064 『迫る死』
「自分の身って……え?」
「今の俺じゃ君を守る事が出来ない。きっとさっきみたいになるかも知れないんだ。だから、怖いと思うけど、エトリアだけでも生き残って欲しい」
もちろん死ぬ気なんて毛頭ない。今はそうした方がエトリアの生存率が上がると考えただけだ。最期まで足掻くつもりだけど、仮に死ぬ事になったとしても彼女だけは生きて欲しい。だからエトリアに拳銃を託した。
向かうのは戦力が多く集まっている本部。避難所の方も同じ距離にあるけど、仮にそこへ付いたとしてもエトリアがもう一度危険に晒されてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。
剣を杖に立ち上がるとボロボロになった体を持ちあげて歩き始めた。かなり時間が掛かる事になるけど、最終手段としてエトリアだけを武装で飛ばすと言う選択肢も残っている。と言っても集中力の掛ける今じゃそれすらも賭けだけど。
やがてユウは武装を浮遊させると言った。
「これに乗って。今すぐ移動する」
「え、でも……」
「俺は大丈夫だ。それに今何よりも重大なのは移動する事。流石にあれだけの数の機械生命体が現れたら、俺でも護れないかもしれないから」
自分の身を守るだけならすぐに逃げるだけだから問題はない。でもそこにエトリアがいると逃げる手間もかかってしまうし、何よりも集中しなきゃいけない事が増えてしまう。それだけは何としてでも避けたい所だ。
だからここは無理やりにでも彼女を連れて行こうとするのだけど、腰のポーチを見付けると咄嗟に手を掴んで制止させる。
「待って! ……これ、医療ポーチですか?」
「ああ。そうだけど……」
それだけでもエトリアが何をしたいのかが分かった。けれど彼女にとってはかなりグロテスクな傷だし、とてもじゃないけど治療が出来る様な性格には見えない。
しかし覚悟は硬い様で真剣な眼差しをすると言った。
「――やらせてください。私に」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
超大型の内部を彷徨ってからどれくらいの時間が経っただろう。既に体内時計が狂っている中で、リコリスは自分の感覚だけを頼りに歩き続けていた。
数々の機械生命体を倒し続けて彷徨う。それはかなりの体力消耗を強いた。
「ったく、あり得ないってレベルじゃないから……」
そう呟きながらも額から血を流して歩き続ける。
奴らは凶暴性もさる事ながら協調性を持っている個体もいる。機械生命体が群れるだなんて考えずらいけど、指揮でも取っているのだろう。じゃなきゃ統率が取れているはずがない。
そういうプログラミングがされているのか、あるいは別の―――――。その先はあまり考えたくないから思考を断ち切る。
「――――」
次に発見したドアを開けては中を確かめ、機械生命体がいなければ何か手がかりがないかと手当たり次第に探し始める。そんな事をもう何十回繰り返しただろうか。
弾はもう底を尽きる。グレネードもそうだし、光線剣もバッテリーは予備の分しかなくなってしまった。銃なしの戦闘をしたとしてもあと二時間が限度って所か。そこまで掛からないでくれると嬉しいけど。
もう何階かも分からない。っていうか歩いている内に本来の高さが分からなくなってしまって、無限に続いているんじゃないかってくらいの感覚を得てしまう。超大型だからって理由だけで済ませようとする自分が怖い所だ。
やがて次の階段を見付けると一縷の希望を賭けて上る。
「みんなは大丈夫かな……」
後で追いつくとか言っていたけど、一緒に超大型の中へと入っているのだろうか。リコリスの通ったルートにいる機会生命体は全て倒したものの、別のルートはどうなっているかなんて分からない。だから今も壁に刻み続けている目印を辿ってくることを祈った。
そして次の階層に辿り着くと明らかに今までとは違う光景が広がって。
「……外?」
何もない。あるのは設られたドアだけだった。けれどそこからわずかながらも空気が出入りしている様で、ドアの周りだけ埃の動きが大きくなっていた。
まさか中枢に当たらず屋上まで来てしまったのか、なんて思いつつもドアを開けた瞬間、あまりの風圧にドアごと外に投げ出される。
「――うおっ!?」
捻った時からドアが根元から外れ、内側の空気が途轍もない風圧で外へ吸い出される。そしてリコリスはそれに逆らえずにされるがまま外へ投げ出された。
咄嗟に踏ん張って激しい風の流れに耐える中、目の前に何が広がっているのかを見つめた。そして、ついに探していた物を見付ける。
超大型の屋上は飛んでいた時にも見えた光景と同じ構造をしていて、リコリスが刻んだ跡がしっかりと残されていた。しかし変わった所があると言えば妙なオブジェが現れていた事。
そのオブジェは大きな真空管の様な形をしていて、その中には光り輝く謎の物質……いや、恐らく中枢と思わしきモノがあった。だからリコリスは今だ強風に煽られる中でそれに近寄ると銃口を突き付けた。
「これで、チェックメイト……!」
一切迷わずに引き金を引いた。その瞬間に銃弾が放たれては光る機械を撃ち抜く。――そう、思っていた。
リコリスの銃弾は突如現れた大型の機械生命体によって防がれ、空の彼方へと飛んで行ってしまう。だから距離を開けると三体の機械生命体が弱点を庇う形で登場し全員が両手を広げた。
そして、予想外の事を言う。
「ヤメテ! パパヲ攻撃シナイデ!」
「は? ぱ、パパ……?」
「オ願イ。攻撃シナイデ下サイ。オ願イシマス」
攻撃するかと思いきや機械生命体はリコリスに攻撃しない事を懇願した。だからあまりにも予想外な行動に立ち尽くして呆然とする。
機械生命体が庇ったのか? 何故? どうして? そんな疑問が脳内を駆け巡る。
でも、その処理は全て一つの言葉で片付けられた。
「……そんな言葉で攻撃しない程、世の中甘くないんだよ」
“関係ない”。その言葉で全ての思考を断ち切り、リコリスはもう一度銃口を構えた。奴らに戦う気がなくたって何一つどうでもいい。だって奴らに感情はなく、放つ言葉は人類を模倣しているに過ぎない。そんな奴らに賭ける情けなんてどこにもない。情けを賭けられたくばもっと演技力を上げてから出直してこいって話だ。
だからこそリコリスは引き金を引くと言った。
「――死んで」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「クソッ!!」
全力で避難所の方角へ急ぐ中、テスは武装を振って追いかけて来る機械生命体を倒し続けた。今はユウのおかげでこうして逃げられているけど、一歩でもつまずけば絶対に死ぬ。そんな最期を身近に感じながらも瓦礫の上を必死に走っていた。
武装のリミッターを解除したって完全に逃げる事は出来ない。正確に言えば数は減らせているはずなのに、次々と新しい個体が連続して現れるからキリがないのだ。恐らく無線かインターネットとかで連携を取っているのだろう。
だから一向に減らない機械生命体を破壊しながらも避難所の方へ駆け込み通信を開いた。でも、答えたのは意外な人物で。
「避難所にいる兵士は聞いてくれ! 機械生命体の大量発生によって護衛作戦は失敗した! で、今からそっち向うから背後に付いてるやつを撃ってくれないか!!」
『オッケー。分かったわよ』
「あれ、アリサ? 何でそっちに?」
『そりゃ移動して来たからね』
そんな会話はさて置き、テスは瓦礫から飛び出すと避難所前広場へと飛び出した。同時に背後からも機械生命体が付いて来るのだけど、既に銃を構えていたアリサ達によって一斉射撃が始まり何とか難を逃れる。
やがて何度か縦回転して転がるとようやく安全地帯に辿り着いて一息ついた。
「よかった。これで何とか……」
「とは言わせないわよ。失敗したって言ってたけど、どういう状況なの?」
するとすかさずアリサがそんな言葉を挟み込む。だから休みたい気持ちを必死に抑えては口を開き、何人が死んだかを話し出した。
周囲を振り向くと既に何人ものリベレーターが到着している様で、防衛の為に完全なる陣形を張っていた。これなら軍勢が来ても安全に対処できるだろうか。と言っても、負傷者の数も増えている様だけど。
「地中から大型のが現れたんだ。それで乗ってた何人かは外に投げ出されて、襲って来た奴らの猛攻に耐えきれずに何体かを仕留め損なって、最終的に十五人以上が死んだ」
「そう……」
その話を聞いてアリサは黙り込む。この場にいる兵士は総勢四十人といった所だけど、運ばれている死体の数は二十五を超えている。一人の犠牲も許せないこの状況で十五人の死はあまりにも大きな物だ。
でもテスはアリサ達が生きてくれてる事にホッとした。だって、彼女がここにいるという事はみんなも集まっているはずだから。
「にしてもよく無事だったな。一斉起爆の時に巻き込まれなかったのか?」
「何とかね。ガリラッタの場合は巻き込まれても自慢の筋肉で何とかするし、私は奇跡的に何とかなった。イシェスタも無事だったみたいだし」
「ならよかった。みんなが無事で――――」
「その時は、だけどね」
でもアリサはそう言うってテスの不安を煽いだ。今回ばかりはいつも通りのジョークで会ってほしかったけど、彼女は眼の色を変えて親指を差すとその方角には二人がいて。
……見るも無残な姿で壁に寄りかかっていた。
「なっ!?」
「離れてる内に敵の魔術師と接敵したらしいの。それであのザマよ。私が来た時には既にあの状態で、全力を出して取り逃がした程度。……正直、腕前は大隊長クラスって言ってもいいわ」
「そんな、正規軍にそんな奴がいたなんて……」
「隠れてたんでしょうね」
予想外の光景に黙り込む。だって二人がやられるだなんて思わなかったから。
けれどアリサの言った言葉には予想以上の言葉と重みが加わっていて。
「――待て、今取り逃がしたって言ったか!?」
「ええ。言ったけど……」
「マズい。ユウが危険だ!」
「えっ?」
するとアリサが目を皿にしてそう言う。だって彼女はユウは本部の方へ向かったと思い込むはずだし、そう思わなきゃやってられない状況だ。驚いたって当然の事。
だからどういう状況なのかを伝えるとマップを確認しながらも声を上げて驚愕した。
「あいつは今孤立してるはずだ。そこを突かれたら――――」
「……嘘っ!?」




