076 『手紙』
「これは……?」
「よく分かんないけどあんたに渡して欲しいって女の子が渡しに来たらしいの。「十七小隊の黒髪で空を飛ぶお兄さんに渡して欲しい」ってね」
そう言ってその古ぼけた手紙をユウへと押し付ける。だから慌てながらも受け取ると彼女はそのまま何も言わずに歩いて行く。もちろん手紙の事は気になるのだけど、まずは負傷した人の治療に専念すべきと後を追った。
と言っても、その負傷した人ってアリサがやった人なのだけど。
「ってか、何でアリサも聞いた風の言い方なの?」
「私も話しを聞いた側だからね。警備兵が手紙を受け取って、私が受け取って、あんたに渡したって訳」
「なるほど」
一連の話を聞いて頷いた。確かにその流れなら普通だし、逆にアリサに直接渡すのは少々ありえずらい。
宛先は見なくとも分かる。恐らく彼女だろう。あんな状況に巻き込んだ様な物なのだからトラウマになって嫌いになられてもおかしくないのに、こうして手紙まで送ってくれるだなんて、なんて良い子なのだろう。少しマスターが羨ましくなる。
やがて(主にアリサがやらかした)キャンプへ到着すると、順々に寝そべっている人達を見てどういう状況なのかを今一度肌で感じる。確かにこの状況ならアリサがやっても何もおかしくない訳だ。
各々の怪我の度合いを確認しただけでも彼女がどれだけ不器用なのかを悟った。
「あ~、これは……」
「ユウさんでも分かりますか」
「そりゃ分かるよ。アリサがどれだけ不器用なのかも」
そうして呆れた視線を向けると彼女は飄々と口笛を吹いて誤魔化した。まぁ、アリサの悪戯って言うか状況悪化は今に始まった事じゃないし、別にいいか。そんな風にして受け流した。
なんか今になってアリサの扱い方を理解した気がする。
とにもかくにも紫色になった箇所を安定化させる為に措置を施した。
「ちょっと痛いと思うけど、我慢してな」
「気を付けろ……。彼女は、悪魔だ……」
「まさかそれを味方側から真の意味で聞く事になるとは思わなかった……」
そりゃ兵士からすれば問答無用で骨にひびが入っている所へダイレクロアタックされるのだから、彼女を悪魔と捉えても無理はないだろう。っていうか実際に悪魔みたいな性格してるし、基本的に当たりも強いから仕方ない。
包帯を巻いていると彼は安心した表情をして寝そべった。それだけアリサが怖かったのか……。
少女に怖がるのも何だけど、そこまで恐怖を抱かせる彼女も彼女だ。実際ユウとイシェスタによる簡単な措置を受けているだけでも兵士は安心した表情になるし、対して彼女が悪戯に耳元で問いかけるとその人は恐怖のあまり体を震わせる。
とりあえず止める様に言いながらも簡単な措置を終わらせた。
「よし。この人で最後かな」
「医療品を運ぶだけじゃなくて、手伝ってくれてありがとうございます。まだ病み上がりなのに……」
「いいよ別に。それに、困ってる人がいるんなら手伝ってあげたいし。その困ってる人を作った原因は目の前にいる訳なんだが」
「みんなの体が脆いだけよ」
「…………」
物騒な物言いに黙り込む。
けれどこれも慣れるしかないと言い聞かせてスルーし、とにかく他にやる事はないかと周囲を見回した。早く手紙を読みたい気持ちはあるけど、やぱり他にやれる事があるのなら早い内にやっておきたいから。
と、そう思っていたのだけど、ガリラッタがユウ達を見付けると声をかけて走って来る。
「おーい、みんな~!」
「あれ、ガリラッタ。索敵とかしてたんじゃないのか?」
「いやさ、こっちは数が借りてるから他に当たっても大丈夫だぞって言われたもんで」
「ほ~ん」
すると彼は後頭部を掻きながらもそう言う。それ程数が足りてるって事は、少なくとも百人は超えているのだろう。気絶してる人や重要患者は七十人ほどだと聞くし、ここの即席キャンプに集まってる人も数百四かいない。全体的にみると他の全員は捜索に当たっているのだろう。
深く考え込んでいるとガリラッタはテスがいない事に気づいて問いかける。
「あれ、そういやテスは?」
「今頃さっきまでのあんたと同じく捜索活動に当たってるんじゃないの? まぁ、適当に見て回ってるってのもあり得るけど」
「確かにありそうだ」
地味に戦闘以外に対してテスへの信頼が低い事を知りながらも話を聞く。まぁテスはお茶らけキャラみたいな所があるし、そこら辺でもほっつき歩いてるんだろう。
だから彼はここでもやる事はないと察する。
「って事はここも人手が足りてるんだな」
「そんな所ね。どうしてもって言うなら、後々運ばれて来る予定の荷物を運ぶお仕事をあげるけど?」
「おし。じゃあそれを引き受けよう。備えあれば憂いなしってヤツだからな」
するとガリラッタは拳を合わせてやる気を見せた。アリサは如何にも分かっていた様な表情を浮かべ、ある方向へ指を差すと何があるのかを説明し始める。後々誰かがやってくれると言うのに、自ら進んでそれをやるとは、彼も相当優しい人の様子。
やがてアリサは親指をある建物へ指すと言った。
「んじゃ、ユウはあそこの屋上で手紙でも読んで来たら?」
「え、何で屋上なの」
「良い内容過ぎて涙とか……」
「出る訳ないだろ。……でも、せっかくだし味が出そうだからそうさせてもらうよ」
「ちゃんと読める? 私が音読してあげようか?」
「意地でも自分で読むからいい!」
アリサの野次にそう答えつつも歩き始める。
確かに日に当てられ風に煽られながら手紙を読むのも悪くない。そう思ってユウはアリサの差した建物……ではなく、病院の屋上まで移動した。だって彼女の指定したビルなんて小型の盗撮カメラとか設置されてそうで怖いし。
だからわざわざ病院まで移動すると、すぐに屋上まで駆け上がってドアを開けた。
洗濯物が干される中で出入り口の壁に背を預け、手紙を出して中を開ける。するとピンクのバラが縫われたハンカチが出て来た。確かこの世界じゃこれが感謝の気持ちを伝える伝統行事、みたいな物だっけ。
次に本題の手紙を開けると真っ先に宛先を見た。でもまぁ、そこは予想通りだった訳で。
【拝啓、エトリアより】
「やっぱりあの子か。……あれ、簡単な文字で書いてある?」
予想通りだったからこそ驚きはないけど、代わりに嬉しさが込み上げる。こうして何かをやった事で手紙を貰うの何て、生まれて初めての経験なのだから。
それだけでも嬉しいものの、ユウは本文へと目を通した。あまり文字自体は習っていないのか、簡単な文字……日本語で言う平仮名みたいな文字だったからユウにも読めて助かった。
【先日は、助けてくださりありがとうございます。ユウさんいがてくれなかったら、きっと私は機械生命体に食べられていたと思います。だから、本当に、ほんっとうに助かりました!】
アリサが言ってた言葉の意味ってこういう事だったのか。それを今になって自覚する。流石に中身は見てないだろうなと心配するけど、プライバシーくらいは守ってくれると信じて読み続けた。
と言っても、狙撃銃を使ってまで人の面会を見る様な人なのだから真実は分からないが。
【あれから私は機械生命体のプレミアさんに出会い、戦いが終わるまで匿ってくれました。ユウさんの事を信じて本当に良かったです! 最初はやっぱり怖くて震えてましたけど、プレミアさんって意外と優しくおっちょこちょいな性格なんですね!】
――そうだっけ……。
彼と話したのは一時間にも満たないからそんな性格だったかと顔をしかめる。しかし、いくらユウを信じていたとは言え機械生命体と喋るだなんて凄い度胸だ。普通なら姿を見るだけで足腰が立たなくなってもおかしくないのに。それ程なまでにユウへの信頼度が大きいって事なのだろうか。
その答えは先に記されていた。
【私、最初は信じられませんでした。機械生命体は人類を殺す為に作られた。そう思ってましたから。実際に人が食べられる所を見てしまったから、物凄く怖かったんです。でも、あの時にユウさんが真剣な瞳で私の事を見てくれた。それだけで私はユウさんの事を信じれたんです。私に……いえ、私達にとってユウさんは、立派なお兄ちゃんですから】
「俺が兄ちゃん、か」
弟がいたって訳じゃないけど、兄として立派にならなきゃって考える。しかし同時に憧れられるというのはこんなにも重苦しい物なのかと実感する。もっとしっかりしなきゃ。立派にならなきゃ。そんな焦燥感も同時に湧き上がった。
けれど文の続きにはユウがユウでいられる理由が存在して。
【ユウさんはきっと、単独行動をして、私を危険に晒したと自分を責めてると思います】
――読まれてる……。
【でも、私はそんなユウさんでいいと思います。変に立派にならなくても、今のユウさんこそが、私達の憧れる立派なお兄さんですから。確かにリベレーターとして悪い事だと思いますけど、ユウさんは私を命懸けで守ってくれました。それだけで凄く救われたんです。今まで誰とも触れ合ってなかった私でも、こんなに全力で守ってくれる人がいるんだ~って、心から救われました。だから私は今のユウさんでいて欲しいって願います】
「それ遠回しにもっと問題行動を起こせって事になるんだけど……」
今のままじゃもっと単独行動とか問題行動を起こしてしまいそうだけど、彼女はそんなユウを望んでるんだろう。命懸けで誰かを守る。そんな背中に憧れたはずだ。
ユウは少しだけ紙を握る手に力を入れつつも読み続けた。
【無理に変わる必要はないと思います。ゆっくり、ゆっくり。なりたい自分になればいいって、私はそう願ってます。私達は、ユウさんが大好きですから!】
「――――」
無理に変わる必要はない。大好き。そう言われたのは生まれて初めて――――いや、二回目だっけ。そう思って自分の記憶を振り返った。
けれど手紙越しにもここまで優しい事を言われたのは本当に久しぶりで、不意に込み上げた感情をユウは必死に抑えた。だからこそその感情は涙へと形を変えて頬に流れる。
【私達はユウさんの事、信じてます】
最後に書かれていた一文。それを読んでユウの涙は手紙に落ち染みを作った。
……救えたんだ。今まで殺してばっかりのこの手で、少なくとも一人だけは救う事が出来たんだ。その事実を教えてくれた彼女に心の中で感謝しつつも静かに涙を流し続ける。それだけでユウ自身も救われた様な気になる。
風で涙が動かされ、干している毛布がはためく中、ユウは手を目元に持って行って涙を拭った。信じてるなんて言葉、まさか言われるだなんて思わなかったから。
「そっか。救えたのか」
そう言って空を見上げた。破滅的な街とは裏腹に、眩いくらいの光を届ける青空を。
誰も居ないからこそ涙を流し続ける。やがて尻餅を着くと涙で濡れた手紙を大事に抱え、この世界に来て初めて誰かを救えた事を噛みしめた。
涙を流しながら。ずっと。
……ただ、裏面に書いてあった【PS.武装の方はプレミアさんの所に預けて来ました!】という文字を見なかったせいで武装が紛失した事になり、ガリラッタに酷く叱られたのは、また別の話。




