005 『兵士の日常』
あれからはや二日が過ぎた。その間自主的な運動以外には行動制限がかかっていて、外はおろか部屋から出る事すらもままならなかった。
リコリスを介して行われるメンタルケアを受け続けながらもこの世界の情報を読む日々。日本語のフォントを作ってくれた人には本当に頭が上がらない。
しかし情報自体はある程度頭にインプットする事に成功し、ようやくこの世界に関して半分程度は理解する事が可能となった。まぁまだ半分程度だから道のりは長いのだが。
そしてユウの身柄だけど、異世界転生という極めて特殊な存在から機密事項として扱われる事になったらしく、リコリスとその仲間と上層部しか伝わっていないらしい。もちろん他言は厳禁。
以上をもってユウは極秘で輸送される事になった。安全な所に送られてからはユウから情報を聞き取る予定だとかなんとか。リコリスも付いてきてくれる様だ。
そんな感じでユウはガッチガチの警護の下搬送される事になる。
「って言うのは分かったんだけど……なに、これ」
「見て分かるでしょ。手錠」
「そうじゃないからっ! これがゲストの扱いか!!」
念入りな事に手錠をかけられていた。だから犯罪者みたいな感じになりながらも誘導される。って言うか周囲の人達が銃を持っている辺り本当の犯罪者になった気分だ。誤認逮捕もいい所である。
「この三日間敵意がないのは分かってるだろ。それなのにこれか……」
「仕方ないじゃん。もしかしたら隙を見て逃げるかも知れないって疑いがまだあるんだから」
「ガッチガチに監視された状態で逃げようだなんて思わないから。それに俺の世界よりも危険なんだから自分から逃げないって……」
グチグチ呟きながらも車まで誘導される。どうやら普通のトラックという訳でもないらしく、専用武装を施した乗り物が出て来る。そんな近未来の乗り物を見て自ら乗り込んだ。
内装はロッカーと椅子の他にも何か沢山の物が付いている。恐らくこれらを使って外側にある武装を展開するのだろうか。目を光らせながらも見回すとリコリスが呟いて。
「……見てて楽しい?」
「楽しい。だってこんなメカメカしいの俺の世界にはなかったんだもん!」
「そ、そうなんだ。意外とミリタリーオタクなんだね……」
そんな風にしてユウの身柄引き渡しは始まった。どうやらリコリスの仲間は付いてこない様で、ユウが知っているのはリコリスだけとなる。その他は知らない男二人だ。
だからその事について尋ねる。
「なぁ、こういうのって大抵情報を理解してる人達がやるんじゃないのか? 俺の事はリコリスの仲間と上層部の人しか知らないはずなのに……」
「大丈夫。彼らはユウの事を知らなくとも状況は読んでくれてるから」
「ふ~ん」
そう言って運転席に座る二人を見る。今はガラスが閉まってるから会話は聞こえてないだろうけど、訳も分からない人を搬送するのに抵抗はないのだろうか。まぁ彼らとリコリスは同じ組織の一員だし、信頼してるって事なのだろう。
やがて車が発進し始めるとバックドアから見える背景が動いて行く。
「そう言えば今から向かう街ってどれくらいかかるんだ?」
「大体一時間くらいかな。私達がいたのはセーフシティだし、いわゆる一種の補給地点なの」
「せ、セーフシティですか……」
部屋から見ただけだけど意外と大きかったはず。それでも補給地点になってるって事は今から向かう街はもっと大きいのだろう。
そう考えているとリコリスはユウの付けてるある物に興味を示して。
「……ちょいちょい気になってたけどさ、そのリストバンドお気に入りなの? 会う時には必ずしてるみたいだけど」
「っ――――」
でも即座に答える事は出来なかった。その質問に軽く体を震わせては鋭く息を吸い込む。やがて拳を握ると汗を拭う素振りをしながら言った。
「ほら、これしてるとわざわざ布で拭う必要もないし、色々と便利だから……ね」
「なるほど。じゃあ私もしてみようかなぁ。そうすれば戦闘中に汗で手が滑る事もなくなるし」
するとリコリスは前向きに検討して自分の愛銃を握った。確かに彼女達にとって戦闘は当たり前なのだろう。だからこそ楽に戦闘できるのならそっちの方を選ぶはず。
ユウと全く違う思考に少しだけびっくりする。
やがて今度はこっちから質問を飛ばした。
「この世界ってさ、それ以外にも沢山の銃があるのか?」
「うん。そうだよ。確かユウの世界にも銃があるんだっけ」
「まぁそうだな。全部とまではいかないけど、覚えてる銃もこの世界にあったからさ」
一般的に自衛隊が装備してるやつとかゲームに登場する様な銃しか知らないけど、それでもユウの知っている銃は確かに存在した。それも名前も形状も、何もかもが一緒の銃が。
いくら文明が進歩しているとしても形状どころか名前や弾のサイズの名前まで同じなんて、いささか不可解というものじゃないのか。そんな疑問を抱いた。
「一応聞くんだけどさ、この世界って銃の存在は――――」
けれどそこまで聞いた瞬間だった。車体が大きく揺れてバランスを崩したのは。いきなり起った事に反応出来ずに体を壁へ叩きつけるとそのまま椅子に横たわって揺れが収まるのを待った。
やがてリコリスは素早く運転席への窓を開けると言う。
「何があったの?」
「《感染者》です! 地中からいきなり……!」
「ったく、ツイてない」
そう言うと運転席に座っていた二人は素早く武器を持って飛び降り、リコリスは持って来た重機を背負うとバックドアに手を当ててユウに言った。それも今までとは違った険しい表情で、更に拳銃を手錠に向けながら。
「いい、ユウ。私が何かサインを出すまで出て来ちゃダメだからね」
「えっ? ぐっ――――!?」
直後に引き金を引くと銃弾で手錠の鎖を破壊し、護身用の拳銃を渡しながらも度とへ出た。すると重機が変形しては腰に装着されて飛行機のエンジンみたいな重い音が鳴り響く。
まだ状況も判断出来てないのだから当然手を伸ばすのだけど、その時には目に追えない速度で移動しては目の前に降りかかった何かを回避した。
「リコリス、まっ……て!?」
その衝撃波に吹き飛ばされて壁に全身を強打する。すると今度は車体その物が大きく傾いて一回転し、ユウは為す術もなく痛みにもがきながら横たわった。
そしてベックドアから見えた光景に絶句する。
光を遮る様に出現した紫色の何か。ソレはうねうね動いては不気味な印象を叩き付けていたのだけど、表面の一部から眼が出現してはこっちを見つめた。その光景に恐怖を覚えて背筋を凍らせる。
明らかにこの世の物じゃない生物だ。科学的な所がおおいこの世界だから不気味な生物は少ないと思っていたけど、まさかこんなのがいるだなんて――――。そこまで考えていると皮膚の一部を沈み込ませてはそこから細長い棘を突き刺す。それも壁が簡単に突き抜ける程の。
だから生命の危機を感じて体は半ば勝手に動き出す。手に握った拳銃を前に構えては震える手で引き金を引き、反射的に目を閉じて途轍もない反動の弾丸を撃ち出した。すると眼が潰れては紫色の液体が溢れてそこらじゅうにまき散らす。
次にリコリスの咆哮が聞こえてはようやく光が見えた。あの謎の生物を吹き飛ばしたって事なのだろうか。
彼女は顔をのぞかせるとすぐにユウへ指示を出す。
「今すぐ運転席に行って! 死ぬよ!」
「あ、ああ、分かった!!」
震える手で運転席への窓を開いては体を突っ込む。意外と大きかったから移動する事自体は簡単だったけど、そこでも車体が大きく揺れてユウは外へと放り出されてしまう。
やがて大きな影が被るからなんだろうと思って空を見上げるのだけど、その先にいたのはさっき呼称されていた物とは思えない化け物がいて。
「は――――?」
《感染者》、と彼らは言っていたはずだ。だから人の形をしているのかと思っていたのだけど、目に映ったのは異形の化け物。まさしくこの世の物とは思えない生物だ。それに対してリコリスは一人で相手をしていた。
腰に着いた装置は浮遊させては高速移動を可能にするらしく、普通じゃ絶対にありえない速度で地面を滑りながらも的確に銃弾を撃ち込んでいた。
もちろん運転席にいた二人もそれぞれの武器を使って銃弾を撃ち続ける。
しかし化け物は体に着いた幾つもの眼でユウを見付けるとブヨブヨした体の一部を伸ばして押し潰そうとした。
「しまっ!?」
「……!!」
今さっきみたいに死を実感する。異世界転生した間際の時みたいに。
だからだろうか。体が咄嗟に動いたのは。強張り過ぎて逆に銃を離せなかった手が動いては脊髄反射で引き金を引き、向かって来る触手をバラバラに撃ち抜いた。散弾……って事は特殊な作りなのだろう。
「――危ないッ!!」
リコリスは即行で助けに入ると落ちてくる液体から非難させて退避際に銃弾の雨を撃ち込む。それでも互いに液体を浴びながら遠くへと退避した。
「ちっ。仕方ない、これで……!」
するとリコリスは懐からグレネードを取り出して狙いを定めた。それを見ただけで残りの二人は化け物の注意を引き寄せて顔面と思わしき部位をリコリスの方へと誘導させる。
やがてユウを地面に落としながらも言った。
「耳塞いでおいた方がいいよ」
「えっ!?」
そう言われた直後から耳を塞いで彼女を見る。
いや、いくら何でもグレネードを投げただけで倒せる訳が――――。と思っていたのだけど、リコリスは口でピンを抜くと綺麗な投球フォームで剛速球を投げつけた。それも同じく目で追えない程の速度で風が発生するくらい。
直後にグレネードは化け物の脳天に抉り込むと内側から大爆発を引き起こして大部分を消滅させた。それに合わせて男二人は緊急回避で即座に離れる。
耳を塞いでいても鼓膜を震わせるような爆発によって化け物は倒されたらしく、動きが止まっては金切り声を上げて大きな音を立てて地面に倒れていく。
「えっと、これ、何が起って……?」
とりあえず何とかなったと見てリコリスに問いかけた。するとあんな化け物を相手にしたばかりだと言うのに、いかにも余裕そうな笑みを見せると彼女はいった。それも本当にこれが日常だと言う様に。
「これが私達の日常よ」
「あ、そうですか……」