044 『やり過ぎな新人』
翌日。
あれから何もなく時間は進み、いつも通りに過ごしては街に朝日が照らされていた。そして今回も特にする事はないと言われたユウは外に出て、既に生活習慣となった子供達の相手をしていた。何と言うか、もう彼らは生活の一部になってきている気がする。みんなからしてもそうなのだけど。
「ほい、チェックメイト」
「ちくしょー! また負けた!」
今は子供達とチェスをしながらみんなとゲームを楽しんでいる。前の世界でもチェスは嗜む程度にやっていたから余裕だけど、まさかこの世界にもチェスがあるとは思わなかった。銃とか向こうの食べ物があるのだから今更驚くべき事じゃないのだけど。
今一度この世界の仕組みがよく分からなくなってくる。だって絶望は単純構造なクセに文化だけは複雑なのだから。
海外の文化だけじゃない。中には日本の文化も交じっている様だった。刀や和食があるのは許容するとして将棋などがあると知ったときは凄く驚いたものだ。
その他にラーメンとかも普通にあるし、それらは既に一般的な物になっている。なんだかここまで来るともう何が何だか分からない。
「さ、次は誰が相手になるかな?」
「じゃあ私行きます!」
するとこの前出会ったばかりの黒髪の少女が自ら先陣を切って向かいの椅子に座った。そして駒を握るとやる気満々の表情でこっちを見て来る。
だからユウも意気揚々と相手になった。
……のだけど、突如響いた悲鳴でゲームは中断される事になる。
「っ! ごめん、ゲームは後で!」
そう言って歩道に出ると近くで強盗があったらしく、荷台に大きな荷物を乗せながらも暴走して走って来る車が見えた。そこから零れていたのは紙幣。何らかの方法でATMの中身でもぶち抜いたのだろう。昼にやるだなんて余程度胸のある連中だ。
ユウはすぐに道路へ飛び出すと奴らの前に立ち塞がり、急いで特殊武装を起動させた。
「全力でぶつければ何とかなるか……」
呟きながら武装にエンジンを掛ける。するとジェットエンジンめいた甲高い音が響き始め、火が噴射する所からは蒼い炎が放たれていく。
ひき殺す気なのか、トラックは更に速度を上げると正面衝突する気満々で突っ込んで来る。だから手を前に翳すと二つの武装は高速で発射された。直後にエンジン部分に直撃すると車はペシャンコになり大きく吹き飛ばされながらも回転し、エアバッグが起動した事を確認しながらも豪快な音を立てて道路に墜落した。
普通ならこんな事をすればエンジン爆破待ったなしなのだけど、この世界の車はほぼ全てがバッテリーで動いてるからショートするくらいで済むのだ。近代技術様様である。
やがてぺしゃんこになった車にレジスタンスが駆け寄ると中に乗っている人達を即行で逮捕する。その手際の良さに犯人たちも諦めた様子。
「クソッ! まさかこんなバケモンがいたなんて……!」
「俺を化け物だって思える様ならまだマシだよ」
そう言いつつも走って来る店主と思わしき人を見た。息を切らしながらもユウの前で立ち止まると両手を握ってぶんぶんと振り回す。同時に感謝の言葉を何度も述べながら。
本来ならここで後始末はレジスタンスに任せるのが主流なのだけど、ユウは振り向いて睨んで来る彼らを見ながらも問いかけた。
「あの、一体何が?」
「急に銃を突き付けて来たと思ったらATMをこじ開けて、中身を袋に……」
「なるほど。しっかし昼間にやるとは中々根性あるこって」
周囲は静寂に包まれていた。きっとみんな衝撃音や車がペシャンコになった光景に驚いうているのだろう。まぁ、普通車がペシャンコになる光景なんてめったに見る物じゃないから仕方ないけど。
すると子供達はユウの活躍を見届けて自分の事の様に喜んだ。そして一気に群がっては嬉しそうに飛び跳ねている。彼らにとって憧れでもあるユウの活躍は途轍もなく嬉しい物なのだろう。表情や瞳からはそんなような物が万遍なく伝わって来る。
それは黒髪の少女も同じだった。群がる中には入ってないものの、少女は離れた場所でこっちを見つめていた。それも瞳に多くの光を灯らせながら。物静かな彼女だけど、凄く明るい表情をするものだから、それ程憧れの的になってるんだって実感する。
やがて彼女に微笑むと少しだけ赤面した。
「えっと、この後は三人共連れてかれるんだっけ?」
「そうなります。後は我々にお任せ下さい。お疲れさまでした!」
「あ、ああ……」
――武装を前に飛ばしただけなんだけどな……。
脳裏でそう呟きながらも軽く敬礼する。しかし事件を解決した事だけには変わりない。だからレジスタンスの人達も、自分だけじゃどうにもならなかった事を解決してくれたユウに感謝の意を述べる。
周囲の人達も少しだけ間を開けてから拍手を向けてくれた。この中で暴走した車を止められたのはユウだけだったから。例えユウにとっては簡単な事でも、みんなにとっては難しい事を容易にこなした。きっとそれだけで称えられる対象になるのは十分なんだ。
……どうしてだろう。こうしていると自然と目から温かい物が沸き出て来る。だからそれを隠す為に一度だけ目元を拭うと気持ちを入れ替えて周囲を見た。
小さな事件を解決しただけだ。それなのにここまで称えられる様な物なのだろうか。いや、そう言う物なのだろう。彼らにとってリベレーターはこの街を守る為に奔走してくれてる組織という認識なはずだ。だからこそこんなにも喜んでいるのだろう。
「兄ちゃん、どうしたの?」
「何でもない。ただ、少し日が強くてさ」
下手な言い訳をしつつも少しだけ目元を覆う。涙を見せたくなかったから。
こんなにも褒められたのは初めてだった。自分の行った事を誰かに褒められたのは、文字通り、生まれて初めてで―――――。
――――――――――
「やり過ぎです」
「ハイ」
とまぁ、それとこれとは話が別で、イシェスタが駆けつけてからユウは正座を強要され怒られていた。ちなみに資料を丸めて作られた紙の棒を手で軽く叩きながら叱られている。
イシェスタは周囲の状況を今一度見ると少しだけため息をついてから言った。
「やりたい事は理解出来ます。あの時に止められなければ逃げられていたかもしれませんからね。でも、それは別の方法でも出来たはずですよ」
「ハイ……」
彼女の言う通りだ。別にあそこで強引に止めなくたって、ユウの武装なら車を追いかけながらタイヤを撃ってパンクさせる、等の手段はいくらでもあった。つまりユウは安全な解決策がありながらも危ない解決方法を選んだという事になる。
確かに事件は解決させた。それだけでも褒められる事になる。でも市民を守る立場にいる以上、戦闘の最中で人々に危害を加える事は許されない。今回は一歩でも間違えていれば車の落下地点に人がいたかもしれないのだ。その点も踏まえてイシェスタに叱らる。
避けられない結果ならいざしらず、今回に限っては避けられたのだから仕方ない。
「ユウさんは少しやり過ぎる傾向にあるみたいなので、次こういう事が起ったらか・な・ら・ず注意してくださいね!」
「ごもっともです……」
「全く。前も言いましたけど叱るのは私の係りじゃないんですからね!」
「ハイ」
今思い返してみればイシェスタの言う通りな気がする。ショッピングモールの時も一斉起爆を行って最上階フロアを滅茶苦茶にしたし、アルテと戦った時は最終的に廃ビルを倒壊させるまで戦闘し、ギャング達の抗争ではアスファルトをこれでもかってくらい破壊して、今回は車を一台とアスファルトを破損させた。
言わなくてもどれだけ問題児なのかが見て取れる。
「後始末はレジスタンスがやるんです。それに壊れた道路や街灯の修復も専門の人達が治すんですから、身勝手に暴れすぎない様にしてくださいね」
普通ならこういうのってまず最初に褒められる物だけど、イシェスタの場合は違うらしい。ずっと叱り続けては資料を丸めた棒で何度か叩いて来る。
しかし彼女の言う事は全て正しい。ユウが暴れた跡はとてもじゃないけどいつも通りに仕える形状にはなってないし、それを修復する為に人員や経費も掛かる。良い事だと思ってやったとしても、その中には悪い事が含まれているのも忘れちゃいけない、と思い知らされた。
そうしているとイシェスタは視線に気づいて振り返り、こっちを見つめる子供達を見た。でも子供が集団でユウだけを見つめているだなんて普通じゃない。だからユウに問いかけた。
「……えっと、あの子達は?」
「いつも相手になってる子供達だ。みんな純粋で、俺の話を喜んで聞いてくれる。凄くいい子達だよ」
「…………」
するとイシェスタはその子供達を見つめる。凄く心配そうな視線で見つめて来るから流石に応えたのか、怒る気も無くなったようで一息つくと一言だけ言い残してこの場を離れた。
「これからも注意してくださいね。子供達にカッコ悪い格好ばかりは見せられないでしょう?」
「ああ。了解」
そんな風にして離れると子供達は一気に駆けよって来て、イシェスタに何を言われていたのか、今がどうなっているのかを問いかけられる。やっぱりみんなリベレーターの事は何でも気になるんだ。
だからその問いに答えつつも横目でイシェスタの方を見た。
子供達とは違う種類の心配そうな視線でこっちを見ながら、未だ何か伝えたい事がありそうな目で。
彼女の眼は本物だ。本当にユウの事を心配し、不安に思ってくれている。それをイシェスタの表情や視線から全てを読み取った。
ただユウは妙な違和感に引っ掛かる。
心配してくれてるのは分かっているのだけど、その背中には寂しげな物を感じた。どうしてかは分からない。ただ、一度同じことを経験した様な背中で――――。
それから先はイシェスタが隠れてしまい、分からなかった。




