096 『絡まった運命』
数時間後。ユウは応急措置を受けてクロストルの運ばれた病院へと赴き、ラディと共にロビーで待機していた。手続きとか確認作業とか色々あるらしいし、何よりもクロストルが身を置いていた暗部の件で時間が掛かると言っていたから。
そうしていると駆けつけて来たリコリスに声をかけられる。
「ユウ!」
「リコリス……。よかった、丁度聞きたい事があったんだ」
この中で一番暗部の組織に詳しいリコリスなら何か知っているかと思って問いかけるのだけど、帰って来たのは既に問いかけていたラディと全く同じ言葉であって。
「暗部の組織について聞きたい事があるんだけど……」
「あ~、ゴメン。奴らとは交戦しても情報自体はほとんどないの」
「え?」
「暗部は情報管理を徹底してる。だから情報を掴もうとしても必ず足跡が途切れちゃってるんだよ。そうでしょ、《影の情報屋》さん?」
するとリコリスはラディへ視線を向けては問いかけた。そして彼女は声では答えず、顔を縦に振ってその通りだと肯定する。
まだフードを被っているという事は素顔は見られたくないのだろうか。
やがてリコリスは両手を腰に当てると呆れたような表情をして言う。
「しっかし、よくもまぁ毎回大きな事件に首を突っ込めるね」
「…………」
何も言い返せないので目を逸らして受け流す。逃げれば何とかなるはずなのに、毎回交戦してこうなるのは恐らく譲れない何かがあるからだろう。今回はラディを守る目的があった様に、全ての戦闘において何かしらの不利益があった。そうとしか言いようがない。
結局、気絶とまでは行かずとも今回も無茶を通してしまったし、後でユノスカーレットに叱られるだろう。そんな事を考えながらも話題を変えた。
「そ、それより、一番聞きたいのは例のマスクに付いてなんだ」
「ああ、コレの事ね」
するとリコリスは懐からある物を取り出した。それは肌色をした薄いマスクで、耳までしかない所を見ると顔に張り付けて使うのだろうか。そう考えているとリコリスは実際にマスクを身に付けながらも解説をはじめてくれる。
でも、その瞬間にリコリスの顔は別人に変わって。
「コレは正規軍が最新技術を応用して作ったマスクらしいの。使用用途は彼みたいに隠れる為にね。で、これを使うと別人になれるって訳」
「うわ、気持ち悪……」
「気持ち悪い言うな」
マスクを付けた瞬間にマスク全体が大きく歪んで別の輪郭を作り上げた。それから様々なパーツを構成するとダンディなおじ様系の顔が浮かび上がり、美少女の体型にイケメンが乗っかってるからそのアンバランスさに唖然とする。
そしてマスクを剥すと微かなノイズと共に元の顔が映し出された。
「それが、正規軍の作った……?」
「そう。設計図も不明だから、これは前に捕虜として捕まえた人から拝借した物。よくもまぁこんな物を作れるよね」
前々から正規軍は凄い組織だと思っていたけど、どうやら凄いどころでは済まされなさそうだ。ここもナノマシン的な何かを使っていたから凄かったものの向こうも負けていない様子。
しかし、薄いマスクを一枚付けるだけで誰にでも成り変われると言うのは少し恐ろしい。
でもそれ以前に重大な事が既に明かされていて。
「って事は、クロストルは以前に正規軍と……?」
「そう。本来ならレジスタンスに任せっきりになるけど、リベレーターが関与するのは彼が正規軍や暗部に付いて情報を持っているからって訳」
なるほど。正規軍しか持ってない物を持ってる時点で怪しさ満点だし、暗部にいた事もバレているから情報を吐かせようと言う事か。確かにそう考えればクロストルは貴重な情報源となるだろう。いや、元から情報屋なのだから情報源である事は当たり前なのだけど。
少しするとリコリスはユウがここにいる事を問いかけて来る。
「そう言えばお二人さんは何でこんなところに?」
「実はカクカクシカジカお兄ちゃんって事で面会できるか手続きしてるんだ」
「へぇ~。そんな展開も本当にあるんだ……」
かなり略称したけど、事件の一連の流れを聞いていたリコリスはすぐに納得して頷いた。っていうかよく即座に納得できるな……。
そうして話し合っているとカウンターから声をかけられて一時的に話を中断する。
「あ、呼ばれた。じゃあまたあとで」
「はいは~い」
彼女も彼女で色々と様があったのだろう。すぐに別の窓口へ駆け寄っては色々と手続きを始める。ラディはすぐに呼ばれた所へ駆けつけると色々と話を聞き、ユウを手招きしてはクロストルがいると言う病室まで早歩きで向かい始めた。
だからその後を追って一緒に向かう。
しかし、まさかクロストルがラディの探し求めていた兄だとは思わなかった。まぁ互いの性質上出会えなくて当然なのだけど。結果としてユウは意図せずとも二人を引き合わせる仲介役になったという訳だ。
やがてクロストルが待っている病室まで辿り着くとラディは立ち止まってドアを見つめる。それも両手を胸の前で握って緊張しながら。
だからユウは彼女の背中を軽く叩くと入る事を促して入室させる。するとラディはドアを開けて病室の中で外を眺めていたクロストルと対面する。
しばらくするとラディは自らフードを取って素顔を見せた。
ちなみに、ユウはドアのすぐとなりで何が起こってもいいようにとスタンバっている。
「……ガルにぃ、だよね」
「――――」
そう言うとクロストルは少しだけ反応した。まぁ、そこだけは予想出来ていた事だ。名前で反応しないのに顔で反応するという事はクロストルという名前は本名ではないと。恐らく暗部で名前を隠す為に名乗っていたのだろう。
すると彼も名前を呼ぶ。
「ラディ、か?」
「……!!」
その直後からギシッと軋む音が耳に届く。見たいのを堪えているから分からないけど、多分走って抱き着いたのだろう。証拠としてクロストルは少しだけ驚いた様な声を上げている。
しばらくするとラディは絞り出すかのような声で言う。
「よかった。本当に、生きてて良かった……っ」
「…………」
けれどクロストルはその言葉に答えようとはしない。せっかく久しぶりに――――いや、数年越しに再会したと言うのに、彼の方からは何も言わなかった。
その理由は明白としていて。
「ごめん、ラディ。俺は……」
「言っても無駄だと思うぞ」
彼の言葉を遮ってユウは伝える。
遠慮しているんだ。暗部の組織に所属していた事や、そのせいで大きな誤解を生んでしまった事に。ユウが傷ついたのだってクロストルのせいだと言っても過言ではない。そんな現実を認識させられれば数年越しの再会でも遠慮気味になって当然だろう。
だからこそユウが代わりに言わなきゃいけなかった。
「それに戦闘の事は怒ってない。今は何をしてたのかは全て忘れて、兄妹水入らずの時間を楽しんだらどうだ?」
元々ラディを兄に会わせるつもりで戦ってたのだ。それが最終的に早まっただけ。ならどんな形で在れどユウの目標は達成したって訳だ。まぁ、クロストルが兄だったのには凄く驚愕したが。
けれどそう言われてもまだクロストルは腑に落ちないみたいだった。故に戸惑ったような声が帰って来る。
そりゃ、今は敵ではないとはいえ一時的に本当に殺そうと思っていたのだ。それだけでも彼がどれだけ荒れた道を歩いて来たのかが目に見えて分かる。でもラディだってそうだ。ラディだってクロストルに会う為だけに身を削って命を奪い、それでも尚今日まで生きて来た。
それを伝える為にもラディは自ら自分のして来た事を言う。
「私は暗部だからって理由で嫌いになったりなんかしないぞ。だって、私だって、似たような事は一杯して来たんだから」
「え?」
「罪を重ねたのはガルにぃだけじゃない。私だって生きる為に人を殺して暗部にも首を突っ込んだ。だから、ガルにぃだけじゃないんだぞ」
必死にそう訴えた。するとクロストルは次第と息を荒げては嗚咽を混じらせていき、頬に大粒の涙を流して行った。
やがて擦れそうな声で問いかける。
「許してくれるのか、二人とも」
「そりゃ俺はラディを兄に合わせる為に戦ってたんだ。結果オーライってヤツだ」
「許すよ。だって、こうやって私と会ってくれたんだもん。それだけで、私は……っ」
恐らくクロストルが兄じゃなかったら許してなかっただろう。そして仮にあの時にラディを見て反応してくれなかったら、きっと今も敵として認識していたはずだ。ラディにも会わせなかっただろうからずっと気づけずに探してたはず。
でもまぁ、それはもしかしたらの話で現実じゃこうして出会えているのだ。形や経緯はどうであれ、最終的に目的は達成しているのだから文句を言う必要はない。
しっかし、よくここまで捻れた物だ。これから事情聴取が始まるから向こうの事情も分かって来ると思うけど、生き別れたせいでここまで捻れ絡まってしまうとは、運命と言うのは本当に恐ろしい。……それも、カミサマが干渉してると思うが。
「言葉はいらない、か」
その後は二人して抱き着きながらも涙を流していた。だから兄妹水入らずの所に水を差しちゃ可哀想だと思ってユウは部屋を離れる。それにこの後の話はユウじゃなくてリコリスやレジスタンスが何とかしてくれるはずだし、ユウがここでお節介をする必要もなくなった。
だからこそユウは歩いて行く訳なのだけど、その時に声をかけられて立ち止まった。
「本当にありがとう。この礼は、命に代えてでも絶対にしてみせる」
「…………」
でもユウは答えずになんて返そうかと迷った。
確かに彼の事は最終的に殺す気で攻撃した訳だけど、今となっては誤解も晴れてまた死なせたくない人達の一人に入ったのだ。故に死んでもらっては心が折れそうだからこっちが困ってしまう。そうとなれば返す言葉は一つだけで。
「命に代えないで、死なないで返してくれればいいよ。それが、俺の望みだ」
そう言って本当に病室を離れて行った。微かに礼を言う声と嗚咽を聞きながら。同時に脳裏である言葉をつぶやきながら。
救えたのかな、って。




