032 『最悪な初任務』
火花が大量に飛び散る白兵戦。これを勝利するのはどっちであってもおかしくない。どれだけ踏ん張れるか。ただそれだけが勝敗を分けるのだから。
ユウの振るう刃は全てレイピアに弾かれてしまい、アルテの放つ突きも全てユウは避けるか弾くで回避する。
けれど決して調子がいい訳ではない。戦力差は圧倒的で、その差を唯一埋めようとしてくれているのが仮初の覚悟だけ。だからこそ回し蹴りなどの体術には対応できずに口や鼻から出る血は周囲に飛び散って行く。
それだけじゃない。隙さえあれば炎も使って攻撃してくるからダメージは着々と溜まって来ていた。
「こんの……っ!!」
「――――ッ!!」
咄嗟に拳銃を構えたって即座に回避されて意味はない。互いに柱の陰に隠れつつ剣を振り、炎や雷で幾つもの柱をへし折りつつも互いに攻撃を放ち続けた。
直後にアルテの攻撃を柱を盾にする事で躱し、影から飛び出しては剣を突き出して肌に掠らせる。次に回転して回し蹴りをするとその勢いを利用して弾丸を脇腹に撃ち込んだ。
――動きが鈍くなってる。アルテも疲れて来てるんだ。
攻撃は相変わらずほとんど通じないけど、それでも一割が通じるだけまだマシと言った所だろうか。炎の攻撃も僅かながらも予備動作が大げさになり軌道が読みやすい。おかげで今さっきよりは微かに避けやすくなった。
続いて戦場は二階から三階に移り、アルテはさっきみたいに床を突き破って三階の床を踏む。そこを全力で走っては奇襲して肩を少しだけ切り裂いた。
炎は回避か雷で相殺する事で対処し、レイピアの連撃は動体視力を最大限に使う事で弾き、体術はもう感で捌いて行く。
「っ!?」
「せああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
アルテが踏み出した瞬間に距離を詰め、大量の雷を纏わせながら思いっきり前に突き出した。するとアルテも負けじと炎を纏わせてレイピアを前に突き出す。それによって互いに剣が大きく弾かれて隙だらけになった。
そんな隙を逃す訳がなく咄嗟に拳銃を構えて引き金を引く。
「貴様……!」
胴体に当たったのにも関わらず即座に態勢を持ち直し、銃の反動で倒れそうになるユウへ接近する。だからこそ回転した威力を殺さずに一回転すると振り向きざまに刃を叩き込んだ。
するとまたもや互いに衝撃波に耐えられず大きく背後へ吹き飛ぶ。
この衝撃波の九割がアルテの魔法なのだから本当に恐ろしい威力だ。
互いに柱へ激突すると少しの間だけ身動きせずに座り込む。アルテもユウと同じで動けないのだろうか。蓄積されたダメージは決して軽く片付けられる物ではない。だからこそ、ユウは時間をかけてゆっくりと起き上がる。
剣を杖替わりにして立ち、よろけながらも前に進み続けた。
――今思えば、これが俺にとっての初めての任務なんだよな。
気が付けば互いの意地で戦ってるけれど、形上これはユウにとっての初任務だ。普通なら引ったくりとか立てこもりとかを解決するだけでもいいのに、まさかここまで大きな戦いに発展するだなんて。まぁ相手が正規軍となれば当然な気もするけど。
おかしな話だ。見習い兵士が正規軍の凄腕と対峙するだなんて、普通なら生きて帰る事は出来ないだろう。でも、やらなきゃいけない。
リコリスでも苦戦した相手を相手にする。それがどれだけ困難な事か、身を以って知らされる。これでも隻腕なのだから本当に恐ろしい。
そうしているとアルテも立ち上がって前に歩き始めた。
「これで、終わりだ……!」
最後の一撃って奴だろう。アルテはレイピアを天高く突き上げるとそこに大量の炎を纏わせて巨大な剣を作り上げた。ソレは天井を突き抜けて外にまで到達する。恐らくあれならこの廃ビルごと一刀両断できるだろう。
いくら何でも雷で受け止める事は不可能。つまり、今ユウに出来る事は――――。
「いいや。まだ終わらないさ」
ユウも同じく剣を天高く突き上げる。けれどそこから逆手に持つと柄を両手で握り締め、全力で振り下ろしては雷を発生させた。
自分すらも巻き込む雷。それはあまりの威力に三階の床を壊して二人のバランスを崩させた。どうせ勝てないのなら勝てるかも知れない最善の方法で手を打つしかないじゃないか。
床が完全に崩れる前に飛び出し、二人で落下する中でユウはアルテに急接近した。それも自分の腕をも焼き焦がす雷を纏わせながら。
多分バッテリー的にもこれが最後の一撃だ。これで決められなければ、ユウは邪魔者として正規軍に排除される事になる。この一撃でアルテに致命傷を与えられれば逃げる時間も稼げるだろうけど、距離も微妙だった。
どれだけ手を伸ばしてもギリギリ届かない。既に落下してるのだから足場なんてどこにも無くて、距離を埋める為の手段もない。残された時間はあと一秒もないはず。集中しているおかげか死ぬ間近なせいか、全てがスローモーションの様にゆっくりと感じるからこそ脳裏で考え続けた。
どれだけやっても距離が埋まらないのなら、残りは賭けるだけ。
「せああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――ッッ!!!!」
咆哮して力を振り絞った。
振り下ろす予定だった手を逆さにして振り上げる態勢に入る。そのまま体を捻って全力で剣を振り上げると雷の刃は途轍もない威力を以ってして放たれ、鼓膜が張り裂けそうなくらいの轟音と共に天井を突き破り上空にまで到達した。その余波だけでも周囲の硝子やコンクリートが破壊されて浮かび上がる。
――頼む。これで……!
するとバッテリーが無くなって雷は効力を失くしていった。だから次第と見えなかったアルテの姿が見えていくのだけど、その姿はユウの望んだ物ではなくて。
服に微かに掠った程度で、致命傷はおろか血の一滴も出していなかった。
雷が消えた瞬間には炎の刃は振り下ろされていて、ユウの視界の中に炎だけが広がった。
「消えろ」
そうして炎の刃は振り下ろされた。当然耐え切る事なんて出来ず、体を精一杯捻って回避しようとしても余波だけで途轍もない衝撃を受け、二階の床に叩きつけられては今にも崩れそうなくらいに歪んでいく。その反動で吐血しながらも起き上がろうとするけど、流石にもう動けそうにはない。だからこそ崩壊する前にある物を探した。
アルテの攻撃は真下に向けられ、ビルそのものが崩れるんじゃないかってくらいの威力を地面に叩き込んだ。……でも、実際には違う。確かに崩れるくらいの威力があったけど、地面から跳ね返った衝撃が崩れそうになった柱やレンガを持ち上げて絶妙な加減で抑えたのだ。
だからそのおかげで一命を取り留めつつも“ソレ”を見付けて手を伸ばす。
「避けたか……。これで最後の一撃は互いに撃ち終わったと言う訳だな。では、敗戦処理といこう」
「ああ。そうだな」
するとアルテはレイピアを持ち上げてうつ伏せになったユウの脳天に狙いを定める。しかし、ユウは反転するとさっき投げ捨てたM4A1を構えて動きを止めさせる。
「弾丸が残ってない銃で何をする気だ?」
「そのドたまをぶち抜く」
「ブラフだな。時間稼ぎをして仲間が到着するのを待つつもりだろう」
正直その可能性も狙っているから内心で震えあがった。でも、ユウが言った事も本物だ。
普通に戦えば負ける事は確定している。なら相手の虚を突くしかない。その為の一手がこのM4A1って訳だ。
「時間の無駄だ。さっさと消えろ」
「……ああ。確かにブラフだ」
アルテはユウを見下ろすと何の躊躇もなく刃を振り下ろす。だからユウも躊躇なく引き金を引き、彼の脳天に銃弾を撃ち込んだ。
鳴り響く銃声。そしてアルテは大きく体をのけぞらせると背後に倒れ込む。
一発だけ残しておいたのだ。タイマンで勝てる訳なんてない。だからこそ用意した逆転の一手。それはちゃんと効いた様子。
戦っている最中に三階へ逃げた時はもうだめかと思ったけど、最終的に二階へ落下して本当に良かった。もしそれがなかったら今頃全身丸焦げになっていた事だろう。
やがてユウは倒れたアルテを見ながら言った。
「でも、ブラフのブラフ、だけどな」
上手く決まった。そう思って体を動かそうとする。
既に何本も折れているのだろう。体は僅かに動かしただけで激痛が迸った。多分、今まではアドレナリンとかで痛みが中和されていたのか。
しかし立ち上がらない事には何も始まらない。もうじきリコリス達が駆けつけてくれるだろうけど、このビルも崩れそうだし、巻き込まれるのは御免だ。
……そう、思っていた。
ふと背後から聞こえた小石が転がる音。最初はビルの崩壊が始まったと思っていたのだけど、違う。そう察したから振り返った。その先には額から血を流しながらも立ち上がるアルテがいて――――。
確かに頭は撃ち抜いた。それなのに立ち上がっていたのだ。
「なっ!?」
「死んだと思ったか、残念だったな。銃弾を炎で溶かしたんだよ」
すると額を指さしてトントンと軽く叩いた。そこには確かに銃弾に撃たれた跡が残っているのだけど、同時に火傷の跡も残されていた。完全に溶かす事は出来ずとも脳に到達しないくらいには溶かせたって事なのか。
だからこそ驚愕する。
「そこまでする根性、敵ながら称賛に値する。――貴様の生き様、決して悪くはなかったぞ」
「そりゃあ嬉しいこった……」
もう拳銃もM4A1も弾切れだ。剣も離れた所にあるし、回避出来る体力もない。つまり、ユウが出来るのは助けが祈りつつ逃げる事だけ。
アルテの開けた穴から一階に落ちれば二秒は時間を稼げる。それまでの間にリコリスがやってくれば……。
周囲を包んだ静寂に冷や汗を流す。
――全く。最悪な初任務だよ。序盤からこんな、正規軍の魔術師相手にする事になるだなんて。
勝負は一瞬。それまでの間に誰かがやって来るかで全てが変わる。だから、ユウはそれだけに全てを賭けて重心を後ろに逸らした。直後にアルテは最後の力を振り絞ってレイピアに炎を纏わせる。多分、纏わせた炎を突き出してユウを貫くつもりなのだろう。
そしてソレはユウの心臓を貫いて―――――。
そんな事、無かった。
ユウが開けた天井の穴からやって来た人影。それは背中に重そうな重機を背負い、腰まで届く銀色の長い髪は乱雑にばらけ、逆光の中でも光る真紅の瞳をしていた。
流星の様に落下しては途轍もない衝撃波を生んで二人を吹き飛ばす。だからユウはすぐ近くの折られた柱に激突するのだけど、目を開くと現れた人を見て希望を見出す。
「遅くなって、ごめんね」
黒いパーカーを肩にかけずに羽織り、ライトブラウンの上着を来て、戦闘服に身を包んだ少女――――リコリスは、これでもかってくらいの間一髪のタイミングで助けに来てくれたのだった。
やがてユウに向いて強気の頼もしい笑みを浮かべると言う。
「――助けに来たよ!」




