが、格好つけて守りたい女の子に渡した可能性が高いです」
「……あいつならあり得る」
ため息を吐きながら苦笑いしているサフィ様が、ちゃんとお兄さんに見えて、ちょっと不思議だった。




