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「少し良いか? ミスティーナ・カトレッド嬢」
リンゴだけの晩御飯で次の日、朝御飯無しはさすがにひもじいので、学園のカフェテリアで軽食でも……なんて朝早く出てきたのが運の尽き、比較的青い方に見付かった。
「何かご用でしょうか殿下?」
名前を呼ばれれば流石に足を止めるしかなくて、仕方なく振り返る。物凄い仏頂面だがまあ、仕方がない。笑顔を振り撒く気分でも無かったのだから。
「授業開始までに少し聞きたい事があるんだが」
長い金髪を赤いリボンで緩く結んだ殿下が、琥珀色の瞳に険を乗せてこちらに話しかけてきた。
「え、嫌です」
その整っている顔は穏やかだが前述の通り目が笑って居ない。これは、十中八九私に都合のいい話ではないだろう。
そして授業開始まで話されると私は朝御飯にありつけない。よって答えはノーである。
不躾な言動で有ったとしても、不敬と取られないのは、学生の身分を撤廃している学園の方針のせいだ。在学中及び学園内ではその方針に則って行動することを義務付けられる。
まあその方針は表向きと前置きがつくが、私は中々に都合が良く使っている、学園様々である。
「嫌、と言うことは身に覚えが有るからだな?」
「いや何がですか……」
色々覚えは有るが、殿下直々に叱られる様な覚えはない。
「ここで話したら君が困ると思うが?」
だから何がだ。面倒なので無視しようかとも思ったが、なんだかいらぬ冤罪をかけられてそうな気がする。ああ、面倒だな。
「……ならカフェテリアでどうです?」
仕方がなく譲歩案を提供する。私はご飯を食べるから勝手に話してくれたまえ。
「今の時間、少ないとは言え人がいる、私達が借り上げている生徒会議室に行くぞ」
「うへぇ」
生徒会議室とはその名の通り生徒の会議のための部屋だ。魔術で防音から不純異性交遊禁止まで細かい事項の設定がなされており、男女二人っきりで入ったとしても怪しまれるものではない。
通常その都度借りなければならないものだが、殿下だと借り上げれるらしい。
「何か問題が有るか?」
「大有りなんですが、生徒会議室は飲食禁止です」
禁止事項の中の一つが飲食禁止である。破るとどこからともなく文字通りカミナリ(弱)が落ち、長ーい反省文を書くまで閉じ込められる仕組みになっているらしい。
「それの何が問題だ、君と茶を飲むために生徒会議室に行く訳ではない」
「ソーデスネ」
こちらの都合お構い無しの殿下に心からの乾いた台詞が口から出た。
私だって殿下と飲食がしたいわけではない。ただ朝ご飯が食べたいだけである。
しかし、本日朝御飯は無しは決定的で。この恨みどう晴らしてくれよう、後で仕返ししてやる殿下め。
「で、何なんです?聞きたい事って?」
「まずその態度はいかがな物かと思うのだが」
不機嫌を顔に出して自らさっさと椅子に座る。エスコート? いらないよ、んなもん。
「朝の貴重な時間を取られたんです、こんな態度にもなりますよ」
「君は普段からそうだろう? 仮にも私達の婚約者候補なのに取り繕おうとは思わないのか?」
はぁ、とため息をつきながら、テーブルの対面にある椅子に青い方の殿下が座った。
ちょうど朝陽が当たる席に座ったせいで、金髪を照らしキラキラと輝かせ、その物憂げな表情は顔の造形と相まって若干の色気すら感じる。
殿下方はそっくり瓜二つの双子なので、目の前のこれと同じ顔が後一人いる。ありがたや、とても眼福である。
しかも均整とれているのは顔だけではない。身体や頭の中身、さらに魔力まで一級品なのだ。二人揃って歩けば悲鳴が響き渡り、混雑していれば人波が割れ、にっこり微笑んでお願いすれば大抵の人間は惚けて首を縦にふる、所詮人生イージーモードである。
結論、力のある美形ってズルい。
「婚約者候補なら姉と妹で間に合っていると認識しておりましたが」
殿下方の婚約者は決まっておらず候補はカトレッド公爵家の三姉妹から選ぶ事になっている。
なぜなら現国王陛下のお子様は、この両殿下だけなのだが王太子が決まっていないからだ。
理由は両殿下が外見も中身もそっくりなせいである。
産まれた時に国王が秀でた方を兄とする、なんて決めたせいで、今の今まで優劣が付かず、王太子が決まらないままだ。
このまま行けば両殿下は卒業し、成人することになる。そんな将来困った状態になると国王陛下は彼らが十歳位の頃には思っていたらしい。
真偽は不明だが、国王陛下はサクッと決めるほどの決断力も無かった、と言う噂が立つほど、とんでもない事を言い放った。
「息子達どっちも優秀だから、優劣が付かなかったら婚約者で決めよう」
と。
つまり、より王妃にふさわしい優秀な婚約者を選んだ方を、王太子とする事にしたらしい。
で、元々婚約者候補だったカトレッド家の娘(三人いるけど誰でも良かった)を選択肢として選ばせる事にした。全く迷惑な話である。
「相手はまだ公表していない」
「後3ヶ月ですよね? こっからひっくり返る事なんてあります?」
「逆に聞こう、ひっくり返す気はあるのか?」
「あったらこんな態度取りませんよ」
姉と妹は王太子妃の座を巡って火花を散らしているが、私は興味無しなので。と言うか選外だし。
と言う訳で肩をすくめておどけた態度を取るが殿下は眉間に皺を寄せた。
「それはどうだか、最近アネットーカ嬢とは話したか?」
「残念ながら会話の少ない殺伐とした姉妹ですので、なるべく顔を合わせないようにしております。学園ですれ違う程度でしょうか? 殿下方の方が会っているかもしれませんね」
「クラスは一緒だがよく話すのはサフィアの方だな」
はて、と考える。
青い方の殿下がよく話しているのは姉のアネットーカのはずだ。そのまま婚約者に指名するだろう。イモットゥーリとよく話す方は大体赤い方の殿下のはずである。こちらもそのまま指名するはずだが。
「……んん? 失礼ですが殿下は……えぇーっと?」
「……ルビスだ。君はどちらなのか認識しないで話していたのか?」
考えるのが面倒で相手に答えを求めたらあきれた顔をして言われた。解せぬ。