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「と、ところで殿下」
「名前で呼んで欲しいな」
「サフィア殿下?」
「殿下呼びは堅苦しいよね」
「サフィア様」
これは端から見ればイチャイチャしているように見えるのではないか? イヤイヤ、私が町で見かけた付き合いはじめのバカップルみたいな事をするとでも……
「愛称で呼び合うのって素敵だと思わない?」
うん、これは完全に付き合いたてのバカップルの彼氏である。そして私もやぶさかではない。
「サフィ様」
「様はいらないかな」
しかしこれ以上は無理、いくらなんでもムリ。呼び捨てとかいきなりハードル上げすぎですよ殿下。
「……だ、ダーリン?」
「予想外の単語が飛び出してきたね」
「流石に呼び捨ては無理なので、苦肉の策です」
「人前でも言えるなら一向にそれでも構わないけど」
「承知致しました。婚約者殿」
「余計距離感を感じるなあ」
寂しげに呟かれたが無視する事にした。婚約者に相応しい距離感って有ると思う。熟年夫婦の落ち着き払った信頼感って素敵ですよね。
「文句多すぎます、あと私の話を聞く気有ります?」
「ごめん、今は様付けでも我慢するから愛称で呼んでくれると嬉しい。で、ミティの話は?」
仕方がないのでそれで折り合いを着ける事にした。本日のために置かれたであろうソファに座るように促され並んで座る。
しかし距離が近くないですか? サフィ様。
「姉と妹についてです。ルビス殿下にお聞きしたのですが、私は一人っ子になりそうなのですか?」
「ああ、カトレッド公爵は見捨てる判断をしたみたいだ。婚約者候補でもなんでもなくなったし彼女たちを助ける理由はこちらもないからね」
「ちなみに名前を抹消か、存在を抹消のどちらでしょうか?」
「名前を抹消の方らしい、存在の方が良かった?」
「いえ。まあ、どうなっても悲しむほどの情は持ち合わせておりませんので」
薄情なのかもしれないが、煮るなり焼くなり好きにしてくれ、とは思う。それほど姉妹の絆と言うものは希薄だ。いや、無い。
例えるならフレーバー水の水割りを飲み干したコップの氷の溶けた水くらいのフレーバー位しかない。
うん、逆に例えが意味わからん。
「で、カトレッドの名前を消す位の罪って何をしてたんですか?」
断じて姉と妹を心配しての事ではない。純然たる興味である。何をしでかせばあの狸ですら放り投げるような事になるのかが気になった。
お金も地位も有るから、醜聞を広げるよりは揉み消した方が早いと判断するような狸だ。たとえ殿下方との婚約が失敗したとしても、どっかの後添えとか色々な利益になりそうな縁談を組みそうな気がするのだが。
「まずは姉の方かな。違法薬物売買と人身売買、危険魔獣無許可捕獲と飼育、それらの指示と献金。ミティのお母様の実家、ラミーネト伯爵家が取り仕切っていたけどね」
「一個でも服毒レベルのヤバい事オンパレードですね! 逆に名前抹消で済む意味が分かりません」
ラミーネト伯爵家は姉と私のお母様の実家である。姉を溺愛している祖父母は、共に壮健であったはずだが、私の顔を見るたびに人殺しと詰るため、なるべく顔を見ないように逃げ回っている。
祖父母に当たるラミーネト前伯爵夫婦、及び叔父に当たる独身の現ラミーネト伯爵、ついでに姉からも、嫌がらせ等は大小バリエーション豊富に些細な事から命に関わる事までされた。
私の把握していない物も多いはずだ。むしろ把握してない嫌がらせの方が多いに違いない。あちらも私も、味方かと問われれば、敵方であると断言できる位には忌み嫌っている。
そんなだからラミーネト伯爵家は私に取ってただの血縁が有るだけの家だ。どうなろう知ったこっちゃない。むしろどうなるか楽しみである。
「そうだね、アネットーカ・カトレッド公爵令嬢は、明日、ラミーネト現伯の養子になる。その一月後捕縛予定だから、この情報は漏らさないでね」
「はい」
「前伯夫婦と現伯、並びに関わりが深いアネットーカ嬢は、爵位、領地、資産取り上げの上に罰金刑が課せられる事になっている」
「罰金刑ですか? ずいぶんとまあ」
生ぬるい。庶民になったってその気になれば冒険者とかで稼げてしまう。元々貴族は高魔力な者が多く、冒険者向きである。多少のサバイバルに我慢出来ればと前提が付くが。
「ちなみに金額」
スッと両手で表示した金額に目を見張る。
いや、これ国家予算何十年分ですか?
「プラス桁3つだよ」
「とてもじゃ無いですが払えませんって」
人一人が生涯で頑張っても稼げる金額を軽く越えている。刑が言い渡されるのは、前伯夫婦と現伯、それと姉になるのだが、四人で頑張ったとしても絶対に払えない。
「生きて償えって事らしいよ? 末代までね。勿論自死は認められていない、他にも他国への移動禁止とか細かい規制を罪人の証として身体に呪文を彫る予定、これは完済するまで子孫に遺伝する仕組みになるそうだよ」
つまり現伯、並びに姉の子孫は罰金に苦しむ事が決定している。簡単に考えれば、罰金に苦しむ哀れな子を作らなければ良い話である。もしくは罰金を払い切るか。中々にエグい罰である。
まあ、普通に無理な金額であるから、選択肢は実質二つ。結婚せずに罰金を払い続けて散るか、子孫に負の遺産を背負わせるかの二択である。
……そんなとんでもない罰金抱えた人間と一緒になりたい人が居ればの話だが。
「素直に服毒の方が優しい気がしてきました」
「売られた人と同じ扱いを味わって貰おうと言う刑だそうだよ」
「怖っ」
「あとそんな犯罪を、孫娘、姪、同腹の妹に着せようとした罪もあるしね」
「やっておしまい下さい」
つまりは私に擦り付けようとしていたと! 最後の嫌がらせが未遂に終わりそうでほっとした。
ありがとう王家の影様方。あなた方が暴いてくれたお陰で私は安心です。