043 『協力関係?』
「百を超えるって、そんな!? いつの間に!?」
「正規軍の隠蔽技術はあの《影の情報屋》にも匹敵するんだ。この街の警備を欺く事くらい簡単って訳だ」
クロストルにそう解説されながらも脳裏で思いだす。ショッピングモールでの戦闘時、確か爆弾魔の女性が似たような事を言っていなかったっけ、と。
彼女はこういっていた。「私達のハイドスキルが高いから」って。つまりここに潜り込んでいる百人以上もの正規軍は全員その技術を持ってるという事になるのだろう。
となると本当にマズい事になる。昨日の囮作戦では街に何の異常もなかったけど、あれがもし複数人の正規軍が街に入る為の布石なのだとしたら、その全員が同じ様な技術を……。リコリスも同じ事を考えてどれだけ危険な状況なのかを察した。
「なるほどね。つまり、先の囮作戦でもっと入り込んだ可能性があると」
「ああ。新しく入った数は当然不明。元からいる人数も不明。ただ俺が数えた中で百人以上はいたって話だ」
クロストルも色々と苦労しているのだろう。まだ正確な数は分からないとはいえ百人以上もの正規軍を確認するのには骨が折れたはずだ。だって正規軍はラディにも劣らない技術を持っているのだから。
……ラディにも、劣らない?
直後に違和感の正体に気づいてユウは問いかけた。
「クロストル。一つだけ聞きたい事があるんだ」
「ああ。何だ?」
「どうやってその情報を手に入れた。《影の情報屋》と同等の逃走術を持つ正規軍から、どうやって百人以上もいるって分かったんだ」
言い方は少し悪いけど、彼は表面上で活躍する情報屋でしかない。姿はよく確認されるもののその正体は誰も掴めないだけで。
しかし尾行のプロという訳でもないはずだ。せめてラディの様に神出鬼没なら理解出来なくもないけど、彼女でも数を把握する事は不可能だった。それなのにクロストルはどうやってその数を確認したと言うのか。
するとリコリスも同じ疑問に気づいてクロストルを見た。だって複数あるうちの可能性の中には“元正規軍”という可能性も含まれているのだから。
それなら情報を聞き出さなきゃいけない。街を守る為にも、逃げる様なら拘束するのも躊躇っちゃいけないのだ。だからいつでも捕まえられる様に準備を整える。
三人の周囲には少しだけ静寂が立ち込めて重苦しい空気へ変貌させた。昨日理解したばっかりの事だけど、この街には優しく見えても敵対する可能性がある人間が少なからずいる。となれば警戒するのは当然な訳で、クロストルは二人から疑惑の視線を向けられた。
直後に両手を上げて降参のポーズを取るとハッキリと言ってくれる。
「誤解を与えてしまったのなら謝る。俺はこの街で生まれ育った、ただの元不良だよ」
「元不良、ねぇ」
リコリスが嘘だと見極めない限り本当なんだろう。今一度思う頃だけど、こういう心理戦には真偽の魔眼が役立つのだからリコリスが少しだけ羨ましい。
そして一先ず敵対してない事だけを伝えるとその手法を離し始めた。
「方法はもう手当たり次第にって感じだ。様々な監視カメラをハッキングして、足跡を全て記録して、危険な所に赴いて調査する。七年それを続けてようやく百人前後だ」
「七年って、何でそこまで……」
そこまで言った瞬間にリコリスに肘でつつかれ、同時に今までの会話を思い出す。要するにクロストルもそうなんだ。この世界の当たり前に囚われた内の一人に過ぎないんだ。
という事は正規軍を探していたのは肉親を殺された恨み……って事でいいのだろうか。その為に奴らを追い情報を集める為に情報屋になったと。基本的に情報屋とは情報を売る物だけど、逆に言えばその人は膨大な情報を持っている。もしそれが誰かの為じゃなく自分の為に集めた物だとしたら――――。
ならどうしてユウの情報が必要なのかって事になるけど、恐らくユウの情報が金になりやすいからだろう。この先強くなりたい人やユウの事について知りたい人にその情報を渡してお金を稼ぐはず。要するにユウは生活費を稼ぐ為の道具にされたって訳だ。
やがて咳払いをするとリコリスは質問を変えた。
「ならどこで見つけたのかって情報はない? それがあるとないとじゃ対応の仕方も変わって来る」
「いいよ。これに関しては俺も隠す気はないから」
するとクロストルは荷物の中からタブレットを取り出して少しだけ操作すると今までの痕跡を見せてくれた。ラディの様に街全体のマップにピンが刺されていて、ついでにその日付も書かれている。やっぱり探す事は困難な様で、一番古いピンでもそこに書かれていた時刻は一年前の物だった。
七年も探して姿が見えたのは一年前。逆によくそこまで根気よく探した物だ。
それ以外にも手掛かりは青のピンで分かり易い様になっている。そこをクリックすると手掛かりと思わしき痕跡や、戦闘した跡などの写真が表示される。
総数は約百七十といった所だろうか。
「こんなに……。これを、全部一人で?」
「ああ。全て俺が集めた情報だ。と言っても、一般人が手伝ってくれたのもあるが」
膨大な情報にリコリスも驚愕する。やっぱり街を守る事で忙しいリベレーターと、暇な時間が多い情報屋じゃ大きな違いがあるのだろう。
リコリスはタブレットを見るとその他の情報を解析し始める。
しかし彼は予想外の事を言って。
「その情報は全てあげるよ」
「えっ、何で!?」
「さっき言ったろ。隠す気はないって」
意外と協力的な事に驚いているとクロストルは微笑んだ。どうやら彼はラディとは違って協調性があるのだろう。その事に少し安心しながらもやっぱり疑いつつも問いかけた。
ユウにとっては最後の質問を。
「……なぁ、クロストル。あんたは中立なのか? 味方なのか?」
「―――――」
しかし問いかけた瞬間から彼は黙り込む。やっぱりラディと同じ様に中立であるのか、味方になってくれるのか、ユウは彼の事を睨みながらもその答えを待った。リコリスも同じ様に静かに息をのみながらクロストルを見つめる。
やがて少しの間を開けると彼は言った。それも危うい言葉で。
「難しい言葉だな。中立か味方か。それは、今の俺には判断しかねない」
「それって――――」
「ハッキリ言おう。俺は街を守る程の余裕はない。だから手を貸す事は出来ない。でも、君達に力を貸す事なら出来る。中立の味方よりってヤツだな」
「わざわざ回りくどい言い方しなくても……」
ラディの時みたいな感覚を抱きつつもそう言う。とりあえず協力的であってくれるのならそれでいい。そう言い聞かせて納得した。
リコリスも一先ず敵ではない事を確認してホッとする。情報屋を敵に回す事ほど嫌な物はないのだろう。実際に戦いになれば情報は二の次に大切な物になるはずだし。
しかし中立であることには変わりない。だって、彼もまた他人に構う余裕がない人の一人なのだから。
「だが俺は君達に情報を渡すだけだ。手を貸す訳じゃない。俺にも守りたい人がいる。その人を守るだけで精一杯だからな」
「……分かってる。力を貸してくれるだけでもありがたいよ。本当に、ありがとう」
「いいって事さ」
とりあえずこれでこの先も彼を頼れるって事が少なからず確定出来たって訳だ。いやまぁ、リベレーターとして正式に依頼を出せばいつでも頼れる訳なのだけど、そうしていると手続きとかがあるから少し厄介だとか何とか。
付け焼刃の約束でも情報をくれた事だけは感謝しなきゃいけない。だから頭を下げようとしたのだけど、クロストルはそれを静止させるとある物を差し出した。
「そうだ。これを上げるよ。困ったときはいつでもここに連絡してくれ」
「これ、クロストルの?」
「ああ」
渡されたのは彼の電話番号とアドレス。ここまで積極的だと逆に違和感を覚えてしまいそうになるけど、今はこれでいいと言い聞かせる。
最初は情報屋なんてみんなラディの様な人達だと思っていた。だって誰か一人に付くなんてことはしないはずだし、もしやるとしたならそこまで信頼する人達じゃないと絶対にしないはずだ。
リコリスは早速スマホに連絡先を登録すると今度はこっちの連絡先を紙に書き、ユウの分も書いてはクロストルに差し出した。
「これが私達の電話番号とアドレス。右が私で左がユウのね」
「OK、登録しておくよ」
そうして彼も同じ様にリコリスとユウの連絡先を登録する。一応念の為にたった今から電話をかけると彼のスマホが鳴り、この連絡先が本当なんだって確認が取れる。こんな事しなくたってリコリスの真偽の魔眼でどうにかなるとは思うけど。
ある程度話が終わると彼は立ち上がって言った。
「じゃあ、今日はこの辺にしようか。あまり長居していると他の人達に見つかるかも知れないからな」
「え、でも変装してるんなら大丈夫なんじゃないのか?」
「いくら変装と言っても毎回別人になれる訳じゃない。バリエーションがあるんだ」
「なるほど」
自分が頼んだ飲み物の代金を置くと彼は荷物を持って歩き始めた。ユウとリコリスはとにかく話が終わった事にホッとして一息つく。もしかしたら今までの会話でもある程度情報を引き抜かれているのかもしれない。情報の等価交換とは言え、あそこまで話したのならそれ相応の情報を抜き取られたと思ってもいいだろう。
と言っても二人は無意識に抜かれたのだから気づかれる訳がないけど。
しかしリコリスはある事に気づいた様で、ハッと顔を上げるとポケットや荷物を確認し始めた。だから何をしてるのかと問いかけるのだけど、その言葉は予想外の物であって。
「どうしたんだ?」
「あいや、噂で《光の情報屋》はたまに相手の荷物とかポケットに何かを入れて帰るってあったからもしかして……あった!」
するとポケットからある物を取り出す。そこにあったのは折りたたまれた小さな紙切れで、開いては何が書いてあるのかを覗きこんだ。
でも書いてあったのは短い文章と彼を模したイラスト。ユウにはその文章が読めなかったけど、ちょうどリコリスが翻訳してくれる。
「【情報は引き出させて貰ったぜ!】って……。なるほど、やられた訳か」
「まぁ逃れられないよな」
やっぱり、無意識に情報は抜き取られていたんだ。まぁ素人と玄人なのだから当然な気もするけど。何の情報かは分からないけどきっと些細な物だろう。性格とか口調とか、そんな物のはずだ。
とりあえず話が終わった事に安心すると二人も帰るべく立ち上がった。
……意外と大事な情報を抜き取られた事にも気づかないまま。




