034 『生きる理由』
翌日。
ユウはリベレーターに正式入隊してから最初の一日という事で張り切っていた。条件は前の事件解決でクリアしている訳だけど、正式入隊の実績を貰ったのは昨日の夕方だったのだ。
ちなみに特殊武器の方はガリラッタに一任した。食い違いを正した後は移動と攻撃を両立する様に調整したいとの事で、数日間の調整に入ると意気込んでいた。……のだけど、その時にアリサから言われた「壊したら死ぬ覚悟をしなさい」という言葉を聞いた時にはゾッとした。
ユウが正式入隊した事でリコリスの荷も下がり、少しは責任感から解放されたらしい。その証拠としてユウの前でもいくらか気を抜く素振りを見せる。
そんな風にして待ちに待った入隊後の初日。ここからはユウもみんなと同じ十七小隊の仲間で一員なのだ。入隊したからと言っても気を引き締めて行かなきゃ。
と考えつつも執務室の扉を開け、一番最初の仕事がないかを聞いた。
「リコリス! 何か仕事ってない……か……?」
しかしその光景を見てワクワク感は消失し、輝いていた瞳は通常に戻った。だって想像していたのは黙々と仕事をしているリコリスで、その手伝いをするつもりだったのに、執務室は途轍もなくわちゃわちゃしていたのだから。
飛び交う二人を見ながらもその会話を聞く。
「そのプリンだけは絶対に渡さない!!」
「奪える物なら奪ってみなさい! この私からねッ!!」
そうして壁や天井を足場に壊さない程度の力で蹴っては部屋の中を飛び交っていた。いや、っていうか人が部屋の中を飛び交うってどういう状況だよって思いながらも唖然とする。
二人は眼にも止まらぬ速度で飛び交い、衝突する度に足蹴りの応酬を繰り返していた。
最終的には瞳に炎を灯らせて互いにスプーンを剣みたいに突き出した。
「らあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
「せあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
激突すると途轍もない衝撃波を生んで周囲の資料などを吹き飛ばす。部屋の中で紙が飛び散る中、二人は絶対に諦めないと言わんばかりに燃えながらも限界を貫こうと歯を食いしばる。あまりにも熱が入り過ぎてオーラが見えるくらいに。
そして、互いに弾かれると次の一手を即行で打ち――――。
「何も見なかったっと……」
そのタイミングで執務室の扉を閉めた。直後に壮絶な戦闘音が聞こえるも何も気にしないフリをして騒ぎが収まるまで待とうとした。そうしているとイシェスタが歩いて来ては問いかけられる。
「あれ、ユウさん、どうしたんですか?」
「いやさ、ちょっとこの中で色々あって……」
「ああ。またプリンの取り合いしてるんですか」
すると即座に状況を悟ったイシェスタは呆れた様な顔を浮かべながらもため息をついた。いや、何でそれで分かるの? そんな疑問を抱きつつも彼女の反応を見つめた。
みんなにとっては日常茶飯事の様で、イシェスタは肩を竦めながらどうしてこうなっているのかを説明してくれる。
「みんなプリンが好きなんですよ。だからたまに奪い合うんです」
「いや奪い合うって言うか殺し合うの方が正しかったけど!?」
「そう言う仕様なんです」
っていうかプリンが欲しいからってあそこまで本気になる物なのか。見た所二人は本気で戦ってたみたいだし、咆哮しながらもスプーンで途轍もない衝撃波を生むって事はそれ程なまでに奪いたいって証だ。買えばいいのに。
幸いと言っていいのか、リベレーターの中じゃ常識人枠であるイシェスタはそっちサイドではなかった様子。
「きっと狂う程好きなんでしょうね」
「買えばいいのに!」
「お金もったいないじゃないですか。好きなだけ資金使わせると樽で買って来るかも知れないんですよ」
「えっ……」
最早プリン依存症である事に軽く引きつつもどれだけ狂ってるのかと驚愕した。プリンを樽で買うって、表現としては正しいのに常識として間違ってるのだからもう病的な物なのだろう。いや、むしろ病気であってほしい。
そう思っているとイシェスタはもう一個だけ問いかけた。
「で、リコリスさんに何か用でもあるんですか?」
「あいや、リベレーターに入ってから初日だし、恩返しも兼ねてリコリスの手伝いをしようかと思って」
「なるほど、そう言う事でしたか」
するとイシェスタは執務室の扉に手を掛けるのだけど、その時にユウを向くと予想外の事を言った。それも優しい表情だからこそ不気味な雰囲気を漂わせつつ。
「ですけど仕事の九割が執筆作業なので、残念ですけどユウさんが手伝う事はないかと……。せっかくですし、巡回でもしてみたらどうですか? 視点が違えば世界も変わるかも知れませんよ」
「え、いいの? でも俺……」
「その気持ちすごーく分かります。私も最初はそうでしたから。リベレーターって結構忙しそうな印象受けますけど、実はそうでもないんですよ。任務がある時以外は巡回か自主トレが基本なんです」
「あ、そうなんだ」
「それにあの二人を止めるのは慣れてますから、任せて下さい!」
そう言うと執務室に入っていた。止めると言ってもイシェスタがあの二人を止められるとは……。直後に響いた鋭い音にビクついて振り返る。何か、如何にもハリセンで叩かれた様な音がした気がする。
気になって覗こうとしたのだけど、せっかくだしこの前と同じ様にパトロールをしようと足を別方向に動かした。
多くの人達が行き交う街中へと。
――――――――――
「そこで俺が雷の剣を振りかざす事でドーンと!!」
「お~!」
街中で巡回していたのだけど、気が付けばこの前も立ち寄った喫茶店で同じ子供達にこの前起った物語を聞かせていた。貴重な体験をしたって言うのもあったと思うけど、多分自分の苦労を聞いてほしいんだと思う。まぁ、子供達はそんな苦労話なんかに興味なく戦いにしか興味を向けなかったけど。
今さっきリコリスから送られて来たメールによると、連続で正規軍が捕まったので事件が起こる事は絶対にないらしい。奴らとて何人も捕まれば情報が抜かれかねないから。だからこそユウは安心して外に出る事が出来た。
思ってみればそりゃそうだ。向こうとて既に何十人もいる事は知られてると思っておいていいはず。なら簡単に手出しが出来ないのは当然の事。
……正直言って、ユウが持って帰って来た情報によってかなり緊迫しているらしい。話が広まってないだけで他の区域じゃ似たような事件が多発しているとか何とか。リベレーターがもみ消そうとしているらしいけど、流石に連続多発するといくらリベレーターでも揉み消すのが難しいと聞いた。
正規軍の宣戦布告。それ即ち戦争を意味すると言ってもいい。戦力差はほぼ同じと言っていいくらいだし、互いに敵対しているからこそこれから先幾つもの抗争が起きるかも知れない。今までは睨み合うだけだったらしいけど、もし戦争が勃発してしまったら、機械生命体や感染者の他に正規軍も相手をしなきゃいけなくなる。そうなったら確実に街に安全は訪れないだろう。
機械生命体と感染者を相手するだけでもそれなりの苦労がいると言うのに、そこに正規軍すらも追加されたらどうなってしまうのかは分からない。
一応、上の見解としては最大限の準備をするとの事らしいけど、それでも足りるかどうかわからないとリコリスは言っていた。
――この子達の笑顔も無くなるって事なんだよな。
ユウの話を興味津々で聞く彼らの顔を見る。全員が希望に満ちた表情をしていて、満面の笑みを浮かべていた。……その顔を見ているとこのままでいいだろうかという疑問を抱きそうになる。
絶望的な世界で希望を見る。それは決して悪い事じゃない。でも、それが砕かれてしまった時、子供達はどれだけ絶望する事になるだろうか。もう誰にも絶望して欲しくなんかない。そう思ってるからこそ絶望なんてさせる気はないけど、未来何て誰にも分からない。
――そんな事、絶対にさせない。
表では明るく振る舞いながらも脳裏じゃそう言った思考を続けていた。
ならユウがやらなければいけないのは一体なんだろうか。この街や、みんなを、子供達を守る為に何をしなければいけないのか――――。そんなの明白だ。
強くなる。ただそれだけ。
「他にもこんな風に指を通すと……ほら、吊り橋!」
「すごーい!」
いつの間にかあやとりを教えつつもそう考えていた。
けれどその時にある事に気づいては少しの間だけ硬直し、子供達から目の前で何度か手を振られる。
「兄ちゃん? 大丈夫?」
「……ああ、大丈夫。何でもないよ」
――俺、今、理由を見出してた……?
今まで生きる理由だとか生きる意味だとか、そんなのを見いだせずにいた。でも今になってそれを見付けられた気がして体が少しだけ熱くなる感覚を覚える。
もしこれが生きる理由になるのだとしたら、今はこれに縋ってもいいのではないだろうか。みんなを心配させたくないから生きる。それ以外にも、みんなを守るって理由も――――。
「なぁ。戦うのって、怖いか?」
「え? うん、今はまだ怖いけど……。でもいつかもっと強くなって、もっと強い敵を倒せるようなヒーローになるんだ!」
「そっか」
この先も生きて行けば、きっと他にも生きる理由がたくさん見つかるはずだ。だから今は生きなきゃいけない。目標はそれからでも遅くないだろう。
するとユウは彼の頭を撫でながら言った。
それも、自分自身に誓いつつもみんなへ言い聞かせるように。
「じゃあ、それまでの間は俺がみんなを守るよ。だから安心して強くなれ」
「うん!」
そう言うと子供達は心の底から安堵して頷いた様だった。
今まで守るべき物を見付けられずにいた中で、ようやく見つけた守るべき物。なら、全力で守るしかないじゃないか。もう絶対に失わせない。心からそう誓う。
突如付け焼刃で出来た覚悟だけど、それもいつもの事だと言い聞かせて納得させる。……これでいいんだ。理由が弱くたって関係ない。生きる理由があるのなら、今はそれでいい。
だからこそ久々に前を向く事が出来た。
きっとこの先に、色んなことが待っているだろうから。




