051 『他人の意見』
夜。
ユウは自由時間に街をフラフラ歩き回り、ある所に入り込んだ。そしてドアを開けた瞬間にベルの音が響いてコップを吹いていたマスターがこっちを向いて言う。
「……おや、珍しいお客さんですね」
「お久しぶりです」
真っ先に【労いのバー】へ立ち寄ったユウはマスターへ手を振ってカウンターに座った。ただ休憩するのと考えを纏める時間が欲しかったというのもあるのだけど、何よりもラディとエンカウントしたかったからここへ立ち寄ったのだ。
まぁ、神出鬼没の名の通りラディは影も形もなかったが。
するとマスターが問いかけて来る。
「こんな時間に出歩いて大丈夫なのですか?」
「今は自由時間で、街に出ても文句は言われないんですよ。実際俺の他にも暇だからって理由で夜街をフラフラしてる人も多いですし。あ、リンゴジュースお願いします」
「そうなんですね」
呟きながらもマスターは前に会った時と同じ手際でリンゴジュースを注いでくれる。だから一口だけ飲むとユウは両手でグラスを包み、自分の顔を反射するジュースを見ながらも呟いた。今日感じた事の全てを噛みしめながら。
「……それに、考えなきゃいけない事、沢山あるから」
マスターは何も言わずにユウの言葉を聞いてくれる。
落ち着きのある部屋に信頼しやすいマスター。ラディが常連になるのも理解出来る気がする。正直ユウもここを気に入りつつあるし、普通に常連になりそうだ。ジュースもあるし。
本来、リベレーターの内部事情は他人に話しちゃいけない。それは重々承知している。でも、今回はリコリスにも相談がしずらい現状だからこそ、ユウはマスターに問いかけた。
それなのにマスターはどんな思いをして問いかけているかを理解してくれて、ユウの背中を押す様に答えてくれた。
「マスター。機械生命体にも敵意がない個体があったとしたら……。優しい自我があったとしたら、どう思う? でも、決して全ての個体には和解できないとしたなら」
「そうですね……。私は、例え一部であっても手を取りたいと思います」
「手を、取る……」
その言葉を聞いて考える。もし本当にそんな事が出来たらどれだけ平和な世界になるだろうか。例え全ての絶望を押しのける事が出来ないとしても、そこに安心が生まれる事には違いない。
リベレーターも正規軍も機械生命体も、いつか手を取り合える日が来たなら――――。
「……変な事聞いて、ごめんなさい」
「構いませんよ。それにここへやって来る人達の悩みを聞くのも、私の仕事ですから」
普通ならリベレーターの事情なんて聴く事すらも恐ろしい印象だったり、珍しいからこそ食い込んで来る人が多い。なのにマスターは深入りせず、問いかける事にだけを優しく答えてくれた。だからその答えを聞いて深く考え込む。
プレミアは謎の女性と会い自我を芽生えさせたと言っていた。その記憶が本物なら、他の機械生命体も同じ様にして自我を芽生えさせた可能性がある。プレミアの場合は優しさに目覚める事が出来たけど、他の個体は敵意に目覚めて―――――。いや、違う。
“自我に目覚めたが敵意は継続していた”んじゃない。根底にあったプログラムに抗えなかったんだ。だから思考を持っていながらもプログラムに縛られ、効率よく人類を滅ぼす為に集団を作り上げた。
――待てよ。もしそのプログラムが、自我を芽生えさせても敵対し続ける様に仕組んだ物なら辻褄が通るんじゃないか……?
プレミアは誰がやったかはわからない。だがそれを出来る創造主と言う存在がいると言っていた。その創造主が自我を芽生えさせた女性なのだとしたら、一体どうしてそんな事を。
もしそうであればその女性が人類に敵対心を持っている事は確実。つまり、自分の存在を消しつつも機械生命体に人類を襲わせ滅亡させている……?
それなら創造主や誕生の記録がないの頷ける様な気がする。でも大雑把と言うか何というか。隠すにしてももっと雑な情報を入れておけばいいのに、どうして【『創造主』に栄光あれ】なんて言葉を入れたのだろう。
神様が作ったとかの方がより納得感は増すのに。
考える事はまだまだ多い。マスターが声をかけてくれないからこそ考察が捗るし、落ち着く部屋の中にいるから雑念も無く考える事が出来ていた。
しかし、物音が響いたからこそユウの思考は中断されて音が響いた方角を見る。そこにはあの黒髪の少女がこっちを見ていて、見つかったのと同時に慌ててドアの向こう側へ隠れてしまった。
「あれ、あの子って……」
「見つかってしまいましたか。彼女は私の娘です。……彼女がよく話してくれる優しいリベレーターさんというのは貴方の事ですよね」
いきなり娘とか言われて困惑するけど、よく一緒に遊んでいるのは事実だからこそ頷いた。別に隠す気もさらさらないし。
間が開いて今度はこっちから質問するのだけど、帰って来た言葉は予想とは少し斜め上のラインを行く。
「娘って、え? 親子!?」
「親子……とは少し違いますね。三年前、彼女は路地裏で倒れていたんです。……捨て子、ってヤツでしょうね。それを私が拾い、今は養子として育ててるんです」
「ああ、なるほど……」
やっぱりこんな世界になれば孤児は当然捨て子も出て来るんだ。ユウが遅生まれの十七で平均的な身長だから、彼女は十五か十六といった所だろうか。十二歳の少女を路地裏に捨てるだなんて、親の顔を見てやりたい所だ。
状況は把握したけど、何よりも驚く物があって。
「しっかし、ここに住んでたとは……」
「驚くのも当然です。通常、バーに住む人はいませんから」
するとマスターは小さく笑って見せた。優しい人だって印象は元から抱いていたけど、ここまで来るともう聖人なんじゃないかってくらいのオーラが見えて来る。よく見れば金色のオーラもそこはかとなく放ってる様に見えて来た。……聖人か?
と、そんな一人茶番は放って置いてユウは少女が顔を覗いた瞬間に手招きする。
「一緒に飲もう」
「…………!」
そう言うと少女は表情を明るくして姿を見せてくれる。昼とは違って髪と一緒で漆黒のワンピースを着ているから、店の雰囲気も相まって儚く見えた。
やがて走ってユウの隣に座ると早速注文する。
「おじいさん、グレープジュース!」
「はいはい」
マスターも娘が相手なら対応が変わるのだろう。バーのマスターというよりかは本当のお爺さんみたいな喋り方になりながらも同じ様にワイングラスに注いでカウンターに置いた。
のだけど、初めて会った時同様に人見知りの様で、慣れているユウ相手でも話題に戸惑っている様だった。だからこっちから話題を振ってあげる。
「最近どう? 楽しい?」
「うん。おじいさんがいてくれるから楽しい。でも、最近はユウさんがいてくれるともっと楽しい」
「そ、そっか。そこまで言われると少し照れくさいな……」
すると満面の笑みでそう言った。
この街の子供達は仕事の手伝い以外には互いに遊ぶ程度しか出来ないし、ユウの体験談は簡素な物でもかなり楽しい物なのだろう。その証拠として少女の瞳は今だ輝いている。
その言葉を聞いて脳裏で呟いた。
――俺がいると楽しい、か。
ユウも独りでいるより誰かと一緒にいた方がずっと楽しい。向こうの世界じゃ独りでいる時の方が多かったからかも知れないけど。
しみじみと思っていると少女は続けて喋った。
「それに、ユウさんといると凄く心が落ち着く。多分、みんなも同じだと思いますよ」
「そんなもんか?」
「はい。私達にとってユウさんは憧れであって、同時にちょっとしたお兄さんですから。あの子達の何人かは、ユウさんの事をお兄ちゃんだと思ってるはずです」
「俺がお兄ちゃんか……」
確かにみんなユウを名前じゃなくて兄ちゃんって呼ぶし、相手をしてる時に見せる笑顔は本物の憧れだ。みんなにとって憧れの兄。そう考えると少し自分がかっこよく思えた。
しかし現実はそう理想的にはいかない訳で。
「じゃあ、みんな戦績を見れば少しは落胆するかもな」
「もしかしてこの前の強盗を止めた件ですか?」
「ああ。道路とか街灯を壊すなーって激しく怒られた。いくら行動では良い事を起こしても、その裏に入る悪い事も視野に入れなきゃいけない。……リベレーターって実際にはそんなに楽な物でもないんだよ」
その他にも正規軍のおかげでうやむやになったけど、自らの手で既にこの世界の住人を一人殺している。それがバレていたらリベレーターに入って早々謹慎処分を食らっていた所だろう。そんなのがバレたら流石に愛そう尽かされるに決まってる。
前までは話し相手にうってつけと思っていたから何とも思わなかったけど、生活の一部となった今じゃ離れるのは少し悲しい。
すると彼女はこう言って。
「……それでも私はユウさんが憧れですよ」
「え?」
「例え組織として間違った事をしても、人として正しい事をやった。私が言って変えられる事じゃないですけど、でも、それって凄くかっこいい事だと思うんです」
彼女の漆黒の瞳がユウの漆黒の瞳を捉える。それも未来の自分を夢見て。きっとユウの姿と未来の自分を重ねているのだろう。彼女の瞳からはそんな事が読み取れた。
本当はもっと残酷だと言うのに。
でも、だからってここで彼女を引き留める様な真似はしてはいけない。だってこれは彼女が選ぶ道なんだから。
だからユウは彼女の頭を撫でながらも言った。
「……ありがとな。少しだけ元気貰っちゃった」
「きっとみんなもあげたいと思ってますよ。私だけじゃなく、みんなからも貰ってあげて下さいね。多分凄く喜びますから」
「ああ。みんななら喜ぶ姿が目に見えて分かる」
きっと元気を貰ったなんて言ったら飛んで喜ぶだろう。みんな、それくらいユウの事を慕ってくれているんだ。彼女みたいに元気がなければ励ましてくれる様に。
元気と共に勇気も貰うとユウは時計を見て立ち上がった。自由時間と言えど時間厳守。一秒でも遅れればリコリスに怒られちゃうだろう。
「じゃあ、また明日な」
「はいっ」
最後にハイタッチを交わすと代金を置いてバーを出て行った。もしかしたらラディが出待ちしてくれてるかも、なんて思ってたけど、そこまで上手い話は実現化しない様だ。
少しだけ残念になりながらも本部に戻って行った。きっと今頃プリン争奪戦でも起こしているであろうみんなの住処に。
前半はこれにて終了です。
次回から後半がスタートするので、第二章の行く末を見守っていただければと思います!




