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顔を離したとたんにぎゅうぎゅうと抱き締められる。サフィ様の顔は見えないが、耳が赤くなっているのは確認できた。
ふっふっふ、私だって攻撃致しますとも、自爆技なので本日二発目は無理そうだけれど! オーバーヒートしてますけども!!
「あーこのまま拐って囲ってしまいたい」
それでもサフィ様の腕の中に囲われたままでいたら、なんとも魅惑的な言葉が聞こえた。
「良いですよ、私は我慢できて三日位でしょうけど」
ただしお触りは禁止である。攻撃するのはいいとしても、攻撃されるのは心臓に悪いので勘弁してほしい。
「行動に移しそうだから肯定しないでほしい」
抱き締められる心地よさに流されて、これくらいで止まるならばお触りが有っても……と即手のひらをひっくり返す。
うん、私の心臓が持つ範囲でならアリかも。
なんて我ながらぶっ飛んだ思考に恐れおおのいた。
私どれだけ浮かれているのだろう? いやいや浮かれているわけではない! 公爵家と比べれば、どこだって天国だから。衣食住提供してくれるなら楽園だから!!
「真面目な話、あの家に帰るよりも殿下に囲われた方が安全な気がします」
いくら腕に自信が有るとは言え、四六時中警戒出来ても、守りの呪文を思い付く限りの全ての服と持ち物に縫い付けて安全だとしても、気を抜いて休めなければきっと綻びは出る。
「……それに帰りたくないです、あの家には」
思い出しただけで暗い過去が頭を占める。
あの家で、私は、誰からも見向きもされない独りぼっちだった。一方的に罵られる事は有っても会話をしてくれる人も居ない。
令嬢らしく家庭教師も付いていたが、教えられる範囲の課題を早々にクリアしてしまい、もう教えることはございません、と、その日以来私の元に来ることは無くなった。
用事がある時は公爵が話し掛けてくる位で、私は居ても居なくても良い存在なのだと日々の暮らしから自覚するには充分で。
事実、家から抜け出し何日間も帰らない日が続いても誰も私を心配などしていなかった。むしろ居なくなったのにも気が付いて居なかっただろう。
「ミティ大丈夫だよ」
サフィ様はぎゅっと私を抱き締めて、ポンポンとあやすように背中を叩いてくれる。
「どうしたんですか? 私は大丈夫ですよ?」
「嘘、初めて会った時みたいな顔をしているよ?」
サフィ様と顔を会わせた時、私は表情がごっそり抜け落ちた人形みたいな顔をしていたらしい。
今でこそ王妃様のお蔭で、人間関係を円滑に進める術を身に付けたのだが、当時はまあ、酷かった。
コミュニケーションの取り方なんて知らなかったし。
身の安全に、時間制限がある事に気が付いてから、私は家から逃げるようにギルドへ通っていた。あそこには私の、シルビアの居場所が有ると思ったからだ。
頑張れば頑張るほど誉められて、誉めて欲しくてまた頑張る。少し強い魔物を倒せば驚きつつも持て囃され……そんな驚嘆が畏怖に変わるのは早かった。
優しかった人達の目に恐怖が浮かんでいるのが見て取れた。同業者からは私に仕事を取られると敬遠された。
それもそのはず、淑女教育が完璧すぎたお蔭で私は感情を顔に出さない子どもになっていた。
今だからこそ分かる、ずっと真顔の子どもって怖い。怪我しても、魔物の返り血浴びてても、真顔。得体も知れないし……うん滅茶苦茶怖い。
いや、そこで笑顔でも怖いんだろうけど。
でも、それを気が付かせてくれるような人は私にはおらず、その頃はもう、そんな事に傷付く感情の機微はもう持ち合わせて居なくて。その代わりに全てがどうでもよくなっていた。
あ、今では気心知れてる仲間も多いですけどね? 結局私に足りなかったのは表情と言葉であったらしい。
しかしそれを私に気が付かせてくれたのが王妃様だった。
初めて会った時、表情の抜け落ちた私に、口角を上げて生きろと言って抱き締めてくれた。親友が命がけで産んだ娘がこんな事になっているのが悔しいと憤り泣いてくれた。
何故この人は他人に感情をここまで表せるのかと疑問だった。思いをぶつけても返って来ないのは辛いのに。
それでも抱き締められた温もりに、私の事を心配してくれる人が居ることに困惑して、助けを求めるように辺りを見回すと金に近い琥珀色の瞳と目が合った。
「あの時表情が乏しかった私を見て、何故私が困っているとわかったんですか?」
目が合った後にサフィ様が王妃様に言ったのだ、その子困っているみたいだから離してあげて、と。
「逆に聞くよ、王妃殿下に抱きつかれて泣きわめかれて困らない人間がいると思う?」
「なるほど、いませんね。でもその後のサフィ様の行動にはもっと驚いたんですよ?」
ポカンとしていたらいきなり口にクッキーを詰め込まれ、美味しい? と、こてんと首を傾げて聞いて来たのだ。顔の造形も相まって天使だと思った。いや、天使だった。
「顔に出てなかったけどね、だから次々とテーブルの上に有った焼き菓子をここに放り込んだ」
ぷにっと唇を押さえられる。それだけの事なのに、先ほどのキスを思い出してしまい顔に熱が集まる。
「あの時に君を好きになったんだ。こんな風に僕の前で色んな表情を見せて欲しいと思っていた」
再び近くなった距離に今度は抵抗せずに目を閉じて受け入れる。
「可愛い、ミティ。好きだよ」
柔らかな感触が、唇に触れる。
何度も。
抵抗せずに受け入れたけれども、無抵抗でいると何度も角度を変えて、口付けの間に可愛い、と、好きだよ、と、囁かれる。
いや、だから! お手柔らかにお願いしますってば!!
「や、やめ、んう?!」
制止の言葉は聞かないし、いつの間にか腕を掴まれているし、先ほどの防御は出来ないし、……エスカレートしているし。
……仕方あるまい。こちらも必殺技を繰り出してやる!!
「いい加減にしないと王妃様に言いつけますよ!!」
強めに爪先を踏みつけて、動きが止まった所に止めを刺した。
「この空気で王妃様の話題は止めてほしい」
サフィ様が心底嫌そうな顔になったが口付けは止まった。流石王妃様。私のピンチは大体王妃様が救って下さるのである。王妃様万歳。ビバ王妃様。
「王妃様から、うちの子が暴走したら遠慮無く私に言って頂戴と有難いお言葉をいただいております」
うちの子がどっちを指して居たかは知らないが、きっと話題に出しただけで止まるから、との事である。
何故に効くのかは分からないが効果は抜群だったようでサフィ様の眉間にシワが寄ったままになっている。
「……本当に王妃様の事が好きだよね」
「恩人ですからね」
同時に母の様だとも思っていた。サフィ様と結婚すれば義母となる。
王妃様からは人として円滑に生きていくノウハウを教わった。それは人との接し方しかり社交界での気配の消し方まで色々だ。
今日まで姉妹達にほぼ敵認定されていなかったのも王妃様の入れ知恵が有ってこそだ。でなければとっくに私は消されていたに違いない。
そんな人が義母……あれ? この婚約、結構悪くない。
「王妃様が居なければ私はとっくにこの世に居なかったでしょうし」
文字通り保護者だったのは間違いなく王妃様だ。姉妹全員が婚約者候補だったために、表立って動けないのがもどかしいとは言っていたが、充分すぎるほど守ってもらった。
「……そこは感謝すべきなんだけど、悔しいな」
拗ねて居るサフィ様を可愛いなと、思いながら励ますように手を握る。
「これからは頼りますから、お願い致しますね?」
「うん、一杯頼って。ミティを守る役目は誰にも譲る気はないから」
きゅんと胸が正直に鳴いた。甘えられる存在が居るのも悪くはない。
「公爵家にも帰りませんからね!」
「うん。ミティは残り一年を学生寮で過ごしてからお嫁さんにおいで。公爵と約束は取り付けているから大丈夫」
あれ? でも私、一人っ子になるはずで、お嫁に行ったら……
「公爵家の跡継ぎどうするんですかね?」
「それは……二人でいっぱい頑張ろう」
サラッととんでもないこと言われた気がしたが、つまり私の……私達の子どもが公爵家を継ぐと言うことですね! いっぱい頑張るって……そう言う……うん。
とりあえず心臓を鍛えておこう。どうやったら鍛えられるかは知らないけれど。
しかし、とっくに外堀埋まってたんですね。公爵とも話は付いていたみたいだし。
「全部お任せし過ぎで申し訳無いですし、フィジカル面なら丈夫なので、私がサフィ様を守ります」
「そっちも僕の方が強いかもよ?」
「ふ、シルビアは最近名を上げたばかりのひよっこ冒険者に遅れを取る程弱く無いですよ」
「ふーん、じゃあ今度手合わせでもしよっか?ミティが負けたら僕に守らせてね」
「望む所です! 私が勝ったら私がサフィ様を御守り致します!!」
こうして互いに譲らなかったバカップルの壮絶な手合わせは、自称邪神を巻き込み滅ぼした。
邪魔が入ったために仕切り直した手合わせは、自称大魔王をも巻き込み、これまた滅ぼす。
手合わせと言う名のじゃれあいは、悪を巻き込み周囲をどんどん平和にしていく。そんな二人が国民から熱狂的に支持されるのは少し先の話だ。
そうして影の薄かったご令嬢は歴史上に婚約者と共に名を刻む。
後にこの二人は夫婦となり王国の歴代最きょう(強、凶、狂)と謳われる、王国史の中でもかなり目立つおしどり夫婦となった。
これはモブで居られなかったご令嬢のお話。
ここまでお付き合い頂き有り難うございました。
評価&ブックマークを付けてくださった皆様、誤字のご指摘、大変有り難うございました。
三姉妹の真ん中はモブで居たい はこれで完結となります。
続編は、ルビスをヒーローで一本書くかもしれませんが、予定は未定です。新作を書くぞ!と思っておりますので、見かけた時にはまたお付き合い頂ければ幸いです。
目を止めて下さった皆様に心からの感謝を。 青黄赤