092 『光と影』
「おはよ」
「……おはよ」
翌日。
ユウは廊下で偶然出会ったリコリスと挨拶を交わす。前までは普通にできていた事なのに、今となっては少し顔を見るのが恥ずかしい。そんなもどかしさを噛みしめながらもリコリスの横を通り過ぎる。
ちなみに、アリサとネシアはまだ顔を合わせていないらしい。目覚めて早々今回の件について事情聴取が始まったらしく、そのまま色々とやることがあった為離れ離れになってしまったらしい。つまる所、二人で話し合い捻れを解く機会を失ったという訳だ。
と言っても今回の戦闘で薄々感づいて入るはずだけど。
あの時にアリサが見せた行動と表情。それを見てネシアは察したはずだ。アリサは自分を憎んでなんていない事を。そう見えていたのは彼女が強がってるだけなんだと。
そして当人もその時の行動を振り返って理解出来るだろう。自分にとってネシアがどれだけ大切な存在なのかを。
それにもう会えない訳じゃないのだ。また機会を見付けて接触させればいいだろう。
「どこ行くの?」
「ああ、先の事件でお世話になった人がいてさ。その人にお礼をしようって訳」
リコリスがそう問いかけて来るから親指と人差し指で円を作ると彼女は誰なのかを察した。クロストルには随分と世話になったし、恩を無視する事なんてしたくない。だからユウは彼に何かしらのお礼をする度に小銭を持って街へ飛び出た。
と言っても彼にとっては情報の等価交換を望むだろうけど。
それに確かめたい事もある訳だし。
やがてユウは本部を出て待ち合わせ場所まで走った。本当の事を言えば寄り道的な感覚で子供達の所にもよりたかったのだけど、ここはグッと堪えてクロストルとの待ち合わせ場所へ向かう。
そしてこの前と同じ様に時計――――と言っても酷く崩れている訳だが、時計の真下へと向かった。するとそこにはまだまだ人混みの多い中でコートを着た人が立っていて、その人がクロストルなのだと一瞬にして判断した。
だからその人に駆け寄っては声をかける。
「来たよ、クロストル」
「やぁ、ユウ君」
すると前とは何も違わない姿でユウを出迎えてくれた。ついてっきり姿中身も違うと思っていたのだけど、どうやらそうでもないらしい。やっぱり変装のバリエーションは少ないのだろうか。
普通ならここで何か小話を挟むのだろうけど、ユウは相手がクロストルだからこそ早速本題へと移行させる。
「この前は助かった。ありがとう。――じゃあ早速取引と行きますか」
「えらく警戒してるんだね……」
その様子に彼は少しだけ苦笑いを浮かべる。だってこっちとしてはいつ情報を抜き取られるかなんて分からないし、話すのなら警戒して損はない。だから全力でクロストルの事を警戒しながらも話を進める。
「クロストルは何が欲しい? 一応お金は持って来てるけど……」
「君の体験談」
「まぁ、そう転ぶよな」
彼の返答は分かり切っていたからこそ諦めて後頭部を掻く。でも普通の人からすればかなりありがたい事のはずだ。ラディみたいにお金で代償を払うよりかは自分の体験談であった方が、半ば無料で済むような物なのだから。
ユウもお金を払わないのならそっちの方が良いと呑み込んで問いかける。
「じゃあ場所は?」
「もちろん喫茶店で。って言いたい所だけど、あそこは潰れてるから少し移動しようか。少し離れた所に河川敷がある。そこなら落ち着いて話せるはずだ」
「よくある橋の下での秘密話だな。バッチ来い」
「えらくノリノリだね……」
初めてそれっぽい事が出来そうで少しだけやる気が湧き上がる。実際河川敷の橋の下で話し合う事なんて大抵人には話せない事だし、彼の場合は会話を聞かれるだけでも面倒な事に絡まれる可能性があるのだ。人に話しを聞かれないで損な事はないだろう。
やがて二人は河川敷に到着して橋の下まで移動すると早速話し始める。
「それじゃあ話すよ。今回の件での体験を」
「ああ。頼む」
「……でも、その前に一つだけ」
けれどユウは少し気になる事があって彼に問いかけた。最初はこの事についても何か代償が求められるかと思ったのだけど、流石にそこまでハードな判定ではなかったらしい。民間人用の情報屋様様と言った所だろうか。
「クロストルってよく情報の対価に体験談を聞くって記事で読んだけど何でそこまで体験談に拘るんだ? 情報屋なら似たような事は普通に集められるはずじゃ?」
「単に人の話を聞くのが好きなんだよ。人には人の物語がある。俺はその似ても似つかない物語を聞くのが好きなだけ。その為に情報屋をやってる点もあるしね」
「へぇ~」
そう相槌を打ちながらも目に見えない所にいる彼女を気にかけた。――今も何処かで二人の会話を聞いている、ラディの事を。
彼女は常にユウの行動を監視しているはずだ。実際、以前会った時にそう言われた訳だし。何で彼女は「《光の情報屋》には気を付けろ」なんて言ったのか。それを暴くのには、きっとこういう行動の積み重ねが――――必要ではないか。
しかし何かしらの成果は得られるはずだ。それがどんな形で在れ、ユウが望まない物だったとしても、ラディには少なからず変化が生まれるはず。話してくれないのならその反応で内心を察するのが手っ取り早いだろう。
「特に君の体験談は面白い。エンカウントする敵が毎回上手なのもあるけど、何より機転を利かせるのが上手いんだ。その話は俺だけじゃない。訓練兵にも役立つからな」
「ふぅ~ん……」
実際そんなに役立つ者だろうか。機転を利かせるのが上手いと言ってもその場しのぎの一時手段でしかないし、今までの戦闘でそれらしい機転を利かせた事なんて殆どない気がする。
まぁ、それでもクロストルにとっては役立つ情報の一つなのだろう。
「話しが逸れた。じゃあ話すよ、俺の体験談を。と言ってもやっぱり面白味には欠けると思うけど」
「それでもいいんだ。俺は聞けるだけでいいからな」
「変な人だ事で。それじゃあ最初は……」
――――――――――
ある程度の話を聞かせてクロストルを納得させた後、ユウはやはり気になる事があってじっと彼の眼を見つめていた。
だからそれに気づいたクロストルは問いかけて来る。
「どうしたんだい?」
「いや、その……」
「別に代金を取ったりなんかしないからいいよ」
「そっか。じゃあ遠慮なく」
こればっかりは質問したら代わりに新たな情報を求めて来るかと思ったから、その言葉を聞いた途端に姿勢を変えて躊躇なく問いかける。ラディが言うからには気を付けた方が良いかも知れないのだけど、でも、それでも質問せずにはいられなかった。
やがてユウは真正面から問いかける。
「――《影の情報屋》とどんな繋がりがあるんだ?」
すると彼は予想外の質問に黙り込んだ。そりゃ、普通その繋がりが気になる事なんてないだろう。それこそ《影の情報屋》と関わりを持ちつつ繋がりを匂わせる言葉を聞かない限り。
今のでクロストルは察したはずだ。ユウが《影の情報屋》と関わりを持つ人間だという事を。情報屋としてそれ程なまでに貴重な人間はいないだろう。つまる所、ユウは今自分から自分の身を危険に晒したという事だ。当然クロストルはその言葉に釣られる。
「君、まさか、《影の情報屋》を知ってるのか……?」
「知ってるだけ。それ以上の事は何も知らない」
そう言うとクロストルはゆっくりとながらも手を伸ばし始める。
――明らかに普通の反応じゃない。彼は初めて会った時に追い抜かされたから~みたいな事を言ってたけど、やっぱり違う理由がそこにあるんだ。ただの対抗心だけじゃない。この様子からすると恐らく過去に何かしらの深い関わりがありある事をきっかけに離れ離れになったとか……。
やがて彼は伸ばした手を引っ込める問いかける。
「どこで! どこで見たんだ!?」
「お、落ち着いて。どこにも逃げないから」
「教えてくれ! その為の対価ならどんな情報でも払う! だから!!」
クロストルは自分が変装中だという事も忘れて問い詰めた。これが彼の本性だという事が分かるのだけど、それ以前にもっと大事な事を理解出来た。
恐らく彼が情報屋を始めたのは人々の話を聞く為や生活費を稼ぐ為なのだろうけど、もう一つだけある。《影の情報屋》を探しているんだ。その為に自分も情報屋を始めたハズ。
彼の焦り様がそれを教えてくれる。まだ理由は不明なままだけど、でも少なくともラディを探している事だけは確か見たいだった。
一体なぜそこまでして彼女を探し求めるのか――――。
そこまで考えた時だった。ある人物が急接近している事を理解したのは。
「……?」
短い時間で幾つもの足音が耳に届く。だから音が聞こえた方向へ振り向くとローブを被った人がこっちへ突っ込んで来ていて、足音は全てその人が出している物みたいだった。
やがてその人は上手く隙間を縫ってユウを抱えるとそのまま駆け抜けて無理やりクロストルから引き剥す。
「ちょっ!?」
「誰だ!!」
するとクロストルは懐から拳銃を取り出して躊躇なしに構える。けれどその人はユウを持ち上げたまま軽快な足取りで河川敷を駆け抜け、到底人とは思えない脚力で飛び上がっては市街地の方まで移動していった。
だからそんな脚力があるとは思えずに驚愕する。
道路を軽々と超える脚力を見せると建物の屋根を伝って移動し、普通に走る車よりも早くクロストルの手が行き届かない所まで移動していった。
やがてある路地裏まで到着するとその人はユウをおろし、そしていきなり壁ドンをして叱り出す。でもその時にようやくその人が誰なのかと言う確信を得て。
「馬鹿なのかい君は! いや、馬鹿だよ君は!!」
「え……」
フードの中から真剣に怒った表情を見せるラディ。影の中なのに光る瞳はユウの瞳を捉え、どれだけ自分のやってた事が危険なのかと伝えて見せる。
するとラディはフードを剥ぎ取りつつもクロストルが危ない人間だという事を正々堂々と言った。
「――私が来るのが遅れていたら、君は死んでいたぞ!」




