047 『機械生命体の村』
頭が回らなかった。というより、頭が目の前の光景を理解しようともしてくれなかった。だからこそ何を見ているのかと疑問に思う。
機械生命体が、白旗? 降伏を意味しているのか? 何故?
そんな疑問は情報を処理しようとしている脳に送られ、更に現状の理解の解析が遅れる事となる。
目の前に見えたのは大きなツリーハウスと、その下に建てられた家々。そこには機械生命体が立ち尽くしていて、白旗を必死になって振っている。建物の中には様々な家具が置かれ、見た目だけなら古ぼけた家の様な光景が作り出されていた。
これじゃあまるで機械生命体がここに住んでいる様な――――。
「っ……」
直後に脳裏であの光景が蘇る。奴らと同じ姿の機械生命体が試験小隊のみんなを殺した事を。食い尽くし、弄び、切り裂き、粉々にした、あの光景を。
頭痛にも等しい感覚と共に蘇った記憶に額を押さえて少しだけ後ずさりをした。その行動にテスは体を押さえて心配してくれる。でも、ユウはそれに構っていられる様な余裕なんて微塵もなくて。
「ユウ、大丈夫か? ユウ!?」
「っ……!」
奥歯を噛みしめて湧き上がる感情に耐え続ける。
――殺意。奴らを根絶やしにしたい。粉々に破壊し尽くしたい。配線を一本一本引き抜いて、地獄の様な苦しみを与えてぶっ殺したい。そんな果てしない殺意が湧き上がった。
だって、奴らが人類に与えた苦しみや辛さはそんな程度じゃ片付けられない程の絶望なのだから。
だからこそテスを押しのけて銃を構えると言う。
「テス、どいてくれ。――殺す」
慈悲なんてない。情けなんて掛ける気も無い。奴らはヘリアンやファニル、グレア、シノリの四人を殺したんだ。それだけで機械生命体を皆殺しにする理由には十分だ。
でも、テスは咄嗟に銃口を下げると足元に銃弾を発射させた。
「ちょっ、待て!」
「何するんだよ!」
すると銃声を聞いて機械生命体達は怯えた様子でそれぞれの家に隠れ始める。ならじわじわと追い詰めて殺して行けばいいだけ。そう考える。
けれどテスがそれをする事を許さず、全力で銃口を機械生命体から逸らした。
「少なくともあいつらに戦う気はない! それなのに撃つなんて――――」
「は? ……あいつらは人類の敵なんだぞ。何人も何十人も何百人も何千人も! 全てあいつらが殺して殺して!!!」
今だけはテスの考えが理解出来なかった。だって機械生命体は人類の敵で、何億人も殺して、人類をこんな小さな街にまで追い詰め、尚もまだ殺そうと牙を剥いている。それだけで奴らを殺す理由には十分なのに、それでもテスはユウの好き勝手にはさせてくれなかった。
だから強引にでも奴らを殺そうと左拳を握りしめる。
でも、その瞬間に機械質の声を聞いてそっちに振り向く。
「お待ちください!」
「っ!?」
機械生命体の声。そう判断して振り向くとこっちに向かって走って来る個体がいて、ユウとテスはその個体を見つめた。
やがてその機械生命体は両手を横に広げて庇うようなポーズを取ると言う。
「我々に戦う気はありません。どうか、見逃してはいただけないでしょうか」
「は――――?」
何を言ってるんだろうか。コレは。
殺しておいて、奪っておいて、見逃して欲しい? 戦う気はない? そんな程度の言い訳で逃れられるのなら人類は今頃こんなにも追い詰められてはいない。全て奴らがいたからこそこうなったんだ。それなのに見逃して欲しいだなんて反吐が出る。
「私達は平和を好む機械生命体です。人類と戦う気も、争う気も、奪う気もないのです。ですからどうか――――」
「遺言はそれだけで十分か」
何と言おうと殺す気は変わらない。だって奴らは別の個体であっても仲間を食い殺したのには変わりないのだ。だから、殺そうとした。
しかし目の前の個体は潔くその運命を受け入れて。
「……分かりました。これで貴方の気が優れるのなら、どうぞ。ですが仲間には、他の個体には――――」
容赦なく引き金を引いた。故に銃声が鳴り響く。
でも放った銃弾が目の前の個体に当たる事はなく、割り込んだテスは弾丸を自らの腹で受け止めた。貫通した弾は威力が弱くなったおかげで装甲を少し削るだけで済む。
「……何で。何で邪魔した、テス!!!」
銃弾を脇腹で受け止めたテスはそこに立ちつくし、ユウの銃口を掴んでは無理やり移動させる。それも自らの脳天に。引き金を引けば死ぬ状態に持って行ったテスはユウを惑わせると真剣な眼差しで言った。今までにない以上の瞳で。
「お前の気持ちは分かるよ。こいつらを殺して、破壊して、根絶やしにしてやりたい気持ち」
「ならどうして……!」
「こいつらは違うって分からないのか。確かに同じ姿で同じ種類の機械生命体だ。でも、中身は確実に違う。姿が一緒だからって責め立てるのは違うんじゃないのか」
「っ……!」
テスの言いう通りだ。今のユウは目の前の機械生命体達を、試験小隊を壊滅させた奴らに見立てて殺意を晴らそうとしているだけ。敵対するつもりのないアレらにとっては完全なるとばっちりだ。ただ行き場のない殺意を晴らしたいからという理由だけでアレらを――――。
「じゃあ、じゃあこの怒りはどこに向ければいいんだ! こいつらは、仲間を……!」
次第とユウの声はフェードアウトしていく。それに沿って銃を持つ力も薄れて腕から力を抜いた。だからテスは一安心して安堵のため息をつく。
分かってる。ユウの選択が間違っている事くらい。でもこの怒りにはどこにも行き場がなくて、だからこそユウは戸惑い始めた。晴らしたくても晴らせない行き場のない怒り。どこに仕舞っておけばいいというのか。
そう思っていると目の前の個体が呟いた。
「……本当に、申し訳ありません。私達と同類の機械生命体が貴方達を苦しめてしまって」
「え?」
「貴方達が私達にどれだけの憎悪を向けているかは理解しているつもりです。ですから、“壊す”という判断に至っても仕方ありません。許されるはずがないのは知っていますが、言わせてください。――すいません」
「…………」
どうして機械生命体がそんな事を。その疑問は尽きなかった。けれど本当に心から謝罪している事は伝わるし、戦う気がないのも分かっている。だから血が出るくらいに下唇を噛みながらも今は怒りを別の方向に向ける。
殺意はまだ消えていない。奴らを殺したい気持ちは残っているし、脳天に銃弾をぶち込みたかった。……だからこそ我慢する。
「害はない、と見ていいんだよな」
「構いません」
「……ごめん。別の奴の恨みをお前達で晴らそうとしてた」
「仕方のない事です。人類が私達にどんな想いをしているか、理解してますから」
ユウは軽く頭を下げて謝るとソレは今さっきの事を許してくれる。普通なら許さず咎めてもおかしくない状況なのに、ユウの殺意を受け入れつつも肯定した。故にここにいる機械生命体は他とは違うんだって判断する。
と、謝るのはいいもののもう一人にも謝らなければいけなくて。
「それに、テス、ごめん。制止も聞かなくて」
「分かればいい。こんくらいの傷ならもう慣れっこだしな」
「こちらに医療箱があります。そこで止血しましょう」
すると目の前の個体はユウとテスを奥まで案内した。普通あんな光景を見ればユウの事を恐れて出て来ない事が普通なのに、他の機械生命体は隠れるどころか白旗を振りながらもこっちに向って壊さなかった事に頭を下げる。
だからそれらについて説明を求めた。
「……ここは何なんだ。どうして機械生命体が、こんなところで?」
「ここは平和を好む機械生命体が集う村です。ここにいる者は皆、争う事が嫌いなのです。ここに住まわせてもらう代わりに、生産物やデータを渡しているんですよ」
「ちなみにそれを許可したのって……」
「リベレーターです」
「っ!?」
けれど、その受け答えを聞いて驚愕した。
機械生命体が戦いを望まなかったり人類を攻撃しない事にも十分驚く。でも、何よりもリベレーター……つまりベルファークがこれを黙認している事に驚愕する。だってリベレーターにとって機械生命体は敵であるはずなのに、ベルファークが黙認しているのだから。
逆に言えばそれ程なまでにここにいる機械生命体が友好的である証拠にもなるのだけど、それでもありえないという言葉が脳裏を過った。
だからあまりよくない考えが浮かんでしまう。
顔を左右に振ってそんな考えを消し去りつつも更に問いかけた。
「村にいるのはこれで全部なのか?」
「はい。総勢二十二体。これがこの村に住む機械生命体の数です」
「……前に出会った機械生命体達はもっと片言口調だった。なのにどうして、お前はそんな流暢に喋れるんだ?」
するとテスの質問に黙り込む。何か話せない事情でもあるのか、ただ単に話す事が難しいだけなのか。そう思っているとう~んと唸っては考え込む。
やがて自信がなさそうに言う。
「意識が……自我があるからです」
「え?」
「通常、機械生命体と言うのは自我を持ちません。でも中には例外で自我を持つ個体もいるんですよ。私達のような個体や、自我を持つからこそ好戦的になる個体、そして同じ様にグループを作る個体。確かに私達は機械で作られてますが、“自分”という自我は持っているんです。だから私は自分をこう名乗ります。プレミア、と」
「自我ねぇ……」
テスはそう呟きながらも考える。
機械生命体とはAIみたいなものだ。全てが機械で作られていて、思考回路や中枢も全て配線とコードで繋がっている。だからコレ――――プレミアが自我を持つのならAIが自我を持つのと同じ原理になる。だからこそその説明は信じ難い。
プレミアは二人を大きな木の後ろまで誘導すると言った。
「ここに医療箱があります。こちらを使いください」
「ありがとう」
すると古ぼけてはいるものの、確かに医療箱が置いてあった。だからそれを開いて必要な道具を取り出すとテスの服をめくって止血作業を始める。
けれどその最中にプレミアへ問いかけた。それも、もしかしたら真実に到達し得るかもしれない質問を。
「……プレミアは機械生命体だよな」
「はい」
「なら知ってるんじゃないのか。――機械生命体の全てを」




