079 『戦友』
顔面へスパーキングしたケーキが音を立てて床へと落ちる中、この場にいる三人は一言たりとも喋ろうとしなかった。ユウは驚愕して、アリサは決まった事にドヤ顔して、投げられたその人は口が塞がっていたから。
だからアリサが投球したフォームから戻らずその人もケーキをどかさないというシュールな時間が続く中で、しばらくするとユウは喋り出した。
「えっと……どういう状況?」
するとその人は指でケーキをなぞっては口の中に突っ込んで食べ始め、文句も何も言わずにもぐもぐと顔に付いたケーキを口に突っ込む。だからそんな光景を戸惑いながらも見つめていた。っていうかこんなギャグマンガみたいな展開になるなんて思わないからこそ硬直する。
やがて彼女は喋り出す。
「……私の好きなイチゴケーキじゃん。よく覚えてたね」
「そりゃ覚えてるわよ。だって事あるごとに要求してくるんだから」
「えっ? えっ?」
急に何事もなかったかのように喋り出すから困惑する。だってとてもそんな事が出来る状況じゃない訳だし。だから置いてけぼりにされながらも話は進んで行った。
少しだけすると彼女はようやくまともに話し始め、ド正論を言う。
「まぁ、どうであれ再会した事は喜ぶよ」
「そうね。私がわざわざ会いに来たんだから喜びなさい」
「でも一つ言いたい事があるの。何でケーキ投げつけた?」
「……どういう状況?」
――――――――――
「自己紹介が遅れたね。私はネシア・ルーレット、よろしく」
「あ、えっと、ユウです」
彼女……ネシアがケーキを食べきって顔を洗った後、居間に案内されると手を差し伸べながらも自己紹介をするからこっちも名乗り始める。そして差し出された手を握るのだけど、その時に妙な感覚を得て少しだけ反応する。
容姿は灰色の長い髪に大きな銀色の瞳で、如何にも活発と言う様な印象を受ける。しかし凛とした顔立ちで妙なクールさというか、威厳みたいな物を醸し出す不思議な女性であった。
そしてネシアはユウの反応を特に気にする様子もなく座ると喋り始めた。
「さてと。話したい事は色々ある訳だけど、まず最初に確認。アリサがここに来るって事は、例の件って事でいいんだよね」
「ええ。問題ないわ」
例の件と言うのはきっとこの前起ったばかりの戦いだろう。ここはそこまで被害が行き届いてないものの、ガスや水道が通らなかったりと厄介な事はいくつでもある。だから例の件と判断したのだろう。
更にネシアはアリサの事を分かり切っているのか、ユウを見るとこっちの事情も察して見事に的中させて見せる。
「で、付添人がいるって事は巻き込んだって事ね」
「よく分かったじゃない」
「そりゃこんな困惑してる子連れてくれば嫌でも分かるよ。アリサの性格を知ってればね。アリサの相手、大変でしょ」
「まぁ、それなりに」
聞いた感じだと互いの事を理解しているのだろう。可もなく不可もなくって感じの会話を繰り広げていた。と言っても戦友と言う言葉を付け加えれば些か不安な会話なのだけど。
ネシアは手を叩くとユウに今がどういう状況なのかを教えてくれる。
「それじゃあ状況もよく分かってないでしょ」
「何の目的かは分かってますけど、まぁ、どっちかというといきなり面貸せって言われて、そのまま流れでこうなってて……」
「も~。ちょっとくら状況は説明しなきゃダメだよ。アリサってそう言うトコほんっと省くよね」
「別に話してれば知れる事だし、もう私達の関係性は理解してるはずよ」
するとアリサはそう言いながらもユウに視線を向けた。
……何だかネシアに会ってからアリサの様子が少しだけ変わった気がする。妙に落ち着きがないと言うか、彼女にしては騒がしいと言うか。だからそんな疑問を抱きながらも問いに答えた。
「えっと、戦友で仲がいい……だよね?」
「んな訳あるか!!」
「その通りだよ!!」
「間反対の返答キター……」
直後に二人が食い気味で身を乗り出しながらもそう言った。しかし今のやり取りで確信した。アリサはネシアに対して面倒くさがってるけど、ネシアはアリサに対して会えた事を喜んでるんだ。確かに忠告通り結構活発な人らしい。
やがてアリサは面倒くさそうな表情をすると自分から話し出した。
「戦友は合ってる。でも腐れ縁って奴よ。こいつが毎回私に張り付いてくるからどんな作戦にも一緒になって、戦闘になると援護も無しに突っ込んでくから無視できないの」
「喋れたじゃん。最初からそうすればいいのに」
「あんたが言うと絶対に捏造するでしょ」
元レジスタンスと聞いていたから事件解決数で有名になったと思っていたけど、どうやらそうでもないらしい。今の様子じゃ突っ込んでは敵を薙ぎ倒して有名になってそうだ。
そんな想像は見事に的中して。
「そうそう。とにかく突っ込んで敵を倒す! その快感ったらもうね! 後ろにはアリサがいるから安心安心」
「そんなんだから叱られたのよ。それに、私は援護したんじゃなくて止めに行ったんだけど?」
「でも最終的には守ってくれたじゃん」
「それはあんたに死んでもらっちゃ夢見が悪いからでしょ!」
一見すると凄い仲がよさそうなやりとりをする。ここだけ見ると最早戦友じゃなく親友としても見て取れるのだけど、そこは色々と事情があるのだろう。無暗に踏み込むとアリサに指でも折られそうだから言わないけど。
それからも二人はコントさながらのやりとりをして微笑ましい表情をしていた。ネシアは楽しそうだし、アリサは怒っているけど少なくとも退屈はしてない様子。
最初は結構暗い表情を浮かべていたからヤバイ人なのかと心配していたけど、アリサもこうして元気になれているみたいでよかった。まぁ、本人にしてみればややこしいだけだと思うし、行く前にあんな顔をしていた理由が分かった気がする。
と言っても彼女からすればまた何か別の理由があるのだろうけど。
「ったく、戦う度に突っ込んで誰も止められないから私が援護したけど、私がいなかったらどうするつもりだったのよ」
「そん時は他の誰かが守ってくれたでしょ!」
「どこまでも他人任せなのね……」
どうやらネシア自身の性格にも少し難がある様子。確かにそんな性格じゃアリサも苦労する訳だ。となると彼女はそんなネシアに影響されて今みたいな性格になったって事なのだろうか。見ただけだとなんか似てそうだし。
思い出話は尽きないみたいだったけど、ネシアは咳き込んで間を開けると本題に入る。
「で、ベルファークは何が望みなの?」
「知らないわよ。備えあれば憂いなしとか言ってたわ」
「なるほど。要するに私の力を借りたいと」
「なんでそれだけで理解出来るんだ……」
ネシアの考察力に驚きながらも呟いた。だってことわざだけでベルファークが何を望むかが分かるだなんて、よほど彼の事に詳しいのだろう。
その察しの良さを知っていたアリサは普通に反応するけど、ユウは少しばかり硬直する。
「となると先の戦闘でかなりの損害が出たんだ?」
「ええ。軽く三千人の死者が出たわ」
「ちょっ、アリサ!」
「大丈夫よ。引退した身とは言え今も戦闘自体は続けてる。リベレーターの傭兵みたいな感じね」
「ああ、はぁ……」
こういうのって内部情報はあまり部外者に話すべきではないのだけど、ネシアの場合は少しばかり特別という事なのだろう。まだあまり現状を読み込めない物の納得はする。
傭兵なら報酬次第で手を貸すの有無を決めるはず。となるとベルファークの言っていたコンタクトとは顔を合わせて事情を伝えるって事だったのか。
「それで、交渉はいつごろ始まるの? 来週?」
「知らないわ。私はただコンタクトを取って来てって言われただけ」
「なるほど。つまりそれまでの間に備えておけって事ね」
「いつになるかは分からないけどね」
そう言うとネシアは腕を組んで早速考え出した。
しかし、引退して傭兵になったと言えど、見た所そこまで大きな傷はないように見える。だって外見では普通の女性にしかみえないし、古傷が見えているという訳でもない。
だからじ~っと見つめているとネシアはユウの思ってる事を的中させる。
「……今何で引退したのかって思ってるでしょ」
「いや、まぁ……はい」
「敬語じゃなくていいよ別に。まぁ、私の話は他に人でも良くある事だからね」
するとネシアは自分の右手首を見せてはその古傷を見せた。ユウの予想よりも遥かに大きく、そして歪な形をした古傷を。
リストカットなんかとは比べ物にならない傷に驚愕すると、アリサは反射的に眼を背けてその古傷から逃げる様にそっぽを向いた。そしてユウも反射的にリストバンドへと指先を持っていく。
「これは……?」
「私達は上位レジスタンスの主力戦闘部隊で戦ってたの。リベレーターからお誘いを受けながらね。でもある日、遠征先で正規軍との戦闘が始まって私とアリサもその参加したの。持ち前のコンビネーションで敵をバッサバッサと千切っては投げ千切っては投げで大暴れをした訳だけ……」
「捏造すな」
「まぁ普通に戦ってた訳だけど、そこ――――」
しかしネシアは突然言葉を詰まらせて黙り込んだ。息でも止まったかのようにピッタリと体を硬直させ、ずっと目を逸らし続けるアリサを視線だけで追う。だからユウも釣られて目線の先を見るのだけど、そこにはいつもと様子が違ったアリサがいて同じく黙り込む。
嫌なんだ。この話を聞くのが。その証拠として膝の上で握る手が微かに震えている。
「えっと、ユウ君、だっけ? 少し移動しよっか」
「分かりま……分かった」
だからネシアは少し考えた末に立ち上がるとユウを外へ出す様に誘導し、そしてアリサだけを部屋に残して場所を移してしまう。
故にその時に見せたアリサの瞳が気になって仕方なかった。何か物凄く曇り、そして果てしなく深くなったその瞳が。




