066 『同胞同士』
「……まさか自分を犠牲にするとは」
「これしか方法がないと思ったからさ。それに、一人でも生きさせる事が出来ればそれでいい。……もう、一人も死なせたくないから」
既にこの戦いで三十人……いや、五十かそれ以上の人が死んでると思っていいだろう。ユウが確認出来てないだけで既に死者は二千を上回ってるかもしれない。それ程の人達が犠牲になっているというのに、これ以上の犠牲を許容する訳にはいかない。
本当は正規軍も殺したくないけど、向こうもまたリベレーターやレジスタンスを殺しているのだ。だからこそ負けられない。
テス達はいつ来るだろうか。それまでこのボロボロの体で、弾丸が尽きそうな銃で、バッテリーもなくなった剣で、耐えていられるだろうか。
そんな憶測をしていると彼女は言う。
「死なせたくない、か……」
「笑うのなら笑ってくれて構わない。元より綺麗事だなんてのは自覚してるんだ」
「いや、お前の意志を笑う気はない。むしろ尊敬する。この世界で綺麗事を抱く事は確かに間違っているが、でも、だからこそ覚悟を持つ者は強いからな」
けれど彼女はユウの覚悟を尊重してくれる。だから正規軍にも恨を抱いてる人ばかりじゃないと知って少しだけ安心した。
彼女となら分かり合えるかも、なんて考えてしまうけど、直後の言葉でそんな考えは即座に斬り捨てられた。
「――だからこそ、私はお前を殺さなきゃいけない」
そうしてもう一度掌を翳した。同時に幾つものつららを生成すると先端を尖らせてユウの方へと向ける。あれを発射されたらユウは全身を突き刺されて死ぬ事になるだろう。
でもそんな事はさせない。だって、まだ守りたい人や暴きたい真実が山ほどあるのだから。例えここで死ぬ運命だとしても、絶対にそれを受け入れる訳にはいかない。
しかし同じ場所に留まっていれば当然機械生命体に囲まれる訳で、周囲の瓦礫から顔を覗かせては瞳を光らせて牙を剥いた。
だから絶体絶命の状況に軽く絶望する。
「出来れば広い心で見逃してくれませんかね……」
「断る」
必死の訴えも却下されてがっかりする。そりゃ殺す気でここに立っているのだし、逃す理由なんてどこにも見当たらないだろう。
だが戦うにしても逃げるにしても機械生命体を第一にどうにかしなきゃいけない。確かに彼女は強いけど、魔法を無効化する機械生命体には勝てないはずだ。だって剣どころか銃も持っていない様だし。
やがて機械生命体は一斉に走り始めると血塗れた牙を剥きながらも肉を食らおうと大きく口を開いた。だからせめてもの抵抗でなけなしの弾丸を叩き込もうとする。
――でも、鋭い冷気が周囲に広がった瞬間に全ての機械生命体が氷漬けにされた。
「え……?」
その光景が信じられずに彼女を見る。確かに氷は足元から全体に伸びていて、ユウの所だけを避けて機械生命体に到達している。って事は魔法で奴らを凍らせたのか。魔法を無力化する装甲を持っているはずなのに、魔法で……?
するともう一歩踏み出す事で風を発生させ氷を粉々に破壊する。
「え、それ、魔法……? でも機械生命体に魔法は……」
「正式には無効化ではなく逸らしているだけだ。だから許容上限以上の魔法を受ければ装甲は貫かれる。――分かっただろう」
要するに彼女は途轍もない魔術師とでも言いたいのだろう。奴らの装甲が魔法を無効化すると伝えられているのは使用者の魔法が弱かったから。そう言う事のはず。
つまりユウが彼女に勝てる道理などどこにもない。
「なぁ。誰かを守りたいって考えた事、あるか?」
「あるとも。私は仲間を守りたい。大切な人も、赤の他人も、全てを守りたいと願っている。――でもそれはこの世界じゃ叶わない。だから、こうしている」
そう問いかけると彼女は切なそうな瞳をして答えた。予想外と言うか、意外というか。そんな感想を抱きつつももう一度つららを構える彼女を見た。
……きっと、彼女は優しい人のはずだ。彼女だけじゃない。正規軍は一見無慈悲な連中に見えるけど、そこには確かな絆が存在する。仲間を思い合える優しさ。互いに支え合う強さ。だからこそ仲間の為なら戦えるという勇気。
その中には、確かに『正義』と呼べるものが存在した。
でも、それはリベレーターだって同じ事だ。互いに互いを想い合い、支え合い、その人の為にとみんな戦ってる。もう誰も失わせない為に。誰も悲しませない為に。
どっちも輝かしい正義を持っている事には変わりないんだ。だからこそ互いの正義は形を変えて互いに血を流させる。それを察した途端に胸が苦しくなって、果てしない痛みに襲われた。
「ああ、残酷だな……」
どうして人は分かり合えないのだろう。そんな事を考える。
分かり合える事が出来たのなら、絶望はここまで大きな物にならなかったはずだ。痛みも、悲しみも、苦しみも――――。
ユウの瞳を見て判断したのか、彼女は呟く。
「お前も一緒なのだな。私と、私達と同じ同胞……」
「俺だけじゃない。みんなもだよ。確かに、誰もが他人に構ってられる余裕を持つわけじゃない。でも、そこには誰かを守りたいって願いが存在する。……みんな一緒なんだよ」
どういった意志を抱き、何を動機に仲間を守るか。それはどちらも変わらない。本質も根底も、自分や誰もが救われて欲しいと願ってる。ただそれを世界が許さないからこそ、現実に眼を背けながらも絶望に抗っているだけ。
すると彼女は眼を閉じて話し始めた。
「そうか。……きっとお前が仲間であったなら、みんなでバカ騒ぎでもしていそうだ。そうすればきっと、同胞同士、私の……」
けれど開いた瞳は鋭い光を灯らせる。もう一度掌を翳すとさっき以上のつららを出現させ、ユウを一撃で仕留めるという意思を表した。
だからこっちは左手で銃を構え、右手で剣を握ると銃口を脳天に向けた。
確かにユウがリベレーター側ではなく、正規軍側に転生していたなら、きっと彼女の仲間になりリコリス達へ刃を向けていただろう。正規軍の仲間と共に日々の鍛錬に打ちこみ、この世界の残酷さを知りながらもこの戦いでみんなと……。
でも今のユウはリベレーター側で生きている。例えそうありたいと願った所で今更正規軍側に寝返る事は出来ないのだ。といっても、元からする気もないが。
「――お前の魂が、無垢の地へ馳せる事を祈ろう」
「まるでシスターみたいだな」
そんな軽口を叩きつつもユウは引き金を引いた。同時に彼女も大量のつららを発射する。――――でも、両者の攻撃が届く事はなかった。
だってその瞬間に鋭い刃が地面を割いて両者の攻撃を叩き伏せたのだから。
だから驚愕して上を見上げると、武装のリミッターを解除したテスとアリサが飛んで来たのが見えて咄嗟に呼んだ。
「テス! アリサ!!」
「遅れてごめん。助けに来たぞ!」
そうしてユウへ背中を向けると彼女の前に立ちはだかった。二人だけじゃなく何人かの護衛も連れて来たようで、同じ様に瓦礫から飛び出したリベレーターは完全武装で彼女に武器を向けた。
突如来た増援に彼女は微かに戸惑う。
「やっぱりアンタなのね。さっきは私の仲間が世話になったじゃない」
「もうこれ以上こいつは傷つけさせない。覚悟しろ」
その他にも彼女が相手だと分かっていたのか、立て続けに何人ものリベレーターが到着する。中には超大型の戦闘から離脱したのか、どこかの隊長まで混ざっていた。
総勢十三人。普通なら絶体絶命な状況だけど、包囲された彼女は深呼吸をすると瞳の色を入れ替えてテスとアリサを見つめた。
「駄目だ! あいつは――――」
「大丈夫よ。安心して」
彼女の実力を知ってか知らずか、アリサは余裕そうな笑みを浮かべながらもそう言う。今まで何人が彼女に葬り去られたのかは分からないけど、あの量の機械生命体を魔法で一掃出来てしまうのだ。彼女の攻撃は普通じゃないのだからどうしても不安が湧き上がってしまう。
やがてユウが叫ぶと全員が反応した。
「――あいつは機械生命体の装甲をも破る程の魔法を使えるんだよ!!」
「え!?」
瞬間、彼女が一歩を踏み出したのと同時に周囲の地面が割れて大きく競りあがった。その振動は全てのリベレーターのバランスを崩させる。
更にそれだけで攻撃の手が緩まる事はなく、数百ものつららを出現させると全方向に飛ばして防御手段を持たない者を貫いた。
だからユウは武装で地面を叩くと割れたアスファルトを起こして即席の盾にする。
「私は諦めない。いつか、“彼女”と再会するその時まで……!」
直後につららは途轍もない威力を以ってして盾にぶつかり、先端が突き破られる程の鋭さで着弾した。だからその光景に二人は驚愕する。
同時に彼女の後ろで地中から大型の機械生命体が現れて全員を見下す。
「丁度いい。あいつに潰されれば……!」
アリサはそう呟いて彼女が潰される事を願った。確かにいくら強いからと言っても単純な力に比べれば。大型の方が上のはず。それに彼女は見向きもしないのだから呆気なく潰されて――――。どうして、殺されるかも知れないのに見向きをしないんだ?
瞬間、大型は彼女を無視してこっちへと拳を飛ばした。
「ちょっ、嘘でしょ!?」
「ヤバイ逃げろ!」
二人も驚いてユウを抱えては咄嗟に飛ぶ退く。その瞬間に大きな拳が地面に直撃しては道路を穿ち、大量の亀裂を走らせた。
でも奴にとって格好の餌は目の前にいたはず。なのにどうして。
――機械生命体があいつを攻撃しない? 何で!?
抱えられながらも振り向く。今も彼女は一歩も歩かずにただそこで立ち尽くし、大型の攻撃で散り散りになっていくリベレーターを見るだけだった。
だからそんな疑問を抱きつつも一目散にこの場から離れて行く。大事なのはユウを救出する事だったらしいし、目標は達成しているから問題はないだろう。
でも、微かな違和感がユウを貫いていた。
何とも言えない、恐怖とも呼べるような違和感が――――。




