061 『正義の痛み』
あり得ない。その一言に尽きた。
だってパスト病と言うのは基本的に外にいる感染者に触れる事で発症する物だ。いくら空気感染で発症するとは言え、ここでいきなり最終段階まで進むだなんて明らかにおかしすぎる。
突如現れた化け物にユウは言葉を失って立ち尽くした。
「な、で……」
人が化け物に変わる様。それを初めて見たユウは動揺して動く事が出来なかった。仲間を護る為だとは言え、自ら苦しみ血を流し化け物になる姿は、ユウにとってはあまりにも残酷な光景だったから。
そうしていると感染者は腕を生やしては振り上げてユウを叩き潰そうとする。
だからこそ、テスが全力で助けに入る。
「させるかああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」
モーニングスターの様な形になった武装を全力で振りおろし、蒼色の刃が付いた先端を脳天に叩き込んで地面にめり込ませた。そしてユウを抱えると背後に飛び退いて感染者から距離を離させる。
次に大きく叫んだことでようやく我に返った。
「ユウ、大丈夫か!?」
「えっ……。あ、ああ、大丈夫……」
「ならいい。下がれ! ――流石に、こればっかりはどうなるか分かんねぇ」
一目見ただけでも分かる。ユウの様な新兵じゃ絶対に勝てるような相手じゃないと。それこそテスやリコリスの様な熟練者じゃなければまともに相手をする事さえもままならないだろう。
テスは武装を掲げると注意を引いてみんなの邪魔にならない所まで誘導しようとした。でも、奴は鼓膜が痛くなる程の咆哮をすると体の一部から幾つもの腕を伸ばして絡ませ、大きく振りかぶるとユウ達の所へと横から振りかざした。
「しまっ!?」
「ッ――――!!!」
直後にユウは雷の刃を出現させると奴の腕を斬り裂いて何とか全滅するのを避けた。と言ってもその余波だけでも数人が巻き込まれてしまうのだが。
やがてテスが無理やりにでも注意を引きに行くと幾つもの腕を生やして猛攻撃を繰り出した。それも一撃一撃が捕まれば死ぬと言う威力で。
「テス……!」
「お前達は小型を頼む!」
するとテスはそう言って戦場を移した。感染者相手に孤立するのはいい判断とは言えないけど、ユウ達や住民を巻き込まない為だ。仕方ないとしか言いようがないだろう。
けれどそれと同等か、もしくはそれ以上の脅威が迫っている事を忘れてはいけない。
「やるしかない……。やるぞ!」
既に数人がけがをして行動制限が掛けられている。さっきまで威勢よく戦っていたユウも同じくそうだ。と言っても、ユウの場合は体を無茶に動かしていただけだけど。
この世界は食うか食われるかの弱肉強食。いつ誰が死んだっておかしくない。だからこそそれをさせないためにもユウは武器を構えた。
……と、やる気満々で挑もうとしたのだけど、突如吹き飛んで来た何かに強打されて一緒に吹き飛んだ。痛みがあるのならまだ生きてる。でも、一体何が吹き飛んで来たのだろう。
そう思って離れた所で転がる人を見て驚愕した。
「え……!?」
だってそこには額から血を流すテスがいたのだ。そんな姿になるだなんて思いもしなかったから驚愕して動けなくなる。
「テス? え、何で……えっ!?」
向こう側の道路に誘導したはずなのにテスがここまで吹き飛ばされるって事は、あの感染者は……。予想通り建物を突き破ってこっちへ襲って来る。
でも、更なる絶望は今もなお周囲を包囲していて、いつの間に集まったのか、周囲にはローブを羽織った正規軍が武器を持って今にもこっちへ走り出そうとしていた。その数、およそ十八。感染者さえいなければ重傷か致命傷で済むだろうけど、今だけは状況が違う。
「殺せ! 裏切り者共に罰を!!」
「よくも俺達の仲間を! ――親友を!!」
「俺達の苦しみを味あわせてやる!」
そう言いながらも一斉に走り出す。
みんな、大事な人を失ったんだ。そしてその絶望にもがき苦しんでもいる。全てリベレーターが引き起こした事で、仕方のない事で――――。
彼らもこの世界の当たり前に当てられた一人に過ぎない。
――殺すんだ。……殺すしか、ない。
人を殺すのは、怖くない。それが既に人として破綻している事の証明になるのだけど、何と言われても関係ないと思っていた。だってそれこそがユウの本性なのだから。
でも、みんなと触れ合っている内にそんな自分が怖くなる事がある。人間として破綻している自分が怖くて、どうして一緒にいられるのかと何度も思った。だってリコリスとユウは人間性が違うのだ。根底から覆せないくらい。
けれど大切な人達を守れるのならそうなったって構わない。本気でそう思える。初めて見付けた守りたい人なのだ。その人達の事を守れるのなら殺人鬼にも何だって―――――。
そうやってこの場を切り抜ける覚悟を決めようとした。でも動き出そうとした瞬間にテスがユウの腕を力強く掴み制止させ、真剣な眼差しで言う。
「――お前がその業を背負う必要はない」
「え……?」
するとゆっくり立ち上がりながらも武器を握り締めた。額から血が出てるという事は少なからず脳にもダメージが行っているはず。それにも関わらずテスは立ち上がり、駆け寄って来る正規軍を見つめた。
やがて背中を見せながらも呟いて。
「きっとこれは、お前にとって残酷な物だと思う。でも覚えておいてくれ。これがこの世界の当たり前なんだ」
直後にテスの握っていた武装が全体的に青白い蒼い光を放って変化し始める。だから何だろうと思ったのだけど、テスが大きくソレを振るった途端に鞭の様にしなっては伸びていく。機械で作られているはずなのにゴムを使っているかのように。
瞬間、周囲にいた正規軍の首が刎ね飛ぶ。
同時に刃は感染者の方にも向かって行き、首と思わしき所を斬り裂かれては大量に血が噴き出す。だからそんな光景になるとは思わなくて立ち尽くす。
死んだ。死んだのだ。
一瞬にして、瞬きの内に、十何人もの命を奪った。各々の正義に従い、大切な人の敵を討とうとしていた彼らを。
どうして彼らが死ななきゃいけなかった。そう思う。
何も悪い事はやっていない。立場が同じだったらこっちも絶対に同じ事をしていたし、彼らだって所属が違うだけで全く同じ人間なのだ。リベレーターは正規軍を殺し、正規軍はリベレーターを殺す。恐らくそんないたちごっこを繰り返していたのだろう。
だからこそ訪れる争い。互いに互いの正義を許容できず流れる血――――。
「人同士の争いってのは、やっぱり虚しいな」
人の首が刎ね飛ぶ中でテスはそう言う。ユウとはまた違う、何度も同じ光景を繰り返し見て来たような曇った瞳で。
避けられない事なのだ。仕方のない事なのだ。そう理解していても心が痛む。きっとこれが正義の痛みって奴なのだろう。人を殺すのは何も感じないのに、そこに正義が振りかざされただけでもこんなに痛むだなんて。
「……今のは?」
「武装の自己リミッターを解除したんだ。要するにこれが俺の全力って訳だ」
そう説明しながらもテスはもう一度武装を振り上げ、巧みに操るともう一度感染者の体を引き裂いた。何度も何度も、破れた腹から内臓が溢れようと、脳天からドロッとした脳がはみ出ようと、それでも生き続ける感染者を切り裂く。
やがて大きく踏み込むと完全に首を絶っては感染者を殺した。
「びっくりしたか?」
「そ、そりゃ、こんな強いだなんて思わないし」
「いつかなれるさ。さてと、今のでここらにいる敵は最後だな。また敵が寄ってたかる前にベルファークさんから指示を仰ぎたいんだけど……」
テスはそう呟くと本部の方を見た。恐らくベルファークが指揮を取っていると思われる建物を。ここはユウが武装で一っ跳びして確認して来てもいいけど、その必要はないみたいだった。何故なら彼はここにいたのだから。
「その心配はない」
「そうか。ならよかっ――――え!?」
指揮官が戦場にいるだなんてありえない。だからこそ全員で驚愕しながらも振り向いた。そこには軍用コートを着たベルファークが銃を携えて登場し、ラナの他に二人の秘書も連れてここへやって来ていた。
だからテスは近寄ると今すぐに避難する様に提案する。まぁ、彼は彼の意志でここに来ているのだからもちろん却下される訳で。
「なっ、なんでベルファークさんがここに!? 今すぐ本部の方へ戻った方が……!!」
「それには及ばない。確かに私は指揮官である身だが、リベレーターの一員として兵士の身でもある。いつも座っている様に見えて、訓練は欠かしてないのだよ」
「ですが……!」
「大丈夫ですよ。指揮官の実力は本当ですから!」
するとラナが自信満々でそう言う。ついでに手元にはVz61を携えながら。
後ろにいた双子の様にそっくりな秘書も彼女の言葉に頷き、彼がかなりの実力者だと表した。故にテスはそれを呑み込んで指示を仰ぐ。
「……現在、一斉起爆の影響で避難所の入り口が開けられている状況です。ベルファーク指揮官、指示を」
彼の事だから即座に指示を伝える物かと思っていたけど、流石のベルファークでも予想外だったのだろうか、眉間にしわを寄せて顎に手を当てた。
やがて深く考え込んでは決断する。
「仕方ない。地下空間へ案内しよう」
「ですが指揮官、あそこは……」
「住人の命の方が重大だ。助けられる手段と命があるのなら、私は助けたい」
「……分かりました。今すぐに手配します」
この街に地下空間があった事に驚く。テスの他にも数人の隊員がざわついているという事は、みんな知らされていなかったのだろう。それこそラナの様な重大な立ち位置にいる人じゃない限り。
それを住人を守る為だけに開放するのだから凄い決断力だ。見せて都合の悪い事のはずなのに命を助ける為に目を瞑るのだから。
「ベルファークさん、地下空間って、一体?」
「これから君達には護衛任務をやってもらう。もちろん他の所からも戦力を集めてね。地下空間への入り口はリベレーターの重要施設にしかない。そしてここから一番近い入口は――――本部だ」
「本部って……」
そう呟きながらも本部の方を見る。武装で飛ばせばものの数分で着くけど、徒歩で、それも護衛も兼ねてやるとなればかなりの時間が掛かるはず。それも避難所にいる人数を送るとなれば一時間で済むかどうか。
機械生命体や正規軍、場合によっては感染者も殺す気で襲って来る中、完璧な護衛を出来るかなんて分からない。
「輸送はトラックでやるつもりだ。君達にはいくつかの即席班に分かれてそのトラックを護衛してもらう。それなら、最低でも一時間で済むはずだ」
「了解、です」
正直かなり確率は少ないだろう。時間をかければそれほど敵に気づかれる可能性が高い。その中で無事に輸送できるかなんてわかりっこない。
……でも、それがこの場で唯一の最善なのも事実。この場が開けばここへ敵を誘導して袋叩きにするという戦術もある。やっておいても損はない――――。
ユウは覚悟を決めるとその作戦を呑み込んだ。
まぁ、成功するかどうかは分からないが。




