080 『捻れる感情』
「さて、と。じゃあ話そうか」
「――――」
外へ出て建物の陰にある空き地へと移動した後、ネシアはどこぞの猫型ロボットのアレに登場しそうな土管の上に座って話し始める。だからユウはその話を聞く為に覚悟を決めた。
アリサが震える程の話しなんだ。きっとそれは物凄く重苦しいはず。
その予想は的中し、ネシアは何が原因で引退したのかを話し出す。
「……この古傷はね、アリサを庇った時に出来た傷なの」
「え?」
「戦闘中、正規軍がアリサに向かって思いっきり剣を振り下ろして致命傷の傷を負って、そこで私が庇った時に右手首をやられたんだ」
傷の形から戦闘で出来た物とは思ってたけど、まさか庇って出来た傷だなんて思わなかった。そりゃそんな過去があれば話を聞くのが嫌になって当然だろう。だって、その傷は自分のせいで出来た傷と言っても過言じゃないのだから。
ネシアは古傷を撫でるとしみじみとした声で続きを綴る。
「私とアリサはコンビだったんだ。上位レジスタンスに入って来たばかりの頃のアリサはそりゃもう荒れててさ、それで私が世話係を買って出た事で、いつの間にかコンビになってた」
「ああ、そういう……」
「でね、私がいつも引っ付くからどんな作戦にも一緒になったの。私は銃剣で突っ込んでアリサは援護。そんな形でやってた。でもこの傷が出来てからはアリサの様子が変っちゃってね」
話している最中にネシアは眉間にしわを寄せる。話さなくてもいいと言おうとしたのだけど、どうしても話したいのか、ネシアはそのまま話し続ける。
だからユウも黙って聞いていた。
「傷のせいで私は右手首がほとんど動かなくなった。だから銃剣は出来なくなって、大量出血で生死を彷徨ってる間にコンビは解散、私は引退して、アリサはリベレーターへ。そうして今に繋がってるんだ」
「そんな過去が……」
今までのアリサからは到底想像できないような壮絶な過去。それを聞いてユウは立ち尽くした。兵士の引退はよくあると聞いていたけど、まさかここまで壮絶な話になっていただなんて。
となると今まで見せていた悪戯な笑みや言動は、全てその過去から眼を背ける為の――――。勝手に決めつけて勝手に考えるのはよくない。そう思って無理やりその思考を断ち切る。
やがてネシアは遠慮気味に今のアリサを訪ねて来る。
「アリサ、元気にしてる?」
「少なくとも退屈はしてない……と思う。みんなをからかって楽しんでた」
「そっか。相変わらず人を巻き込むのが上手だね」
するとネシアはアリサが元気にやっている事を喜んでいるみたいだった。そりゃ、そんな事があって殆ど会っていないんじゃ心配になっても仕方ないだろう。
彼女は手を握ると立てつづけにアリサの事を話し続ける。
「コンビを解散した頃、アリサ、凄い落ち込んでてさ。きっと今も攻めてるんだと思う。私のせいでこうなったんだって。……凄く、落ち込んでた」
「――――」
何も言えない言葉に黙り込む。
アリサが会いたく無さそうな表情をしていた真の意味がようやく理解出来た。確かにそんな理由があれば会いたくなくても当然か。きっとユウだって会いたくなくなるだろう。
過去に縛られる。それ以上に辛い事はそうそうないはずだ。
だって今までの生活の中で見せた言動の裏ではずっと自分を責め続け、咎めていた。それは自己否定にも近しい事で、そう簡単に出来る物ではない。だからこそネシアに会ってくれと言われた時にあんな反応をしていたんだ。
「アリサってさ、妙に強がりな所あるでしょ?」
「ああ、言われてみれば」
「それはきっと自分の弱さを見せたくないからだと思うの。見せると、きっと誰かが心配するから……怖がってると思うの」
「――――」
今までの言動にそんな意味があるのかと考え始める。明るく振る舞っていたように見えるけど、その裏じゃ自分をとがめつつも弱い所を見せる事に怖がって……。だとしたらもう疲れているのではないか。
未だユウは何も言えなかった。あまりにも壮大で、ユウが割り込んでいい話ではないのだから。
でもネシアはこう言って。
「お願い。アリサを、助けてあげて」
「助ける……」
「そう。あの子は今も怖がってる。だからどうしろってのは言えないけど、助けてあげて欲しい」
出来るだろうか。ユウ如きに。
アリサの抱えている思いは絶大なはず。弱さを見せるのが怖いというのに、その助け方なんて分かるはずがない。それこそ誰よりも彼女の事を知っているネシア以外。
でもやれる所まではやってやる。そんな覚悟は生まれた。
「……分かった。頑張ってみる」
そう言うと彼女は凄く安心した様な表情を浮かべて安堵のため息をついた。ネシアもネシアで色々と考え続けていたのだろう。どうしたらアリサを助けられるのかと。
孤独から助けられる方法なら知ってる。でも、恐怖から助ける方法なんて――――。
顔を左右に振って考えを改めると頬を叩いて気合いを入れる。
「任せてくれ」
「うん。ありがと」
どの道困った人は見捨てられないのだ。助ける事は変わらないと覚悟を決める。
アリサを助けるだなんて想像すらも出来ないけど、でも、苦しんでいるのならその苦しみから解放してあげたい。本気でそう思う。
やがてある程度の話が終わるとネシアは気持ちを入れ変えて立ち上がった。
「さて。あまり長居してるとアリサに怒られちゃいそうだし、戻るとしますか」
「……ああ」
助けてあげられる人が出来て安心したのだろうか。ネシアの表情はさっきと違って明るい物へと変わっていた。だからユウも一安心して彼女の部屋に戻って行く。
二人して部屋に戻ると何の変哲もないアリサが待っていて、少しだけ曇った瞳でこっちを見つめた。それに気づいてか否か、ネシアは少し明るげな言動で言う。
「ごめーん。待った?」
「長かったわね。冷蔵庫に入ってたプリンは頂いたわ」
さり気なくネシアのプリンを奪った事を宣言しつつも我が物顔でくつろぐ。その姿はまさしく「流石アリサ」といった所だろうか。
一先ず机の前に座るとネシアは喋り出し、さっきまで喋っていた事に話題を修正した。
「さて。随分話しが逸れちゃった訳だけど、リベレーターの応援要請、だっけ?」
「そうよ。多分これから先手が足りなくなると見越してるんでしょうね」
「って事は、さっきも言ったけど後々連絡が来ると見て大丈夫なの?」
「いいんじゃないかしら。今回はコンタクトを取るだけだし」
さっきまでは嫌な表情をしていたけど、ネシアと喋っている内に気分も治ったみたいで普通の表情へ変わって行った。だからその様子に安堵する。
と思ったのだけど、アリサはお茶を一気に飲み干すと急に帰る事を選んで。
「じゃ、私達はそろそろお暇するわ」
「えっ、もういっちゃうの?」
「そりゃ私達はコンタクトを取りに来ただけだからね。ここに長居する必要はないわ」
「…………」
するとネシアはさっきまでの明るい表情が嘘みたいに暗くなってしまう。でも彼女にとってはせっかく久しぶりに会えた戦友だ。こんなにも早く別れてしまうのは悲しいのだろう。その証拠として暗いまま俯いてしまった。
なのにアリサは遠慮なしに出て行ってしまう。
「行くわよ」
「ちょっ、アリサ!? もう少し――――」
「行くわよ」
だから制止しようとしても彼女は聞く耳を持たず、ユウを連れて強引に出て行ってしまう。ネシアも後を追おうとはせずに黙り込んでいた。
これでいいのか。そう思う。だって会話からするに二人が会うのは凄い久しぶりみたいだし、それなのにこんな強制的に分かれていいのか。……とは言ってもユウにそれを止められる程の力なんて無くて。
「アリサ! ちょっと強引過ぎるんじゃないのか!?」
「いいのよ別に。どうせまた会えるだろうしね」
「だからと言って……!」
「あいつの扱いはこれでいいのよ」
そう言ってマンションを去っていく。振り返ってもネシアの姿は一向にないし、二人は最悪な会い方をして最悪な別れ方をしてしまったのだ。その現実に奥歯を噛みしめる。
だからユウは何かを言ってやろうとしたのだけど、その瞬間にアリサが先に喋り始めて。
「こんなんで――――」
「これでいいの。あいつは私の事、嫌いなはずだから」
「――――」
その言葉に黙り込む。物凄く見当違いな事を思っているから。
立ち止まると顔をしかめながらもユウに振り向き、俯いたまま何も言わないユウの名前を呼んだ。でも、それには答えずアリサへ本当の事を伝える。
……それも、ほとんど無意味なのだけど。
「少なくとも嫌いじゃないと思う。ネシアは本気でアリサの事を心配して――――」
「どうだかね。それも嘘ならどうするの?」
「何で……。何でそうやってすぐ決めつけるんだ! どう思ってるかなんて本人に聞かなきゃ分かんないのに!!」
「聞かなくても分かるからね。私のせいであいつは兵士を引退した。そのせいであいつがどれだけ不幸になったか分かる?」
「え……」
鋭い瞳と共に言われた言葉でもう一度黙り込む。だって、兵士を引退すれば安全に生きて行けるのだ。戦わずに街で過ごす事が出来て、死ぬ事だってない。それなのに何でそんな事を言うのか――――。そこまで考えた時にラディの言葉を思い出す。
すると彼女自身でその答え合わせをして。
「ユウはあいつの何を知ってるの? ――戦う事が。誰かを守る事だけが生きる意味になってたあいつにとって、戦えないのは辛い事なのよ。私はそれをさせてしまったって訳」
「守る事が生きる意味って、どういう?」
「そこは自分で考えなさい。もしくは、同じ経験をすれば私の業が分かるかもね」
アリサはそう言って立ち止まったユウを置いて行く。だから街中で一人取り残されながらも考え続けた。どうしてアリサがそんな事を言うのか。何でネシアがあそこまで追い詰められているのかを。
だから誰にも聞こえない声で呟いた。
……まぁ、それを聞き取れる人が唯一身近にいた訳だけど。
「どういう事だよ。アリサ」




