089 『危険な約束』
目を覚ますと今までに見た事のない天井を見上げていた。真っ白な天井に真っ白な光を放つ蛍光灯があり、まさしく謎の部屋と言う様な内装をしていた。
何だか大きな戦いがあった度にやる事だけど、いつも通りに記憶が途切れる直前の事を思い出そうとして目を瞑った。
確か最後は過激派が建物ごと倒壊させようとして、それでバランスを崩したネシアを助ける代わりに自分が下敷きになって、それから……。記憶はそこで途切れている。
となるとここは何かしらの施設なのだろうか。
眼を開いて周囲を見ると様々な機械が備え付けられていて、ここを治療室と呼ぶには十分な設備が揃えられていた。って事はユウは手術された後に目覚めたって事なのだろう。
起き上がるとその音に反応して女性が喋りかけ、ユウはその方向を向いた。
「あ、起きた?」
「……?」
すると視線の先には一人の女性がいて、若干コートっぽいオリジナルの白衣を着た、深緑で癖毛のある髪を背中まで伸ばした女性がこっちを向いていた。その姿から大人しそうな印象を受ける。ちなみにその目元にはくっきりとしたクマがあった。
彼女はユウを見ると何の問題もない事に安堵したようで、手を胸に持って行ってホッと一息ついた。けれどそんな彼女にユウは問いかける。
「よかった。特に異常もないみたいで」
「えっと、あなたは……?」
「ああ、そっか。君が私に会うのは初めてだっけ」
すると何故か意味深そうな発言をし、椅子を回しては正面に向いて自己紹介を始める。……のだけど、その発言もあながち間違いではなくて。
「私はユノスカーレット。みんながよく言うドクターだね。で、まぁ、君の主治医みたいな感じでもあるかな」
「主治医?」
「大怪我をする度に運ばれて来る君を治癒してるのは私って事」
「……!」
その言葉で思い出す。毎回酷い有り様になっても目を覚ます度に体が治っているのは彼女のおかげなんだって。だからユウは咄嗟に頭を下げると彼女にお礼の言葉を述べた。今もこうして生きているのは彼女の――――ユノスカーレットのおかげだって事だし。
「毎度毎度、ありがとうございます」
「それを言うなら私は毎度守ってくれてありがとうって言わなきゃね」
でもユノスカーレットは意外な言葉で返して来る。ありがとうを言われるのならこっちからもありがとう、という事なのだろう。
やがて彼女はユウの姿を見ると首をかしげながらも今までの怪我に疑問を提示した。
「しかし、そうは言ってもどうやったら毎回あんな大怪我を出来るんだい? 今まで数々の人を治してきたけど、君みたいな人は初めてだよ」
「あ~……。アレはその、毎回エンカウントする人達が強い人達ばかりでですね……」
「今回も凄かったんだよ? 君が瓦礫に埋もれる直前、持ってる剣で磁力を発生させなかったら君は今頃ぺしゃんこだ」
「あはは~……」
「一番最初に来た時にも思ったけど、随分と悪運が強いんだね。そしてその状況から生き残れる幸運と、諦めの悪さも」
まさにその通りだと苦笑いを浮かべた。最初の戦闘では正規軍を相手にしたし、次は超大型の機械生命体、更に魔術師や爆殺女、例の魔術師に続き数々の正規軍と大量の機械生命体、最後に過激派を相手にした。自分でも普通じゃないと見て取れる。そんな中で生き延びて来られたのも。
ユノスカーレットはもう一度胸元に手を当てると今までの事を振り返る。
「大きな戦いがある度に君が運ばれて来るんじゃないかって心配したんだよ? まぁ結局毎回運ばれて来る訳なんだけどさ。そのせいでドクターの間じゃ君の主治医って名も付けられてるし」
「何か、スイマセン……」
「ああいや、怒ってる訳じゃないんだ。ただこうして生きててくれてる事が嬉しいんだよ」
「――――」
生きててくれて嬉しい。そんなあまり聞かない言葉を真正面から聞いて少しだけ硬直した。その反応を見てユノスカーレットは何かを悟る。
すると机に置いてあった資料を手に持ちユウの戦績について話し始めた。そしてそこから見えるユウの本性についても。
「……君、戦う度に自分が傷つけばって思ってるでしょ」
「っ――――!」
「報告書を見る度に思うんだ。君は誰かが傷つく代わりに自分が傷つけばいいと思って、毎回敵に飛び込んではこんな大怪我をしてるんじゃないかって。――それに、君の右手首に付いてるソレが何よりも確証を持たせてくれる」
「っ!?」
そう言われて反射的に右手首を抑えた。見てみるとリストバンドは手元になく、掌を裏返せばいつでもリストカットの跡が見れる様になっていた。だから今までにも彼女にこの跡を見られていたんだと動揺する。
当たり前の事だ。治療するにあたって大きな傷がないかを確かめなきゃいけない。特に手首に傷があれば出血多量で死にかねないのだ。確認して当然の所。
やがて彼女はユウの本性を報告書とリストカットの跡だけで見抜く。
「事情は知らない。理由も分からない。でも、君はかつて自殺しようとしていた。その影響で死ぬのが怖くない。そうでしょ?」
「何で……」
「ごめん。最初は詮索する気も無かったんだ。でも、人を助ける為にこうしているからこそ、君の事は無視できない」
「――――」
当たり前の事だ。ドクターは怪我をした人を治す為にいる。それなのに大怪我をした人を、自殺願望者だと言って無視しちゃ、本末転倒どころの話ではないだろう。
だからこそ彼女はユウを見捨てられない。
仕方のない事だ。こうして見られてしまった以上隠せる事は至難の業だし、見過ごせないのは確定的。最終的には強制されるのがオチだろう。だからユウは然りの言葉が飛んで来ると思ってそれを受け入れようとした。この言葉は、絶対にユウにとって刺さる物のはずだから。
でもユノスカーレットは叱る事なく喋りかけてくれた。
「……怒るつもりなんてないよ」
「え?」
そう言って前を向くと冷静に座っている彼女がいて、怒る訳でもなく、失望する訳でもなく、ただ同じ痛みを分かち合ってくれている様な、そんな表情を浮かべてくれていた。
だから無意識に問いかける。
「だ、だってこれ、リストカット! ユノスカーレットからしたら怒って当然の……!」
「そうだね。私の立ち場としては怒らなきゃいけない事だよ。でも、怒るつもりは断然ない。だって何も知らないで勝手に決めつけて叱るのは、間違ってる事だと思うから」
「――――」
普通なら怒るはずだ。命を大切にしろって。普通じゃなくても気味悪がるはずだ。自殺志願者なんて常人からしたら理解の及ばない気持ち悪い存在なのだから。
それなのにユノスカーレットはユウの行いを許容してくれる。だから理解出来なかった。今までずっと拒絶されて来たからこそ、彼女の考えが読めなくて。
するとユノスカーレットは言う。
「きっと話せない理由があるんでしょ? そしてその理由が君自身を苦しめて、君の本性に繋がってる」
「…………」
「図星、みたいだね。無理に話せないのなら話さなくても大丈夫だよ」
「何で……? 何で、そんなに俺の事を信じてくれるんだ……?」
彼女はユウが何も言わなくてもユウの過去を自分なりに理解しようとしてくれて、そして自分で理解出来る範囲で信じてくれている。その意志に触れてユウは少しだけ心を揺さぶられる。普通なら理解したくもない事のはずなのに――――。そう考えていると彼女はハッキリと宣言した。
「理解されない。だから言わない。……向こうの世界じゃそうだったとしても、この世界じゃそんな事は通じないよ」
「え、今向こうの世界って!?」
「そりゃ私はこの街随一のドクターだからね。位置的にはラナ君とほとんど一緒だよ」
「いつの間に……」
「それにね、この世界の人は様々な痛みを知ってる。だから色んな人達が共感して手を取り合ってるんだ。だから、きっと君が勇気を持って話してくれればもっと君の事を理解してくれる」
その言葉を聞いて黙り込んだ。理解してくれるという言葉は、ユウにとって一番信じちゃいけないと胸に刻んだ言葉でもあるから。
信頼しない訳じゃないんだ。ただ、怖いだけ。信じるのが。
ユノスカーレットはふとある物を渡してくれる。
「だから忘れないでほしい。この世界には君を理解しようとしてくれる人。信じてる人がいるって事を。もちろん、私もそのうちの一人だよ」
「――――」
「困った事があったら連絡して。前々から渡そうとは思ってたんだけど機会がなくてさ。――私は、君の味方だよ」
渡されたのはユノスカーレットの連絡先で、そこにはしっかりと【困った事があれば連絡する!】と注意深く掻きこまれていた。まぁ彼女にとってユウは無視できない存在だし無理もないだろう。……それを差し引いたとしても、彼女の瞳は真にユウの事を信じてくれていた。
でもユウはあえて質問を変更して。
「……二人はどうなんですか?」
「今はまだ眠ってる。起きたら気にかけてあげてね」
無事な様でよかった。いやまぁ、建物の二階から飛び出したのだから確実に無事ではないだろうけど。恐らく骨折くらいはしたはずだ。
それに目覚めてないって事はまだ二人で話してない事もあるはず。起きたらどうにかして話を聞かなきゃ。といっても“答え合わせ”も必要なのだけど。
ユウは立ち上がって部屋から出ようとした。病室だという事はここは例の病院であるはずだし、ベルファークもまだ残ってるはず。普段は天地の差があって会えないのだから答えを聞くのなら今しかない。そう思ってたのだけど、ユノスカーレットはふと問いかける。
「君さは、正規軍や機械生命体やき――――二つの事をどう思う?」
「どうって……」
もう一つの事を言いかけた事に疑問を抱くけど、ここは素直に考える。
正規軍も機械生命体も敵だ。本来なら殺さなければいけない相手である。でも正規軍にはリベレーターにも負けない正義を持ってるし、機械生命体は全てが凶悪な訳じゃない。中にはプレミアみたいに平和を望む機械生命体もいるのだ。
だからこそ、ユウは言った。
「互いに手を取れればって思います。それぞれが原因で多くの人が絶望してるのは知ってる。でも、それでも、叶うのならみんなで手を取れればって……」
「……なるほど。君は優しいんだね」
二つの組織に大切な人を殺されてないからこそ言える事かも知れない。もしこの世界に生まれて親を殺されれば、きっとテスみたいに差し違えてでも殺したいと思えてしまうかも知れないから。
でも叶うのならそうしたい。それさえ出来れば少なくとも誰も絶望する事はなくなるはずだし、カミサマにだって刃向う事が可能なはずだから。
やがてユノスカーレットの案内で部屋から出ようとすると、彼女は最後に喋りかけた。
「私もそう思ってるんだ。私も、全てが手を取れる日が来たらって、そう願ってる」
「――――」
ユウが抱いているのは完全なる綺麗事だ。そして、この世界で綺麗事を抱くのは許されない。何故なら綺麗事は綺麗事のまま片付いてしまうから。誰も彼もを救おうとしてるユウだっていつかは世界の牙に呑まれて絶望する事だろう。
多分、次の次辺りに大きな戦いがあったら、多分――――。だからこそ言える。
「約束します。同じ願いを抱いてる者として、絶対に諦めないって」
「……ありがとう。じゃあ、私はその為にもっと頑張らなくちゃね」
するとユウは拳を突出し、ユノスカーレットは拳を合わせて約束を交わした。この世界で最もタブーである綺麗事を抱きながら。
最後にユノスカーレットは言う。
「――信じてるよ」




