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Lost Re;collection  作者: 大根沢庵
Chapter2 始まりの刻限
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040  『難しそうな現実』

「あ、イシェスタ」


「ユウさん!」


 気が付けばもう夕方。

 ラディと別れた後、ユウは十七小隊の本部へ戻るべく道を歩いていた。しかしその人混みの中で同じ様に歩いていたイシェスタを発見し、名前を呼んでは走り寄った。

 流石にあの状態での言い訳は雑過ぎたのだろう。ユウを見た瞬間に彼女は安心しては胸の前に手を持って行った。


「ごめん、遅くなった。ちょっと用事が長引いちゃってさ、心配かけた様なら――――ぐべぇすッ!」


 しかし直後にイシェスタの拳骨が脳天に直撃しては言葉が遮られる。並大抵の威力じゃない事に怯んで膝を付くと、真剣な瞳で見下ろされてどんな状況なのかをようやく理解する。

 怒っているのだ。いつも優しい笑顔を向けてくれるイシェスタが。

 やがてユウの手首を掴むと彼女は乱暴に本部の方まで引き摺って行く。


 名前を呼んだって一言も答えない。ただ怒っているオーラを醸し出しながらも乱暴にユウを本部まで連行した。そしてガレージまで辿り着くと壁に投げつけては壁ドンされた。それもパンッっていう効果音じゃなくでゴンッっていう効果音で。

 次に瞳に鋭い光を宿らせると思いっきり睨み付けた。だからその変貌様に驚愕して目を皿にする。


「ユウさん。私が何を言いたいのか、わかりますよね」


「…………」


 予想はしてた。これはきっと悪い選択肢なんだって事を。

 イシェスタから伝わって来る怒りは本物だ。決して軽い物なんかじゃない。心の底から本気で怒り、そして心配してくれている。だから微かでも視線を逸らした。

 するとイシェスタは続けて言う。


「今回の単独行動。結果的には何もなかったからいいものの、激しく叱られて当然の行動です。戦場の中で単独行動をすればどうなるかなんて、筆記課題で分かってるでしょう?」


「……ああ。分かってる」


「じゃあこれからどれだけ叱られるかも分かりますね」


「ああ」


 殴られたって当然の結果だ。それ程なまでにユウの行った行動はタブー中のタブーだった。どこから敵が出て来るかも分からない中で味方がいないという事は、すなわり格好の的という事なのだから。

 いくらエセスラムで単独でも倒せる敵しか出ないとは言え、単独行動をしたという事実は揺るがない。こういう行いが後々の作戦にも響いて行くのだろうし、ユウはその叱りを受け入れた。


 のだけど、いつまでたっても怒号が飛んで来る事はなかった。だからイシェスタを見て顔色を確かめる。

 すると深くため息をつく彼女がいて、そこには怒りのオーラ等の物は既に消失していた。

 次に距離を離すと諦めたように言う。


「……それが分かっていればいいです」


「え? 怒んないの?」


「怒るのは私の役目ではないですからね。そもそも叱り方なんて分かりませんし。後で執務室に行って、リコリスさんに嫌と言う程叱られてください」


「そうするよ」


 するとイシェスタはユウの反応を見て一息ついた。今回が行き過ぎただけでユウも基本的には協調性を持つつもりでいるし、今回で嫌と言う程叱られるからこそ次はもうしないだろう。その事を反応だけで見抜いたのか。

 そうしているとイシェスタは本部の通路へ移動し、ユウもその後を付いて行った。


 ……でも悪い事だけじゃない。収穫は確かにあった。

 《影の情報屋》とのコンタクト。それだけでもいくらか希望を持てるのは大きな変化じゃないだろうか。と言っても、次会えるのはいつになるかも分からないし彼女の気分次第だから仕方のない事だけど。

 やがて前を歩くイシェスタに質問すると彼女は普通に応えてくれた。


「そう言えば倒した人達はどうなったんだ?」


「親玉格の訴えもあり普通の施設に送られました。あれで苦労ない生活が送れると思いますよ。まぁ、連帯責任は免れませんけど」


「…………」


 今考えてみれば捕まえないのも一つの手だったのかもしれない。いくら彼らが何もしてなくたって、その中の過激派が起こした事はグループとして確認されている。ソレの尻拭いをさせられるのはきっと苦しい事だろう。なら、何もしないのを分かっているのなら、施設よりも悪い環境でもそっとしておくべきだったのではないだろうか。

 そう考える。


 ――全ての人が他人に構う程余裕を持ってる訳じゃない。


 ――そう言う事だったのか。


 彼らもその一人なんだろう。自分達で今日を生きる事が精一杯で、他人を襲う余裕なんて微塵もない。だからああして集団で生きていたんだ。

 今一度自分がどれだけ恵まれている環境下にいるのかを認識する。

 きっと彼らにとってみれば憎いだろう。自分達の事を何も知らないままボコボコにされるのだから。


「これでいいんです。彼らの為にも、あの戦いは必要だった」


「……そうだな」


 すると心境を察してくれたイシェスタがそう言う。だからその言葉に甘えて頷いた。きっとこの選択は割る事ばかりじゃないから。

 と言ってもその後の選択はやっぱり悪い事なのは変わりない。

 執務室の前まで到達するとイシェスタは背中を押して無言のまま廊下の奥へ歩いて行ってしまった。一人だけで叱られろって事なのだろう。

 だから覚悟を決めて執務室の扉を開けるとリコリスは真紅の瞳でこっちを見てはユウが帰って来た瞬間に白銀の髪を乱して走り寄った。


「ユウ! 大丈夫だったんだ!!」


「ああ。何とかな」


 やっぱり最初は心配から来るのだろう。リコリスの瞳は心配の色に満ちていた。

 身体の至る所に触っては傷がないかを確かめ、次に何もない事を確認するとやっぱり次第と怒りの色を沸き立たせ始める。分かってはいたけど、これは避けられそうにないか……。

 そう察してユウは黙り込んだ。

 まぁ、それから後はリコリスから激しく叱られたのは言うまでもない事である。



 ――――――――――



 それからという物、単独行動を取った罰は二時間にも及んだ。と言ってもただ事務作業を六割がた手伝わされただけだけど。

 しかしリコリスが心配したのは本当の様で、何度もユウに向かっては単独行動をしないようにと何十本も釘を刺された。しかしそれが終われば今度はユウのターンになる訳で、事務作業を終わらせるとこっちから話出す。


「……単独行動を取った理由さ、一応あるんだ」


「ふ~ん? 聞かせてよ」


「《影の情報屋》に出会った」


 するとリコリスは硬直して手元から羽ペンを落とす。そりゃ《影の情報屋》自体珍しい存在だし、会ったなんて事を言ったらそんな反応になるのは当然だ。

 真偽の魔眼を持ってるからこそ嘘じゃない事は見抜いてるはず。故にリコリスは真っ白になって硬直した。直後に立ち上がって驚愕する。


「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 その後は問いかけようとしてもまず何を話そうかと迷ったみたいで、もじもじと体を動かしては何から問いかけようと言葉を探し続けた。だから仕方なくユウの方から出会った経緯と話した結末を伝える。


「初めて会ったのは昨日。夜に【労いのバー】って所によったら居合わせた」


「そんな所にいたんだ……。ってかよくそのお店入ったね」


「疲れてたからな。労いって書いてあったからちょっと気になって。その下の字は読めなかったけど!」


 今思えばそこら辺も計算してバーで待ち伏せしていたのだろうか。ユウの事は色々あって気になると言っていたし、彼女なら本当にやりかねない。

 まぁとにもかくにも出会った事だけは確かな訳だ。それが偶然なのか必然なのかは定かではないけど。


「そこでスラムに正規軍がいるかも知れないって情報を貰ってさ。それが初めての情報交換だった」


「あ、なるほど。通りで帰って来てからリベレーターの動きが忙しかったわけだ。ちなみにそれって気に入られたって事なの?」


「そうみたい。相手からすれば俺の情報が気になるんだってさ」


 イシェスタから直接的な説明はされてないのだろうか。リコリスはようやく辻褄が合った事にポンと手を合わせた。しかし次に言った言葉には黙り込んで情報屋がいい事だらけではない事を知る。そりゃ、知らない間に真実を知られる可能性だってあるのだから当然の反応だ。

 細かい事は言わなかった。それから続けて説明を求めるからユウはその時の事を綴る。


「それで今日の任務中に《影の情報屋》を見付けたんだ。だから逃げられる前に追いかけた」


「で、話し合いをしてたから遅くなったと?」


「そーゆーこと」


「だったらそうと言ってくれればいいのに。……なんか、ゴメン」


「いや、これに関しては話すか迷ってた俺のせいだ。謝らなくてもいいよ」


 するとリコリスは軽く頭を下げるからそう言う。でも実際にユウが事情さえ話していれば怒られずに済んだだろう。それを話そうか迷っていたからこうして怒られている訳だけど。

 しかしまさかここまでの反応をされるとは思わなかった。驚愕される事自体は分かっていたが。


「って事はユウは《影の情報屋》にコンタクトを取って情報を聞いて来たんだ?」


「それなりに。資料も貰った」


 そうしてユウはスマホを取り出すとラディから譲り受けた情報を手渡した。リコリスはそれを見て少しばかり目を皿にする。その中には今回の正規軍の進行もある訳で、どういう結末だったかを知られていたと気づいたリコリスは呟いた。


「……隠しても無駄、って訳ね」


「何の成果も得られませんでした、だろ。何となく察してたよ」


「そりゃこんな情報があればねぇ。で、その人は協力してくれそう?」


 けれどその質問をされた瞬間に黙り込み、リコリスはその反応だけでどんな結果だったかを察した。というよりあんな事を言われれば何も出来なくても仕方ないじゃないか。だって、ユウは本当に、この世界の事を知らないのだから――――。


「駄目だったんだ」


「……ああ。俺達の都合に付き合う義理はないってさ」


「そりゃそうだ。その人からしたらはた迷惑でしかないからね」


 そう言った事でリコリスにもどれだけ緊迫しているかが伝わるはずだ。情報屋がどっちに対しても中立である以上、潜伏している正規軍に情報を売られればまずい事になると。

 これからみんなにも話すだろう。その時にどんな対策が立てられるかが肝になる。と言ってもまず最初に最高責任者であるベルファークに情報を流すと思うが。

 続けてユウは言った。


「でも、希望がない訳じゃない」


「え?」


「情報屋の“常連”になる。それが協力してくれる条件だそうだ。まぁ、それもゼロにも等しいって言われたけど」

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