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講堂の中央へ移動してステップを踏む。サフィア殿下のリードは踊りやすい。失敗したふりして足を踏めない位には、踊りやすい。
「もうちょっと抵抗するのかと思っていた」
音楽に消える位の囁きでサフィア殿下が話す。周りからはきっと笑顔で囁き合っているように見えるだろう。
「私が、ですか?」
「うん、学園で話していると遠慮が無いからね」
そりゃそうだ、身分撤廃を笠に着て結構好き勝手言わせてもらった。だが、
「流石に空気は読みますし、長いものには巻かれますし、約束もあったんで」
お祝いの場に水を差すほど野暮じゃない。巻かれた後は撒こうと思っているがそれはそれ、これはこれだ。
「覚えていてくれて嬉しいよ」
花の咲いたような笑顔とはこういう事を言うのだろうと、サフィア殿下の顔を見て思う。男性にその表現は不適切な気もするが、そうとしか言い表せない、心からの笑みだった。
そんな笑みに後ろめたさを覚えて目を逸らす。明日逃げたら裏切る事になるんだなと、急に罪悪感が芽生え始めてきた。
……が、逸らした先で被弾した令嬢が何人か倒れているのが見えてそんな考えは吹き飛んだ。何なんだこの美形兵器、その顔で何人倒した!? コレの隣で比べられるとか、うん悲惨。今は化粧マジックしていますけど私の顔はこれとは釣り合わない!!
「ねえミスティーナ嬢、冒険ギルドのシルビアの話は知っている?」
「う、噂程度ならば聞いております」
いきなり唐突に、なんでよりにもよってその話題をぶっ込んでくるの!? ご本人に向かって。
「最近は黄金ドラゴンの鱗を持ち帰ったり、宝石ワームの討伐なんかをしていたらしいよ?」
「へ、へー。凄い方ですわねぇ」
いや、何でそんな情報仕入れている? そして、よりにもよってなぜ私に話す?!
「僕らのもらったリボンも宝石ワームの絹と黄金竜の鱗から作った金糸で作られているね。それも幾重にも守りの呪文が重ねてある。重ね重ねになるが高価な物を有り難う」
「ど、ドウイタマシテ」
噛んだ、ものすごく噛んだ。言葉選びも微妙すぎる。
「シルビアは今後隣国で活動する予定らしいんだよね」
「へ、へー、それは我が国にとって損失ですわねぇ」
等とシルビアの話題をフリまくる殿下にしらばっくれて適当な相槌を返すが、内心は冷や汗が滝のように流れた。なぜシルビアの行動まで把握されていていて、シルビアが隣国に行くことまで知っているの!?
「……って話らしいんだけど本当なの、シルビア?」
「……」
あ、うんバレてた。がっつりバレてた。え、いやなんで? え? いやいや、え?
「そんな青い顔しないでよ、大丈夫だから。多少お転婆なところは有るけど、君は教会に寄付したり慈善事業にも力を入れていたでしょ? 立派な淑女だよ」
いや、何が大丈夫だ。私は大丈夫ではない。
表面上誉めてはいるが、つまりは私の逃げ道は把握済みだと言われたも同然だ。出奔したらまずは教会、というセオリー通りに寄付と言う名の賄賂を渡していたのに。全部バレてた!
これじゃあ逃げ道塞がれてるも同然だ。それでも夜明け前にどう逃げるかと算段を付けていたら、きゅっと腕輪の付いている腕を握られる。まるでこっちに集中しろと言われた感じがする。
「これ気に入ってくれた?」
「はい、私好みですけど……?」
「良かった、僕の色を気に入ってくれたんだね」
言われて気が付いた、殿下は金髪金目だ。そして今日付けられた貴金属は宝石以外金色である。腕輪に至っては金とイエローサファイア、殿下の見た目の色だ。婚約者に自分の色の装飾品を送るのは一般的な事では有るが、今朝の時点ではただの候補である。
「……資金提供は公爵だと聞きましたが?」
だから素直に受け取ったのだ。親からのお金ならばまあ、養育費の一貫だ。出所が領民から頂いた税であっても私の中ではセーフゾーンである。養育費だから。
「それはドレスの話。貴金属は僕が支払わせてもらった」
「……いただいた時点で、まだ婚約者になっていませんでした。私だけに国のお金を使っては不公平では?」
殿下からとなると、もらった時点では他人だった、つまり私的にはアウトである。だってもらう理由がない。国のお金を使うのに、婚約者候補三人を平等に扱わなきゃ批判も有るだろう。もう着けちゃっているけど、後で返そう。
「大丈夫、国庫からは出てないよ。僕が個人的に稼いだお金で支払ったから」
そんな私の考えを見抜いたかのようにさらっととんでもない爆弾発言をした。
「……はい?」
「冒険者って儲かるねって話」
「んん?」
いや、そうですけども。なんで殿下が冒険者やってんの? 職業殿下でしょ? いや、王子か。
「腕には少々覚えがあったからね。意外に稼げるんだなぁと、あと君と同じ事をしてみたくて。もうちょっとで特Aだったけど、市井だともう成人扱いだから次は普通にSランクかな」
侍女さん達が言っていた新進気鋭の冒険者ってこの人か!?
照れたように言う殿下に、これは胸をキュンとさせるべきなのか、胃をギュンとさせる場面なのか、判断に困った。が、身体が起こした反応は素直に両方だった。
我が身体ながら器用な反応をすると感心した。
「……御身を大事にして下さい、何かあったらどうする気ですか?」
冒険者で稼げると言うことは、命の危険が高く伴う仕事を受けた事だ、それも沢山。しかも特A昇格間近だったとか? かなり無茶をしたはずだ。考えただけで私が側近なら泡吹いて倒れる自信がある。
「それは君も同じだよね? まあ、そういう訳だから遠慮なく受け取って」
「いや、余計頂けませんよ、お返しします」
どういう訳だよ!? と突っ込みたくなる。そして命懸けで稼いだお金を使ったとか、逆にもらえない。重い重すぎる!!
「どうしても全部僕に返したいなら君ごと僕のものになってもらわなきゃいけないなぁ」
「は?」
「これね」
殿下が私の腕輪の付いた手を再びきゅっとにぎる。自然に目は腕輪に落とされていた。
「僕以外が外せないようになっているんだ。僕は外してあげる気は無いから一緒に僕のところに来るしかないね」
「……」
なんですと? 慌てて魔力を通してみるがすべて腕輪に弾かれた。……うん、こうなれば鍵穴に針金を……鍵穴、ナイヨ……
「ちなみに色々機能が付いていてね、防御とか追跡とか強制で魔力提供とか様々」
「つまり」
「逃がさないって言ったでしょ?」
爽やかな笑顔でとんでもない事を言われた気がする。いや言われた。
それでも逃げ……切れないね。
追跡で場所が割れ、抵抗したら魔力を強制的に吸い取られる。そんな腕輪は取れません、うん詰んでるね。こうなれば逃げるのも面倒だ。そして私は諦めと行動は早い方でもある。仕方がない腹を括るか。
グッバイ私の幸せ未来計画。
そこら辺に居る一般人になり、顔がいい溺愛してくれる旦那様と添い遂げる計画だったが、まあ、諦めよう。代わりに顔が良い旦那様(予定)は手に入りそうだから。