081 『分からない事』
翌日。
あれから病院に戻ってベルファークへ連絡をし、最終的に自ら連絡して色々と協力要請をすると決まったらしい。アリサは色々と事情があるとの事で行かない事になったとか何とか。やっぱりネシアとの間で絡まる事でもあったのだろう。
ユウはその話を聞いた後にニアルとメアルに何が狙いなのかを聞きに行ったのだけど、二人は知らないの一点張りで話は平行線が続いた。ラナへ問いかけても「指揮官は普段何を考えてるか分かりませんから……」と言われてあえなく事情聴取は失敗に終わった。
その他の人に聞いても誰も事情を知る人は誰もいない様子。
これにより何かを隠してるという確証が取れた。と言っても、それが良い物なのか悪い物なのかもわからないのだけど。
前々からベルファークには怪しい所があると思っていた。意味深な発言をしていたり、誰も知らない地下空間を隠していたり、カミサマを信仰――――最後のは関係ないか。
更に彼はリベレーターの最高責任者、この街のトップと言ってもいい。偏見になるかもしれないけど、それならアリサとネシアの関係も知っていたはず。なのになぜわざわざアリサとネシアを合わせたのだろう。彼ならこうなる事くらい読めていておかしくないはずなのに。
と、そんな事を考えていた。
そうしているとイシェスタに問いかけられて。
「……ユウさん? ユウさ~ん、聞こえてますか?」
「ああ、ごめん。何だっけ」
「特に何だって訳じゃないんですけど、暇なら手伝え~ってガリラッタさんが騒いでたので」
「分かった。連絡しとくよ」
病院のベランダで黄昏ている中、イシェスタからそう言われて簡潔に答えた。というかわざわざ来なくてもメールで連絡できるのに何故ここまで来たのだろう。……まぁ、それを聞くのは野暮という物か。
そのまま帰るのだろうと思ったけど、イシェスタはそのまま足を止めて立ち止まった。だから顔をしかめると彼女は不安そうな視線を向けて言って。
「ユウさん。……悩んでる事があるなら、相談してくださいね」
「っ――――」
そこまで表情に出てただろうか。そう思って頬を何度かパシパシと軽く叩く。するとイシェスタは歩いて行くどころか逆に詰め寄って来て、両肩をガッシリと掴んだ瞬間に真剣な眼差しで言った。
本気で心配し、本気で助けようとしている眼で。
「何に悩んでるのかなんて知りません。知る由もありませんし、知ってる、なんて簡単に言っていいとも思いません。でも忘れないでくださいね。私達は、仲間なんですから」
「……!!」
仲間。そう聞いて少しだけ考えを改めた。言われてみればそうだ。何でユウは一人で抱え込もうとしていたのかと。
今はもう一人じゃない。何かを共感してくれる。それだけで話すには十分じゃないのか。
「……聞いてくれるかな」
「もちろん」
それからユウは淡々とだけど話し始めた。アリサとネシアの関係を。そしてその中でネシアがアリサに対して何を思っているのか、アリサがネシアに対し何を思っているのか。イシェスタはそれを素直に聞き入れてくれた。普通なら信じられないはずなのに。
だからユウも安心して話す事が出来た。
……まぁ、話し合い過ぎてガリラッタからどやされたのはまた別のお話。
――――――――――
数時間後。
ユウは復興作業を手伝っていたのだけど、ふと休憩時間にとある路地まで入り込んでいた。騒がしいみんなから逃げて落ち着く為という理由もあるのだけど、何よりも彼女に会う為である。と言っても、それさえも運任せになってしまうが。
「疲れた……」
「トレーニング代わりになっていいんじゃないの?」
「そりゃそうだけど、話しが別で――――」
こんな状況で話しかけるのなんて彼女しかいない。だからそう気づいて声のした方角に振り向くと、視線の先にはラディがいて、フードの中からニヤッとした表情が見えていた。そして人差し指でフードを少しだけ持ち上げるとかっこいいポーズを決める。
直後にユウは逃がさないように手を掴んで詰め寄った。
「ラディ! よかった、色々と話したい事があったんだ!」
「こらこら、ラディちゃんは焦らなくても逃げたりしないぞ。隠れはするけど」
すると彼女は少し驚きながらもそう言う。次にスッと手を抜けさせてみせると少しだけ距離を開けて喋り出した。それも、ユウの予想通りの事を。
「今まで君の行動はほぼほぼ把握していたぞ。そこで、そろそろ知りたい事が出来ただろうからこうして出て来た」
「やっぱりな……。視線は感じなくとも見られてるんだろうなぁとは思ってたよ」
「そりゃあん時に約束したからね」
ラディはそう言って悪戯っ子みたいな笑みを浮かべる。まぁそこは分かっていた事だ。だから意識している時は素の状態を見せないようにしていた訳だけど、それも全て筒抜けだったのだろう。
彼女は今までのユウの行動を全て知っている。だから説明も何もなしに問いかけた。
「アリサとネシアの事、知ってるか?」
「そりゃもちろん二人の事は知ってるぞ。片方は有名人でもあるんだから。まぁ、レジスタンスの中ではだけどね」
するとラディは予想通りの事を答える。だからそれに期待して本題に入ろうとするのだけど、ラディは咄嗟に右手を翳してはユウの動きを制止させた。故に何をするのだろうと思ったのだけど、次にとった言動で彼女が情報屋だという事を思い出して。
人差し指と親指で丸を作るとお金を欲しがる動作をした。
「タダじゃあ、ね?」
「……何か奢る。何がいい?」
「じゃあジャックダニエル!」
「ジャックダニエル!?」
見た目とは相反して意外な物を選んだ事に驚愕する。だってラディは見た目だけでも十六とか十七に見えるし、そう言う年頃ならステーキとかケーキとかだと思っていた。やがてユウは落ち着くと冷静にツッコミをかました。
「ってか、さらっと未成年飲酒を宣言すな……」
「いいのいいの。バーの常連である時点でねぇ?」
「まぁそこら辺は追求しませんが。じゃあ酒を奢ればいいんだな?」
「うん。それなら欲しい情報をあげちゃうぞ!」
するとラディは乗り気でそう言う。有名な情報屋なほど信頼できる情報もないだろうし、ユウは早速気になる事について質問をした。
それも、彼女が思っていたのとは違う事を。
「じゃあ教えて貰おうか。《光の情報屋》とどんな繋がりがあるのかを」
「あ、アレ? ついてっきりアリサとネシアの事について聞かれるかと……」
「そう思ってそうだったから質問を変えた。それに二人の事も気になるからな」
そう言うとラディは驚く訳でも呆れる訳でもなく、ただ呆然としてほ~んと呟いていた。まぁそれを言った本人としてはそう質問される事も考えていただろうし、驚く事でもないのだろう。
あの時にラディはこういった。「《光の情報屋》には気を付けろ」と。じゃあ何故わざわざラディがそんな事を言うのか、それがずっと気になっていたのだ。だからこそもう一度問いかける。
「《影の情報屋》と《光の情報屋》にはどんな繋がりがあるんだ」
「――――」
けれどラディは答えずに黙り込んだ。
二人の情報屋のせいでユウも随分と心理戦に対応出来る様になり、何も答えなければそれが“言えない何かがある”と読み取れるくらいは成長している。故にラディはクロストルとの間に何かがあるとの確証が取れた。
「答えられない、か?」
「……そうだぞ」
「認めるんだな。てっきり何かしらで誤魔化すかと思ってた」
「まぁ、答えられなかった時点で君が“秘密がある”って見抜くのは分かってる。ならいっその事認めた方が潔いいかなって」
するとそう答えたラディの瞳には後悔と言うか、切なそうな色が浮かびだす。気を付けろと言っておきながらどうしてそんな顔をするのか。その理由を探ろうとした。
でもその先は答えてくれそうにはなくて。
「……答える気はあるか?」
「ごめん。その情報はまだ解禁出来ないかな」
「そっか」
無理やり吐かせるという手段も残っているのだけど、こっちにいい条件で取引してくれてる上に、困った時には手を貸してくれてるのだ。そんな恩人に野暮な真似はしたくない。だからユウはその事について“今は”諦めて次の質問へと移行する。
「じゃあ、アリサとネシアの事に付いてなんだけど……って、どした?」
「いや、ついてっきり追求してくるのかと思ったから。場合によっちゃ吐かせるかと」
「ラディの中の俺がどんな感じなのか実に気になるトコだけど、これでも紳士なんだ。プライバシーくらいは守るよ。それにまだって事はいずれ教えてくれる。そう思ってるからな」
情報屋をあまり過信し過ぎるのはよくない事だと思うけど、どの道教えてくれるのなら後回しでもいい。そう考えた。
それに知りたい情報はアリサとネシアの事だけではない。その他にも知りたい事や考えてもらいたい事、沢山あるのだ。
だから問いかけようとするのだけど、瞬間、ラディは小さく呟いて。
「――情報屋は過信しない方がいいぞ」
「え? なんて?」
「……何でもない。で、アリサとネシアの関係だっけ?」
何か聞こえた気がするけどラディは即座に表情を入れ替える。その事に問いかけようとしても話しかける隙を見せず、彼女は壁に背を預けながらもレジスタンスに所属していた時代の二人の事を話し始めてくれた。
全く、毎回どこからその情報を持ってきているのやら。
「私が調べた情報によると、元々は赤の他人だったらしい。互いにある目的の為にレジスタンスへ入り、戦績を積んで上位レジスタンスに入り、そこで初めて顔を合わせた。そこから先はほとんど君がネシアに聞いた通りだぞ」
「あの時の会話も聞いてたのか……。で、そのある目的ってのは?」
ラディが説明を省くという事は本当にその通りなのだろう。顔を合わせてからはネシアがアリサを気にかけ、ずっと引っ付いてたからどの作戦にも参加し、やがてコンビになるくらいの仲になったと。と言ってもアリサは認めてない様だけど。
やがてユウはある目的についても問いかけるのだけど、ラディは悪戯っ子みたいな笑みを浮かべると意地悪な事を言う。
「その先は、本人の口から聞いてみたらどうかな?」
「……へ?」
だからそんな事を言われるだなんて思わずに驚愕してしまう。だってユウは分からない事があるからこうして彼女に問いかけているのだ。情報屋としてもそこら辺の事情は全て把握済みなはず。ならどうしてそんな意地悪な真似をするのか。
その答えは彼女自身の口から話される。
「確かに情報屋に頼るのは悪い事じゃないぞ。私はいわゆる教科書だからな。――でも、助けてあげて欲しいって直々に言われたんなら自分で解決すべきじゃないのかな?」
「……つまり、俺が託されてなきゃ答えてたって事か?」
「そう言う事。まぁ、ここで普通に答えてあげてもいいんだけど、託されたんじゃやり遂げなきゃね。それに君がどうやって何をするのか。その結果を私は知りたい。要するに背中を押してるんだぞ」
「どこまでも掌の上って事なのな……」
ラディは答えないと言ったら答えないだろう。だからこれ以上の質問は無意味だと察する。でも背中を押してくれてるのならまだマシな方だ。そう考えて気持ちを入れ直す。
頬を叩いて覚悟を入れるとまた別の事について質問し始める。その他にも知りたい事は山積みなわけだし。……でも、ラディはもう一度金を欲しがる動作をして。
「精々ラディの欲しがる結果になる様頑張るよ。てな訳でその事については自分自身で何とかする。で、次の質問なんだけ――――」
「…………」
「分かった、分かりました。ジャックダニエルでもテキーラでも奢るから教えてください」
「おしきた」
するとラディは他の事についても話してくれた。ユウの知りたい事を山ほど。
だからそのまま二人で話し合い続けた。……外でガリラッタがユウを探している事にも気づかずに、そのまま。




