003 『嘘つきの神様』
「えっと、名前はユウでいいかな」
「うん。それで大丈夫」
ようやくこの世界でまともに会話が出来る人と出会えた後、即座に互いの確認作業に入った。リコリスはユウを理解する為。そしてユウはこの世界の事を理解する為に。
すると彼女は早速本題に入る。
「ユウ、さっき女神様にこの世界へ転生して貰ったって言ってたよね」
「うん」
「その女神様ってこの世界の事を何て言ってた?」
「えっと、剣と魔法の世界だって……」
「なるほど」
嘘を付く理由もないので正直に答える。そもそもユウもあの女神様には何かと不可解と思う点が一番最初からあったし、ここでその正体が暴けるのならもってこいだ。
情報を提供するとリコリスは深く考えこんではユウに聞こえない程度の声量で呟き続ける。やがて顔を上げるとハッキリとユウに告げた。それも信じられない事を。
「ユウ。あなた、神様に騙されてるよ」
「え? それってどういう――――」
「言葉通りの意味。見て分かったと思うけど、この世界に剣と魔法なんてほとんど存在しない」
そう言われて絶句した。だって神様が騙すって、そんなのあり得る事なのか。こういうのは世界の平和を保つために勇者を召喚するのが鉄則。なのに人を騙して異世界に送り込むだなんて――――。それに彼女は未練を残した人を救済する為と言っていた。なのにあまりにも信じられない言葉に硬直し続ける。
その反応を見てリコリスも思うところがあったのだろう。硬直から復活するのを待つと立て続けにこの世界の事を説明してくれた。
「確かに剣と魔法の世界なら存在した。でもそれは数百……場合によっちゃ五百年も前の出来事になる。今となっては明確な時間すらも定かじゃないけどね」
「なっ、なんでそんな!?」
ユウは反射的にそう聞く。何があったら剣と魔法の世界からこんな終末の様な世界観にまでなると言うのか。それもさっきアリサが銃を持っていた事からかなりの文明レベルまで上がっている事は確実。見回してみればユウのいる部屋も秘密基地みたいな雰囲気を匂わせている。
するとリコリスはその理由を偽りなく話してくれた。
「――機械生命体が現れたからよ」
「機械……生命……?」
「最初にユウを襲ったロボット。あれが機械生命体。そこらにのさばっては感知した人間を殺しまわる事を目的として作られたの」
「そんな……!?」
もうここまで来たら異世界だなんて言ってる場合じゃない。こんなのおかしすぎる。剣と魔法の世界だと偽りながらこんな世界に放り込む理由なんてないはずなのに。というより、異世界と言うかもっと未来の世界に転生したって説明の方が納得できる気がする。
……いつまでも否定してたってキリがない。だからこそ現状を受け止めてこの世界の情報解析に専念した。
「何で機械生命体は作られたんだ? そもそも誰が……」
「誰かが作った、ならよかったんだけどね」
「それってどういう?」
「機械生命体は誰かが作った物じゃない。自然に発生した物なの」
「え――――」
その言葉に耳を疑った。だって機械と言うからには人の手で作らなきゃ作られないんじゃないのか。例え今は機械生命体が同じ機体を作っていたとしても、根源は誰かが作った事になるはず。そうじゃないと辻褄が合わない。なのにどうして。
その疑問もすぐに明かされる。
「記録によると機械生命体は突如この世界に現れて人々を殺して回った。それも剣と魔法の世界でね。発生理由も全て不明。奴らは何百年も経った今でも謎に包まれてるの」
「でもそれなら魔法とか剣とかで対抗すればいいんじゃ……」
「出来なかったの。機械生命体の装甲は途轍もなく硬い上に魔術を無効化するっていう、チートじみた性能があるからね」
「…………」
話の内容はとても濃いし驚愕する物ばかりだ。でも、何よりもリコリスが「チート」という言葉を使った事に驚愕する。
これは偏見かもしれないけど、異世界物って言うのは大体英単語が伝わってないのが殆どだ。この世界もソレに習っているのかと思いきや違うらしい。
やがて話が逸れている事に気づいたリコリスは咳払いをすると本題に戻す。
「……まぁ、それは後で説明するとして、今は神様の話」
「ああ、そうだったな」
ユウも神様の話から歴史の話になっている事に気づいて空気を入れ替える。そうだ、歴史の話は後でもいい。今は神様の事について理解しなきゃ。
「神様は一度死んだユウをこの世界に転生させたんだよね」
「ああ」
「ならユウを騙す意味は何だろう。騙す事で、何の得が……?」
自身でも深く考える。神様が嘘を付く理由やそれによって何を得るのか。
あの時に女神様は「向こうの世界と他の世界との境目を支配し死者を導く」と言ってた。なら転生させる事も出来るだろうけど、でも、世界を救ってほしい訳でもないみたいなのにどうして――――。
ふと気になる事が出来て質問する。
「一つ、いいかな」
「うん。なに?」
「この世界に神様の伝承ってあるのか? 何とかの神~みたいなのとか」
せめてそう言うのがあれば狙いが悟れたりすると思ったのだけど、リコリスは目を細めると顔を左右に振って現実を押し付けた。
それから顎に手を持っていくと喋り出す。
「残念ながらそう言うのはない。今の時代、神様を信仰する人なんてごくごく一部だからね。まぁ、剣と魔法の世界なら話は変わったんだろうけど」
「そうか……」
思い通りにはいかず肩を落とす。
何も分からないのなら仮説を立てて理解していくしかない。嘘を付く理由。それは――――。反射的にあの時に見せた表情を思い出す。
――まさか、な。
そんな思考から逃れる様に顔を左右に振る。けれど神様に騙された事だけは確かだ。ユウに剣と魔法の世界と言っておきながら誘導し、こんな世界に放り込んだのだから。
一つ目の理由はこんな世界を説明されれば誰も行きたくないからだろう。実際ユウだってこんな世界を説明されたら絶対に現代転生を望む。だからこそ神様は嘘を付いてまでユウをこの世界へ誘導した……。
「なんにせよ騙されたのは確かだ。ここからそうすれば……」
世界を救って欲しいのならそう言ってくれればいいまでだ。今の神様の印象はただ悪戯にユウを投げ込んだようにしか見えない。まるで池にアリを放り投げる子供みたいに。
目的も何もない上にまだどんな世界かも完全には把握できていない。それにユウの扱いがどうなるのかも分からないことだらけだ。そんな中で生きていくだなんて至難の業だろう。
だからだろうか。リコリスから提案して来たのは。
「ねぇ、ユウ。ざっくり言うのならユウは巻き込まれたって事でいいんだよね」
「え? ああ、そんな感じだと思うけど……」
いくら自分の意志で転生したとはいえ騙されたのだから巻き込まれたのと同意味だろう。リコリスは深く考えこむとやがて一つの結論を出す。
でもそれはユウ自身も驚く事であって。
「――元の世界に戻る事は出来ないだろうけど、もしかしたら平穏に過ごせるかも知れない」
「え?」
そう言われて顔を上げた。まさかその選択をしてくれるとは思わなかったから。
こういうのは大抵ユウの存在を疑って武力のある所に引き渡す、と言うのが常套手段。なのに彼女はまだ不確定な存在であるユウを心配してくれた。
「ここから離れた所に街があるの。もしかしたらそこでユウの身柄を引き取ってくれるかもしれない。まぁ、これも賭けなんだけど……」
リコリスの提案にユウも考え込む。
確かに彼女の言ってくれる事は凄く嬉しい。実際ユウにとっても安全な所にいたいし、出来ればあんな痛い思いはしたくない。だからこそ街に行きたいのだけど、またもや一つだけ気になる事が出来てしまって。
「リコリス。さっき言ってた【失われた言葉】って何なんだ?」
「読んで字の如く失われた言葉って意味。この時代じゃあまり知られてはいないけど、かつて存在したこの世界の真実を書き残した本の事だよ」
「本……?」
「まぁ、これはあまり気にしなくてもいい。私個人の話だから」
リコリスはそう言うと話を一蹴して咳き込んだ。
手段が他にない以上仮説を元に考えるしかない。だからこそユウは“神様は悪戯でこの世界に放り込んだ”という考えに辿り着く。
あの時に垣間見た微笑み。あれはまさに嘘つきと全く同じ――――。
「……信じたくないけど、俺が転生する時、神様が微笑んでるように見えたんだ。本当に信じたくないけど、あれは……嘘つきの眼だった」
「…………」
額を押さえてそう呟く。
これが夢であるならどれだけよかっただろうか。まぁ、例え夢であっても向こうの世界じゃ希望が一切ないのは変わらない事だけど。
神様に裏切られた。その事実はユウを蝕んで行く。だって、神様は慈悲深いひとだと思っていたのだから。
どうやって生きればいいのだろう。そんな言葉が脳裏をよぎる。例えリコリスの提案通り街で穏やかに過ごせていたとしてもそれで何が変わるだろうか。
やがてリコリスが質問してくる。
「人の善悪、分かるの?」
「眼を見れば分かる。それだけが特技なんだ。リコリスはいい人だよ。不確定な存在の俺に優しくしてくれて、一緒に考えてくれるんだから」
そう言ってこの世界で唯一の希望であるリコリスに目を向けた。まぁ、まだ世界を知らないだけで希望はどこにでも眠ってるかも知れないが。
するとリコリスは少しだけ目を逸らしては考えこんで言う。
「……仲間にユウの事を伝えて来る。しばらくここで待ってて」
「わかった」
そう伝えるなりドアを開けて部屋から出て行った。だからようやく自由の身になって周囲を見渡す。やっぱり予想通り、ここは中世と言うよりかは近未来的な世界観なんだ。中世じゃ絶対に無理な高精度な装飾物もあるし、何より確定的なのが銃や端末の存在。それだけがユウに真実を告げる。
神様に騙された。その真実を。
――何をしろってんだ。こんな世界で……。
脳裏で呟きながら天井を見る。真っ白な光を放つLED照明を。
意味なんてないんだろう。だって神様は悪戯でユウをこの世界に放り込んだのだから。故にいつ死のうと知った事ではないはずだ。
希望には何度も目を欺かれて来た。それなのについに神様にも欺かれる時が来るだなんて、一体誰が予想できただろう。
考える事は山ほどある。だからこそユウは独りで考え続けた。
この世界の事や、“カミサマ”の事を。