082 『それぞれの歩む道』
夜。
ラディにジャックダニエルを三本奢った後、本部へ戻ったユウは復興作業で疲れ切った体を引きずりながらもいち早くお風呂へと入ろうとしていた。病み上がりの状態で結構働いたのもあるかも知れないけど、何よりその作業量だろう。爆殺女によってもたらされた建物の倒壊は途轍もなく、瓦礫をどかすだけでもかなりの労働力を消費していた。それも様々な重機を使ってでもこのサマなのだからより一層タチが悪い。
ガリラッタは怒鳴りつつ「これが終わらなきゃ武装は作れん」と言うし、武装があれば楽な作業もあるから実にもどかしい所だ。
今一度あの爆殺女を憎みたい。と言っても今じゃそれ以上に憎い存在がいるからまだ可愛い方なのだけど。
そんな風にしてやる気のない動作で廊下を歩いていると、角からリコリスが出て来て互いに立ち止まった。直後にリコリスが今まで通りに話しかけるもユウは答えずに走って行く。
「お帰り、ユウ。作業の調子はどう、だった……?」
「――――」
だからその場に気まずい雰囲気が残るけど、一言も話さず一直線に廊下を駆け抜ける。今はリコリスと話す気になれない……というよりかは、話したくなんてなかったから。
リコリスは後を追わずにじっとこっちを見つめていた。それも本気で心配そうな瞳で。故に、その視線はユウの心を貫いた。
ずっと一緒にいたいとあの時に言ったばっかりなのに自ら距離を離すだなんて、なんて最悪なクズなのだろう。本当にそう思う。
孤独なのは嫌だ。だからみんなと一緒にいたい。その気持ちに嘘はない。でもたかが自分の些細な私情を挟んでこうするとは、本当に救いようのないクズだ。
――本気で、ああ思えたのに……。
もしかしたらみんなはユウの事を知ってもなお許容してくれるかもしれない。こんな絶望的な世界じゃ、精神的に追い詰められて自傷行為に走るのはおかしくないかも知れないから。ユウが知らないだけで全員も同じ経験をしてる可能性だってある。
でも駄目なのだ。無理なのだ。どうしても心がそれを許してくれない。トラウマとも呼べるソレが心を蝕んで―――――。
そこまで考えた時だ。いつの間にか風呂場へ辿り着き自動ドアに激突したのは。
「あうっ」
「ちょ、ユウ!?」
それを見てドアが開いてからこっちを見たテスが驚き、しゃがんで額を押さえるユウを見た。どうやらガリラッタも一緒だったようで、同時に駆け寄っては心配してくれる。
「大丈夫か?」
「随分と派手にぶつかったな……。何か考え事でも?」
「ま、まぁ、そんな所かな。ごめん、もう大丈夫」
そう言って立ち上がった。そりゃ前も見ずにひたすら突っ走ってたらこうなっても当然だろう。こればっかりはユウのせいだ。
どうやら二人は今から風呂に入る様で、互いに上半身だけ服を脱いでいた。だからリストカットの事もありこの場を去ろうとするも、肩を掴まれては目を付けられてしまって。
「じゃあ俺は――――」
「おいおい、せっかくなら一緒に入ろうぜ」
「男三人裸の付き合いってヤツだ」
「え……」
そのままグイグイと力尽くで引っ張られては脱衣所まで連れて行かれる。どうにか抵抗しようとしても二人の馬鹿力には逆らえる訳がなく、最終的にユウはリストバントだけを残し三人で風呂に入る事となった。幸い二人はリストバンドを気に入ってると思い込んでるからか、その事について問いかけられる事はなかった。
やがて体を洗ってお湯につかると三人で腑抜けた声を出す。そう言えばいつもはシャワーで済ませるから、お湯につかるのなんてえらい久しぶりだっけ。
温かい物に全身が包まれる感覚に気持ちよさを覚えながらも溜息をつく。
「ふぁ~……。生き返る……」
「今日は久しぶりに沢山動いたからな」
するとガリラッタがそう相槌をしてくれる。テスはその隣でくすっと噴き出した。
最近はずっと何かしらで忙しかったし、たまにはこうしてゆっくり休むのも悪くない気がする。……と思うのだけど、どうしても頭だけは考え事で一杯になっていて。
――その先は、本人の口から聞いてみたらどうかな?
反射的にラディの言葉を思い出す。ユウはネシアにアリサを助けるよう託されて、その為にラディから二人の過去を聞こうとした。でも託されたのなら自分でどうにかしろと背中を押された訳で、でも、どうやって聞けばいいのかなんて分からない訳で。
ずるずると沈み込むと口元までお湯につかってぶくぶくと泡を立てる。
そうしているとテスが喋り出す。
「……何か悩んでる事でもあるのか?」
「へっ!? いや、別に。何でそんな事を」
「だっていつも俺達のボケにツッコミを入れてくれるだろ? それなのに昨日と今日のユウは何か妙に静かだからさ」
「俺はいつの間にツッコミ役に回ったんだ……」
「そうそう。そんな感じ」
やっぱりこういうのは仕草にも出る物なのだろう。振り返ってみれば昨日と今日で考え続けていたから全く喋ってないし、確かに普段からみんなに対して(そこまで上手くもない)ツッコミをしているユウからすれば不自然かも知れない。
そのせいもあってか二人の視線は次第と強くなって行く。
「で、なんか悩み事でもあるのか? 何なら人生の大先輩が相談に乗ってやるぞ?」
「えっと~……」
ガリラッタはそう言うと肩に肘を乗っけて来る。だから言おうかどうかと戸惑って目を泳がせるのだけど、最終的にいう事を決意して二人に質問した。
それも二人にとっては予想外で、重い質問を。
「二人は、何でリベレーターに入ったんだ?」
「「――――」」
その質問に黙り込んだ。みんなにとってリベレーターに入るという事は、半分が自己的な理由か他者的な理由なのだから。今の質問でユウが何について迷っているのかも大体察したはずだ。証拠として二人は一気に暗い表情へと変えていく。
普通なら話さなくてもいい事だし、話す意味もない事だ。なのにテスから言ってくれる。
「俺のは前にも話したけど、機械生命体を滅ぼす為だ。奴らには借りがある。例え違う種類だとしても、絶対に許したくないからな」
テスの話は前にも聞いた。だからこそ改めて聞くと彼が過去に経験したことの壮絶さが今一度身に染みる。だってユウは試験小隊のみんなや一般人が食われただけでも精神が大分追い詰められたのだ。家族があんな死に方をしたとなれば精神崩壊したっておかしくないだろう。
故にテスの精神の強さが理解出来る。……のだけど、更に新しい情報が解禁されて。
「ここから離れた所にアラスト市って街がある。俺は元々そこに住んでたんだ。でも数十年前の大侵略によって数十万の犠牲が生まれた。俺はその中で生き延びた数千人の内の一人なんだよ」
「え……」
「そん時の侵略は今回の比じゃなかった。同じ防衛力があったとしても、負けたんだ。それからは街の一角で隠れて暮らしてた。スラムみたいな暮らしをしてな。でもそん時にリコリスと出会って誘われた。だから行く当てもなかった俺は訓練兵から始めて十七小隊に入ったって訳だ」
予想よりも遥かに壮絶な過去。それに触れて驚愕した。
そんな過去があるのなら機械生命体への恨みは途轍もないはず。それもユウには想像できないくらい。ならどうしてあの時にプレミアを庇えたのか――――。
当たり前の疑問を抱いていると彼自身で答えを出す。
「実際の所な、俺自身でも分からないんだよ。本当に何をしたいのか」
「何をしたいのかって……」
「あいつらを殺したい。その殺意は本物だ。でも、もっと別な理由がある気がするんだ。最近特にソレが曖昧になって来てる」
「――――」
するとテスは水面に反射する自分の顔を見ながらも言う。って事はプレミアを生かしたのはまた何か別の理由があるという事なのだろうか。ユウとは違う、また別の理由が。
そう考えていると次はガリラッタが話し始める。
「次は俺の番かな。俺の入隊理由は――――」
「お前は嫌な顔をしないんだな」
「そりゃ、嫌な顔して言われても気分悪くなるだけだろ?」
直後にテスが軽口を叩き、ガリラッタは軽く微笑みながらも答えた。そこまで軽く言えるって事は、きっとユウの事心配しているのだろう。このままじゃ気分を悪くするはずだから。
だから彼の気遣いに心を落ち着かせつつもガリラッタの入隊理由を聞いた。
「と言っても俺のはそこまで壮絶な過去じゃないけどな」
「それでもいいんじゃないか?」
「じゃ、話すとしますか」
すると彼は表情を変えることなく話し始める。
確かにテスほど壮絶な過去ではなかったけど、それでもリベレーターに入るには十分すぎる過去が。
「俺は元々一般人だったんだ。普通に育って、普通に生きてた。でも両親は俺が生まれた時に他界して、俺だけが生き残った。だから俺に残されたのは、両親の残した手作り道具だけだったんだ」
「両親は物を作る仕事に就いてたのか?」
「ああ。俺達が普段身に着けてる《A.F.F》とか特殊武装があるだろ? ああいうのの部品を作るメーカーの作業員だったんだよ。その縁もあって俺も色々と機械を弄る機会が多くてな。それで気づいたら機械製作一筋で生きてた。で、そこでリコリスが俺に目を付けて誘ってくれたって訳だ」
「へぇ~」
部外者を誘うって事も出来るのか。詳しい事を言わない辺り見習いから始めたって訳でもなさそうだし、何か特例でもあるのだろう。
それに機械一筋なら筋肉モリモリマッチョマンなのも納得できる気がする。
「じゃあ、は元々リベレーターに入る気とかは?」
「なかった。ただリコリスが俺んトコに来て言ったんだよ。独りならウチで機械作らない? ってさ」
「なるほどな。リコリスも変な目の付け所してんなぁ……」
「どーいう事だ」
そのまま二人で何か言い争いを始める中で考えた。ガリラッタみたいに特例で入る事が出来るのなら、アリサも似たような感じで入ったのだろうか。レジスタンスからの移籍は珍しい話でもないらしいし、アリサはレジスタンス時代で戦績を稼いでたからこうして入って来たと……。
当時の彼女を考えるとそこにもリコリスが絡んできているのだろう。ただ単に彼女が気になったのか、もしくはリコリス自体が人を呼び寄せる体質なのか。
「で、それから俺は狙撃兵として入隊したんだ」
「そんな過去が……」
独りで機械を作り続ける。それは虚しい事だったと思う。例え頼れる何かが出来たとしても、それは機械で感情も何も宿ってないのだから。
だからこそリコリスに誘われて入隊したはずだ。……そんな予想は見事に的中する。
「俺にとっては機械だけが全てだった。でも拾ってくれた所はそんな技術を必要とはしてくれない。だからこそ、俺はリコリスを信じて入隊した」
「――――」
きっとこれまでにも沢山の人を救って来たのだろう。今一度リコリスがどれだけ凄い人なのかを実感する。
やがてそれぞれで簡潔ながらも過去の事を話し終えると、ガリラッタはユウに視線を向けて言った。それもまるで試すかのように。
「さて、それを知ってユウはどうする?」
「えっと、俺は……」
それを聞いたからと言って何かが変わる訳ではない。ただみんなの話を聞いてどんな思いや覚悟が生まれるのか、それを試したかっただけだ。
そして、最終的に出たユウの答えは――――。
まだ意志の力は弱いし、覚悟と呼ぶには柔すぎる。でもユウは今この場で抱いた考えを素直に言った。
「……みんなを守りたい。そう思った。」




