062 『似た者』
超大型機械生命体が暴れ続ける中で、戦力を一点に集中させた輸送護衛作戦が突如幕を開けた。ベルファークの指示という事で避難所前広場には続々と戦力が集まり、既に四十人もの隊員がこの場に集っていた。
でも、その中にはアリサ達の姿は見えなくて。
「そう心配すんなって。大丈夫だよ」
「ああ。分かってる」
各隊の隊長達は超大型の相手をしているから来れないのは分かる。でもアリサ達が来ないって事は、それ程手が離せない事が起きているか、動けないくらいの負傷を受けているかのどっちかなわけで。
マップで確認しても信号は微かな動きしかとらない。それがどっちであるのか、ユウには判断出来なかった。だからテスもそれを覗くと眉間にしわを寄せる。
ここへ来た隊員の情報によると一斉起爆によって様々な建物が倒壊し、少なくとも合計で五十人が巻き込まれたようだ。軽傷者は多い物の、数人は重傷者も出ているらしい。何より、その倒壊に巻き込まれて最低でも五人が死んだ。
その他にもレジスタンスは既に十七人の死亡を確認している。警備兵は死者がないものの致命傷を受けた数人が今にも死にそうだとかなんとか。
そんな事をしているとついに運搬用のトラックが数台やって来て、避難所前広場で停止した。ここへ避難する時と同じものを使うという事は、やっぱり数回は繰り返さないと駄目なんだろう。
やがてラナ達が避難誘導を始めるとその光景を見つめながらもテスが呟く。
「ここ以外にも他の避難所は大丈夫かな……」
「えっ、避難所って他にもあるの?」
「そりゃそうだろ。だってこの街の人口がどれだけか知ってるか? こんなんじゃ全然収まらないっつーの」
「ああ、言われてみれば」
てっきり避難所は一つしかない物だと思い込んでいた。っていうか他にも避難所があるだなんて聞かされてなかったし。まぁ、それも人口を考えれば至極当然の事なのだけど……。
となれば他の避難所も同じ様に穴が開いているのだろうか。そうならない事を願いたいけど、一度は完全に穴を開けられているのだ。どうなるかなんて到底分かった物じゃない。
ユウとテスに当てられた人数は計五人。即席の班にしては各々の武装で前衛後衛を意識した形となり、今はユウ達の班が呼ばれるのを待っている感じだ。と言っても今の調子じゃ呼ばれるまでにかなりの時間を使いそうだけど。
一台目のトラックが発信するとみんなはそれを見送った。
「なぁ、もし運搬中に機械生命体とかが襲ってきたらどうするんだ?」
「そりゃ俺達だけで対処するしかないだろ。住人を殺させる訳にはいかない」
「だよな」
するとテスはユウを睨み付けた。……分かってる。甘えようとしてるんだって事くらい。出来れば彼らの命を奪いたくなんてない。立場が違ったとしても、正規軍もリベレーターも、同胞である事だけは変わらないのだから。
だからこそ叱られる。
「分かってると思うけど、殺さずに勝とうだなんて甘い考えをしてると痛い目を見るぞ」
「……知ってる」
機械生命体が相手なら躊躇いなんていらない。でも、それが人間――――正義を持った人間となると、こんなにも重苦しい物に変わるだなんて。
この世界は残酷だ。生も死も全て等しく扱われる。誰もが苦しみ、悲しみ、涙と血を流す。それがこの世界の当たり前だ。同時に戦う度に相手の正義が心の奥底に突き刺さり、嫌でも血が流れてしまう。
何でこんな世界にならなきゃいけなかった。
みんな死なない為に死ぬ気で生きてる。誰かを守ろうと、救おうと、必死に足掻き抗ってるんだ。それなのに訪れる結果は報われず残酷な物ばかり。
失った命はもう二度と回帰しない。そんな世界の中で生きる事が、どれだけの絶望になるだろうか。
救いなんてどこにもない。希望なんて、存在しない。
「……もう大丈夫。心配かけてごめん」
「いいよ。俺達も最初はそうだったから」
そう言って周囲を見渡した。正規軍の死体はかたされずその場に残り、感染者だけが炎であぶられ灰になって行く。その光景はあまりにも残酷な物で。
希望を抱く事は許されない。抱けば抱く程、全てを破壊された時の絶望と言うのは果て品物のはずだから。――だからこそ、ユウは希望を抱いた。
「絶対に守り抜く。誰も、死なせたくない」
「――――――」
銃を握り締めながらもそう言う。
それをテスは傍らで聞いていた。付け焼刃の覚悟で矛盾した言葉を。
誰も死なせないクセに敵は殺す。そんな矛盾を抱えていればいつか内側から崩れ落ちる時が来るだろう。実際、似たような事は推薦試験の時に経験した訳だし。
でも、それでも構わない。ユウの守りたい人を守れるのならどうなったっていい。今だけは本気でそう思えた。
するとテスは微笑みながらも言う。
「優しいな。ユウは」
「え?」
「死ぬのが怖くないから死なない理由として誰かを守るんじゃない。……今のお前は、心の底から理由なんて関係なくそう思ってる。それは凄い事だ」
心が読めるわけでもないのにそう言われて少しだけ黙り込む。だってそれは、自分自身でも気づかないある種の“生きる理由”なのだから。
ずっと見付けられず仮初の状態を保っていた理由。その本質をテスに気づかされて黙り込んでいた。やがてそんなユウを見て彼は言う。
「変わったな。お前」
「え、そう?」
「初めて会った時は死んだ魚みたいな目をしてたからな。それから戦闘を重ねて、どれだけ危ない奴なのかを知った。……でも、今は違う。今のお前の瞳は光り輝いてる」
そう言われても自分の変化なんて簡単に気づける物でもないから首をかしげる。ユウとしては変わった自覚はないけど、外側から見ればそれほどなまでに変わってるって事なのだろうか。
でも、言われてみれば考え方が前とは変わった気がする。誰かの為に。何かの為に。生きる理由も意味も何もない頃は這いつくばってまで探していたのに、今となっては確固たるモノがあるのだから。それだけは根拠のない確信が胸を突く。
色んな人と触れ合った。それがユウを変えたのだろう。リコリスやみんなだけじゃなく、街のみんなや子供達、黒髪の少女や、ベルファーク、ラディとクロストル、そしてプレミア。まだこの世界に来て間もないけど、ユウはその人達に影響されたって訳だ。それも気づかぬうちに生きる理由を見いだせる程に。
するとテスはユウの胸に拳を当てて言う。
「ユウ。お前は『覚悟』を持ってる人間だ。だから、胸を張れ」
「胸を張る……」
「そうだ。例え仮初でも、付け焼刃でも、希望や覚悟を抱けたのならきっと何度でも抱ける。だから胸を張るんだ」
緊迫した状況での激励。そんなの、もう応えるしかないじゃないか。
ユウは口元を緩ませると大きく背伸びをして力を抜く。今まででもかなり危険な状況だったけど、これからはもっと危険な状況になるのだ。それこそ覚悟を持たなきゃどうにもならないという物。
曇って行く空を見上げながらもユウは問いかけた。
「……なぁ、テス。今質問するべきじゃないのは理解してるんだ。でも聞かせてくれ。――過去に、何があったんだ?」
「――――――」
するとテスは黙り込んだ。そりゃ、いきなりそんな事を言われれば黙り込んでも当然。
ユウはまだ過去を話す勇気なんてない。だから一方的に人の過去を聞くのが嫌だった。でも、気になって仕方がなかったのだ。
そんな曖昧な気持ちで質問したのにも関わらずテスは答えてくれる。
「みんなと同じだよ。大切な人を失って、俺は復讐心が現れてるだけ。だから機械生命体を倒す為ならどんな手段だって使ってやる。……もちろん仲間が危険ならそれを最優先に、だけどな」
「っ!?」
けれどその言葉を聞いて驚愕した。だってどんな手を使ってでも機械生命体を倒すって意気込んでいるのに、どうしてあの時プレミアを庇ったのか。それだけが理解出来なかった。
だからこそテスは言ってくれる。
「あの時にプレミアを庇ったのは感情が宿ってると思ったからだ。だから、庇った」
「にしてもそんな、滅茶苦茶な……」
「そこら辺は今の俺にも分からない。ただ、本能に任せただけだからな」
「じゃあ、テスがリベレーターに入ったのは……」
「そう言う事。ま、俺以外にも似たような理由を持った奴は多い。復讐だったり、金目的だったり。理由は様々だ」
何も言えなかった。あまりにもテスの心境が複雑過ぎて。だって殺意がありながらも仲間を最優先に動くと言うのは凄く辛いはずだ。例え殺したい相手が目の前にいたとしても仲間の為に引かなきゃいけない場面だってあるかも知れないのだから。
つまり、今もテスは本気で殺したいと考えつつもユウ達がいるせいで―――。
殺意に抗う。それは簡単な事じゃないだろう。大切な人を殺されたからこそ生まれる殺意は、きっと尋常じゃないはずだ。それに抗うという事も。
テスは優しい人だ。殺意よりも仲間の事を最優先に動くんだから。
とてもじゃないけど、きっとユウには出来ない事だろう。
「お前の過去に何があったかなんて知らない。でも、きっと俺達は似てるんだと思う。俺は死ぬのも殺すのも怖いままだけど……それでも、きっと俺は、ユウの事を理解出来る」
「……優しいな。テスは」
「お前ほどじゃないさ」
軽く背中を叩きながらもそう言う。さり気なく頭の中には殺す事しかないと伝えながら。
そろそろユウ達の番だ。多分次辺りで出番が回って来るだろう。だから今の話に奥歯を噛みしめながらも空を見上げた。光が一つも差さない曇り空を。
――似てる、か……。
仕方のない事だ。テスにはユウの過去を想像する事しか出来ないんだから。故に思っている事と違う過去があったって仕方がない。
テスは一緒の班になった隊員へ声をかけると少しだけ話し合い、ポジションやどこに座るかの確認をしだした。一方ユウはそっちのけで黄昏続ける。
この戦いの果てに待っているのは絶望か、後悔か。それともどこかの誰かがヒーローとなって希望を灯すのか。その未来を見据えようとしていた。
そうしているとベルファークから突然声をかけられて。
「わっと。ベルファークさ――――」
「君は何を選ぶ? 君は、何を見据える?」
「え……?」
突如向けられた質問。いきなり過ぎて困惑してしまって、考えようとしても質問の意図が理解出来ずに口ごもってしまう。
やがてベルファークは見切りを付けると肩から手を離して言った。
「……すまない。妙な質問をした」
「え、ちょっ」
制止しようとしても即座にラナが話しかける物だから喉を詰まらせる。そして今の質問が何だったのかを深く考えた。
あのベルファークが何もなしに問いかけるだなんて思えない。となると今の質問には何か重大な意味が含まれていたはず。それは何なのだろうか……。
――何を選び、何を見据えるか。
でも、どれだけ考えても答えは出なかった。そりゃ問題文がないのと同じなのだから答えられなくて当然だろう。
やがて彼の背中を見ながらも小さく呟いた。
「どういう事だよ……」




