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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter2 始まりの刻限
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077  『キズアト』

「……手紙? 誰から?」


「前によく遊んでた子供がいるって言ってたでしょ? その子から助けてくれてありがとうって手紙を貰ったんだ」


「へぇ~」


 夜。ユウは念の為病院に留まる事となり、リコリスはわざわざ部屋に来てくれていた。やがて真っ先に手の中に握っていた手紙へ興味へ向けて問いかける。

 椅子に座って背もたれを前にすると寄りかかりながらも言う。


「初めての手紙じゃん。よかったね」


「ああ。この世界に来てから、初めての贈り物だ」


 そう言いながらも手紙を大事に撫でる。これだけが正真正銘、初めての贈り物。だからこそユウはこれだけは大事にしようと決めていた。ユウの表情がそんなにも穏やかだったのか、リコリスは軽く噴き出すとそのまま笑って見せた。


「何かそうやってると生き別れた姉がいそうだね」


「であれば結構ドラマチックな運命になってほしいな。出来れば感動の再会系」


「はははっ。じゃあ、子供の頃に生き別れてそのまんまって展開がいいんじゃない?」


「でもそれはそれで辛そうだからやだな……」


 リコリスの軽口には軽口で答える。だってずっと別れ離れって言うのは寂しそうだし、そういう系の物語は沢山見て来たからこそ同じ境遇はやだなって感じる。

 そうしていると二人の間で微笑みが浮かんだ。


 最初は微笑みなんて浮かべられそうにはない心境だったけど、みんなと話し合って、何よりも手紙のおかげで大分心の余裕が生まれた。リコリスもユウが笑ってられる程精神的余裕が出来た事に喜んでいる様子。


「よかった。起きた時は結構暗い表情してたから、安心した」


「心配かけてごめん。でも今は大丈夫。……もう暗い表情ばっかりは出来ない」


 この世界の人間は常に絶望へ抗ってる。だからみんな明るい表情を浮かべていて、誰一人として足元ばかりを見つめずに見を見据えているんだ。それなのにユウばかりが足元を見ている訳にはいかない。

 だって、ユウはみんなの仲間で十七小隊の一員なのだ。民の希望となれる存在が、子供達の憧れとなった存在が、いつまでも絶望していられるものか。

 頬をパシパシと叩いて今一度気合いを入れた。


「今回の件で分かったんだ。信じる事と、諦めない事を」


 この戦いでどれだけの絶望が覆い尽くさんとしているのかがよく理解出来た。だからこそみんなを信じなきゃいけない。だからこそ、明日を諦めちゃいけない。

 たった今から明日が無くなるかも知れない世界なんだ。そんな世界で生きていくにはそれらに縋らなきゃ到底生きてなんか行けない。


「……それに、やりたい事も決まったし」


 声のトーンを変えて言う。それにリコリスは少しだけ反応した。

 あいつを――――カミサマを殺す。それがユウの中に宿ったもう一つの行動原理だ。カミサマはこんな世界を許容し、更にその先の結果を望んでる。手が届くはずのない事だってのは分かってるけど、それでも絶対に許せない。いつか喉元に牙が届くまで絶対に諦めないだろう。

 絶対に殺す。必ず殺す。その言葉を脳裏の中で復唱した。


「みんなを守る。この命に代えても」


「――――」


 そう言うとリコリスは黙り込んだ。何も言わずに俯いたまま動かなくなってしまう。

 でもカミサマは絶対にロクな事をしないはずだ。ダイスの出目で運命を左右すると言っていた所から見るに出目の大きさで絶望か希望かを決めているはずだ。それも世界が停滞したらの手段であるはずだけど。

 なら裏を返せば、停滞しなければ運命を弄られる可能性は少ない。つまりユウが自発的に様々な事を起こせば……。


 ――ああ、そう言う事か。


 そこまで考えた時に気づく。カミサマはユウが自分自身を憎んでいると知っていたはず。だからこそそんな条件を決める事でどの道ユウを手駒にしようって魂胆なのか。

 何もしなければ運命が弄られる。何かをすれば思い通り。全く、ここまで嫌な気持ちになったのは久しぶりだ。


「ユウ、そろそろ寝たら?」


「……そうだな。もう十時だし」


 本来なら自由時間も終わり就寝する時間だ。それに今日は歩き回って少しでも泣いて疲れてしまった。いくら戦いの疲れは取れたとは言え、まだ体の内側は完治してない様だし。

 だからユウは手紙を机の上に置くとそのままベッドに寝転がった。それを見てリコリスは立ち上がって部屋から出て行こうとする。

 のだけど、その前に一つだけ言い残すことがあったみたいで。


「あ、そうだ。ユウに渡したい物があったんだった」


「渡したい物?」


「これこれ」


 そう言うとリコリスは懐の中から何かを取出し、手の中に握ってはもう片方の手でユウへ伸ばした。だから反射的に右腕を伸ばすのだけど、その時にリストバンドをしてない事に気づいて。


「ッ――――!」


「……!?」


 その時に全てが凍り付く。眼を限界まで開かせては今まで以上に驚愕して、即行で右腕を引こうとする。けれどその時にはリコリスが右手を掴んでいて、掌を上に回してしまう。

 だからリコリスもソレに気づいた。

 咄嗟に腕を激しく動かして弾く訳だけど、その時にはもう遅くて。


「見た、か……?」


 今更右手首を隠しつつもそう問いかける。それも最大限の警戒心と、不安定な視線を遠慮なしにリコリスへ投げつけながら。

 でも、彼女は目を逸らしながらも頷いた。


「――――」


 今さっきまで穏やかな雰囲気だったというのに、周囲の空気は一瞬にして凍り付く。たった一秒の行動と見たモノのせいで。ユウは虚を突かれた気分になるとそのまま黙り込んだ。だからこそリコリスが声をかけるのだけど、それに答えられる程の余裕なんて無くて。

 声のトーンを変えて言う。


「あの、ユウ――――」


「今は一人にしてくれ」


「でも……」


「一人にしてくれ!」


「……うん」


 無理やりにでも彼女の言葉を遮って部屋から追い出す。何も言えなくなったリコリスはそれ以降一言も喋らず、暗い表情をしながらも病室を出て行った。

 だから、それからユウは体育座りになって膝を抱える。震えそうになる体を必死に抑える為に。

 ずっと隠して来た物を見られた。それだけでも怯える理由には十分だ。


 もう、仲間でいる事は許されない。

 別にみんなが許容さえしてくれればユウは仲間と言う形は保てるだろう。でも駄目なのだ。不可能なのだ。自分自身がそれを許してくれない。だって、今までずっとみんなの事を騙して来たのと一緒なのだから。

 ユウは右手首に置いた手をどかしてソレを見た。



 何重にも刻まれた、リストカットの跡を。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「どうしろっての……」


 一人虚しく本部まで戻った後、リコリスは執務室の椅子に座って頭を抱えていた。まさかユウがあんなものを隠してただなんて予想すらも出来なかったから。

 これからどうやって接していけばいいのだろう。そう考える。


「何かを隠してる事は知ってたけど、まさかリストカットとはね……」


 脳裏であの時の――――ユウをナタシア市へと護送する時の会話を思い出す。彼はあの時にリストカットの事をこう言っていた。汗を拭うには便利な代物だと。でも、それは既に真偽の魔眼が嘘だと言う判定を出していて、真実がどうであれ何かを必死に隠そうとしていたのは知っていた。

 でも、ユウがリストカットを繰り返していただなんて誰が予想できただろう。


 だって彼は優しくて強い人間だ。今となっては自然体でも笑える様になってきたみたいだし、度々見せる笑顔の裏にはそんな事をしそうな人間には見えない。

 それにリストカットの跡が一個ならまだ受け入れる事が出来た。でも重なった傷から見て恐らく五……いや、十二回は繰り返してると見ていいはず。どうしてあのユウがそこまでするのだろうか。


 ――そういう、事だったんだ。


 今までの彼の言動が答えをくれる。生死がどうでもいい所とか、命の扱いが雑だったり、平和と言う度に目が曇ったり、空っぽの笑顔が。

 ユウにどんな過去があったかなんて分からない。でも今までの言動とリストカットの跡がどれだけ壮絶な過去なのかを教えてくれた。ユウが話していた向こうの世界じゃとてもそんな事が起りそうな世界じゃないのに、どうしてそんな事になったと言うのか。


「神様、ねぇ」


 最初に会った時に彼は神様に騙されて転生したと言っていた。さらに死ぬ直前の記憶がないとも。神様と言うからにはこの世界とか向こうの世界を支配出来てもおかしくないはず。それに記憶に干渉できるのならユウの過去がどんな物かも理解出来ていておかしくない。

 それなのにどうしてそんなユウに追い打ちをかけるかのようにこんな世界へ転生させたのか――――。


 跡から見てユウは確実に自殺願望を持っていたに違いない。だから生きる意味を見いだせず、死ぬのが怖くない。だからこそ、どれだけボロボロになろうと誰かが止めろと言うまでは暴走し続ける。まさしく真の狂犬といった所か。

 ようやく紐づけられた言動の意味。それを知ってもう一度頭を抱えた。


 ――この世界に神様がいるのなら、何を望んでるの……?


 酷く心を打ちのめされたユウをこんな世界へ送り、人々がこんなにも苦しんで絶望していると言うのに手を差し伸べてくれない。まぁ、元々神を信じてる訳じゃなかったけど、今一度ユウの言動で神を疑った。

 もし本当に神様が無慈悲で感情の無い人なのだとしたらリコリスは絶対に許さないだろう。

 だからこそ彼女は背もたれに寄りかかって反対側へ振り向くと、窓から見える夜空に問いかけた。ユウでも誰でもない。眼には見えない“その人”に、輝く星達にも向かって。


「大丈夫だよね。きっと」

これにて二章は完結となります。感想や評価など、色々と頂けると非常に嬉しい所存でございまする。

まだまだ物語は続いて行きますので、彼らの行く末を見守ってくださるとありがたいです。

そろそろ書き溜めにも追い付かれそうかなぁ。


ちなみにユウの過去が明かされるのは五章だ! それまで座して待たれよ!

彼の過去が明かされる時、物語は加速する――――!(言ってみたいだけ)

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