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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter3 遥かなる予兆
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083  『凄い人』

 風呂上がりに自分の部屋へ行った後、ユウはベッドに沈み込んで深く考え込んでいた。色々と考える事は多い訳だけど、まずはアリサとネシアの事を。

 アリサの動機は放って置くとして、重大なのはネシアの方だ。


 ――戦う事が。誰かを守る事だけが生きる意味になってたあいつにとって、戦えないのは辛い事なのよ。


 ――戦えない事が辛い、か。


 普通なら戦う事が辛いという印象になる。だって戦えば死ぬ可能性があるし、死んだらそこで最後、ジ・エンドだ。ユウみたいに死ぬのが怖くない人間なんて誰もいないだろう。だからこそネシアは普通じゃないって事が分かる。

 もとより普通じゃない世界なのだ。ある程度は許容しなきゃ全ての疑問と戦う事になってしまう。


 何がどうなれば戦えない事が辛くなるのか。そんなの想像すらも出来ない。……というより、想像したくもない。

 テスみたいに機械生命体へ復讐する事なら分からなくもないけど、彼女自身から話を聞いた感じじゃそんな物は感じなかった。つまりまた別の、戦う事でしか存在意義を見いだせない物があるはずだ。


 ――ラディは既に理由を知ってた。だからこそああ言ったに違いない。


 情報を吐かせればそれで終わり。ユウが抱えているこのモヤモヤした感覚も治る事だろう。でも託されてしまった以上、知っただけじゃ終われない。どうにかして解決しなきゃこのモヤモヤはどうにもならないはずだ。

 となればどうやって解決するか……。


「結局、聞くしかないのか」


 最終的にはそんな結論に辿り着いて溜息を吐いた。まぁ、ラディは話す気がないみたいだし、現状を解決するのにはそれが一番手っ取り早いだろう。

 だからユウは眼を閉じて考え始める。


 明日聞きに行こうなんて事は叶わない。ユウはリベレーターなのだから任務がある訳だし、事件が起こればそれを最優先に解決しなきゃいけい。となると本格的に動き出せるのは明後日か明々後日くらいだろうか。

 少なくとも明日は模擬演習がある。……らしい。街の復興作業で忙しいと言うのに模擬演習の予定を入れるとはいかがな物かと思うけど、決定事項なのだから仕方あるまい。となれば一日たっぷりしごかれるのは回避出来ないだろう。


 明日も早い。今日は速めに寝なきゃ。そう思って意識を暗闇の底へ落とした。深い深い、暗闇の底へと――――。



 ――――――――――



「えっ、見てるだけ!?」


「そりゃ病み上がりだからね」


 翌日。

 個人的には楽しみにしていたのだけど、模擬演習場でアリサからそう言われる。と言われてもこっちとしては既に準備万端で来ている訳だし、ユウは演習場を指さしながらも必死に訴えた。


「でもこっちは色々と準備して楽しみにしてたんだぞ!?」


「でも駄目よ。あんたは大人しく見てなさい」


 しかし必死な訴えも空しくアリサは紺色のパーカーを羽織りながらもそう言う。それも鋭い眼でこっちを睨みつつ。

 続いてまた色々と言おうとするのだけど、後ろからイシェスタに止められて顔を左右に振られた。だからあの時の事を思い出して大人しく受け入れる。


「……分かった。見てる」


 するとアリサは微笑みながらも肩にポンポンと手を乗っけた。そのまま演習場へ入って行き、反対側から入って来たテスと顔を合わせる。直後に扉が閉まるとフィールド全体が薄緑色に輝いて妙なエフェクトが展開された。そう思っていると窓にステータスバーみたいなものが表示された。

 だからそれについて質問するとイシェスタが答えてくれる。


「えと、何これ?」


「見たまんまステータスバーですね。あのフィールドは入った人の身体能力の変化を測ったりする事が出来る……えっと……ナノマシン? みたいなのが降ってるんです。それで戦闘をして、身体能力を図るって手法ですね」


「すっげ……」


 今一度この世界の技術に驚愕する。だってナノマシンを体内に取り込んで身体能力をステータス化してるのだから。よくある近未来異能バトル物でもよく見ない展開に少しだけ興奮を覚えた。

 次に気になる事を問いかけるとそれにも答えてくれた。


「ちなみに戦闘が終わったらナノマシンはどうなるんだ?」


「正確にはナノマシンではないので自然消滅するらしいです。ので、体に影響はありません」


「へぇ~」


 一通りの説明をされると向き合った二人はそれぞれで武器を構えた。テスは銀色で折り畳み式の武装を。そしてアリサは少しだけ長い筒を取り出すと、ソレを薙刀に変形させて握り締めた。あれがアリサの近接武器って事なのだろう。

 やがて互いに準備が整うとアナウンスの合図と共にテスが猛攻を始めた。


『演習開始まで、五、四、三、二、一、始め』


「――っらぁ!!」


 その直後にアリサは首にかけてあったチョーカーのボタンを左手の親指で押す。するとテスの武装は鞭の形状になり、乱雑に振ると縦横無尽に隙の無い攻撃が繰り広げられた。普通なら避けられる訳もない攻撃は即座にアリサの前へと迫って行く。


「危なっ!?」


「大丈夫ですよ」


 だから反射的にそう叫ぶのだけど、イシェスタが重ねて言い聞かせた。

 ……瞬間、アリサは避けられるはずのない攻撃を余裕の表情で躱していく。目にも追えない速度で振られているのに対してアリサは掠り傷一つなく躱していた。


「え、躱してる!?」


「あれがアリサさんの特殊武装なんですよ。視界を拡張してどんな攻撃にも対応できるくらい動体視力を極限まで強化する、装着式視覚支援ユニット:ビジョン・エンハンスメント」


「ほぇ~……」


 恐らくチョーカーが何かしらの手段で脳に干渉しているのだろう。ナノマシン的な何かが実現可能な今なのだし、それくらいやってのけても何もおかしくない。

 となるとアリサにとってはあの攻撃が物凄く繊細に見えているという事なのだろう。動体視力が良すぎて余裕で回避出来てしまう程に。


 この戦闘を楽しんでいるのか、アリサは自然と微笑みを浮かべていた。今まで見た事のない種類の微笑みにユウは顔をしかめるのだけど、それが全神経を集中しているからこそ生まれる微笑みなのだと即座に察する。

 戦闘に置いて、主に生死が掛かっている場面に置いては他の全てを忘れ全神経を集中することがある。ユウはそれを前回の戦闘で学んだ。


 ……忘れてるんだ。今だけでもネシアとの絡まりを。戦闘に熱中し過ぎるあまり、周囲の物を全て忘れて戦いに打ち続けている。

 その姿を見てある事を思った。戦う事だけが生きる意味って、こういう事なんじゃないかって。ネシアは何かしらの理由で過去にトラウマを背負い、それを忘れさせてくれるのは戦闘だけで、だからこそ戦えない事はネシアにとって苦痛となり――――。


「なぁ、イシェスタ」


「はい?」


「戦う事だけが生きる意味で、もし戦えなくなったら、イシェスタはどう思う?」


 顔や視線は一切動かさずにイシェスタへ問いかける。突然そう言われるのだから困惑したっておかしくない。それなのにイシェスタは真剣に考えると素直な考えを口にしてくれる。


「辛いと思います。それだけが生きる意味なら。……私だったら、無理やりでも強迫観念でも、何かに縋り付くでしょう」


「縋り付く、か……」


 まるで前までのユウと一緒だ。何かに縋らなきゃ生きていけなくて、必死に理由を探し求めてる。その光景は多少の違いはあれど理解は出来る。

 つまり戦う事だけが生きる意味なら、戦う時だけが本当の自分でいられるという意味にも成り得る。全てを忘れ打ち込む時こそ本当の自分でいられるはずだから。


 本当の自分。それは考えていたユウの心にも突き刺さる。

 自覚はしているのだ。今こうしている自分は偽物なんじゃないかって。本当の自分はもっと冷徹冷酷で、無慈悲な奴なんじゃないだろうかと。だから本当のユウと言う人間はどこに居座っているのか――――。

 そんな思考から逃れる様にイシェスタへと問いかける。


「イシェスタはさ、何でリベレーターに入ろうと思ったんだ?」


「これまた急な事を聞きますね」


「……ごめん。気分を悪くしたなら、謝る」


「いえ、別にそう言う訳じゃないです。ただ少し驚いただけ。……そうですね、私がリベレーターに入った理由ですか」


 するとイシェスタは上の空で理由につき話し出した。それをユウは視線も顔も一切動かさず、ただ表情だけを複雑な物にしながら聞いた。


「見ての通り私は亜人です。ですから色んな人から蔑まれてきました」


「え、蔑まれ……?」


「そっか。ユウさんは知らないんでしたね。亜人である私は普通の人達にとって忌み嫌う対象です。同じ人種で在りながら姿形が違う。それだけでも差別の対象になるんですよ」


 要するに黒人と白人の差って事なのだろう。あそこも差別的意識が凄く強いし、ユウは互いに手を取り合えればなって思うけど、やっぱりずっと続いてる差別は簡単には覆せないはずだ。

 だから亜人も、イシェスタも差別の対象になっていた、と。

 彼女は拳を握ると残酷な過去を話し続ける。


「幼い頃から迫害されていた私は、街の小さな角で何人もの子供達と一緒に暮らして来ました。そこには迫害された子供達が集う喫茶がありましたから。そこで私は十年を過ごしていたんです。……ゴミ山で拾った、魔術の本を読みながら」


「――――」


 それがイシェスタの強さの秘密なのだろう。幼い頃から魔道書を読み続けては実践する。その繰り返しでここまで強くなったはず。

 その予想は見事に的中した。


「ですからその十年はずっと魔術に明け暮れていました。いつしかマナの扱いにもなれて、数少ない魔術師になりました。でも、そこで過激派かつ亜人差別主義者が乗り込んで来たんです」


「乗り込んで来たって、まさか……」


「はい。その人達は私達を殺す名目で乗り込んで来ました。ですから、そこで生き残れたのは魔術を使えた私だけ。気が付くと疲れ果てた体を横たわらせて、私以外の全ての死体と同じ様に死にそうになったんです。でも、その時に騒ぎを聞いてリコリスさんが駆けつけてくれて、私を助けてくれた。そして私の実力を見て言ったんです。「うちに来ない?」って」


 テスと同じ様な過去を聞いて黙り込む。話しを聞いただけじゃ、リコリスは本当に凄い人になるから。こんなにも絶望的な世界なのに、みんなが絶望の中を生きているのに、リコリスだけは絶対に諦めてなんていないのだ。その意志の強さに驚愕する。

 絶望の中で手を差し伸べられる程嬉しい事はないだろう。だからこそ、心の広さと言うか、そう言う物を尊敬する。


「ですから私は十七小隊に入りました。私の中で、リコリスさんだけが唯一の希望ですから」


「唯一の、希望……」


「リコリスさんは凄い人です。こんな世界でも誰かの希望になれるんですから」


 絶望だけが支配する世界で誰かの希望となる。それは言う事は簡単でもやるのは簡単ではない。だってそれは世界の支配構造に逆らっている様な物なのだから。

 つまり、リコリスは本当の本当に、ヒーローになり得る素質を持ってるという事に――――。


「ここ二日、リコリスさんを避けてますよね」


「んげっ」


「見てれば分かりますよ。理由は知りませんけど」


 やっぱり第三者から見ればそう思われてしまうのだろう。実際リストカットの跡を見られてから距離を開ける事が多いし、今でも近寄られれば走って逃げるの繰り返し。前まで毎朝顔を出していた執務室にも今は一歩も踏み入ってない状況だ。

 状況を知っても事情は知らないイシェスタはこっちを向くと静かに言った。それも、自信満々の眼で。


「でも、覚悟した方が良いですよ。リコリスさんは誰かを助けると決めたら絶対に諦めない人です。だから、ユウさんのモヤモヤを絶対に取り払う」


「――――」


「だから、救われる覚悟なら、今のうちにしといた方が良いですよ」

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