084 『救いの意味』
「お疲れ」
「あら、ありがと」
模擬演習が終わった後、シャワーを浴びて来たアリサにスポーツドリンクを差し出す。すると彼女は颯爽と手にとっては貪るように口の中に入れて喉を鳴らした。
本当ならここで「俺も!」みたいな事を言うつもりだったのだけど、流石に何度も言うと本当に骨にされそうだし黙り込む。だから代わりに別の言葉へを変換した。
「……にしても凄い戦闘だった。どうやったらあんなに早く反応できるようになるんだ?」
「そんなの六年も戦ってれば自然と身に着くわ」
「ろ、六年ですか……」
想像していたのよりも遥かに長い時間を言われて硬直する。見た目での判断だけど、アリサは十七とか十八に見えるから戦闘経験は二、三年程度だと思っていた。だから六年も戦ってる事に驚愕する。
仮に今の年齢を十八としても十二の時から戦ってると言う事になる。その内四、五年はレジスタンスで戦っていたのだろう。
となるとネシアは六年かそれ以上に戦闘を続けていた事になる。上位レジスタンスに入るのは簡単な事じゃないと言っていたし、アリサもそこまで上り詰めるのに相当苦労したはずだ。アリサがそれなら単純計算でもネシアは七年くらいは戦ってるはず……。
やばい。情報屋を相手にしてる癖が出てる。そう察して一時的に思考を止める。
「そうは言っても、あんただって結構な反応速度持ってるわよ。平凡な世界から転生して来たにしてはあり得ないくらいのね」
「あはは~……」
突如向けられた疑いの目線を受け流して苦笑いをする。まぁ、こっちの事情を何も知らないアリサはユウの身体能力について疑問に思って当然だし、ユウの説明した世界から来たとなれば当たり前の疑問だ。
しかし今はその疑問を別の話題に逸らすと言った。
「そ、そう言えばその、失礼かも知れないけど、その古傷とかも凄いよな」
「ああ、これ?」
そう言うとアリサは左腕を持ち上げて大きな古傷を見せた。普段はパーカーの袖によって隠れているから見えなかったけど、左腕には醜いくらいの古傷が刻まれている。ネシアの見せた古傷も中々凄かったが、アリサの物もどれだけの死線を潜り抜けて来たかを察せられる傷をしていた。
すると彼女はその古傷をなぞりながらも言う。
「こんなの私達の中じゃ当たり前よ。大きな作戦に出向いて生き延びれば、嫌でも付く傷だもの。兵士の間じゃ傷が大きく多ければ多い程強いって印象になってる」
「な、なるほど……」
となればリコリスとか第一大隊の隊長とかはどんな傷を負っているのだろうか。反射的にそう考える。だって隊長になるからにはそれなりの戦績を積んでいるはずだし、かなりの死線を潜り抜けているはずだ。
傷の数ほど強い印象。確かにそれは見た目的にもカッコイイと思うが、裏を返せばその度に仲間を失う苦しみや刻まれる傷に耐えなきゃいけないという事だ。とてもじゃないけど、ユウには到底耐えられる事ではあるまい。
そう考えているとアリサはパーカーを羽織ってロビーへと歩き出した。だからユウも後を追おうとするわけだけど、その時に鋭い言葉を浴びせられて立ち止まる。
「ネシアが私を助けてくれ、とか言ったんでしょ」
「――――」
「見てれば分かるわ。今のユウは忙しそうで精神的余裕がないからね。そんな理由が生まれるのはあいつが関わったから。でしょ?」
あまりにも図星で何も言えなかった。当てられて驚いたっていうのもあるけど、何よりもネシアの思考を完全に把握している事に驚愕したから。
アリサがその話しを知っているのなら話は早い。少し勇気のいる事だけど過去を聞いてそこから助ける方法を――――。
救いの手を差し伸べようとしている人がいる。この世界に住む人にとってはそれを拒む理由はないはずだ。けどただの強がりなのか、はたまたユウに救われるのは嫌なのか、本当に救えないのか、アリサは振り向くと鋭い視線をユウに向ける。
「助けたいってのなら無理な話よ」
「え――――?」
「ユウに私は助けられない」
ハッキリと、そして正々堂々とそう言われる。だからそんな事を言われるだなんて思いもしなかったから驚愕する。
そして彼女の眼が伝えてくれた。理由や動機はどうであれ、本当にユウがアリサを救う事は出来ないんだって。故に一歩を踏み出すと問いかける。
「な、何で!?」
「私は既に助けられてるからよ」
でも、そう言われて再び黙り込んだ。
アリサとネシアは互いの事を芯まで理解している。だからネシアは助けてと言い、アリサはその事を見抜いていた。仮に助けられていたとしたならネシアはあんな事を言わないはずだ。アリサの事を信じ、そして知っているからあんな言葉が飛び出したはず。
つまり、これこそがアリサの強がりなんだ。
自分の弱さ……助けてほしいと言う本音を見せたくないからこうしてユウの助けを断って、ネシアの想いを拒絶している。心配されるのが怖いから。そのせいで誰かが傷つくのが怖いから。
アリサの気持ちは想像する事しか出来ないけど、それでもどれだけの物なのかは理解出来る。
「私はリコリスに声をかけられたあの日から既に助けられてるの。沢山の仲間に囲まれて、沢山の想いを託されて……。だから、心配しなくていい」
「――――」
嘘だ。魔眼がなくてもそう見抜ける。だって、アリサの表情は全く明るくないのだから。本当に心配をかけたくないのなら少しでも微笑んで見せるべきだろう。それなのにアリサは表情を明るくするどころか険しそうな表情のまま言うのだ。そんな顔で言われても説得力なんて皆無も同然。
きっと本当に心配されたくないのだろう。でも、その強がりこそが心配させる原因を作ってるのは確実。
しかし強がって嘘を付いている訳でもない。確かに強がっているものの、助けられている事でさえ揺るぎない真実だ。眼からはそんな事が読み取れる。
だからなのだろうか。アリサはそっと自分の事について話し始める。
「……私は元々普通の家庭に生まれた子だったのよ。でも、親は私と妹を捨ててどこかへ消えていった。だから私は生活費を稼ぐためにレジスタンスに入った。そこで戦って戦って戦い続けて六年。後はネシアにあってあいつが話した通りよ。……だから、大丈夫」
「――――――――」
リコリスが言っていた。レジスタンスはバイト感覚で入る人もいるって。アリサはその内の一人って事なのだろう。生活費の為にレジスタンスに入って、六年も戦って、今に至る。テスやイシェスタの話を聞いた時にも残酷だと思ってたけど、アリサはまた一味違う。
聞く度にリコリスは凄い人だ。きっと、聞いた通り困ってる人は無視できないのだろう。故に多くの人に手を差し伸べては助けようと足掻き続ける。世界にも、絶望にも。
その手で何人を救って来たかなんて分からない。でけれど真の意味で心から救っているのだから、本当に尊敬する。
孤独という点で見ればアリサも救われている内の一人だ。ネシアから聞いた話じゃアリサは他人を引付けない性格をしていたみたいだし、レジスタンスの頃はネシアしか近くにいなかったのだろう。そこから見てアリサが孤独だったことには間違いない。
つまるところ、まぁ、救われたと偏に言っても自己を駆け巡る想いは晴らせてないと言う事だ。――それを救いだなんてユウは言いたくなんてない。
「じゃあ、何でそんな暗い表情をするんだ」
「は?」
「大丈夫だって言うのなら少しくらい笑ってくれよ。そんな顔で大丈夫だって、救われたって言われても、説得力なんてない」
あまり彼女に楯突くと返り討ちにされる可能性があるから言葉は慎重に選ばなきゃいけない。けれど思った言葉が次々と口に出てしまってユウは沢山の言葉を羅列した。それもアリサが不意に拳を握りしめるくらいに。
「確かに孤独って点ではリコリスはアリサを救ったのかもしれない。でも自分の中の葛藤や戸惑い、そして後悔だけはまだ晴らせてないんだろ。……見てれば分かる」
「……よくもまぁ、話してもない事を当たり前の様に当てるわね」
「人の顔色を伺うのは得意でさ。感情を――――負の感情を読み取るのはもっと得意だ。何度も憎まれて恨まれて来たからな」
例え共感できたとしてもアリサをどうにかする事なんて到底できない。それを可能にするのならまず最初にネシアとの絡まりを解かなければいけないだろう。と言っても、それこそが最初で最後の解決方法なわけだが。
要するにアリサを救いたい……もとい、本当のアリサに戻すのならネシアとのもつれをどうにかしなきゃいけないという事だ。
ユウはまだここに来てから三か月と少ししかみんなと一緒に過ごしていない。だからこの話に踏み込むのはあまりにも不用心なのは理解してる。でも、ここまで追求して宣言しない訳にはいかない。
だって、ユウは託されてしまったのだから。
「アリサ。俺は絶対に助けて見せる。……アリサだけじゃない。テスも、ガリラッタも、イシェスタも、ネシアも、その他の他人でさえも」
あの時、正規軍の魔術師は言っていたじゃないか。仲間も、大切な人も、赤の他人も、全てを守りたいと。でもこの世界は残酷だ。誰も彼もを救う事なんて絶対に許される事ではない。カミサマは、それを許容して何かくれない。
だからこそこれはユウにしか抱けない覚悟だ。カミサマがどういうヤツなのかを知っているから、みんながどれだけ馬鹿みたいに優しい人なのかを知っているから、そしてカミサマに牙を剥いているから。神に逆らおうとしているのだ。全ての人を救おうと願うくらい、どうって事ない。
胸の前に手を持って行って強く握り締める。それがユウの覚悟だ。
「俺は絶対に諦めない。例えカミサマが天罰を下したって、必ず助けて見せる。……そう思ってるんだって、今ようやく知ったよ」
改めて見つけたもう一つの生きる意味。次々と生きる意味が増えていく感覚はユウに様々な変化をもたらす。それが悪い方でもいい方でも、どっちでも。
みんなは既に救われてると思う。でも、それだけじゃ足りない。ユウだって救いたい人、守りたい人、一緒にいたい人がいるのだ。ならそれに向けて精一杯抗って見せようじゃないか。
あの時にイシェスタが言っていた言葉を借りて宣言する。
「救われる覚悟なら今の内にしておいた方が良い。――必ず、助けるから」
「……全く、誰に似たんだか」
するとアリサは深いため息をついてそう言った。――それも今までは見せなかった微笑みを浮かべて。だからユウも微笑みで返した。
やがて彼女は瞳の色を変えると答えて見せた。それも、いつもみたいな軽口も含めて。
「そうね。じゃあ、待ってるとするわ。それにそんなキザな台詞が言えるんならみんなの前で言った方が笑いものにされるわよ」




