002 『始まりはいつも必然から』
「…………」
その瞬間に少女から返される冷めきった目。
あ、これ絶対撃たれるパターンだ。
すると少女から当然の疑問をぶつけられる。普通はそうなんだけど何だか今だけはその言葉が胸に突き刺さった。
「あんた、馬鹿?」
――だよね! 知ってた!!
というかこんな状況で信じる人なんて相当な馬鹿以外いないと思う。
そう。相当な馬鹿じゃない限り。
「ちゃんと答えて。じゃないと次は撃つから」
「って言われても……」
「それしか言えない?」
「う、うん」
ようやくまともな会話が出来た事には一安心するけど、まだ本当には安心しきれない。だって引き金に指かけたままだし。
少女は少しだけ間を空けてから一息吐いた。
まるで残念がるかのような動き――――。そう捉えたからユウも一瞬だけ警戒心を解こうとしたのだけど。
「そっかぁ……。じゃ、バイバイ」
「ちょまあっ!?」
下がり始めた手元は稲妻の如き速さで脳天へと狙いを定める。そんな状況とは裏腹に笑顔で言うんだから驚愕を通り越して心臓が飛び出そうになった。
本能的に後ろへと倒れた時には額に弾丸が掠めて少しだけ血が噴き出す。けど、当たらなかった真の原因は銀髪の少女が銃口を上に上げたかららしい。
「アリサ、ストップ!」
「リーダーっ。邪魔しないでって言ったよね!!」
「でもちょっと待ってってば!」
アリサという名らしい少女は少しだけユウを睨むと、急な事過ぎて腰を抜かした様子に一安心してリコリスという名の少女に向き直った。
……だけど念入りな事に銃口だけは向ける。
「この人は私が連れて来たんだから私に任せてくれないかな!? ねっ。ね!?」
「駄目よ。絶対変な事するもん」
「アレ、もしかしなくても信用ゼロ……?」
「日頃の行いだってそろそろ学びなさい!」
彼女達にとっては柔らかい雰囲気なのだろうけど、そんなやりとりを銃口突き付けられながら見るこっちはたまった物じゃない。アリサにいつ撃たれるのかも分からないのだから。
リコリスは拳銃とユウの間に割り込みながらも説得を続ける。
「この人は私が勝手に連れて来たの。だから、何があろうと全ての責任は私が持つ」
「……どうしてこの男にそこまで賭けるの」
「――ただの直感。この人は絶対に何かがある。だって何の装備も持たずに荒野に一人立ってたんだよ? そんなの普通じゃない。だからこそ私はこの人に賭けたい」
「えっ!?」
庇ってくれるのは嬉しいけど何の証拠もなくそう言われるからびっくりする。でも何かがあると言われても特にそういう能力もないし……。
リコリスの言葉は結構な重みを持っていたのだろうか。アリサは疑惑の眼をこれ程かというくらいリコリスに向け、その少女は自信満々の瞳で見つめ返していた。
やがてアリサの方が折れた様子。
「……分かった。ただし、どうなっても知らないから」
「まあ任せておきなさいって!」
「任せられないから言ってるのよ(小声)」
「今なんか言った?」
「いいえ、何も」
そう言って部屋の扉を閉めた。
リーダーって言われてたから信頼されているのかと思ったけど、ここのリーダーはそんなに信頼に足る人じゃないのだろうか。いや、だとしたらアリサが従う訳がないし。何はともあれ殺される事がまぬがれただけでも一安心するべきなのだろうか。
するとリコリスと一緒にうなだれた。
「「こ、怖かったぁ……」」
何も分からない中での危機というのはこんなにも怖い物なのか。というより一度死んで転生したのにまたすぐに殺されかけるなんて逆に運がいいのか悪いのか分からない。
そうして生きてる事を実感していると少女は喋り出して。
「ごめんねー。怖かったでしょ」
「ま、まぁ」
「それで。早速聞きたい事がある訳なんだけど……」
少女は立ち上がってユウを見る。
真紅な瞳には自分の戸惑う表情が反射して、今どれだけ腰を抜かしているのかをようやく自分で悟った。
「君、さっき天界から来たーって言ったよね」
「うん」
「それって本当の事? 嘘?」
「……本当」
この世界の地名が分からない限りどうしようもない。嘘を付く手もあったのだけど、アリサとは違う雰囲気を放つこの少女には、なぜか裏切れない妙な感覚を引き起こした。初めて会ったのに何だろうか。この感覚。
嘘と思われると思っていた。
相当な馬鹿じゃないと、そう思わないから。
そう。相当な馬鹿じゃないと。
「そっか。じゃあ何も分からないでしょ」
「うん。……えっ?」
普通だったら嘘だと思うはずの言葉を、目の前の少女はいともたやすく信じてくれたのだった。それも微塵も疑わずに。
だからこそ驚愕するユウを放ってリコリスは納得し続ける。
「そりゃそんな世界から来たらびっくりするに決まってるよね~」
「あの、えっと……」
「見た所この世界の事を細かくは知らなさそうだし、だったらこんな殺風景な世界に反応出来なくたって無理ないよ」
「ちょっと?」
「でも大丈夫! これから私が手取り足取り――――」
「聞いて!?」
勝手に話を進めていくリコリスを何とか制止させる。
すると面を食らったような顔をしてこっちをみるからユウはまず一つ目の謎を解消すべく冷静になりながらも質問した。
「えっと、まず、ここってどういう世界なんだ? 俺の知る異世界は剣と魔法のある緑溢れた世界なんだけど……」
「剣と魔法?」
でも、まるでそんな言葉はないかのような反応をされる。だからこっちも困惑した。彼女達の状況は何も分からないからそうなる理由までも分からないのだけど。
そんな事を思っていたらとてつもない言葉を返された。
「それ……何百年前の出来事か知ってる?」
「えっ?」
「えっ? もしかして本当に何も知らないの!?」
「う、うん」
何だかよく分からないけどとりあえず頷く。嘘をつく理由も見当たらないし。
すると彼女は驚愕した表情でこっちを見た。
「じゃ、じゃあ【機械生命体】とか【失われた言葉】とかも!?」
「ろすと……わーど……?」
「うそ、そんな人初めて見た……」
思ったよりもユウは厳しい状況かにいるのだろうか。リコリスはさらにショックを受けた顔をしてこっちを見つめた。……正直、結構不安。
彼女は呟きながらもよくよく考え始めた。まあ、零れる言葉からどんな事かは大体予想が付くけれど。多分ユウをどうするかを決めているんだろう。
「もしかして本当に……? いやでもそしたら……なわけないし」
「あの~……?」
「ああ、ごめんごめん」
一声かけるとこっちに振り向いてくれた。
すると両肩をがっしりと掴んでマジマジと瞳を見つめる。ユウの目の前に映された綺麗な緋色の瞳が。その瞳には真剣な『色』が浮かんでいて。
「君、生まれた地名は? 嘘を付かなくていい。ありのままを話して欲しいの」
そう質問される。でもついさっき本当の事を答えようとして殺されそうになったばかりだし……警戒は依然抜けるはずがないけどユウは喋り出した。まずは自分が異世界人だって信じてもらうために。何より、身の安全を確保する為に。
だからユウはありのままに話す。
「生まれた場所は日本。名前は高幡裕。ここじゃない世界で一度死んで、女神様にこの世界へ転生させてもらった。……これが全て」
「ニホン、タカハタ・ユウ……。聞いた事ない地名だし、何よりこの世界に住む人の名前とは形が違う。って事は、君は本当に異世界人なんだね?」
「信じるのか?」
「もちろん」
向こうから見れば嘘にしか聞こえない言葉の数々なはずだ。なのにどうしてそんなに自信満々に答える事が出来るのだろうか。
そんな疑問は直ぐに解決される。
「私は『真偽の魔眼』を持つからね。相手が嘘を付いているか付いていないかが分かるんだ」
「魔眼……」
そうして自分の緋色の瞳を指さした。
ラノベやアニメなどにしか存在しない架空の眼。まさか本当に実物をこの目に収める日が来るなんて。何て考えていると、今度は向こう側から質問が飛んでくる。
「にしても一度死んでこの世界に転生して、何も知らないっていうのに、えらく冷静なんだね、君。普通だったら慌てふためいてもおかしくないぞ?」
「ああ、そういえば……」
とは言ったって今も困惑しているし混乱もしている。いきなり死にかけた事にもびっくりしたし、少女が重機を背負う姿も十分衝撃的だった。
だけど、何て言えばいいのだろう。
上手く言葉じゃ言い表せない何かがユウを冷静に留めていた。
「よく分からない、けど、焦りとかは全くない。不自然なくらいに。なんて言えばいいんだろ。例えば……」
「例えば?」
【―■■■―■―■■―■■■―■―■■―■■】
「っ!」
「おっと。大丈夫?」
「だい、じょうぶ……」
突然脳裏に大量のノイズが流れる。
今のは――――彼女の声に反応したのか。よく分からないけどユウはリコリスに出会ったのは今回で初めてだし名前すらも聞いた事がない。なのに、なんで……。
しかし今ので言葉が見つかった。
「……例えば、一度この世界にいたような感じ」
「この世界にいた?」
「あくまで感じ! 不確定な感覚でしかない」
額を押さえつつもそう言う。
何でそう思ったのかは分からない。でも微かな感覚だけがそう感じさせていた。
自分でさえも困惑してしまうくらいの不確定さ……。最早不安になってしまいそうになる。
だけど目の前の少女は何故か楽し気で。
「ほほ~ん。つまり君は異世界人で、剣と魔法の世界を知っていて、しかしこの世界の事は何も知らなくて、ついでにこの世界に少し覚えがあると」
「まあ、俺は何も分からないんだけど……」
「いやぁ~実に面白そうだね!」
「うん。……えっ?」
困ったね~みたいな反応をされると思ったから困惑する。
ユウからしてみればこんな状況は全く楽しくも面白くもないのだけど……どうやら彼女とは物の見方が違うらしい。
「さてと。沢山話した訳だけど、本題に入ろうか」
「本題?」
少しの間だけ彼女も考え込むと立ち上がった。しかし本題と言ってもユウには何が何だかよく分からない。だからリコリスはハッキリと言ってくれた。
「ああ。――女神様についてね」