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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter2 始まりの刻限
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070  『勝利にリスクは付き物』

「既に準備は整えてあります。こっちへ」


「あれ、俺さっきイシェスタに……あれ?」


 若干混乱しながらもイシェスタの案内に従って後を付いて行った。本部には既に何十人かが出入りしている様で、休んでいる・補給待ちの兵士が全て入れ替わっていた。みんな周囲の防衛か機械生命体の掃討に赴いたのだろう。

 最初はドクターがリコリスを治療しようとするのだけど、彼女自らそれを拒んで会議室まで行く事を望んだ。回復剤は打ってあるし大丈夫という事なのだろう。


 やがて会議室へ入ると既に何十人かの兵士が待っていて、リコリスを見るなりその傷に少しばかり驚いた。そりゃ額から血を流しながら入ってきたら驚いて当然だ。

 けれどイシェスタはそれを無視して机を囲むと早速作戦会議を始める。


「既に集まってますね。よし、それじゃあ作戦会議を始めます!」


「と言っても作戦会議とは呼べない概要だけどね……」


 するとリコリスはユウの背中から降りて床に足を付いた。流石にふらつく様なのでユウが肩を貸しながらだけど。

 次に頬を叩いて気を入れ直すとイシェスタの隣に立って概要を伝える。


「みんな、集まってくれてありがとう。もう何人かの隊長が思いついてる事だろうけど、簡潔に概要を伝える。――人工的に火災旋風を発生させて、そこに超大型をぶつけるの」


「「…………!」」


 すると既に思いついていた者、初めてその思考に辿り着いた者と反応が別れていく。総合的に半分以上が考え着いていた辺り、やっぱり決行するのは控えた方が良いのだろう。火災旋風街の被害にも繋がるし、一歩でも間違えれば大量の人が死にかねない。

 これ以上の犠牲は出せないからこそこの作戦はやらない方が吉。

 でも、そこにしか可能性を託せないのも事実だ。


「みんなが魔術で炎に干渉して火災旋風を発生させる。それから風や酸素の濃度を利用して一点に集中させ、そこに超大型をぶつける。これが作戦」


「そんなっ! でもそれじゃあ被害が――――」


「出るだろうね。当然」


 他の隊長が言った言葉を遮り結果を語る。

 火災旋風とは本来恐れられる物だ。街中の大火災が起き、その二次災害として起るのが火災旋風。通常なら内部は千度を超え人が入れば即死。旋風によって上昇気流が発生し炎は渦を巻いて高く上り、そしてより高熱になって行く。更に濃厚な酸素を求めて移動していく。

 それによってもたらされる崩壊は絶望的な光景を生み出す。


 とてもじゃないけどみんなを守りたいと願ってる人が決断する事とは思えない。一言で言うのなら、狂ってる。

 その作戦を拒絶する事は至極当然の結果だし、決行したとて一歩でも間違えればこの街が滅びる。正規軍にとってそれ程なまでに嬉しい事はないだろうけど、リベレーターとしては予想し得る中で最悪の結末だ。


「でもリスクなしじゃあいつは倒せない。それはみんなも分かってるでしょ」


 鋭い眼でそう言うとみんなは黙り込んだ。ユウだって同じく黙り込む。

 今のままじゃ絶対にあいつは倒せない。それこそ、巨大な火災旋風を用意しない限り。あの怪物を消し去る為にはそれ程の火力が必要だ。

 それを分かっているからこそ全員が揺れていた。


 ――リコリスの言う事も一理あるけど、それに伴う被害は……。


 向こうの世界で火災旋風がどれだけ危険な物なのかは知っている。テレビやニュースでも沢山取り上げられている訳だし。

 けれど用意するのは通常の火災旋風ではなく巨大な火災旋風だ。それだけでもどんな被害が出るのかなんて開幕見当もつかない。


「……お前は、それを決行した時の被害に目を瞑るつもりなのか」


「目を瞑る気はない。逸らす気も無い。責任はこの作戦の立案者としてきちんと持つ。――私は、誰かを助ける手段があるのならそれを使いたい」


 ベルファークと全く同じ思想。それを聞いてみんなは考えを改めた。

 一歩でも間違えれば街を滅ぼすかもしれない作戦。その責任は極めて重い。失敗なんてしたら死刑ものかも知れないし。それでもリコリスは自信満々に言って見せた。

 その瞳に当てられて賛同する者が増えていく。


「分かった。お前を信じる」


「私も」


「俺も信じるぜ」


「……ありがとう」


 するとリコリスはすかさずAR上に地図を広げた。そして超大型が暴れている所に印をつけ、本部にも印を付ける。

 そしてイシェスタへと視線を送ると解説役を一任した。


「作戦はこうです。皆さんには今から指定する位置に行ってもらい、炎に干渉するか、炎を生み出してください。それで個々の火災旋風を生み出してもらいます」


「ここから既に無理難題なんだが……」


 イシェスタが指定したのはビルが立ち並ぶ通路や市街地。そこに複数のピンを立てて人数分の位置を指定した。

 けれど一番最初から無理難題を吹きかけられた事にみんなが呆れた表情をする。そりゃ、人工的に火災旋風を起こすのだからそう思っても仕方ないだろう。しかしイシェスタは解説を続けて更に無理な事を伝える。


「火災旋風が発生したら各々の風である広場に辿り着くはずです。それまで炎に干渉して通路からブレないよう制御してください」


「簡単に言うけど、火災旋風もの火力を制御するなんて至難の業だぞ」


「やらなきゃ私達に明日はありません」


「へいへい……」


 今までも似たような無理難題をクリアして来たのだろう。質問して来た男は諦めた様に後頭部を掻きながらもそう答える。

 そこで一人の女性が質問した。


「えっと、各々の風って何?」


「ビル風の事です。建物の隙間や周囲で、建物が風を遮るからこそ生まれる風の通り道。そう言った方がいいかも知れません。ここだと谷間風が発生して、ここなら街路風が吹くはず。つまり、これらの風に火災旋風を乗っけて誘導するんです」


「よく考え着くモンだな」


「イシェスタは私の隊でも唯一の頭脳明晰を誇るからね!」


 そうしているとリコリスが自慢げに言った。それってリコリスが考えた訳じゃないと言ってる様な物なのだけど、まぁ、ここら辺は問題ない。それどころかイシェスタがいつの間にかリコリスの意志を汲み取り作戦を立てていた事自体に驚愕する。

 彼女はその言葉に苦笑いを浮かべると続けて説明した。


「そしてここからが一番の無理難題です。風に乗せるとそれぞれである場所に辿り着きます。それが……」


「超大型の間近にある広場って訳だな」


「はい。そこから一体化して巨大になった火災旋風をぶつければ倒せるはずです」


 するとイシェスタは超大型の間近にあった広場を差し、そこから超大型の模型に火災旋風をぶつけで吹き飛ばす。作戦としては申し分ないけど危険度としては果てしない。まぁ、だからこそ賭ける意味があるのだけど。

 しかしそこまでしてようやく倒せる程の相手だ。それまでの間にも超大型の気を引かなきゃならない。となれば当然ここにいるメンツじゃ足りない訳で。


「だが、戦力はどうするつもりだ? 明らかに俺らだけじゃ足りないぞ」


「それはここにいる兵士たちに協力を頼みます。今、それをする為にもラナさんに頑張ってもらってますから」


「あれ。いつの間に許可取ってたんだ?」


「ユウさん達が来る前には既に取ってありましたよ」


「えっ」


 距離的にも間に合わないはずだし、イシェスタは移動メインの特殊武装ではない。だからこそ無理だと思うのだけど、実際すぐに移動できたからこうなっているのだ。無理はあるけど納得させる。

 やがてみんなは作戦の概要に頷いてはイシェスタの言葉で動き始めた。


「それでは、これより作戦を開始します! 全員、行動開始!!」



 ――――――――――



「あったあった。ここだな」


「みたいですね」


 それから数十分後。ユウとイシェスタはペアで指定の位置へと辿り着いた。どうやら流れて来る風のせいで大分炎が煽られたらしく、瓦礫の隙間から出る炎は前よりも威力が増していた。それだけじゃない。周囲の建物から出る火もより強く高く燃え盛っている。

 既に他の人達も配置に付いているらしく、早速火災旋風を生み出しているらしい。


 ちなみにリコリスはドクター達に預けて来た。治療させるという点もあるけど、何よりこの作戦の肝を握るのはリコリスらしいから、早く復帰する為だという。あれだけ傷ついてなお戦おうとするだなんて凄い意志だ。

 やがてユウは一番の疑問を問いかけるのだけど、その問いはイシェスタの行動によって明かされて。


「そういえばどうしてイシェスタも来るんだ? だって魔術が使える訳じゃ……」


「えっ?」


 すると両手を前に翳して周囲の炎を操り始めた。瓦礫やビルから炎に干渉して操ると一点に集め、そこから自身で炎を追加して大きく成長させていく。

 だからその現象を見て驚き顔で固まった。

 次に質問するとイシェスタは苦笑いをしながらも返す。


「え、それ、魔法……?」


「あれ、言ってませんでしたっけ。私魔法使えるんですよ」


「えぇっ!?」


 予想外過ぎる言葉に驚愕する。だってイシェスタが魔法を使えるだなんて思ってもいなかったし、リコリスの言ってた向こうに着けば分かるってこういう事だったのか。

 イシェスタが魔法使いだった事に驚いていると彼女は言う。


「私、普段はピンチにならないと魔法は使わないんですよ。今回もある程度は使ってたんですけど、独りでしたからね」


「そう言う事なのね……」


 そんな会話をしていると炎はかなりの大きさにまで成長していた。だからイシェスタは集中すると炎の中心を回転させ、無理やりにでも捻じ曲げていく。下から風を入れては旋風と同じ様にして上昇気流を発生させた。そうして炎は回転しつつも立てに伸びて細高い旋風を作る。

 やがてその炎は完全なる火災旋風となって轟音を響かせた。


 建物の屋上にいても熱風がこれでもかって届き、ユウは全身が熱くなる中で引き込まれないように踏ん張り続ける。

 だからイシェスタは火災旋風を維持すると通信に向かって叫んだ。


「こっちは作れました! 今すぐ広場へ向かわせます!」


『了解。こっちも作れたぜ!』


『こっちもOKよ』


『俺ん所は少し時間掛かりそうだ』


 各々の連絡を聞きながらもイシェスタはビル風に沿って火災旋風を移動させていく。いくら風が誘導してくれると言っても酸素濃度が高い方へと寄って行く傾向にあるらしい。だからこそ方向を制限しながらも移動を開始した。

 やがて他の場所からも火災旋風が上がって微かだけど移動していく。


 まだまだ微力だけど、ここからが本番という訳だ。だからこそ例の魔術師が出て来ない事を祈った。

 と言っても、どうなるかなんてわからないままだが。

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