093 『知られざる過去』
「死んでたって、え、どういう……?」
「言葉通りの意味! 君は本当に死にそうになってたって事だ!!」
ラディは以前と今さっきまでやっていたユウの行動を叱り続ける。でも死にそうになってたと言われても殺意とかは全然感じなかったし、ただクロストルが焦っていたとしか言いようがないと言うか……。そう考えているとラディはクロストルの情報を口にする。そしてユウはソレを聞き逃さなかった。
「彼は常に完全武装で周囲を警戒してる。そして君があの時に嘘や曖昧な答えを続けていれば、最終的には本当に死にかけていたかもしれないんだぞ」
「でも、なんで……。っていうか何でラディがそんな情報を?」
「あっ――――」
するとラディはユウの問いに少しだけ硬直する。
今ので確信した。例え微かな情報であっても二人は互いに面識があるんだ。それがどうしてこんな風になっているのかは分からないけど。
だからユウは更に問いかけた。
「二人はどういう繋がり何だ? 何でクロストルはラディをあそこまで探して、ラディはクロストルを避ける様な言動を繰り返してるんだ?」
「…………」
けれど答えようとはしてくれない。そりゃ隠してる秘密を話せと言っている様な物なのだから当たり前か。ユウにとってはリストカットの事を話せと言っている様な物だし。
しかし、どっちにしろユウの予想は正しかったわけだ。二人に何かしらの繋がりがあった事も、ラディがユウを常に尾行している事も。
やがてラディは深いため息をつくと観念する。
「……ここまで来たらもう隠す事は出来ないか」
このまま怒るつもりだったのだろう。表情からは残念そうな色が伝わって来る。だからラディは両腕を力なく垂れさせると諦めて今まで隠していた事を話し始めた。それも普通なら途轍もない対価が必要になりそうな情報を。
「そうだぞ。彼は私を追って、私は彼から逃げてる。そして正体を確かめようと同時に追いかけてもいる」
「逃げて追いかけてる?」
「私達情報屋は互いの性質故に手掛かりを一つも掴めてない。私だって何度も彼の正体を暴こうとしたけど、暴けた事なんて一度も無い。それは向こう側も同じ」
「ああ、言われてみれば……」
正体を掴めているのならここまで回りくどい事はしないだろう。つまるところ、互いに互いの事を知りたいけど神出鬼没な上に隠蔽術を持ってるのだ。そりゃ、互いに探れなくても当然だろう。
つまりユウは意図せずとも二人を結びつけた仲介役になったという事だ。
ラディは腰に手を当てると今一度ユウを睨み付ける。
「でも、私達の仲介役を果たしてしまった以上、君はクロストルに追われる事になる。彼にとって私への情報はそれ程なまでに重大な事なんだぞ」
「うっへぇ。情報屋に追われるってゾッとするな……」
「それを君はやってしまったという事だぞ」
そう言われてからようやく自分のやってしまった事を自覚した。ラディには常日頃から尾行されている訳だけど、クロストルに追いかけられるのは想像すると少しゾッとする。更にあそこまで必死になるのだから相応のしつこさで追いかけて来るだろう。
でもそうでもしなければこの確信を得られなかった。だからユウは更に問いかける。
「……何で、クロストルはラディの事を追ってるんだ?」
「――――」
けれどラディは目を逸らしては迷ったような瞳を浮かべ、どう答えるべきかと悩み始めた。やっぱり話せない事でもあるのだろうか。ユウとて気になるけど無理に吐かせる事はしたくないし、ここは――――。そう思っていると口を開いてくれる。
それは曖昧な言葉でしかなかったのだけど。
「これはあくまで憶測でしかない。だから、本当の情報でもない」
「それでもいい」
「……じゃあ、これを話すのには前提として私の過去を話さなきゃいけないな」
するとラディは覚悟を決めた様な表情でそう言う。過去を話すだけでもかなりの勇気がいるだろうし、どれだけ迷ったのかを彼女の瞳が教えてくれる。
それでもユウはラディが決めた事だからと覚悟を決めてその話を聞いた。
「――昔、私は兄と一緒に暮らしてた。兄って言っても血の繋がりはないし、両方母親がいないまま私がその人に拾われたんだけどね。でも、私は兄と一緒に何とかこの世界を生きてたんだ」
拾われた、って事は捨て子だったのだろうか。それとも生まれて早々親が逃げたか他界したか。何にせよその真実はラディにとって苦しい物だったのは間違いないだろう。自分の頼れる人がいないなんて事は、物凄く辛い事のはずだから。
彼女は辛そうな目をしながらも続ける。
「でもある日、私と兄は離れ離れになった。その理由は数十年前に訪れたアラスト市での大侵略だったんだ」
「大侵略って、数十万の犠牲が出たっていう……!?」
「そう。私はそこで生き延びたけど、兄は今だ消息不明。そこで私はナタシア市へと移動し、戦えない体でどうにかして生活費を稼ごうと考えてた」
テスが言っていたアラスト市での大侵略だけど、まさかラディもその生き残りだっただなんて。意外な事実をこんな所で知りながらも話を聞いた。
しかしそれからの話が本題で、この世界にありふれてユウにとっては壮絶な過去で。
「その時に思いついたんだ。情報屋として生きて行けば戦わずして生活費を稼げる。そして、あわよくば別れた兄の情報を掴めるかもしれないって。それに私は隠れるのとか走るのが得意だったから、様々な所へ走って情報を集めるのは容易だった」
「自分の長所を生かしたって訳か。でもよくもまぁ、そんな思い付きで情報屋なんて始められたな」
「じゃなきゃ生きていけなかった。と言っても最初は情報管理が大変で、道端に落ちてたスマホを拾ってからようやく軌道に乗ったんだ。同時期に私と同じように情報屋を始めた人が増え始めて、私は一生懸命に街を駆け巡った。危険な所にも身を乗り出して、死にそうな事だって沢山あった。でも生きる為に、兄の生存を確かめる為に、諦めたくなかった」
「――――」
ラディの事は詳しくは知らないけど、戦えない体と言っていた当たり体が弱いのだろうか。まぁそうなったら何で街を駆け巡れるんだって話になるけど。
それいか生きれる方法がなかったのだろう。だから昔からそんな事を続け、今になれば神出鬼没と言われる程に技術を上げたと。
「でも、それとクロストルがどう関係するんだ?」
「さっきも言ったようにこれは憶測でしかない。でも、可能性があるんだ。――そのクロストルは、私の殺した組織の関係者である可能性が」
「っ!?」
え、そこ兄とかじゃないの? そう思いながらもラディの口から出た「殺した」という単語に驚愕する。だってラディはとても人を殺しそうな人には見えないし、只の情報屋だとばかり思っていたから。
やがてその理由も話し始める。
「実はある情報を掴もうとして暗部の組織に捕まっちゃって、脱出する際に全員を殺害したんだ。そしてその組織は数多くの情報を集めていた。だから、そのクロストルが暗部の組織の一員である可能性が高いんだ」
「――――」
予想よりも遥かに壮絶な過去。それに触れてユウは黙り込んだ。
みんなは中々に絶望的な過去を背負っていたけど、まさかラディは人殺しの過去を背負っていただなんて思わなかったから。
何も言えないユウを見てラディは続けて話す。
「確証もないし根拠もない。もしかしたらもっと別の理由があったかも知れない。でももし本当に暗部の人間であったのだとしたら、君は死にかけてた」
「そう言う事か……」
最初は何でって言葉の連続だったけど、そう仮定するのなら納得できる。だって暗部の組織の人間で、ラディを追っているのだから、その繋がりがある人間を見付ければ何をしてでも吐かせるだろう。つまりあそこで助けてもらえなければ拷問にかけられていた可能性が高いって事だ。
だから彼女に感謝しつつも気になる事を提示する。
「でも暗部の組織だとしたなら、何で自分でサイトとかを立ち上げて大々的に情報屋を名乗ってるんだ? それにクロストルは人の話を聞くのが好きって言ってた。ラディの話からするとクロストルはもっと前から情報屋をやってたはずだ。だとしたら何で……?」
「情報屋に慣れ過ぎて深読みするクセがついてる……。まぁ、そこら辺は偏に隠蔽する為だろうね。暗部を露出するよりも隠した方が安心だから」
「な、なるほど」
妙に理屈が通っている説に納得する。って事はクロストルは暗部の組織の一人で、ラディに復讐する為に情報を探していたって事なのか。
故に最初に出会った時は少し変わった兵士としてコンタクトを取っていたけど、ラディとの繋がりがあるのなら脅迫してでも情報を引きずり出そうとするはず。
また大きな事件に繋がりそうな気がして少し焦りを感じ始める。
「だからラディは《光の情報屋》には気を付けろって言ったのか……」
「そうだぞ。少なくとも彼は既に普通の人間じゃない。言うのなら――――人殺し、だぞ」
「人殺しねぇ」
わざとそう言うって事は同類とでも言いたいのだろう。それが自分自身に向けた皮肉であるのを即座に察するけど、ユウはそれにはコメントせずに考える。
確かにあの焦り様はそうとしか言えないだろう。確実にラディを探し求めてる顔だったし、その為には手段を択ばない眼をしていた様な……していなかったような。と言うのも彼の本性が分からないからこそ曖昧なのだ。
クロストルは誰かと会う度に姿形を変えて現れる。それも性格でさえも。流石にないとは思いたいけど、あの仕草だってわざとやった可能性がある。そう思えてしまうくらいにクロストルの成り変わりは完成度が高い。
これからどうするべきなのだろう。反射的にそう考えた。
この話が本当ならラディとユウはかなり危ない立ち位置にいる事になる。ユウはクロストルから狙われる事となり、ラディはユウを経由して狙われてしまう。元から危ない賭けだとは思ってたけど、まさかここまで危なくなるとは。
やがてラディはユウの肩を掴むと言った。
「いい? 仮に捕まって情報を吐けって言われたら、遠慮せずに吐いていい。後は私が引き受けるから」
「え、でも……」
「OK?」
「お、おーけー!」
そう言うとラディは深く俯いた。
他にも言いたい事がありそうな目で、同時に深く霧のかかった眼で。




