035 『ひと時の日常』
あれから数日が過ぎた。街は何の異常なく今日も活気に満ちていて、大きな事件も何もないまま日々が過ぎ去っていく。けれど街が平和なたびに不穏な空気が流れている様な気がしてたまらなかった。
もしかしたら今までが騒がしすぎただけなのかも知れない。というか連続で大きな事件が起こる事も少ないのだけど。でも、新しい朝に街が目を覚ます度に不信感を募らせ続けた。何かが起る。そんな第六感的な物が訴え続けていたから。
みんなは特に気にする様子も無くいつも通りに生活し、自由に過ごしていた。だからユウもこの数日で常連となった喫茶店に通い、子供達に話しを聞かせたり色んな物を教えたりと、退屈も何もない日々を過ごしていた。
……幸せだった。誰かが近くにいてくれることが。それも、ここまでの幸せを味わった事がないくらいに。
故に守らなきゃって思いは強まって行く。
そんな時だ。知らず知らずの内に飽きもせずまた新たな事件に顔を突っ込んだのは。
――――――――――
「この特殊武装はな、移動も戦闘もこなせる凄い便利な武装なんだ」
「すごーい!」
ある日。
ユウはようやく完成した特殊武装を子供達に解説していた。ガリラッタによると細部の部品を交換した様で、移動速度上昇を基本として安定性や強度など、様々な機能を付け加えたとか何とか。そんな特殊武装が二つ。これがユウの専用武器って事だ。まぁ、それだけならよかったのだけど。
実はコレ、幾つもの機械が組み合わさっているという事で滅茶苦茶重い。いくら低燃費と言ってもずっと発動させる訳にはいかないからリコリスみたいに背負って移動するのだけど、その重量は片方だけでも七キロ。二つ合わせて十四キロだ。まだまだ筋肉が乏しいユウには背負って移動するので精一杯な訳で、改めて理想と現実の差を思い知らされた。
この鉄の塊が時速六十キロで吹っ飛んで来るんだから恐ろしい。
二つの内片方だけを起動させると浮遊させ、軽く周囲を飛ばせてみせた。すると子供達は機械が空を飛ぶ光景を見て目を輝かせる。
そして地面に下ろすと言った。
「試しに乗ってみるか?」
「え、いいの!?」
「と言っても足が地面から離れる程度だけどな」
そう言うと子供達は真っ先に我先にと武装に集まり、順番を決めてまたがり始めた。ユウと同じ身長で二人くらい乗れるから、子供だけなら三人は乗れるだろうか。その憶測通りに三人乗るのが限度みたいだった。
だから地面から一メートルくらいの高さで浮遊させると乗っている子供達は大いにはしゃいだ。そりゃ、実際に飛んでる感覚を味わうと少しでも楽しくなる物だろう。
ついでにもう一つの方も起動させて子供達を乗っけると少しずつながらも移動させた。まだ完璧に慣れている訳じゃないから動作が覚束ないけど、それでも二つ同時に起動する事自体は成功する。
新鮮な体験だから相当楽しいのだろう。彼らの表情にはもはや星が浮かんでいた。
「どうだ? 楽しいか?」
「うん! すっごい楽しいよ!!」
すると満面の笑みでそう返される。自分のした事で誰かが笑顔になるのは嬉しい事だからこそ、ユウは意気込むと少しだけ速度を上げて更に子供達を楽しませた。あまりやり過ぎると怪我でもしかねないからブレーキはちゃんと掛けるけど。
そんな風にして子供達を下すとみんな満足そうな顔をしていた。彼らにしてみれば貴重な経験だし、飛行機がないこの世界じゃ空を飛ぶって言うのは凄くレアなのだろう。
「ねぇねぇ、次はこれとこれをね――――」
みんなの熱は冷めずに続けて色んな事を提案されては子供達の相手をしていく。どうやらこの世界にもカードゲームは普通にある様で子供達はトランプを取り出すと神経衰弱をしようとテーブルにカードを並べ始めた。
だからそれに乗っかってゲームを始めようよするのだけど、視界の端っこに一人の少女が映ったので咄嗟にそっちへ振り向いた。
「……?」
すると建物の陰から長い黒髪の少女がこっちを覗いていて、ユウが反応するとすぐに陰に隠れてしまう。それから少しだけ間を開けるとゆっくり顔を覗かせてこっちを見て来る。混ざりたいって事なのだろうか。
特に受け入れない理由もないし、ユウが手招きをすると少女は明るい顔をしながら走り寄って来た。
「こっち来たら?」
「……!」
見た目は十六歳って言った所だろうか。ユウと同じ黒髪黒目で、少しだけ身長が低く、大人しげな雰囲気を放つ少女は戸惑いながらも近寄って来る。やがてユウが問いかけると少女は指をもじもじしながら小さく呟いた。
「どした? 何か困った事でもあったか?」
「えっと、その……私も、ま……りたい……です」
混ざりたいって言ってるのだろうか。言い方は悪いけど、見た所自分から輪に入り込める様な性格には見えないし、ここにいる子供達はみんな小さいから余計に入りにくかったはずだ。だからこそ彼女の意図を汲み取るとユウはトランプを見せながらも言った。
「いいよ。一緒にトランプでもしよう」
「……うんっ!」
すると少女は明るい表情をして輪の中に入って行った。
事情はまだ分からないけど、きっと一人で寂しかったのだろう。明るい輪の中に入るには勇気がいる事だし、何となく彼女の気持ちが察せる気がする。
ユウもみんなが笑顔でいる事に安心して混ざり込んだ。
それからは子供達とカードゲームをして過ごす時間が過ぎた。混ざった少女も最初は戸惑っていたけど、次第とみんなの雰囲気に慣れて来たのか、終盤には彼女も笑って楽しそうにゲームをしていた。
そんな風にしていれば時間が過ぎるのなんてあっという間で、気が付けば太陽は沈みかけ夕方になっていた。だから子供達は各々で解散してはすぐに自分の家まで戻って行く。
結局リベレーターとしては全く仕事をしていなかった訳だけど、まぁ、リコリスとかアリサも結構フリーダムらしいし大丈夫だろう。任務がない時は基本的にフリーだとイシェスタも言っていたし。
と、そこまで考えていた時だ。テスから連絡があったのは。
AR上でウィンドウが表示されたから応答してテスと通話する。
「あいもしもし」
『ユウ、ちょっと悪いんだけど手ぇ貸してくれるか?』
「手? 何故に」
『ちょっと暴れたりない酔っ払いのゴロつきがいるみたいでさっ。座標は送ったから応援頼む』
「……OK、三分で着く」
多分戦闘中なのだろう。会話の最中にも男の声や殴る音が聞こえて来る。だからユウは特殊武装を起動しながらも承諾した。
それにしてもゴロつきって普通に出現する物なのだろうか。確かにこの世界には酒も沢山あるし、街の雰囲気はアメリカとかと同じだから酔っ払いがいても違和感はないけど、普通ならレジスタンスが止めるはずじゃ……?
疑問に思いつつも武装にまたがってエンジンを掛けるとジェットエンジンみたいな音を放ちつつも高速で前に撃ち出された。手摺に掴りながらもその風圧に耐える。
以降はすぐにテスの元へ駆けつけたものの、事の発端としては酔っ払いの集団がレジスタンスに注意された事から始まったらしい。そこへテスが通りかかって戦闘していたって訳だ。ユウもイシェスタから教わった技術を行使して鎮圧する。
その後の処理も含めて同行していると夜になり、テスはこの後も用事があると言って一人走って返ってしまった。対してユウは特に急ぐ理由もないので徒歩で本部へと戻ろうとする。
……のだけど、その最中にとあるバーを見付けて立ち止まった。別にそういう系の店って訳じゃない。そこに書いてあった【労いのバー】と言う文字に少しだけ惹かれたのだ。といっても、その後に書いてある文字はまだ解読する事が出来なくてよく分からないけど。
本来なら自分から未知の所に足を踏み入れる事なんてないのだけど、やっぱりみんなに影響されたのだろうか、少しだけ興味を持って扉を開けるとベルの音で店主がこっちを向いた。
木製の空間に並べられたワインやお酒の数々――だけじゃなくジュースも全般揃っていた。そして店主の細いお爺さんはユウを見るとワイングラスを拭きながら言う。
「いらっしゃいませ。空いてる席へどうぞ」
「あ、はい……」
そうして少し戸惑いながらも座ると店主……マスターは右腕に付いた腕章を見て軽く反応して見せる。そりゃ、リベレーターがこんな店に顔を出す事なんて滅多にないだろうから当然だ。けれど焦る事なく冷静になると呟いた。
「これはこれは……珍しいお客様ですね」
「ちょっと看板を見て気になってさ。疲れたって訳でもないけど、まぁ、気になっただけで。あ、リンゴジュースお願いします」
「かしこまりました」
流石に何も頼まないのは失礼だから一杯くらいは頼まないと。そう思って適当に注文を入れる。するとマスターは高そうな雰囲気のある市販のジュースをワイングラスに注ぐとカウンターに置いた。
バーに入ったのは気になっただけのはずだ。労いって言うからどんな店かって気になっただけ。……それなのに、自分の中の何かが他の理由を訴えている気がした。本当に疲れているんじゃないかって。本当は、もう限界なんじゃないかって。
「……ここは労いのバーです。好きなだけくつろいで、疲れを癒して行って下さいね」
「お見通しですか」
「今まで沢山の人を見て来ましたから」
するとその事をマスターは即座に見抜いてそう言った。だから彼の言葉に甘えるとジュースを一気に飲み干してカウンターに突っ伏す。
仄かな明りで暗すぎず明るすぎず、樹木の良い匂いに包まれる中で温かい空気に触れる。そうしていると自然と疲れが抜けて言った気がした。実際、自分が気づけないだけで結構疲れているのかもしれない。
そうしていると離れた所にもう一人の誰かが座ってる事に気づいた。ローブのフードを被っているから分からないけど男だろうか。どうやら今はこの店にはユウとその人しかいないみたいだった。
お金にはまだ少しだけ余裕がある。だからユウはある事を思い付くとマスターに耳打ちする。
「マスターマスター。少しやってみたい事が……」
そして何をしたいのかを説明するとマスターは頷いてやりたい事を納得してくれた。だからこそあるワインを取り出してグラスに注ぐと端っこの方に座っている人に向かってスライドしてくれる。
やがてその人はワインがやって来た事に気づくとこっちを見た。
「あちらのお客様からです」
だから帽子を指でつつく仕草をしながらも借りたサングラスをかけてドヤ顔を見せる。
人生で一度はやってみたかったランキング第六位くらいの事だ。“バーで見知らぬ人に奢るシチュエーション”というのは。実際に上手くできた事に喜んで左手を強く握り締めた。
するとその人は一口でワインを飲むとお金を置き、無言で歩いてはバーを出て行こうとする。ユウも横目でそれを見ていた。
――しかし、その直後に“彼女”はユウの近くで囁いた。
「最近、正規軍がスラムに集って何かを企んでるってさ」
「えっ?」
一瞬だけ何を言われたのか分からなかった。だって一般人が正規軍の事を知っている訳がないし、そもそもどうしてそんな事を……。考える事は色々あった。けれどそんなユウを置いてけぼりにする様に彼女は去って行き、咄嗟に振り向くとドアを開けながらも呟いた。
それも、如何にもユウを見ていたという様な言い方で。
「気を付けな。欲しがり屋のおにーさん」
「まっ――――」
けれど彼女はユウの制止も聞かずに扉を閉めてしまう。だから急いでドアを開けて彼女の後を追おうとするのだけど、出て行った直後だと言うのに彼女の姿は影も形も無かった。
だから一体なんだったのだろうと疑問を抱く。
今朝も感じた不信感を募らせながら、何が起きるのかって。




