069 『可能性の話』
何とかビルの中に逃げられた事で落下死だけは避けられた。今までの戦闘で周囲の建物の硝子は全て吹き飛んでいた様だから、それだけが幸運といった所だろうか。そして何よりもリコリスな無事なだけで唯一の救いであった。
と言ってもその他は救いもクソもあった物ではないが。
「がッ、うぅ、ぁぁぁぁぁ……ッ!!!」
左腕が四分の一ほど消失した。飛んで来たビームを躱せたのはいいものの、左腕に掠っただけでも円状にくっきりと穴が開く始末。
リコリスだけでも無事でよかっただなんて考えてられる暇はない。それ以前に自分の傷をどうにかしなければ出血多量で死ぬのは確実。傷が癒されても血が増える訳ではないのだから、あまり負傷と治癒を繰り返すと本当に死にかねない。
脳が焼き切れそうな痛みに悶え苦しむ中、やるべき事は分かっていても痛みが果てしなくて動けそうになかった。だからこそリコリスが隣で静かに横たわる中で血溜りを作りつつも悶えていた。
今までに感じた事のない痛み。……いや、今まではアドレナリンとかが痛みを緩和していたから平気だったのだろう。まさかこの傷の大きさでもこんなに痛いとは。そんな感覚麻痺を自覚しながらも傷口を押さえていた。
「――――!!」
でも、その時にリコリスが触れて冷静さを取り戻させてくれる。彼女を見ると霞む目でこっちをじっと見据えていて、気絶しそうだというのに、ユウを助けようとしてくれていた。
だからこそ冷静さを取り戻すと静かに言う。
「……ありがとう」
そうして医療ポーチから注射を取り出すと左腕に深く突き刺し中の液体を全て入れる。ユウはあまり理解していないけど、中には鎮痛剤とか止血剤、それと再生力が速くなる薬が入っているらしい。そこら辺は「科学の力ってすげー!」で片付けるしかないだろう。
しばらくすると痛みが麻痺して来た事によって焦燥感も抜けて行き、大きく深呼吸をして平常心を取り戻した。
次にリコリスを向くと容体を確認してどんな措置が必要なのかを確かめる。と言っても、ユウは衛生兵などではないのだから適切な措置なんてわかりっこないが。
とにかく同じ注射を取り出すと腕に刺して薬を入れる。
「これで少しすればマシになるはずだ。痛いとか、ある?」
「ない。感覚が麻痺してるみたい。ただ、意識が朦朧として……」
「大丈夫だ。絶対に助けるから、諦めるな」
手を掴みながらもそう言う。医学的な事は全然詳しくないからよく分からないけど、意識を失わせるのはとにかくマズイ。そう判断したからユウはリコリスの意識を呼び覚まそうと目の前で手を振ったり手を握った。
とにもかくにもここから離れた方が良いだろう。リコリスが安定化したら今すぐ……。そんな考えは甘いみたいだった。
「……ユウ?」
「静かに」
人差し指を立てて静かにさせる。
かすかな物音が響いたのを聞き逃さなずに耳を立てる。十七小隊のメンバーが来るのならまず通信から先に入れるはずだ。他の隊だとしても何かしらの合図は送ってくるはず。つまり何の合図も無しにここへ来るという事は、状況を確認しに来た正規軍である可能性が高い。
だからリコリスを背負うとすぐに逃げる準備を整えた。
武装があるのならまだしも、今手元にあるのはM4A1と対機械生命体用の剣、そして一個のスモークグレネードだけ。リコリスを抱えたまま倒せるとは到底思えない。
だから飛び降りる訳にもいかず、一番デカい机の陰に隠れて位置情報を送った。
「ここからならよく見えるだろ」
「そうだな。今がどうなってるか……。おお、暴れてる暴れてる」
すると予想通り正規軍が入って来て、窓から今も暴れる超大型を見て感心しているみたいだった。やっぱり爆殺女の言う通りなんだ。本当に厄介で面倒くさいけど、やられてしまった以上は対処するしかない。
残りどれだけの数がいるのか。それで勝敗が決まる。
のだけど、ユウの血痕に気づかれてしまって。
「おい、ここの血痕を見ろ」
「固まってないって事はまだ近くにいるな」
「やばっ」
咄嗟に息をひそめて更に陰に隠れる。幸い他にも血痕は残ってないけど、ビルから飛び降りて逃げるなんて普通は考えない。だからこそ正規軍は部屋の中を探し始めた。
ユウは息を殺せるけどリコリスは衰弱状態にある。そんな中で完全に気配を消せはずなんてなく、当然微かな気配を感じ取られて接近される。
だからもっと机の奥に身を隠すのだけど、二人分も入るスペースなんて当然ない。それに二人とも武装しているのだから硬い物にぶつかっただけでもそれなりの音が出る。
もちろん、そのせいで気づかれる訳で。
「――らぁッ!!」
リコリスの腰から拳銃を引き抜きつつも机を持ち上げて驚愕させる。足音からして四人だという事は分かっていた。だからこそユウは前の人に机を投げつけては即座に振り返って一人を撃ち抜き、今度は姿勢を低くしてもう一人。次にもう一人を撃って机を投げられた人に銃口を突き付けると言った。
「気を緩ませ過ぎだ」
そう言って引き金を引いて脳天を撃ち抜いた。時間で言えば三十秒も立たずに制圧出来た訳だけど、銃声を鳴らしてしまったからには移動しなきゃいけない。幸い信号があるからみんなは気づいてくれると思うけど……。
瞬間、リコリスは移動しようとしたユウの袖を掴んで制止させる。
「リコリス?」
「今行っても、私達に出来る事は少ない。……でも、可能性なら、ある」
自分がどんな状況か分かっているはずだ。それなのにこの状況を抜け出す為の策を考えている。その精神力の強さに驚愕する。だって意識が朦朧としてるとさっき言ったばっかりなのに既に作戦を考えているだなんて、常人には出来ない事だろう。
だからユウはリコリスの体を支えて体を安定させると問いかけた。
「その可能性ってのは?」
――――――――――
「みんな、聞いてくれ」
『ユウ! お前無事なのか!?』
「ああ。左腕をちょっとだけ持ってかれたけどな。リコリスも無事だ。まぁ、それは信号で分かってると思うけど」
リコリスを背負ってある位置まで移動する中、ユウは通信越しにみんなへ話しかけていた。最初は向こう側から来てくれると思ったけど戦闘が激しくそれどころじゃないらしい。正直リコリスの言っていた「可能性」というのは手が離せないんじゃ作戦としては成り立たないのだけど、そこら辺は自力で何とかするしかない。
「実は超大型を倒せるかもしれない作戦が存在するんだ」
『かも知れないって事は確証自体はないんだな』
「ああ。ない!」
『何で自慢げなのよ……』
走りながらもそう答える。仮にみんなで手を合わせてやったとしても成功する可能性は少ないし、徒労に終わる可能性の方が高い。合理的に言うのなら博打過ぎる賭けだ。
でも、もうこれしか倒せそうな方法がないのも事実。
既に戦線は崩壊素つつある。機械生命体と正規軍が攻めてきている訳だし、更には逃してしまったあの魔術師もいる。今はそこまで暴れてないみたいだけど、いつか絶対に大爆発とかを起こす時が来るだろう。
その前までには絶対に超大型を集めて戦力を拡大しておきたい。それを含めてこの作戦は一縷の希望という訳なのだ。
『で、その作戦って何なんです?』
「――人為的に火災旋風を起こして超大型にぶつける」
すると全員が通話越しに驚愕した。そりゃ、火災旋風なんて普通じゃ人為的に起こさないだろう。大火災の原因にもなる訳だし、そうした場合の対処は難しい。
しかし交替で微弱な火力を当てている今じゃあの超大型は倒せない。それこそ巨大な火災旋風の中央にぶち込まない限り。その作戦を成功させる鍵はイシェスタにあるからこそ、ユウは彼女を移動させる。
「イシェスタ、力を貸して。今から送る座標に移動できるか?」
『……大丈夫です。今すぐ向かいますね!』
そう言うとイシェスタは戦線を離れて指定した座標……本部前広場へと動き出した。けれど座標と移動する人を指定したのはリコリスで、その意図が今だ読めていないユウはふとリコリスへ問いかけた。
「でも、何でイシェスタなんだ? 他に適任の人が何人もいるはずだろ」
「イシェスタもその一人って事。概要は、向こうに着けば分かるよ」
「ふ~ん……」
そう聞きながらも歩道を駆け抜ける。武装が無事ならよかったのだけど、片方はエトリアに託したままもう片方は壊れてしまった。そう言えばアリサに壊すなって釘を刺されたっけなぁ、なんて考えつつも本部へ向かった。
道中、正規軍や機械生命体に襲われるんじゃないかと警戒していた。だって負傷した人を抱えてる時程マズイ事はないし、奴らにとっては格好の的である事は間違いないはずだから。
しかし奴らが現れる事は一度も無く、まるでそれ自体が罠だと言う様な状況が作り出されていた。他のリベレーターが掃討してくれたのか、もしくは罠の為に待ち構えているのか、用が済んだと見て撤退したのか――――。
――どの道やらなきゃいけない事は変わらない。せめて、邪魔しないでくれると嬉しいけど……。
今までの経験上邪魔されてなんぼみたいな所があるから、きっとそう簡単には行かせてくれないだろう。奴らはリベレーターを滅ぼし、捕虜を手に入れ、そしてベルファークの首を取る事が目的なのだから。
どうしてそこまでするのかって理由を問いかけたい。でも返ってくるのは「正義の為」という言葉のはずだ。本当の理由は指揮官が握っているからこそ配下のみんなは正義に従って動けるはず。まぁ、それはこっちも同じ様な物らしいが。
機械生命体があの魔術師を攻撃しなかった理由。それだけが不可解だ。だって機械生命体は人類を攻撃する様にプログラミングされていて、自我がない限り抗えないはず。見た所あの時に現れた大型には自我がない様だし、だからこそ彼女を攻撃しなかったのはあり得ない。
何か仕組まれているのだろうか。
「ユウ、着いたよ」
「……!」
リコリスの言葉で我に返る。咄嗟に前へ向くと既に本部が目の前にあった所を見ると、前が見えないくらい考え込んでいたのだろう。けれど驚いたのはそれだけではない。
ユウはイシェスタに移動してくれと言ったばかりなはずだ。距離的にも絶対に間に合わないはず。それなのにイシェスタは我が物顔でユウ達を待ってくれていた。それも、してやったりと言う様な表情で。
「遅かったですね」




