024 『残酷』
「な、何とかなった……」
「死ぬかと思った。マジで」
数分後。
全力で駆け抜けたからこそすぐに補給地点へ到達した。そうなれば全員疲弊している訳で、一先ず安全が確保されるなり一斉に倒れ込む。もちろんユウも。
息切れどころの話じゃない。何度肉離れすると思った事か。
あの後も周囲の機械生命体はビルから飛び降りて来るし、最終的に撒けたのはいい物の、少なくとも建物の周囲には機械生命体がうろつくと言う状況になってしまった。
二カ所目の補給地点はモノレールの駅となっていて、そこには試験小隊用に置かれた物資や先輩の物とみられるメッセージなども見て取れた。
「お疲れさま、か。まだ次があるんだよなぁ?」
「現実を押し付けないでくれ」
メッセージを読みながらもヘリアンに言うと元気が無さそうにそう返される。まぁユウもかなり疲れ切った訳だし、膝を付くと同じ様に倒れ込んだ。
一カ所目みたいな完全に破棄された施設ならもっとクリアリングをするつもりでいた。でもご丁寧にバリケードが設置されていて、とにかく休憩できる時間が確保されたからこそ全員で新鮮な息を肺に送り込む。と言っても湿ってるが。
――油断するな。どこかのバリケードが壊れてるかも知れないんだから。
そう言い聞かせながらも周囲を警戒する。機械だからこそ物音がするから、何も聞こえなければそこには敵がないという証明になるのだけど――――。
幸い、今回ばかりは運が味方してくれたようだ。
「ここからどうする? 休んだら移動するか?」
「いや、すぐに移動するのは危険すぎる。今日はここら辺にして、逆に夜間での移動を中心にしよう。今度は闇夜に紛れよう作戦だ」
「何ですかそのすぐに崩れそうな作戦……」
シノリにそうツッコまれながらもヘリアンは新たな作戦を思い浮かべる。なるほど、要は明るい間で進んだ分、夜間でも進もうという考えか。最初は危険だと考えたけど、ライトさえ使わなければ言い作戦かも知れない。
暗視ゴーグルがあれば百点満点だけど。
ある程度動けるまで休憩できた所で全員は立ち上がり、銃を構えてはクリアリングを始めた。バリケードがあると言っても油断は出来ないのだから当然の行動だ。
やがて重い体を引きずって調べ始めるとシノリはある物を見付けて呼びかけた。
「あ、みんな、コレ!」
「どした? 何か見つけて――――」
壁に貼ってあったのは駅の見取り図。そこには先輩たちが書いてくれたバリケードの場所も記されていて、どこに何の部屋があるのかも細かく書かれていた。
何よりも目を引いたのが地下通路の存在。見取り図じゃそのまま途切れているけど、代わりに血で書かれた文字がある。ユウはそれが何なのかは分からないけど、運がいいのか偶然か、ファニルが通訳してくれた。
「……都合がいいのか悪いのか」
「【絶対に行くな】か。これ、完全にヤバいやつだよね」
恐らく先輩が残してくれた文字だとは思うのだけど、あまりにも不気味過ぎる内容に全員が戸惑った。そりゃ唯一安全そうな所なのに行くなと言われたら戸惑うに決まってる。その証拠としてヘリアンですらどうすればいいのか迷っていた。
信じるべきか否か。本当ならきっと大きな機械生命体が潜んでいるはずだし、嘘なら外に出ていつ機械生命体に襲われるかも分からない恐怖におびえる事になる。
「どうする」
「どうするっておま……どうする?」
「それを聞いてるんだよ!」
仕方のない事だけど、今回に限って優柔不断なヘリアンにツッコミを入れつつも考えた。血で書いてあるって事は何かしら急な事があったって解釈でいいだろう。だってここには放棄されたペンや墨が沢山あるのだから。
つまり、この先には――――。
みんな考える事は同じだ。
どうすればいいのかなんて分からない。だからこそ全員が全員で判断を委ね合い会話は一向に進展しなかった。
安全ならその方角へ進みたい。けれどそこが安全かなんて明確には分からない。そんな条件なら迷っても当然な気もする。
だからこそユウは堂々と言った。
「――外を行こう。地下通路で接敵すれば逃げ道は一方向だけだし、血で書くって事は、少なくともこれを書ける血の量を出して急いで書いたって事だ。だから、外を行こう」
「そ、そうだよね! 外の方が安全だからね!!」
「なら決定です。外で行きましょう!」
ユウが提案した事でみんなは勢いづいて外で行く事を決意した。すると静かだったグレアもその案に乗っかって意向を固める。
最後にヘリアンも同じく賛同してその方向で話を進めた。
「じゃあそうしようか。……ありがとな、ユウ。これ言うの結構勇気いるだろ」
「正直な事を言うと滅茶苦茶不安だった」
「だよな。本当に、ありがとう」
するとヘリアンは見取り図を見つめて探索の手順をまとめ始める。今大事なのはここから出る事じゃなくて一時的に安全を確保する事だ。それを分かっているからこそみんな彼の指示に従った。
「じゃあまずはここから探索しよう。そしてここに映ってから一周して二階。OK?」
「おーけー」
みんな体が重い状態だ。だからってクリアリングに手を抜く気はないけど、元気よく答えた。まぁやるだけやってやるって奴だろうか。
それからみんなは今一度気合いを入れ直して探索を開始した。敵がいないか、あるいは使える物が残っていないか。それを探す為に。
――――――――――
半日後。
昼近くに寝て夜に出発し、現在は出発してから数時間が経ったって所だ。夜間での移動は正直言って不安な事ばっかりだけど結構安全で、機械生命体は大体を目で判断するらしく、闇夜に紛れて移動する作戦は成功していた。
夜に光も無く移動する訳だからこっちも機械生命体の事はほとんど目視じゃ確認出来ない訳だけど、それでも確かに進み続ける。
正直不安な事だらけだった。闇夜に紛れる事は出来るけど、逆に返せば向こう側も闇夜に紛れる事が出来るって事だ。雨も降ってないからこそ機械生命体は外を蔓延っている訳だし、いつ奇襲されてもおかしくない状況下でユウ達は進む。
いくら暗闇に目が慣れてもそれは同じだ。頼りになる光が月しかない以上、ある程度まで近づかないとこっちも向こうも認識する事が出来ない。ある種のギャンブルって奴だろうか。
まぁ結果的には一度も接敵する事なく第三の補給地点に到達できたわけだけど、それでも精神的な疲労は溜まり続けていた。
気が付けば夜明け。予想よりも大幅に早く補給地点に辿り着く事が出来た全員は少し休憩してからすぐに出発する方向で思考を纏め、互いに賛同し合った。
今回は体力的にも精神的にも余裕だったのも然る事ながら、早くこの試験を終わらせたいという思いもあったかも知れない。みんなも意気揚々と進む事を決意して補給地点を離れ、目前となったリベレーターでの生活に胸を躍らせる。
でもユウだけは楽しむ事が出来なかった。だって、第二の補給地点に入る直前までは機械生命体に追われていたのだ。撒く事が出来たとしても長いすれば位置を特定されるのは当たり前。いくら夜間での移動と言っても、周囲に機械生命体が一体もいないだなんて。
何かにハマっている気がしてたまらない。そんな想いが胸を突いていた。
そしてついに“その時”がやって来て――――。
とっくに日は上り、太陽の角度だけで言えば午前六時と言った所だろうか。
一行はとある大広場に行き当たりその光景を覗いて驚愕していた。大広場に集まった大量の機械生命体。全て小型と言ってもとんでもない数だ。リコリス達ならいざ知れずユウ達じゃ無理だろう。
「広場か……。仕方ない、迂回しよう」
「そうだな」
流石にこの数は無理と判断して迂回する事を選ぶ。みんなもその意見に賛同して他の裏路地はないかと歩き始めた。グレネードはまだ四個あるとはいえ、この数は絶対に不可能だ。
けど、音もなく現れて道を塞いでいたのは昨日会った様な中型の機械生命体で。
「ぁ――――」
みんな、硬直していた。どうして機械生命体がこんな所にって考えもあるだろうけど、何よりも音もなく現れた事に驚愕していたから。
だからこそ奴の振り下ろした拳は誰も避けられず真正面から食らい、全員が骨を何本か折られつつも大広場に飛び出てしまう。これだけは絶対にヤバイ。そう悟ったからこそ全員は一斉に走り出す。
「やばい、走れ!!」
「クソッ!!!」
するとグレアはせめて一撃とグレネードのピンを抜き、足元に投げては追いかけて来る機械生命体を真下から爆破させた。ユウも一秒でも時間を稼ぐ為に銃を乱射する。狭い通路まで進めば一方的な銃撃戦に持ち込めるからこそ、今は追い詰められる訳にはいかなかった。
でも、その時に最後尾を走っていたグレアがド派手に転ぶ。だから即座に手を貸そうと近寄るのだけど、その光景を見て全員が戦慄した。もちろんユウでさえも。
グレアはゆっくりと振り返ると何が起こったのかを自覚して。
「ああ、あぁぁぁぁあああぁ――――――」
足が、無くなっている。右足の膝から下がぽっくりとなくなっていて、ソレは少しは離れた場所に転がっていた。荒い切断面からは大量の血が溢れ出してその場に血溜りを作って行く。
斬れた足から見える肉と骨、そして垂れた血管はすぐに鮮血に染まった。
いずれにせよ、人の肉体が破損すると言う光景はグロテスクな訳で。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ッッ!!!!」
喉が張り裂けんばかりの絶叫。右手で必死に切り口を抑えては離れた足を探して左手をばたつかせた。けれどあまりの痛さ故か、左手で土を掘ると言う奇怪な行動を起こしている。
そんな光景を棒立ちして見つめていれば攻撃されるのは当然。
「ぁッ」
「ヘリアン!?」
同じ中型にヘリアンが蹴られ、大広場の真ん中まで吹き飛ばされる。微かな血を飛ばしながらも起き上がると自分がどんな状況にいるのかを察した。
突如現れた恰好の餌。ソレを察知した小型機械生命体は一斉に顔を上げてヘリアンの方を見た。そして錆びて塞がっていた口を開けると血で錆びた牙を見せる。
「まて、まてまてまて――――」
一斉にヘリアン目掛けて走り出す。眼を赤く光らせては狂気に満ちた動作で体の至る所に噛み付き、皮膚と肉を噛み千切っては血を浴びて尚も食らう。ゆっくり、ゆっくり、じわじわと肉を噛み千切っては噛みしめる様に口を動かし、体内に取り込むともう一度牙を立てて肉を抉った。
食べやすいようにする為か、一部の機械生命体は腕や指を引き千切って口の中に入れていた。
腹が破ければ今度は小さいのが内臓を食い始め、ソレは腸や胃を噛み千切っては外に投げ飛ばしながらも体の中を食っていく。それに比例してヘリアンの腹は膨らんでいった。口を掴んでは顎を引き裂き、そこから無理やり顔を突っ込んでメロンみたいな頭を食堂に押し込んだ。
四肢や胴体だけじゃない。機械生命体の牙は顔面にまで齧りつき、皮膚の表面を抉っては肉を食らい骨を砕く。
絶叫。ボロボロに食いちぎられた腕を伸ばし、助けを求める。しかしその腕さえも食いちぎられ、残ったのは鮮血と骨だけとなった。
やがて奴らの牙は顔の皮膚を剥し頭蓋を砕き、頭蓋骨からはみ出た脳をすすって―――――。
「ユウ、どうし――――」
ファニルはユウに触れてどうするかを求める。でも、その方向を振り向いた頃には彼の胴体は浮いていて、その後ろには巨大な鎌を持った大型の機械生命体が、その更に後では倒れたグレアの腹を鎌で突き刺して遊んでいる小型がいた。当然激痛に耐えられずグレアは口から血の泡を吹きながら絶叫を上げる。
ファニルの言葉でようやく体が動くのだけど、もう、この状況で生きる事は許されなくて。
「――シノリ!!」
「ユウ!!」
せめて一人だけでも。そう思って彼女の手を掴み、全力でこっちに引き寄せ腕を力強く握る。けれどその時に地面が大きく盛り上がり、巨大な振動が二人を襲ってバランスを崩させた。同時に何かが出現する余波で上空に吹き飛ばされる。
現れたのは超大型のナニカだ。ソレは空中に投げ飛ばされたユウとシノリを見つめるなり巨大な腕を動かし、クレーンの様な腕で殴りつけた。
どうしようも出来ない一撃に二人は吹き飛ばされて落下の感覚に耐え続ける。この手だけは絶対に離さない。せめて一人だけでも助けたかった。
やがて大きな衝撃を得てユウは少し離れた場所にあるビルに投げ飛ばされた。窓枠を突き抜けては全身をコンクリートに打ち付けて血を流し、柱に激突する事でようやく制止する。
骨が何本も折れて左目はどこかの衝撃で潰されたか目から飛び出た。ユウは残った片目で右手に握る手を見つめながらも声をかけるけど、返答はなくて。
「大丈夫か、シノ―――――」
当然だ。だって、握っていた手は二の腕から先が存在しないのだから。
既に絶叫はしなくなっていた。機械生命体に全てを食い荒らされたヘリアンの声も、内臓を引きずり出されて遊ばれるグレアの声も、胴体が真っ二つになったファニルの声も、さっきの一撃でミンチになったシノリの声も。
だからこそ、代わりにユウの絶叫が周囲を埋め尽くした。
突如、やって来た大型の機械生命体はゆっくりと近づいて右腕を肩の付け根から斬り落とす。次に胴体を斬り裂いて血を流させ、動く事を封じると鮮血が付いたばっかりの鎌で脳天を突き刺した。鋭い刃が頭蓋を砕き、脳を豆腐の様に滑らかに切断し、それは食道から胃にかけて切り裂いていく。そして、ユウの全てを真っ二つにして――――――。
――絶対に、死なせない!
誰かの声が響いた。
これは、誰の声なんだろう。




