025 『残る謎』
死んだ。その感覚はハッキリとしている。
自分は今どこにいるのだろう。まさか、またあのカミサマの空間にいるのだろうか。だったら死ぬのを覚悟であの顔をぶん殴ってやりたい所だ。「よくも騙したな」って言いながら殴れば少しは満足できる気がする。
けれど身体が動かない。殴る為に必要な肉体が存在しないのか、単に体が物理的に縛られているのか、分からなかった。
ふと息を吸った。するとその空気には匂いと味があり、咲いたばかりの花から出る甘い香りと、機械によって吐き出される渇いた味が舌に触れる。
それを機に次第と感覚が蘇って来た。五感を初めに自分が存在しているという感覚や、死んでいないと言う感覚も。
――死んでない? 何故?
確実に死んだはずだ。大型の機械生命体に腕と胴体を斬られ、最後に脳天を串刺しにされたはず。それで死なない生物なんていないだろう。なのにどうして生きているのか。
瞬間、脳裏であの光景が蘇って反射的に体を起こした。
「がッ、あああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁッ!!」
体を起こした直後に四肢を確かめる。右手はくっ付いているし、胴体も真っ二つにはされていない。頭蓋とかも割れて脳みそは飛び出ていない。左目も治り正常に全てが作動していた。
痛みも熱も感じない。それどころか体は正常で何の変化もなく動いた。脳がそれを認識するまでに少しの時間を要するけど、至って正常だった。
しかしそれは肉体的な意味での言葉だ。精神は既に正常の域を通り越して狂気の域にまで到達しそうになっていた。
こうして生きている感覚を噛みしめているのに、それでも一向に生きた心地がしない。それ程なまでに記憶が途切れる直前の出来事は悲惨過ぎた。
「うっ、ぶ、ごぇぇぇ……ッ」
突如、途轍もない吐き気が込み上げて手の中に胃から逆流した物を吐き出す。けれど空っぽの胃から出るのは胃酸だけで、ユウは体を震わせながらも記憶や魂が現実を拒絶する反応を噛みしめた。
自己の全てが文字通りの全てを拒絶する。記憶も、過去も、出来事も、動けなかった自分も、彼らを殺した機械生命体も、この世界を構成する絶望も、カミサマも。だからこそ痙攣しながらも現実に生きる今を噛みしめた。
起きたばかりだと言うのに意識は朦朧としていく。今自分が何をしているのかも、何を掴んでいるのかも、どうして生きているのかも分からない。自分の体をコントロールできなかった。
今出来る事は、ひたすらに全てを拒絶する反応に耐えながらも絶望に溺れる事だけ。何故。その言葉だけが脳裏で渦を巻く。
死んだ恐怖じゃない。失った恐怖だ。
四肢を失う感覚。意識を失う感覚。魂を失う感覚。そして、仲間を失う感覚。それらの恐怖は全て一つに収束して絶望という形に姿を変え、ユウを襲い続けた。
だからこそ自分の体を抱きしめて痙攣を落ち着かせようとする。その感覚も全て意識の底に沈みそうになっているのだけど。
そんな中で、一筋の光を見出す。
「ユウ……?」
「―――――」
掠れた意識の中で響く声。それを聞いてどこから声がしたのかを探す。薄らと儚く透明で、かつ美しい声。その声の在りかを探して視界を巡らせる。――そして、見た。
失意に暮れるユウの瞳と深紅の瞳が見つめ合う。
ベッドに突っ伏していたリコリスは起きたユウを見つめては嬉しそうな表情を浮かべている。でもその時に自分でも恐怖を抱く感想を浮かべた。
なんで、嬉しがってるのだろう。
ユウが死んだ所で誰も悲しまない。むしろいなくなる事を望まれた。なのにどうしてそんな嬉しそうな顔なんてするのか、理解出来なかった。
だからそんな自分に恐怖を抱く。だから、何もかもが分からなくなって、プツリと何かの糸が千切れてしまった。
「はは、ははは……」
「ユウ?」
誰の笑い声なのだろう。まるでユウを嘲笑うかの様に誰かの声が耳に届く。あまりにも酷く擦れ、中身も何もない、空っぽの渇いた笑い声が。
喉が震えている気がする。って事は、これは自分で笑ってるのだろうか。
そうだ。ユウだ。自分で自分を嘲笑っている。
「ははは、は。はは……っ」
もう何も見えない。眼は開いているはずなのに目の前の光景が見えなかった。だから誰かがユウを抱き着いた事を何かに触れる感覚で初めて知る。
誰かが背中に腕を回し、しっかりと固定してはユウに抱き着いて慰める様に温もりを届けてくれる。それだけが絶望に溺れるユウに救いの手を差し伸べてくれる。だから目に何か温かい物が込み上げて、ソレは頬を伝って流れおちる。
「ユウ。大丈夫だよ。大丈夫だから……っ」
リコリスの泣きそうな声が耳に届く。
それが唯一の救いだった。もう何も届かないユウにとって、唯一の――――。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「リコリス、どうだった?」
「ユウさんは大丈夫なんですか……?」
病室からフロアまで戻った直後、リコリスを見付けたみんなからそう質問攻めされる。でもあの状況を無事とは言える訳がなくて、代わりにリコリスは眼を背けて表情を曇らせた。それだけでみんなはユウがどんな状況なのかを悟る。
「ユウは……正直、精神が崩壊しかけてる」
「――――」
すると全員が絶句した。そりゃ普通なら「凄く落ち込んでる」とか言うところを「精神が崩壊しかけてる」なんて言うのだから当たり前な反応だけど。
でもそれしか表現のしようがなかった。瞳には一切の光が灯らず、感情はなく、掠れた笑い声を浮かべる。そんなのどうしようもないじゃないか。
「今は大人しく眠ってくれてるけど、それでもどうなるかは分からない」
「怪我とかはどうなんだ?」
「幸い怪我は擦り傷程度で何もない。ただ、心の傷だけは、きっと何をやっても戻らないと思う」
ありのままを言うとみんなはもう一度黙り込んだ。
心の傷はここにいる全員が理解してる。ソレがずっと過去に縛り付ける事も、刻まれた直後がどれだけ辛かったのかも。
けれどそれ以上に怖い物があった。ユウとリコリスだからこそ起る違いが。
「私、なんて言えばいいのか分からない。これが当たり前なんだって、言えない」
「リコリス……」
そう言うとテスが呟いた。
異世界人であるユウにとって仲間を失う絶望は果てしないだろう。でもこの世界じゃそれが当たり前なのだ。戦場に出るからには誰かを失う事は確定される。それをさせない為に強くなる訳だけど、全ての人を守れる訳じゃない。手の届かない所にいる人は、助けられないんだ。
その事を伝えるのはあまりにも残酷過ぎるのではないだろうか。そして、この状況が、ユウの選んだ選択が、自業自得だと言うのも。
どれだけの光景を見て来たのかは分からない。ただ一つだけ言える事は、彼は試験小隊の仲間と絆を深めすぎてしまったんだ。だからこそ仲間を失う時の絶望は果てしない。故に今のユウはああなってしまっている。
やがてアリサは呟いた。
「そりゃ、そうでしょうね」
普段ならリコリスを元気付ける為にジョークを言って気を紛らわすのに、その気すらも起こさないって事はそれ程なまでにユウを心配してるって事だ。アリサにそこまで心配する時は二つ。自分に似た境遇の人か、自分が仲間だと認識したか。
つまりユウは彼女にとって何かしらの近しい存在になっているって事だ。
「これから、どうするつもりなんだ?」
「どうするも何も、第一にユウの精神が元に戻るのを待つしかない。崩れた精神を戻すなんて聞いた事もないけど、でも、やるしかない。話はそれから」
ユウを戻す。それが最優先事項だ。情報を聞き出す為って言うのもあるけど、何よりユウがあそこまで苦しんでいるのは見てられない。早く救ってあげたいと心から思う。
その為には努力を惜しまない。だってリコリスは、もう誰にも苦しんで欲しくないのだから。
故にリコリスはアリサへ視線を向けると一時的に指揮権を預けた。
「アリサ。しばらくの間、十七小隊をお願いできるかな」
「……はいはい。いいわよ別に、いつもの事なんだから。その代わり元に戻さないと許さないわよ。こっちの夢見も悪いんだから」
「分かってる」
すると彼女は簡単に引き受けてくれる。まぁ今回が初めてという訳でもないし、こういう場面に直面すると必ずこういった選択をするからいつもの事なのだけど。
そうして拳を合わせるとリコリスは早速行動に移った。まずは病院のドクターに相談して話を合わせて貰うところからだ。
更にもう一つだけやらなきゃいけないことがある。
それは、何故ユウだけが帰還できたかと言う謎であって―――――。
――――――――――
夜。
リコリスは病院に泊めて貰う事になり、特別に客室を貸してもらっていた。そして机に広げた資料の中から複数枚の写真を取ってマジマジと見つめる。
まるで爆心地の様な光景となった廃都市を。
――どうしてユウだけが無傷で帰還を……?
推薦試験の制限時間は四日。それを超えると救援部隊が出動され、個人に渡された信号機を頼りに救出活動が行われる手はずになっている。ソレが行われる前に帰って来れば推薦試験はクリアって事になる。
逆に時間切れになれば推薦試験は失格。リベレーターに入隊する事は出来ない。まぁ、戦績によっては条件付きで入隊する事も可能なのだけど。
しかし今回はあまりにも異例な事態が起きた。普通ならいないはずの超大型機械生命体。その存在が確認されたのだ。
隠れていたのに気づけなかった本部は大至急で救援部隊を出動。その中にはリコリスが自ら志願して参加させてもらい、ユウの救援へ向かった。しかし反応がある場所に向かっても超大型機械生命体の存在は確認されず、それどころか小型の機械生命体も一体も存在しなかった。
何よりも目を引いたのは爆心地の様な光景。そこを中心にありとあらゆるものが吹き飛ばされていたのだ。
そして一番奇怪な現象が起っていたのは、その中心にユウがいた事。爆破地点の中心にいたのにも関わらず、ユウは無傷で気絶していたのだ。それも右腕の袖だけがないと言う状況で。
――爆破跡に機械生命体が運んだ? でもそうする理由なんてないはず……。
一応救出されたものの、ユウの状況はあまりにもおかしすぎた。それに他の四人の仲間も見当たらないままだし、今も捜索活動が続けられているけど、見つかったと言う朗報はない。つまりそこから導き出される答えは――――。
「とにかくユウに聞いてみなきゃ」
そう呟いて隣にあったベッドに横たわる。彼の精神が戻るまでどれだけの時間が掛かるかは分からない。ただ思う事は、情報よりも無事でいて欲しい。そう思った。
これにて第一章は終わりになります。意外と駆け足だった……。当初はもっと長くなる予定でしたから早めに終わってよかったです。これで次の章に進めるぜ……!
あ、ちなみにまだまだ毎日投稿していきます。書き溜めに追いつかれる日はいつになるのだろうか。
よろしければ感想などいただけると嬉しいです。
この後も続々と続く物語をお楽しみください!




