004 『異世界の人々』
この世界に来て分かった事がある。
まず最初にこの世界は希望に満ちた輝かしい世界なんかじゃない。絶望に満ちた薄暗い世界。それがユウのやって来た世界だ。
次に文明レベルが地球の比じゃない事。こういうのは大抵中世の異世界に主人公が転生し知略チートでいい所を見せるけど、そんな常識は通じない。だってこの世界はホログラム等の近代的な技術を当たり前の様に、それも魔道具を使わずに実現しているのだから。
次に剣と魔法は衰退し銃器が出て来ているという事。大昔じゃ剣と魔法でまさに異世界と言った世界が繰り広げられていたらしいけど、機械生命体の出現により両者共に時代の波に揉み消され、代わりに銃器が基本装備としてこの世界に君臨する事となる。
それも驚く事にフォルムや形状は向こうの世界と全く一緒の物だ。まぁ、銃に付いては常人以上に少し詳しい程度でしかないから製作会社までは分からないのだけど。
更に厄介なのは機械生命体だけではない。同じく突如発生した正体不明の化け物も外に蔓延っているらしく、同じく殺す事しか脳がないそうだ。
一体どうして。そんな言葉ばかりが脳裏を駆け巡る。
それらを一晩かけて理解した。もちろん部屋の四隅に監視カメラが設置され部屋の出入り口には見張りがいる、という如何にも監獄みたいな環境で。
その情報はユウを困惑させては驚かせる。でも、一晩が経っても今だ驚愕が抜けない物があって。
「調子はどう?」
「うん。まぁ、ぼちぼちかな。まだ信じられないや」
「…………」
昨日とは違いベストを着たリコリスが様子を見に来てくれる。でも打ちのめされたままなのは変わらない。だって神様―――カミサマにすらも目を欺かれたのだから。
精神的に堪えてるんだって自覚する。これまで追い詰められた事なんてそうそうない程に。
「この世界の事は端末に入ってる事であらかた理解出来たと思うけど、どう?」
「ようやく半分を理解出来た所だ。これからまだ読んで覚えないと」
ちなみにこの世界の文字は定番通りユウには解読できない文字であった。だから昨日急ピッチでユウ専用の日本語フォントを作ってもらったのだ。それが普通に出来るのだから本当にこの世界の技術は恐ろしい。
あまりにも世界観が違い過ぎて順応するのが遅れてしまう。リコリスやその仲間達にも迷惑をかけないように早く対応していかなきゃ。そう思うのだけど、やっぱりまだ信じられない自分がどこかにいて、それが対応の邪魔をしてしまう。
「そう。……じゃあ、私、戻るから」
「ああ」
これ以上話したって何の意味もないと気づいたのだろうか。リコリスは気遣って早めに部屋を出て行った。ただ一つ、物凄く心配そうな視線を残しながら。
けれど本当にその通りだ。カミサマにすら騙されて絶望の世界に投げ捨てられ、後は見捨てられたままどうすればいいのか分からないのだから。これじゃあ本当に骨折り損のくたびれ儲けってやつじゃないか。救済もクソもありはしない。
深いため息をついて外を見た。一晩経った今でもここが剣と魔法の世界なら、なんて考えてしまう。だって窓から見える景色は活気ある街でなければ自然豊かな森でもなく、荒れ果てた荒野なのだから。
これからどうなるのだろう。そんな事ばかりを考える。……のだけど、窓を叩く音がして咄嗟に右下を見た。
「…………」
すると金髪の頭と手が見えていて、また何度か窓を叩く。外側から回り込んでるって事なのだろうか。不審に思いながらもその人が指差した所の鍵を外すと開けた直後からその人に問いかけた。
「えっと、どちら様?」
「いや~、異世界転生して来た奴がいるって言うから気になってさ」
そうして露わたのは垂れた金髪に蒼い眼をした少年。年齢的には十七のユウと同じくらいだろうか。戦闘服を着てる辺り彼もリコリスの仲間なのだろうか。よく見ると二の腕の所に腕章を付けているし。
疑問に思っていると彼は小声で問いかけて来た。
「なぁなぁ、お前のいた世界ってどんな感じなんだ? 魔法とか剣とかってあるのか?」
恐らく見張りの人に見つからない為なのだろう。ユウとて今に限っては誤解される様な騒ぎは起こしたくないから窓を閉めようとするのだけど、彼があまりにも光り輝く期待の眼差しで見て来るから仕方なく答える。念の為小声で。
「……魔法も剣もない。この世界より少し文明レベルが下がった感じかな。あと機械生命体とかもいない。これでいいか?」
「って事はこの世界とあんま変わんないのか?」
「そんな感じ。まぁ、唯一の違いはこんな絶望的な世界じゃない事だ」
そう言って荒野を見つめる。普通の荒野だったら何も思わないだろうけど、所々に機械の残骸や爆破跡、そして座礁した船があるからこそ絶望感が見て取れた。それ程なまでに激しい戦いがあるんだなって理解する事が出来るから。
すると彼も荒野を見つめては喋りかける。
「じゃあ、お前は平和に過ごしてたのか?」
「…………」
けれど何も言えなかった。この世界と比較してしまえば確かに平和とも呼んでいい人生だったけど、個人的な総称としては地獄だったから。
だから反射的に思いのままを言う。
「平和……じゃなかったな。死ぬ直前まで嫌な記憶で一杯だった。死ぬ前後の記憶はないんだけどな」
「……そうか」
予想外の返答だったのだろう。活発的な印象を持った彼はそれを聞いて静かに答えた。それによって空気が一斉に重苦しい雰囲気に変わるのだけど、彼は大きく息を吸うとそんな空気を吹き飛ばすかのような勢いでもう一度話しかけた。
「でもさ、向こうのぜッ――――」
しかしその言葉は続かずに途絶える事となる。だって彼の背後から回り込んだリコリスがうなじに手刀を叩き込んで気絶させたのだから。
倒れ込む彼の襟を掴んで持ち上げると言う。
「近づくなって言ったのに。ごめんね、まだ心も安定してないのに」
「あ、いや、別に大丈夫だけど……逆にそっちが大丈夫なのか?」
「こんなの日常茶飯事だから気にしないで。それに私達は打ちのめされて何ぼだし」
「そうですか……」
すると彼をずるずると引きずりながら何処かへ歩いて行ってしまう。だから身を乗り出してそれを見ながらも何だったんだと脳裏で呟いた。
何と言うか、突然現れて突然消えた感じだ。
けれど一つだけ思う事が出来た。こんな絶望的な世界でもあんな輝いた瞳をする事ができるんだなって。
だからそれでこの世界の印象を少しだけ変えながらも部屋に戻った。窓を開けて身を乗り出してる所なんて見られたら誤解されかねないし。
……のだけど、その見方はこれからもっと変わって行く事となる。
――――――――――
それは昼ご飯の時。
戦時と言っても過言じゃない世界でもご飯はそこそこ豪華で、大きな鳥肉が入ってたりする。そしてそれを運んでくる人がいる。昨日の夜はリコリスが。今日の朝もリコリスが。しかし今日の昼は別の人が運んで来た。
それも短い赤髪にガタイの言い大柄の男が。
「よぉ、お前さんが転生して来たやつか」
「またなんか来た……」
大柄で頼もしそうな印象を抱くのに対して可愛らしいエプロンを付けていた。もはや何ギャップを狙っているのか分からない彼に対して呆ける。
彼は隣の机に料理を置くと手に腰を当てながらもユウの事をまじまじと見つめた。
「しっかし、いきなりこんな世界に転生してくるなんて分からない事だらけだろ」
「まぁ。世界観が似てるだけありがたいんですけどね……」
「へぇ~、こことお前さんの世界ってそこまで大差ないのか」
やっぱりみんな異世界の話には興味津々なんだ。っていうかどこまでその話が広まっているのだろう。それにしてもこんな世界だと言うのにみんな一切暗い表情をしないっていうか、むしろユウがやって来た事を楽しげにしてると言うか。そんな表情をしている。
彼らにとってはこの世界が当たり前だからこその反応なのかも知れないけど。
「……何で信じてくれるんだ? 普通なら異世界から来た人間なんて信じられないのに」
「リーダーが信じてるからな」
「リーダーって、リコリスの事か?」
そう言うと頷く。前のやり取りからして立場上はあまり変わらないと思っていたけど、やっぱり威厳と言うか、カリスマ性はあるのだろうか。
彼はまだまだ話したそうな顔をしていたけど、今は戻る事を決めた様で口を閉じるとそのまま部屋を出て行った。
「ま、ここにいる限りは安全だからじっくり考えればいいさ。お前さんの選択次第だ」
「…………」
――――――――――
夜。
リコリスは何かしらの仕事があるらしいとの事でまた別の人が夕飯を運んで来てくれる。最初はどんな人かと思っていたのだけど、ユウは部屋に入って来た人の姿を見た瞬間に背筋を凍らせる事となり。
「夕飯、持って来たわよ」
「っ――――」
アリサ、だったっけ。真っ先にユウへ銃口を突き付けた彼女だ。
まさかアリサが来るとは思えなくて体を硬直させた。だってある意味トラウマみたいなものだし。すると彼女はユウの反応を見て呟いた。
「そんな反応になっても仕方ないわよね。でも、今はもう敵意はないわ。安心しなさい」
「あ、はい……」
「何と言うか、ごめんなさいね。この世界じゃ怪しい人は疑いが晴れるまで何かで縛り付けるって言うのが鉄則だから」
そう言うと料理を置いてすかさず部屋から出て行こうとする。あの一件で無慈悲な印象を抱いたけど、敵じゃないと判明すれば結構大人しいのだろうか。
それに聞きたい事もあって彼女を引き留めた。
「あ、ちょっと待って!」
「ん……何?」
「えっと、この世界っていつ死んでもおかしくない環境にいるんだよな」
「そうよ。むろん私達も同じ環境にいる。比較的安全な場所にいるあなたもそれは変わらないわ」
「……今日あった人はみんな目が輝いてた。何で、あんな顔が出来るのかなって」
するとアリサは俯いて黙り込む。
けれど本当に疑問に抱いた通りだ。いつ死んでもおかしくなくて、外には殺す事しか脳がない機械生命体と謎の生物が満ちてると言うのに、どうしてあんなにも明るい表情が出来るのか。それが気になっていた。
やがて深く考えた後に喋り出した。
「確かにこの世界は残酷よ。総体的に見ても明るい世界とは言えない。でも、それでもみんな前を向いて歩こうとしてるの。誰一人死の運命を受け入れたくはないから」
「…………」
返って来たのは予想してたのよりずっと重い言葉。そりゃそうだろう。たった今みんなが死んだって何も変わらない。それが当たり前の世界なんだから。だからこそ運命に抗う為に前を向いてるんだ。
なんか、分かり切ってる事の確証が欲しくて質問しただけな気がする。
アリサは横目でユウを見ると呟きながらも部屋を出て行った。
「これからどう生きるのかはあなたの自由よ。戦うも戦わないも、全部自分で決めなさい。ただ一つ言える事は、全ての選択を他人任せにするといつか滅びるから、それだけは注意してね」
アリサに告げられたこの世界での生き方。それを聞いて黙り込んだ。
でも、それよりも大きな物がユウに衝撃を与えていた。彼女が見せた瞳の中の深い霧。それを見た瞬間、この世界でも自分と変わらない人がいるんだて確信した。
どう生きるかを自分自身で選択する。それは今のユウには難しい事だ。
だからこそ深く考える。
この先、どうやって生きていけばいいのかと。