023 『雨の最中で』
翌日。
天候はユウの心の戸惑いを現したかのように大雨だった。
あれから一時間おきに変わりばんこで起きていたのだけど、中々寝付けず結局寝れたのは四時間弱といった所。VR空間で鍛え続けた精神的疲労も残っているのもさる事ながら、体の重さも完全には抜けきらない。
出発予定時刻になってから即行で準備を整え雨が止むのを待っていたのだけど、どれだけ待っても雨が止む事はなかった。だからこそ仕方なく雨の中を駆け抜ける作戦に急遽変更された。
みんなで防水のパーカーを被る中でユウは愚痴り続ける。
「出来れば雨の中を進みたくなかったんだけどなぁ……」
「え、何で?」
「え?」
するとヘリアンは素でそう言いみんなから驚いた様な顔を向けられる。だからヘリアンは困惑してみんなの顔を見つめた。
まさかと思って恐る恐るヘリアンに質問したのだけど、帰って来たのはやっぱり予想通りの返答で。
「……ヘリアン。今自分が使ってる銃の名前、言えるか」
「え? えっと、確かえー……じー……G2000」
「G36な。ヘリアンが言ってるの多分F2000」
思った通りヘリアンは銃にはそんなに――――と言うよりかは全く詳しくないんだ。まぁ名前やアクセサリーも複雑だから詳しくない人からすれば覚えたくないのも理解出来るけど。ユウも最初は名前を覚えるだけでつまづいた訳だし。
やがてグレアは銃をいじりながらもその理由を説明した。
「銃ってのは大抵だけど水に浸かると破損する可能性があるんだよ。AKみたいな単純構造の銃は平気みたいだけど、複雑な銃であればある程水を抜かないと破損するんだ」
「ほぇ~」
「ですから機械生命体との戦闘になった時、高確率で銃が使えないかも知れないかも知れないんです。雨が止むのを待つって言うからてっきり知ってるのかと……」
「いや、俺は単に戦闘しずらいから雨が止むのを待ってた」
恐らく彼も彼で色々と時間がなかったのだろう。それもその仕様を説明する時間がないくらいに。ユウの場合はVR空間での射撃中に物理演算もかねて嫌と言う程思い知らされたから分かるけど、もし本当にそうなら仕方ない。……はず。
するとヘリアンは今一度地図を広げて道順を確認した。
「となるとなるべく裏道を進んだ方がいいな。えっと、こっからこう進んで……」
「でも戦闘になるのは絶対に避けられないぞ。そん時はどうするつもりなんだ?」
「そん時は近接戦闘で対応するしかない。銃が渇いてる時は建物の中に引き連れてからの銃撃戦だな」
そんな風にして着々と作戦を立て始める。付け焼刃もいい所であるが。
最終的に遠回りをしてでも接敵は避けようと言う事になり、屋外での戦闘なら近接戦闘、屋内での戦闘なら銃撃戦という形になった。昨日の事を通して機械生命体が建物の中にいる事も分かったし、妥当と言えば妥当だろうか。ユウもそんな考えに至った訳だし。
ある程度道順も決まった所でそれぞれ本格的に準備を始め、目前に控えた出発の為に装備を点検する。のだけど、そこでファニルに問いかけられて。
「あれ。ユウ、腰に上着巻くの?」
「ああ。厚着になるよりこっちの方が動きやすいかなって」
リュックも特にないので腰に巻いている所でそう質問された。いやまぁ、正確に言うのなら食料とかが入っているリュックはあるのだけど、流石にそこへ上着を突っ込む訳にはいかない。何か衛生面上マズそうだし。
そうして試験小隊は移動を再開した。
――――――――――
既に出発してから数時間。昼飯も終わり移動を再開した頃だ。
やる事は昨日と何も変わらない。なるべく接敵を避けつつ二つ目の補給地点に辿り着くだけだ。雨のせいで視界が少しばかり遮られ進む速度が微かに遅れるけど、それでも着実に進んでいた。
しかし今になって気づく事が出来て、裏路地を進みながらもシノリが問いかけた。それに関してはみんなも薄々気づいていた様ですぐさま質問に答える。
「なんか、機械生命体の数少なくないですか? 昨日ならもう三、四回は接敵してるはずなのに……」
「やっぱりそうか。何かおかしいって思ってたんだ」
大通りに出ても機械生命体は確認出来ない。昨日なら大通りにでれば七体の機械生命体はいたというのに、確実に何かがおかしい。
とここまで考えたものの答えはすぐ近くに転がっていた。
「あ、そうか。機械生命体も機械なんだから水が嫌いなんだ」
「「あっ」」
グレアがそう言うと全員で短く呟く。
……いや、よく考えれば分かる事なんじゃないのか。機械と付くからには導線とか色々あるはずだし、水に触れればショートするはずだ。一つの事に集中し過ぎた挙句に一番分かりやすい事に気づけず少しだけ気まずくなる。
「これはアレだ。接敵の事ばかり考えてたから気づけなかったってヤツだ」
「盲点だった……」
みんなもその事に気づいては即座に考えを改め、ならばとポジティブシンキングで前を向いた。その方が考えるよりもずっと楽だし。
だからこそヘリアンは速度を上げると小走りにしながらも大通りを走り、憶測ながらもその可能性に賭けて最短ルートを目指し始めた。
「なら機械生命体はどこかしらに隠れてるって事になるはずだ。その隙に補給地点にまで潜り込めれば……!」
「その選択が正しいかもな。周囲に隠れられる場所はごまんとある。こっちがビルに隠れればそっちの方が危険かも知れないし路地裏を歩いてれば昨日みたいに遭遇する確率があがるからな」
ユウもその選択に賛同しながら走り続けた。ヘリアンの予想通り機械生命体はどこかに隠れているらしく、大通りには一体もいない。それどころか周囲のビルには窓枠から何かしらの影がこっちを覗いている。
今のうちに二カ所目の補給地点……いや、欲を言えば三カ所目の補給地点にさえ到達したい所だ。ユウの体力が持つのなら、だけど。
今はまだみんなについていけてるけど、ずっと走り続ければ息切れる時が必ずやってくる。疲れにくい呼吸とか走るフォームとかはあらかた体に馴染ませているけど、それでも総合的に体力は少ない方になるはずだ。
昨日と比べれば途轍もない速度で進行する。残り半日をかけて進むはずの道を走っているのだからまだまだ長い訳だけど、それでも進めるのなら持って来いだ。
しかし良い事はそんなに長く続く訳がなく、必ず現実に引き戻される時が来る。だからこそ大きな交差点に差し掛かると前方のビルから飛び降りて来た中型の機械生命体に進路を塞がれる。
咄嗟に急ブレーキをかけて右の通りへ逃げようとしても奴らは最低限の動作で最大限の速度を生み出し、即座にユウ達の進行方向を防いだ。
「なっ!?」
「まずい、来るぞ!!」
そう言った瞬間から不気味な人型をした機械生命体は拳を振り下ろして地面を割り、足元を揺らしてバランスを崩させてはもう一体が急接近する。
直後にユウが剣を振り払った事で片腕は斬り飛ばす事に成功するものの、左の拳で肌を掠め軽く血を噴き出させる。
「ッ……!!」
かなりの反射速度。それに怯みながらも指先で剣を巧みに操りもう片腕も斬り飛ばした。その頃からみんなも動きだし、それぞれの近接武器を構えてはユウを筆頭に接近し始めた。
「こいつを頼む! 俺は奥のをやる!!」
だからユウは機械生命体を足場に飛び上がると奥にいた機械生命体へ刃を突き立てる。――しかし奴だけは何かが違う様で、ユウの攻撃を完全に見切っては回避行動を行った。その後の連撃も全て避けるか腕の装甲を犠牲に防いでみせる。
――こいつ、戦闘に慣れてる!?
反撃を回避しつつも舌打ちした。戦闘が長引けば長引く程周囲に隠れている機械生命体が寄って来るかも知れないのだから。
グレネードを体内に突っ込むという手もあるけど、一人一つしか所持してないのだ。こんな中型相手に使っていい物じゃない。と言ってもなかなか手ごわいのは確かな訳で。
「ニンゲン、コロ、ス」
「声まで機械なのな!」
そう言って拳を受け流しては姿勢を低くし、相手が勢いよく振りかぶった所で急速に起き上がり腋をくぐって腕を斬り落とした。続いて振り向きざまの一撃を下にくぐる事で回避し側転の要領で胴体を斬り裂く。そうしてがら空きになった胴体へ仰向けに差せてショートさせると立ち上がった。
「ユウ、大丈夫か!」
「大丈夫。今は先を急ぐぞ。早くしなきゃ増援が――――」
でも、簡単に逃がしてくれるはずなんてなくて。
周囲のビルから小型の機械生命体が次々と降りて来ては周囲を完全に包囲される。それもわずかな隙も残さない程の量で。みんなもその圧倒的な数に驚愕していた。
「嘘。まさか、こんな数がいるだなんて……」
「こんなの普通じゃ切り抜けらんねぇぞ」
「俺、夢見てるのかな」
「現実だよ」
圧倒的数の暴力。多勢に無勢どころの話じゃない。早く次の手を打たないとやられるのはこっちの番だ。
しかしこの量を一瞬にして蹴散らす力なんて無くて、もちろん逃げる手段もない。完全包囲されているのだから逃げられる訳がないのだけど。
この状況で「お前らは先に行け。後で追いつく!」みたいな事をする気ならいつでもある。命をドブに投げ捨てる事は怖くなんてないから。でも、約束してしまったからこそその手段は使えない。だって、もう誰かが悲しむ姿は見たくないのだから。
だからこそユウは一縷の望みに賭けようと腰のある物に手を伸ばす。
「みんな、スモークって何個ある?」
「僕は一個」
「私はないです」
「俺もない」
「俺は二個だぜ」
「じゃあ合計で四個か……」
ユウを除いた一人一個換算でどうにかなるだろうか。――いや、どうにかして見せなきゃ明日はない。
雨の落ちて来る中でどれだけの効力を発揮するのかは分からない。でも、可能性があるとすればこれしか。だからこそユウは迫って来る機械生命体を前にスモークグレネードを取り出すと言った。
「これで逃げる。退路は俺が作り出すから、みんなで逃げるんだ」
「え、スモークで? しかも雨の中だよ!? そんなの――――」
「じゃあここでみんな仲良く殺されるか?」
するとファニルは黙り込んではスモークグレネードを取り出す。みんなもそれに習って取出し、グレアがヘリアンに一個渡しつつもそれぞれで五角形に向く。
正直、即席で出来た作戦だから上手く行くかは分からない。でも誰も死なせたくないのなら、これしかてはない。
「三で一斉に投げるんだ。そしたら、俺が補給地点の方向に向かって道を開ける」
「OK」
そうして構えるとみんなはピンに指をかけていつでも投げれる態勢へと変える。――でも、ユウは左手をまた腰に持って行って通常のグレネードを掴むとカウントを開始した。
「三! 二! 一! ――ゴー!!」
瞬間、全員がスモークグレネードを投げて煙幕を発生させる。ユウも口でピンを引っこ抜いては目の前に投げて視界を遮る。次に通常のグレネードを取り出すとこれまた口でピンを抜き、補給地点とは反対側に向かって全力で投げた。
その時には右手は腰の剣の柄を握っていて、叫ぶと全員が指示に従ってくれる。
「全員、飛べ!!!」
そうして全員が高く飛んだ時にはユウの剣先が地面に突き刺さっていて、そこに電撃を流すと水を伝って視界に入る機械生命体全てをショートさせた。
約一秒後。自分を含めた全員が地面に着地するタイミングを見て電撃を解除。倒れ込んだ機械生命体の群れに向かって走り出す。
ここからはスピード勝負。全員一心不乱に補給地点へと駆け抜けた。
周囲の機械生命体に気づかれるより、早く。




