058 『動き始める脅威』
「――ッ!」
「ユウ!?」
小型の機械生命体が高速で頭をかすめた直後、ユウは額から血を流してバランスを崩した。そして即座にテスがカバーに入ってくれる。
でもこれしきの程度で倒れる訳にはいかない。だからこそユウは踏ん張った。
「おい、大丈夫か!」
「大丈夫。皮膚を抉られただけだ……っ」
そう言って額を押さえた。掠めただけならずっとよかったけど、今回は牙で雑に抉られては皮膚を持っていかれた。まぁ、頭をパクリといかれなかっただけまだマシだろう。
立て続けに襲って来る機械生命体を迎撃しながらも抵抗し続けた。
流れて来る血で左目の視界が遮られつつも必死に視界内に機械生命体を入れる。
けれど痛みでさっきよりも集中する事は難しくて、簡単に背後を取られては鋭い鎌を高速で振り下ろされた。そしてもう駄目だと思ったその時、コミックさながらのタイミングで誰かが助けに来てくれた。
リコリスかと思いきや他の隊のメンバーで。
「大丈夫か!?」
「えっ、誰……」
「一小隊の隊員だ。お前は……十七か。俺以外にも救援が来る。お前は下がっててもいいぞ」
「いいや。大丈夫だ!」
少しだけ下がっては懐からある物を取出し、剣の柄を咥えてはどこぞの賞金稼ぎみたいになりつつも傷を手当する為に湿布みたいな物のカバーを外す。
そして前髪を掻き分けて傷にビタンと貼ると前線へと戻った。
「俺も戦う!」
「戦うって、そんな傷で――――って処置雑いな!?」
ユウが付けたのは止血効果とか治癒効果とかがある湿布的な物だ。いわゆる大きな絆創膏と言った方が分かり易いかも知れない。これだけでも深い傷以外はすぐに治ってしまうのだから、この世界の技術は本当に恐ろしい。向こう側に持って帰ってやりたい所だ。
そうしていると次々に救援が駆けつけて前線を持ち直す。
「救援……。って事は配置場所の機械生命体達は?」
「ある程度余裕が出来たから援護しに来た! よく頑張ったな!」
すると様々な武器を用いて小型を薙ぎ払って行く。二人だけじゃ辛かった戦線も安定化していき、最終的にユウとテスが戦わなくとも本部前広場を押さえられる程になっていった。
だから弾を補給する為に少しだけ下がって自分の使っているマガジンを探し、ついでに同種の武器やグレネードも補給する。これである程度はピンチになったら駆けつけられる訳だ。
……そう思ったからだろうか。こことはまた別の場所で爆発が引き起こり、二人は咄嗟にその方角を向いた。
いくら救援が来たといっても一部に集中するなんてないはず。ここに来る全員が各々で役割を自分で判断し、一部に十分な戦力が集まると判断すれば他の所の防御に回るはず。だから問題はないはずなのだけど、更に大きな爆発が引き起こってもう一度反応する。
「なぁ、あの方角って確か……」
「ああ。――避難所がある場所だ」
場所はそこそこ遠い。避難所はかなり大きい割には物凄く頑丈で、爆弾が百個が落ちても耐えるくらいの装甲らしいのでドアが開いていない限り問題はないはず。
けれどここを離れても大丈夫そうだったからこそ二人で顔を合わせると武装を展開して移動し始めた。
「俺達は向こうに行って来る! ここを頼むぞ!!」
「OK、任せとけ!」
そう言うと他の隊員は何の愚痴も言う事なく従ってくれる。だからスケボーみたいな感覚で乗りながらも避難所の方まで急いだ。大丈夫だとは思うけど、もしかしたら大型の機械生命体がいるかもしれないから。
移動する最中には数々の小型の骸が確認され、中には炎上している物もあった。一部なんか建物の中に吹き飛ばされて炎上している。
二人はそんな中を高速で移動し続け、たまに上がっている黒煙を避けつつもようやく見え始めた巨大なドームを見付けた。普通の街中にある建物としては確実に異質感が漂う建物を。
――あそこに、子供達が……。
子供達だけじゃない。黒髪の少女やバーのマスター。その他にも何度かあった八百屋のおじさんとか、喫茶店のおばさん。沢山の人があそこで戦いが終わる事を祈っているのだ。だからこそ絶対に負ける訳にはいかない。
絶対に守る。そんな覚悟を抱きながらも速度を上げた。
けれど、現実はそう上手くは行かない様で。
「――ユウ、止まれ!!」
「っ!?」
咄嗟にテスからそう言わるから急ブレーキをかけて停止する。直後に彼は武装から降りて来た道を戻るからどうしたのかと思ったのだけど、立ち止まった所に落ちていたのは、ユウが見るにはあまりのもグロテスクな物の様で。
「何があったん――――」
「お前は見ない方がいい。……人の首だ」
近づいた瞬間から目を塞がれ、彼の言葉を聞いて驚愕する。でも指の隙間から見えた光景で動揺し、少しだけ後ずさりした。
一度目に焼付いた光景に似ている。鋭い牙で至る所を噛まれ、引き千切られた肉。人の首というのは分かるけど原型なんてない。食べれる所は全て食べきり、食べにくい所だけを残された肉片だ。
「やばい、急がなきゃ!!」
「ああ」
その瞬間から武装を全速力で飛ばし、テスもそれに飛び乗って避難所まで急行した。逃げ遅れた一般人なんて事はないはずだ。それこそ表に出れない過激派とかじゃない限り。
となるとあれはレジスタンスかリベレーターの首だろう。しっかりと陣形を組み対処する事が出来れば小型に囲まれても何とかなる。推薦試験の時の様に。つまり、小型にやられるという事は単独だったか陣形が崩れる程の何かが起ったという事。
――無事でいてくれ……!
必死にそう願いながらもついに避難所前の大通りまで到達する。すると今まさに機械生命体と交戦していたリベレーターがいて、二人で武装から飛び去ると二つの武装は中型の奴らを一撃で粉砕した。
そうしてスライディングすると苦戦していた集団を助ける。
「大丈夫か!?」
「あ、ああ、何とか……」
「ユウ!!」
「OK!」
テスがそう叫ぶとユウは剣の出力を上げて放電させた。次に一歩を踏み込むと思いっきり前方に撃ち出して数多くの小型をショートさせる。
次に接近してくる奴らをM4A1で撃ち抜き、接近させる事を許さなかった。テスはその間に守っていた人の怪我の具合を確認し続ける。
どうやらここを死守していたのはリベレーターが五人。レジスタンスが十四人の様だ。陣形を組めれば何とか出来る数だけど、機転を崩されたからこそこんな状況に陥っているのだろう。
向こう側が対応するのよりも早く目に見える範囲で殲滅するとユウは振り向いた。
「大丈夫か?」
「何とか。重傷者はいないみたいだ」
「ほっ……」
一先ず全員が動けるのならよかった。最初はさっきの死体に付いて説明を求めるつもりだったのだけど、みんなの顔を見て質問を変える。
けれどもう一つの波はすぐそこまで迫っていて。
「他に誰かいたりするか?」
「えっと、別のリベレーターがあっちの方に……」
「……確かに信号があるな。計七人」
七人じゃ何とかなるだろう。そう思って少しだけ安心する。でも、直後に爆発が引き起こっては爆風がユウ達の肌を撫で、破片が近くまで転がって来る。
何よりも驚いたのが少し後に表示されたウィンドウで、緑色の背景に【RESCUE】と救援信号を表す【CHORD-1.2073】と書かれていた。だから即座にマップを開いて移動し始める。
「救援信号!?」
「テス、行くぞ!!」
ユウはそう言って移動し始め、テスも少しだけ指示を出しては走り始めた。救援信号が出てるのなら相手は小型の機械生命体じゃない。大型が複数か自我を持った個体だろう。どちらにせよ厄介な事には変わりないのだから助けなきゃいけない。
マップを見ながら裏路地に入り現地へ向かう最中にも爆発は起き続け、そこでどれだけの激戦が繰り広げられているのかが目に見えて分かる。
やがて信号が発信された所まで辿り着くのだけど、広場に着いた瞬間からテスが手を広げてユウを静止させた。だから建物の陰から覗くと驚愕する。
そこには黒いローブに謎の仮面を被った人――――正規軍がいたのだから。
「正規軍!? 何で!?」
「参ったな。機械生命体だけじゃなく正規軍も割り込まれたらいくら何でも護り切れない」
恐らくこの街に潜伏していた正規軍だろう。リベレーターが慌ただしくなっている内に影から出て来たって感じなはず。何はともあれ正規軍も動いているのならこの街や避難所を守り切れるかどうかなんて分からない。
といっても、守れなきゃ負けるのだけど。
「――させない!」
正規軍が倒れたリベレーターにナイフを振りかざした瞬間、ユウは武装を飛ばしてナイフを弾き飛ばした。胴体を狙ったのに避けられたのはやっぱり人間だからだろう。
そして陰から飛び出すと正規軍の前に立ち塞がた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ、何とか……」
「動ける人を連れて避難所の方へ行け。そこなら安全だ!」
「わかった!」
すると負傷している物の全員が動けるようで、ユウの指示に従って全員がこの場から移動し始めた。テスは隙を狙える様に建物の陰に隠れ続ける。
せっかく殺せそうになったというのに、その獲物を逃がしてくれるその人に軽口を叩いた。
「逃がしてくれるだなんて優しいんだな」
「…………」
けれどその人は答えない。ずっとユウを見たまま立ち尽くしているだけだ。だから怪しく思って銃の照準を足から脳天に向ける。
銃口を向けられても一切焦る素振りなど見せず、ゆっくりとローブの内側からある物を取り出してユウに見せつけた。――それが起爆ボタンである事をユウは即座に見抜く。
「っ!? ――テス、離れろ!!」
瞬間、起爆ボタンが押されると周囲が一斉起爆されて全方向から爆風が体を叩く。その衝撃で体がよろけてはその人……いや、彼女に回し蹴りをされて避難所とは反対側の道路に蹴り出される。それも女にしてはありえないくらいの威力で。
テスは爆破に巻き込まれたか遠くまで吹き飛んだのか、助けに来る事はなかった。
そして怯みながらも起き上がる中で近づいて来る彼女を見る。
「お前、まさか……」
そんな事ないって思いたい。けれど彼女の武器特有の戦法や犠牲を許容する起爆、何よりも視線から伝わって来る殺意が否定させてくれない。
やがて彼女はビル風にローブをはためかせると喋り始めた。
「やっと。やっと会えましたわァ……。私の、本当に殺したい相手」
すると自ら仮面を取って素顔を明らかにする。黒目黒髪で凛とした顔立ち。そして長いハーフアップの髪型。一番会うのを警戒していた爆殺女だ。
彼女はユウを見ると物凄く嬉しそうな顔をして、頬を赤らめながらも再会できたことを喜んでいるみたいだった。まぁ、そこに殺意が添えられてなければ女性としては満点の表情なのだけど。
「ここで会ったのは運命! 私達は赤い糸で結ばれた存在なのですわ!」
「そんな関係になったつもりはないし、お断りだ」
「貴方は私を唯一熱中させてくれる! 唯一無二の存在なんですの!」
「聞いてないし……」
狂ってる。彼女の言動はその一言に尽きた。こんな状況と殺意がなければ恋する乙女として見る事も可能で“ある程度は”受け入れる事も出来たのだけど、今まで感じた事がないくらいの殺意を受け取って背中を凍らせる。
ああいうタイプは大の苦手だ。
やがて彼女はC-4を取り出すと言った。
「さぁ、殺し合いましょう! 赤い糸を更に紅く染める為に!!」
直後、ユウは彼女の心臓に向かって銃弾を放った。
今回登場した爆殺女ですが、個人的には殺意とか諸々なければ忠犬わんこ系になってたんだろうなぁ、とひそかに考えています。
何か脳内でそんなイメージが構築されつつある。




