067 『信じて』
「さて、こっからどうするか……」
何とか本部の方まで逃げた後、ユウ達は地下空間の入り口まで案内されて運び込まれた。そして何人かのドクターから治癒魔法を受ける中でテスがそう呟く。
どうやら被害は刻一刻と拡大しているらしく、既に三千人以上もの遺体が確認されたそうだ。それも住人とリベレーター、そしてレジスタンスの三つを含めて。そしてまだ一部しか確認されてないからこそ数倍以上に増える可能性があるらしい。
未だ機械生命体との交戦は至る所で続いている。そして正規軍との交戦も。更にあの魔術師を逃してしまったからこそまた現れる可能性がある。今は本部を根城として攻城戦的なのを繰り広げているけど、そこに彼女が現れたら本部に集う戦力も全滅しかねない。
それに超大型もまだ倒せていないのだ。あれを倒さない限り戦力を集める事は不可能に近いだろう。
「ユウさん……!」
「動かないで。傷口が開くかもしれないですよ」
すると先に治癒を受けていたイシェスタが駆けつけてユウの傍へよるのだけど、すぐさまドクターにそう言われて黙り込む。奥からはガリラッタも続けて現れ、包帯を巻いているのを見て二人も負傷していたのだと悟る。
もう疲れた。戦って戦ってボロボロになって、ひたすら逃げ続けて。ここまで動いたのは前世も通して初めてかも知れない。
――エトリア、大丈夫かな。
死んでもおかしくない状況の中、そんな事を考える。彼女にはプレミアの所へ行くよう指示を出したけど、ちゃんと辿り着けただろうか。“彼”なら匿ってくれるはず。だから大丈夫と自分を言い聞かせた。
そうしているとテスに伝達があったみたいで、一人の兵士が彼に近寄り何かを話し始める。でも、その瞬間にテスはえらく驚愕して。
「どうしたの?」
「超大型の中に入ったリコリスが戻って来ないらしい。もう入ってから三十分も経つってのに」
「っ!?」
それを聞いた瞬間に全員で驚愕する。だってリコリスが突っ込んだなんて思わなかったし、何より内部があるだなんて思えなかったから。
だからユウはテスの言葉に反応すると問いかける。
「内部があるのか!?」
「ああ。ちょこっとだけ見た隊長によると工業施設みたいな構造になってるらしい。リコリスは内部から破壊するって言って入ったらしいけど、今だ反応はなく信号も途絶。現在必死に捜索活動が行われてる」
「じゃ、じゃあ俺も――――」
確かにあんな巨体なら内部から破壊した方が良いと考えるかも知れないけど、まさかそれを本当に行うだなんて。馬鹿と言いたいけど、リコリスらしい選択だ。
けれど音信不通となれば話は別だ。今も捜索活動が行われているという事は外にでも投げ出されたか、もしくは内部で――――。
ユウは立ち上がると一緒に行こうとするけど、アリサから鋭い視線を当てられて硬直する。
「駄目よ。絶対に行かせない」
「そんな……!」
「あんた、自分がどんな状況なのか分かってないの?」
「っ―――」
そう言われて体を見下ろす。体中に包帯を巻かれているし、ドクターに治癒魔法をかけられてもすぐに治る訳ではない。だからここでユウが行ったとしても足手まといになるのは確定的に明らか。
ついでに今は武装が一つ欠けている状況だ。それだけでもユウ単体の戦闘力が半減される様な物なのだから、そんな判断になったって仕方ない。
「でも、リコリスは俺を助けてくれた。だから今度は――――」
「自分の身すらも守れないクセして他人を守れると思ってる?」
「ちょっ、アリサ!」
「――――」
鋭く放たれた言葉に黙り込む。
彼女の言う通りだ。実際、自分の身を守れなかったからこそエトリアを危険に晒してしまい、あそこまでボロボロになった。とてもじゃないけど人を守れる程の実力なんてない。
アリサの躊躇ない言葉にテスとガリラッタも止めようとするけど、アリサはそれらを押しのけると続けてユウの心に刃を突き立て続ける。
「助けられたから助けたい。その気持ちはよく分かるわ。でも、その理想は身の丈に合ってる? 力も何もないクセに、この世界で本当に誰かを救えるとでも?」
「――――――――」
この世界がどれだけの絶望に覆われているのかはさっき経験したばかりだ。悪はどこにもなく救いも希望も存在しない。そんな世界で誰かを救う事が出来るのなら、それは本当のヒーローになれる人達だけだろう。
――だからこそ、今のユウに出来る事は何もない。
「……あんたはよく頑張ったわ。でもその理想と頑張りは別物よ。よく考える事ね」
肩を叩いてそう言うとテスやガリラッタと一緒に外へ向かおうとする。
確かにユウは弱い。この場の誰よりも。戦場に行っても何も出来ないし、お荷物になるだけだ。実際今までの戦闘で誰かを守れた事なんて一度も無いのだから。
でも、そんな自分を認めたくないからこそ後を追って腕を掴んだ。
「待って! 俺も、一緒に―――――」
けれどうなじに激しい衝撃が訪れた瞬間から意識が掠れていく。全身から力が抜けては前に倒れそうになるけど、イシェスタが抱えてくれて、みんなは彼女がやったのだと悟った。そしてユウ自身も見事な首トンをされたのだと知る。
薄れる意識の中で微かに聞こえる声を耳に入れる。
「行ってください。ユウさんは私が預かりますから」
「……ありがとう。行って来るわ」
そんな会話をすると三人の足音が遠ざかって行く。だから視線だけを動かして三人の足元を見ると、既に声のない言葉で呟いた。
「な、でっ……」
その瞬間、意識は完全に途切れて真っ暗な世界へと誘われた。
果てしない深層へと。
――――――――――
気が付くと知らない天井を見つめていた。真っ白な天井を見つめて何が起こったのかと最後の記憶を確かめるのだけど、イシェスタとアリサとの会話を思い出して咄嗟に体を起こした。
「――しまった!?」
けれどユウが眠っていたのは見知らぬ部屋。いや、病室と言った方が良いかも知れない。だからこそユウは薄い毛布を剥ぎ取ると急いで外へ向かおうとした。どれだけの時間が経っているかは分からない。でもまだ戦いが終わっていないのなら。
そう思って咄嗟に部屋から飛び出すのだけど、手を掴まれて立ち止まった。
「行かせませんよ」
「イシェスタ!?」
出口で待ち伏せていたイシェスタはユウの手を離さないように力強く握り締め続ける。だから何度も振り解こうとするけど、決してその手を離す事はなくて。
「これ以上の戦闘は許せません」
「どうして!」
「ユウさんの身が持たないからです」
「っ……!」
そう言われて体を見下ろす。今は治癒を施されて完全回復しているけど、疲労まで抜ける訳ではないらしい。その証拠として今もなお重たい物が体にのしかかっている。
確かに機械生命体などに体の至る所を食いちぎられ、爆殺女と戦い、例の魔術師とも一方的の攻防戦だったが戦った。既に戦い過ぎているという事なんて分かり切ってる。でも、それでも向かわずにはいられなかった。
「でも俺は――――」
「仲間を失うのが怖い、ですか?」
言おうとした言葉を当てられて黙り込む。するとイシェスタはやっぱりかと分かり切っていた様な表情で軽くため息を吐いた。今のユウは何もかもお見通しって事なのだろう。
だからこそイシェスタは肩をガッシリと掴んだら真剣な眼差しで行った。
「ユウさん。私達は仲間を失わせない為にここにいるんです。誰も失わない様に強くなるんです。――だから、信じて」
「っ――――」
信じて。その言葉を聞いてユウの心は大きく揺れ動いた。
瞬間的に脳裏で再生された記憶の数々。それを見て大きく動揺しては焦点を見失い、軽く体をふらつかせて後ろに数歩だけ下がる。
「……ユウさん?」
名前を呼ばれた事でようやく我に返る。前を見るとイシェスタの瞳が心配そうな色を添えてこっちを見ていて、ユウは奥歯を噛みしめた。
みんなの事は信頼してる。凄く頼りになるし、ユウにとって心の支え……精神安定剤の変わりになってると言っても過言じゃないだろう。それくらいみんなの事は信頼している。
……きっと怖いんだ。信じる事が。
信頼と信じる事は別物だ。ただ形が似ているだけで、本質はどちらも異なる。その異なる物がユウを信じさせてはくれなかった。今までの人生経験が語りかけて来るから。
そうしているとイシェスタは鋭い言葉で問いかけた。
「ユウさんは、何がしたいんですか」
「俺は――――」
みんなを助けたい。でもそれには圧倒的な実力の差がある。仮に付いて行ける条件が決まったとしても、たった今からテス並の強さまで上り詰めるのは絶対に不可能だ。だからこそみんなの事を信じて待つしか道はない。
でも、その信じる事自体も怖くて。
本当にみんなを助けたいのだろうか。
ふと胸の前に右手を持っていく。そして左手で右手首にあるリストバンドに触れた。
目を瞑って思い出す。みんなとの日々を。訓練は物凄く辛かったし、精神的負荷も多かった。実際に精神が崩壊しそうな事もあった訳だし。その他にも多くの人と触れ合いその度にこの世界を知って行った。軽く触れただけでも心が砕けそうになるこの世界を。
何がしたい?
真っ先に出て来る言葉は「助けたい」だ。ピンチに陥っているのなら手を差し伸べてあげたいし、それがリコリス達なら尚更の事。もう仲間は誰も失いたくなんてないから。
でも本当にそうだろうか。もっと別の、理由があるんじゃないのか。そう考える。
みんなと一緒にいるのは楽しい。辛い時があっても、リコリスがいれば何とかなる気がするくらいに。
――ユウさんといると、楽しいから。
エトリアの言葉を思い出す。あのバーで話した会話を。
ユウもみんなといた方がずっと楽しいと思ってる。独りでいる時間はもう慣れ過ぎて何とも思わないけど、でも、どんな時でも優しくバカ騒ぎするみんなといた方が、何十倍も何百倍もずっと楽しい。
だからきっと、本当の理由は――――。
「……みんなと一緒にいたい。ずっと、ずっと一緒にいたい。もう誰も失いたくないんだ。二度と独りにはなりたくない。だから、戦いたい」
「――――」
これがユウの答えだ。それを聞いてイシェスタは黙り込む。
例え独りになったってユウは大丈夫だろう。でも、今はみんなの騒がしさに触れて楽しいと思ってしまった。独りになるのならみんなを求めてしまうくらいに。
故に、イシェスタはため息をつくと選んだ。
「その様子じゃ、どうせここで待ってろって言っても飛び出すんですよね。それで単独で私達を追いかけるつもりでしょう」
「え、まぁ……」
やがて大きなため息をつくとイシェスタは振り返りながらも言った。それも、呆れるのと期待する瞳を両方織り交ぜながら。
「責任は私が持ちます。今すぐ準備してください。……信じてますからね」




