031 『何の為に』
炎が爆発して迫って来た直後、ユウは何とか回避して隣の廃ビルに飛び込んだ。少なくともここなら遮蔽物もあるしあの炎を回避できるはずだ。
緊張感から息を切らす中で、ユウは彼の言っていた言葉を思い出す。
我らの正義。確かにそう言っていた。
つまり彼らにとっての正義と言うのが捨て駒であっても主の為に尽くす事で、自分がどうなろうと任務を遂行しなきゃいけない――――。別に他人の正義にケチを付けるつもりはない。正義と言うのは人の数ほど存在する物だから。
ただ、その現実がユウの胸を押しつぶす。
――そう、だよな。当たり前だよな。みんな死ぬ運命を認めたくなくて前を向いてる。死なない為に死ぬ気で生きてる。それなのに……。
この世界は勇者と魔王との戦いなんかではない。人間と魔族でも、神と悪魔でもない。正義と正義の戦いなんだ。互いに互いの正義が反発し合い、だからこそ生まれる戦いの中でみんなは生きてる。
どっちが勝っても血にまみれる結果には変わらない。
終わりの見えない果てしない戦いこそが、この世界の在り方なんだ。
「正義と正義、か」
背後から爆発音が響く中でそう呟く。
きっとあの時は必至な上にリコリス達がいたからこそ勝てたのだろう。あの時は自覚してなかったけど、何かを失う事に恐れていた。だからこそ、それを失わない為にって戦い続けた。それこそが当時のユウにとっての正義。
でも今はどうだろうか。身近に守る物は何もない。彼の正義に勝る程の意志や覚悟を、たったこの場で生み出せるだろうか?
彼の正義を押しのける為にはそれ相応の正義を糧に戦わなきゃいけないだろう。未だ生きる意味や戦う意味を完全には見いだせないユウにそれが出来るかどうか。
「隠れてないで出てきたらどうだ?」
そう言ってコツ、コツ、と足音を響かせながらも近寄って来る。
ユウが彼と戦う意味。それは――――たった一つしかない。この街を守る、今はその理由だけで十分なはずだ。……十分、なはず。
だからこそユウは覚悟が弱くなる前に行動に出た。仮初の覚悟でも、あるとないじゃかなり変わったはずだから。
「――そこか!」
柱の陰から飛び出した人影。ソレに向かって炎を撃ち出すけど、その正体はユウではなく来ていた上着だ。なるべく足音を鳴らさずに反対側へ飛び出すとM4A1を構え、奴の脳天に照準を定め引き金を引いた。それからは走りながら銃を放ち続ける作業の幕が開ける。
時々柱の陰に隠れつつも炎をやり過ごし、飛び出してはまた銃撃を続ける。
彼も時々回避したりはするのだけど、たまに炎の熱で弾丸を受け止めるどころか溶かして液状化させていた。高速で撃ち出されるのに熱で溶かされ一弾も当たらない。その現実はユウを追い詰めた。どうりでリコリスが分が悪いって言う訳だ。
――いくら魔法が強力と言っても無限な訳じゃない。なら、威力がよ弱まるまで耐える事が出来れば……!
この世界の魔法もゲームみたいにMP制になってくれているとありがたい。だからと言って今すぐどうにか出来る訳ではないけど、結果的には生き残らなくてはいけないのだ、やる事は変わらない。
すると彼は炎を圧縮して剣の様な形にすると大きく横に振った。
「おわぁっ!?」
炎の刃を一閃。それだけでも周囲にあった柱を真っ二つにし、溶けた跡を残して全てを一刀両断する。更に右手を翳すとさっきみたいに炎を一点に集中させ、全ての指を前に向けると炎を一直線に絞ってジェットエンジンみたいな音を出しながらも炎を解き放つ。
脇腹に掠っただけでも火傷を負い、その炎はビルどころか向かいの建物まで貫いて見せた。
「なんだこの威力!?」
「それこそが我らの正義が生む攻撃。――貴様への断罪だ!」
すると彼はもう一度炎の爆発を引き起こして周囲の全てを吹き飛ばそうとする。その衝撃波だけでガラスが吹き飛ぶくらいに。
咄嗟に二階へ上がるも炎が追いかけて来ては背中を少しだけ焼かれ、床を突き抜けて来る炎の刃に掠りまた火傷を負う。正直言ってかなり害悪だ。敵の位置さえ掴めていれば何が阻んでいようと攻撃する事が出来るのだから。
「みんなに連絡出来ればいいんだけど。……ッ!?」
そうして耳に付けた《A.F.F》に指を触れさせる。でも、その瞬間にどこからか飛んで来た弾丸に破壊されるのと同時に耳を半分持っていかれる。だから耳から血を流しつつも逃げ続けた。
――この狙撃、あの時の? でもおじさんは捕まったはず。なのにどうして!?
音も何もしないまま意識外からの狙撃。それが出来るのはショッピングモールでユウを追いかけ回していたあのおじさんだけだ。違和感はない。全く同じ感覚だ。だからこそ焦燥感がにじみ出る。もしかしたらユウは既に正規軍に囲まれているんじゃないのかって。
潜入捜査みたいな感じだから大人数では来ないと信じたい。でも、この状況は明らかに――――。
「――ぐっ!!」
突如真下から訪れる大爆発。それに当てられてユウは大きく飛び上がり、天井に叩きつけられては跳ね返って今度は床に叩きつけられる。それだけで何本かの骨が折れたのだろうか。起き上がろうとするだけで激痛が迸った。
すると床に開いた穴から彼が現れる。
「貴様に恨みはない。だが、我らの任務を邪魔した断罪をせねばならない。その為だけに捨て駒を用意したのだ。――それに、これ以上邪魔をされてはたまらないからな」
「ッ!!」
今のユウは街を守る為に戦っている。だからこそ動く事が出来た。
彼の握っていた黒いレイピアを避け、寝転がって次撃をも回避する。次に放たれた攻撃も起き上がってギリギリで回避し、炎の一閃も体を無理な方向に動かしてでも掠り回避した。
すると距離が開いた瞬間から炎を剣に纏わせて飛ぶ斬撃を放つ。
その時、ユウの踏んだ所だけが崩れた。
「しまっ!?」
あれだけの爆発が起こっていたのだ。床の一部分が脆くなっていたって当然の事。だからこそユウの踏んだ所の足場が崩れて一回に落ちそうになってしまう。
何とか立て直しても既に回避は出来ない。なら、せめてノーダメージは無理でも最大限にダメージを減らさなきゃいけない。
――やるしかない!
不格好なまま剣を鞘から解き放ち、大量の雷を纏わせた。それから大きく振りかぶって炎が剣の間合いに入った瞬間に振り下ろすと炎と雷は真正面から激突する。
すると今回に限って炎が弱かったのか、炎は雷によって完全に打ち消された。
「え……?」
「なにっ!?」
だからこそ二人は一瞬だけ硬直する。互いにノーダメージで防ぐだなんて思ってもいなかったのだから。けれどその硬直からいち早く復活したユウは咄嗟に手を動かして拳銃を構えた。よく分からないけど、隙があるのなら一にも二にも付かなきゃいけない。
すると頬に掠る距離で辺り、彼は即座に柱の陰に隠れてみせた。
――柱の陰に隠れた? あいつの炎なら弾丸すらも溶かすのに?
ようやくMP切れを起こしてくれたって解釈でいいのだろうか。っていうかそっちの方が遥かに助かる。巡って来たかもしれない反撃のチャンスに、ユウは左手にM4A1を握り右手に剣を握った。ここからは意地と意地の勝負。どっちが粘るかで決まるだろう。
大きく深呼吸しては息を整えた。足音や視線、存在、全てを感じ取って相手をしなきゃいけない。幸い、ユウにはそれらが唯一の特技だから戦闘自体は何とかなりそうだ。
「ッ!!」
やがてユウが踏み込んだ音を合図に二人して柱の陰から飛び出した。そして奴は炎の一閃を、ユウは銃弾を撃ち込む。
炎の一閃は腕を掠って背後に流れ、壁を溶かしながらも貫通して風穴を開け、銃弾は奴の胴体に直撃して行動制限をかけさせる。
――ここだ!
攻撃を仕掛けるのなら少しでも怯んでいる今しかない。そう判断して剣に雷を纏わせつつも銃を乱射して突っ込んだ。もちろん銃弾は炎で全て溶かされてしまう訳だけど、“一発だけ残して”銃をその場に投げ捨てた。直後に剣を両手で握っては全力で振り下ろす。
「らあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「ぐぅッ……!!」
灼熱の炎を掻き分けながらも電撃は周囲に飛び散ってコンクリートを抉る。たまに直撃する炎に肌が焼かれるけど、今はそれくらいの傷ならどうって事ない。そう感じるくらいに痛みはなかった。
やがて炎の剣を断ち切ると今度は黒いレイピアが出現して頬を掠める。
「っ!?」
「隻腕だと思って甘く見るな! 貴様の様な輩は、何千人も相手取っている!!」
すると今度はレイピアでの猛攻が始まった。眼にもとまらぬ速さで突いては肌を掠り、致命傷だけは逃れられるもののそう長くは続かない。
微かな隙を突いて回し蹴りを食らわせるとユウは思いっきり吹き飛んで柱に激突するのだから。隻腕であってもこの強さ。正直、あの時に腕を吹き飛ばしておいて本当に良かったと思える。
彼は近づくと剣先を突き立てて言った。
「これで終わりだ」
そう言うとレイピアに炎を纏わせて威力を底上げする。これを躱せなければ死は確定するだろう。となるとリコリス達は悲しむはず。……悲しんでくれるはずだ。そんなの、絶対に嫌だ。
今から死ぬと言うのにやっぱり死の恐怖はなかった。きっと生きる為の理由がなければここで自ら首を差し出していただろう。でも、今だけは生きる意味を、完全ではなくとも見つけてしまった。
何の為に。誰の為に。ずっと考えていた。ユウは何を理由に戦えばいいのだろうと。
自分自身に生きる意味なんてない。だからこそ周囲の何かに縋らなきゃ生きていけないんだ。そんな汚い手ばっかり使ってるけど、でも、生きる意味になる事には変わりない。
刃は振り下ろされる。動けなくなったユウの脳天目掛けて何の躊躇もなく振りおろし、息を絶とうとした。――だからだろうか。手が勝手に動いたのは。
「っ!?」
直後に激しい火花が散る。彼のレイピアはユウの握った剣に阻まれ、絶命させる事は出来なかったのだ。故に力を入れて押しきろうとするけど、ユウは咆哮してそのレイピアを弾き返すと彼の腹を思いっきり蹴り飛ばした。
「貴様、どうして……」
「……死ぬのは怖くない。いつ死んだって、きっと悔いはないと思う。でも、今は生きる意味がある。生きる意味をくれた人が待ってくれてる。それだけで、戦う理由には十分だから」
そうだ。例え仮初の理由だとしても、後々大切な物を見付けて行けばいい。それまでの過程は、それだけで十分だ。
再び剣を握ると雷を放つ。ユウの顔を明るく照らす程に。
死ぬ訳にはいかない。だって、今のユウには初めて待ってくれてる人がいるんだから。戦う覚悟で不安だったけど、今なら大丈夫な気がする。
「……我が名はアルテ」
「高幡裕」
すると彼が――――アルテが名乗ったからユウも名乗る。きっと最後の一騎打ちにする気なのだろう。
互いににらみ合う数秒間。それを破ったのはユウの方だった。思いっきり床を蹴り飛ばしては飛び出し急接近する。
そして、もう一度激しい火花が飛び散った。




